第58話 『第二の暴騰』
北部ヴァルクの空気は、完全に変わっていた。
昨日までのざわめきではない。
今は――
**恐怖**だ。
市場の中央広場。
人々が価格板を見上げている。
穀物価格――
**前日比七十八%上昇。**
誰も声を出さない。
数字の異常さは、説明がいらなかった。
「……限界が近い」
ミレイアが低く言う。
レオンが腕を組む。
「まだ上がるのか」
「上がります」
エリシアは板を見つめながら答えた。
「なぜだ」
「投機資金第三波」
ミレイアが紙を差し出す。
資金流入。
王都。
西部商会。
海運組合。
そしてその中央――
**グレイン商会系列。**
ナディアが吐き捨てる。
「バルドのやつ」
王都で負けた。
だから市場で戦う。
しかも今度は、
王国最大の穀倉地帯。
ここで暴騰を起こせば、
国家制度は信用を失う。
ローデリックが静かに言う。
「農民が売り切った」
マリアが頷く。
「八割」
レオンが目を細める。
「早ぇ」
「恐怖は速い」
エリシアは言う。
人は飢えを恐れる。
だから売る。
だがその結果――
市場在庫が集中する。
ミレイアが計算板を叩く。
「倉庫比率」
商人倉庫――四割。
地主倉庫――三割。
農民倉庫――ほぼゼロ。
ナディアが低く言う。
「……独裁」
市場独裁。
価格は商人が決める。
ローデリックが唸る。
「私の倉庫も動かない」
「はい」
エリシアは頷く。
地主は様子見。
だがその間に、
市場は支配された。
そのとき、ミレイアが新しい紙を読む。
「王都市場速報」
全員が見る。
王都穀物価格――
**四十五%上昇。**
レオンが息を吐く。
「……王都まで来た」
「はい」
エリシアは言う。
北部暴騰が、
王都へ波及。
王国全体の問題になった。
ナディアが言う。
「国家備蓄を出すか」
沈黙。
その言葉は重い。
国家備蓄は、
最後のカードだ。
エリシアは板を見る。
北部在庫。
国家備蓄。
輸送距離。
計算。
ミレイアが言う。
「今出せば」
「価格は止まる」
レオンが言う。
「でも」
「南部が弱くなる」
沈黙。
国家備蓄は万能ではない。
一地域に使えば、
別の地域が危険になる。
そのとき、
ローデリックが言った。
「地主連盟は動く」
全員が見る。
「備蓄の一部を市場に出す」
マリアが言う。
「農民も協力する」
エリシアは頷く。
「国家備蓄は最後です」
三層。
地主。
農民。
国家。
だが問題はまだある。
エリシアは板に書く。
**市場倉庫**
四割。
ナディアが言う。
「そこを崩さないと」
「価格は止まりません」
ミレイアが頷く。
つまり。
敵は明確。
**商人ギルド。**
そのとき、倉庫街から太鼓の音が聞こえた。
商人の集会だ。
歓声。
叫び。
「市場は我々のものだ!」
「国家制度など紙だ!」
レオンが笑う。
「挑発してるな」
「はい」
エリシアは言う。
市場は今、
制度を試している。
そして、
壊そうとしている。
ローデリックが低く言う。
「どうする」
視線が集まる。
エリシアは板の最後に、
新しい言葉を書いた。
**倉庫公開命令**
ミレイアが息を吸う。
「議会を通す?」
「はい」
ナディアが笑う。
「商人が暴れるぞ」
「はい」
エリシアは頷く。
だが。
「均衡は、隠し在庫では作れません」
市場を揺らす。
国家を揺らす。
その中心にいるのは、
倉庫だ。
北風が強くなる。
価格はさらに跳ねた。
**前日比九十%。**
第二の暴騰。
南部より大きい。
そして危険だ。
だが今度は、
連盟がある。
国家もある。
そして、
戦う準備も。
エリシアは倉庫街を見つめた。
次の戦場は、
**市場の心臓部**だった。
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