第56話 『地主の壁』
グランデル地方、ヴァルクの大広間。
北部地主会議は、重苦しい空気の中で始まっていた。
長い楕円の卓。
その周囲に座るのは、この地方の大地主たちだ。
畑を数十区画持つ者。
倉庫を何棟も持つ者。
輸送路を握る者。
農民ではない。
この土地の“支配者”たち。
そして卓の中央にいるのが、
ローデリック侯。
彼は腕を組んだまま言った。
「南部の令嬢が来ている」
ざわ、と空気が揺れる。
「国家制度を作った女だ」
誰かが鼻で笑う。
「市場を壊す制度だろう」
「干ばつは自然だ」
「農業は賭けだ」
典型的な地主の理屈。
リスクはある。
だが利益もある。
だから市場で回す。
そのとき扉が開いた。
エリシアが入ってくる。
ミレイア。
レオン。
ナディア。
後ろにマリアもいる。
視線が集中する。
「話は聞いている」
一人の地主が言う。
「連盟を作れ、と?」
「はい」
エリシアは迷わず答える。
ざわめき。
ローデリックが静かに言う。
「理由を聞こう」
エリシアは板を出した。
書く。
**北部穀物量**
そしてその横に、
**市場倉庫**
**地主備蓄**
**農民備蓄**
地主の一人が言う。
「数字は知っている」
「はい」
エリシアは頷く。
「問題は分布です」
沈黙。
「穀物は足りないわけではない」
「ただ集中している」
ローデリックが言う。
「当然だ」
「はい」
エリシアは否定しない。
「ですが集中は弱点になります」
「なぜだ」
「投機が狙うからです」
ざわ、と空気が揺れる。
ミレイアが補足する。
「現在、北部穀物の三割が市場倉庫」
「さらに二割が地主倉庫」
つまり、
半分以上が集中。
エリシアは言う。
「集中は価格爆弾になります」
レオンが小さく言う。
「南部で見た」
あのときと同じだ。
地主の一人が言う。
「それで連盟?」
「はい」
エリシアは板に書く。
**地主備蓄連盟**
ざわ、と広間が揺れる。
「我々の倉庫を縛る?」
「干ばつ時のみです」
「価格が上がるのに?」
正論だ。
価格が上がるときこそ売る。
それが市場。
エリシアは静かに言う。
「暴騰のあと」
沈黙。
「崩壊します」
ローデリックが目を細める。
「南部と同じだと?」
「はい」
エリシアは答える。
「周期は同じです」
干ばつ。
買い占め。
価格暴騰。
崩壊。
地主の一人が笑う。
「その前に売ればいい」
「農民も買う側になります」
マリアが言う。
「そして暴動」
空気が少し変わる。
ローデリックは黙っている。
エリシアは続ける。
「連盟は価格を止めません」
「暴騰速度を遅くする」
「崩壊を防ぐ」
沈黙。
そのとき、扉が開いた。
使者が駆け込む。
「王都市場速報!」
紙を差し出す。
ローデリックが読む。
穀物価格――
**前日比五十%上昇。**
広間がざわめく。
「……速い」
地主の一人が言う。
ミレイアが静かに言う。
「投機資金第二波」
つまり、
まだ上がる。
ローデリックが紙を机に置いた。
そしてエリシアを見る。
「質問がある」
「はい」
「連盟を作れば」
低い声。
「我々はどれだけ損をする」
正直な問い。
エリシアは少し考え、
答えた。
「短期では、損です」
ざわ、と広間が揺れる。
「長期では」
言葉を続ける。
「崩壊を防げます」
沈黙。
ローデリックは目を閉じ、
しばらく考えた。
そして言った。
「……地主会議をもう一度開く」
ざわめき。
「連盟を検討する」
完全な同意ではない。
だが拒否でもない。
マリアが小さく息を吐く。
広間を出ると、風が強かった。
レオンが言う。
「壁、でかいな」
「はい」
エリシアは空を見る。
北部は南部より難しい。
だが。
壁は動いた。
市場はまだ暴れている。
だが制度の芽は、
ここでも生まれ始めていた。
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