第55話 『再現不能』
北部グランデル地方――大穀倉地帯。
エリシアは丘の上から、その広さを見下ろしていた。
南部の畑とはまるで違う。
地平線まで続く農地。
規模が違う。
「……これは」
レオンが口を開く。
「村じゃねぇな」
「はい」
エリシアは頷いた。
「産業です」
南部は共同体農業。
北部は商業農業。
それだけで制度の意味が変わる。
マリアが畑の端を歩きながら言う。
「ここは全部、ローデリック侯の土地」
遠くの農地を指す。
「農民は雇われ」
「はい」
ミレイアが記録帳を見ながら補足する。
「自作農率は南部の三分の一」
つまり。
南部の連盟構造――
**村の意思**
それがここでは成立しない。
意思決定は、
地主だ。
エリシアは土を掴む。
乾いている。
だが完全に死んではいない。
「水は」
「地下水位が落ちてる」
マリアが答える。
「雨が二回外れた」
南部と似ている。
だが違う。
南部は
**慢性干ばつ**
北部は
**突発干ばつ**
つまり備えがない。
そこへ、ミレイアが数字を読む。
「北部地主備蓄量」
紙を見せる。
「……多い」
レオンが言う。
「はい」
エリシアも頷く。
穀物はある。
足りないわけではない。
だが――
「分散してない」
マリアが言う。
「全部、倉庫」
ローデリック侯の巨大倉庫。
商人ギルド倉庫。
そして輸送倉庫。
農民の家には、ほとんど残っていない。
「市場農業の構造です」
エリシアは言う。
「収穫→売却→現金」
「備蓄しない」
南部とは逆。
南部は穀物中心。
北部は金中心。
「だから市場が揺れると」
ミレイアが続ける。
「即、危機」
そこへ、ナディアが駆けてくる。
「嬢!」
「どうしました」
「倉庫街」
息を整えながら言う。
「商人が警備増やしてる」
ミレイアが眉をひそめる。
「投機倉庫」
「はい」
エリシアは言う。
市場は先に動く。
そして恐怖が広がる。
丘の下の村で怒号が聞こえる。
農民たちだ。
「売るな!」
「借金が!」
「秋が!」
同じ言葉。
南部と同じ。
だが規模が違う。
エリシアは板を出す。
書く。
**南部モデル**
村共同体
分散備蓄
連盟意思
そして横に書く。
**北部構造**
地主集中
市場販売
備蓄集中
レオンが板を見る。
「……嬢」
「はい」
「同じことできねぇな」
静かな言葉。
エリシアは頷く。
「できません」
南部モデル。
そのままでは無理。
これが現実。
マリアが言う。
「じゃあどうする」
全員の視線が集まる。
エリシアは少しだけ考え、
板に新しい文字を書く。
**地主連盟**
レオンが眉を上げる。
「地主?」
「はい」
「ここは地主が意思決定者です」
村ではない。
ならば、
頂点を動かす。
マリアが小さく笑う。
「農民は従うしかない」
「はい」
「だから農民連盟も作ります」
第二層。
そして三つ目。
エリシアは書く。
**国家備蓄**
三層構造。
地主。
農民。
国家。
南部の連盟とは違う。
だが目的は同じ。
分散。
そのとき、ミレイアが新しい速報を持ってくる。
「王都市場」
紙を渡す。
エリシアが見る。
穀物価格――
**前日比四十二%上昇。**
ナディアが低く言う。
「……もう暴騰」
南部より速い。
そして規模も大きい。
エリシアは板の下に書く。
**北部連盟(新型)**
レオンが笑う。
「連盟好きだな」
「分散が一番強いからです」
遠くで、ローデリックの馬車が丘を登ってくる。
地主会議が終わったのだろう。
風が強くなる。
北の風。
市場はもう動いている。
制度は追いつくか。
それとも飲み込まれるか。
エリシアは板を見つめる。
南部で通ったものは、
ここでは通らない。
だから、
**作り直す。**
第二の制度設計が、始まった。
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