第54話 『援助要請』
北部ヴァルクの議会堂は、南部の集会所とは比べ物にならないほど広かった。
石の壁。
高い天井。
そして半円形の席。
だが空気は、南部の会合よりずっと荒れていた。
「価格が三日で四割上がった!」
「倉庫は商人に押さえられている!」
「農民が売り急いでいる!」
怒号が飛び交う。
北部議会の臨時会合。
そしてその席に、エリシアは呼ばれていた。
南部の制度設計者として。
「静粛に!」
議長が木槌を打つ。
だがざわめきは止まらない。
議場の中央で、マリアが立つ。
「農民はもう余裕がありません」
はっきりした声。
「今売れば助かる。でも秋には買う側になる」
何人かの議員が頷く。
だが反対の声も強い。
「市場に任せろ!」
「国家備蓄など幻想だ!」
「農業は自由であるべきだ!」
声の主は、地主側の議員たち。
そしてその中央に、
ローデリック侯がいる。
腕を組んだまま、静かに議場を見渡している。
エリシアはその様子を観察していた。
南部と違う。
ここは、
**政治が市場に強く結びついている土地**だ。
南部は村だった。
北部は産業だ。
そこへ、議員の一人が立ち上がる。
「王都に援助を要請すべきだ」
ざわ、と空気が変わる。
「国家備蓄を北部に回す」
「輸送すれば持ちこたえられる」
別の議員が言う。
「国家制度はそのためにある!」
マリアがエリシアを見る。
「どう思う?」
視線が集まる。
議場全体の視線が。
エリシアは少し考え、
静かに答えた。
「可能です」
ざわめき。
「国家備蓄は放出できます」
「ただし」
言葉を続ける。
「一度放出すれば、次の干ばつに弱くなります」
沈黙。
「南部は備蓄を積み直す途中です」
「国家倉庫もまだ完全ではない」
「北部だけを救うなら」
言葉を区切る。
「次の地域が崩れます」
議場が静まり返る。
ローデリックが初めて口を開く。
「つまり?」
低い声。
「北部だけを救うことはできない」
エリシアは答える。
「制度は地域ではなく、構造で動く」
「構造?」
「はい」
板を取り出す。
北部収穫量。
備蓄量。
市場倉庫。
地主保有。
数字を書き込む。
「北部は穀物がないのではありません」
ざわめき。
「分散していないだけです」
倉庫。
地主。
商人。
そこに集まっている。
マリアが小さく言う。
「……あるの?」
「あります」
エリシアは頷く。
「ただ、動かない」
ローデリックの目が細くなる。
「私の倉庫を指しているのか」
「はい」
議場がざわめく。
正面から言った。
ローデリックは少しだけ笑う。
「面白い」
だが声は冷たい。
「つまり私に穀物を出せと言う」
「いいえ」
エリシアは首を振る。
「あなた一人では足りません」
議場の全員を見る。
「地主連盟」
「農民連盟」
「国家備蓄」
三つを書く。
「この三層が必要です」
沈黙。
マリアが言う。
「農民は乗る」
議員席から声。
「地主は?」
視線がローデリックに集まる。
しばらくの沈黙。
そして彼はゆっくり言った。
「条件がある」
議場が息を呑む。
「国家は北部農業に介入しない」
「干ばつ時を除いて」
エリシアはすぐ答える。
「それは制度通りです」
「もう一つ」
ローデリックは言う。
「市場倉庫の公開」
ミレイアが小さく息を吸う。
それはつまり――
**商人ギルドの在庫公開**だ。
危険な提案。
そして挑戦。
エリシアは少しだけ笑った。
「面白いですね」
「できるか?」
「やります」
議場がざわめく。
市場を敵に回す。
だが均衡を作るには必要だ。
そのとき、ミレイアが小声で言った。
「王都市場速報」
紙を差し出す。
エリシアが見る。
穀物価格――
**前日比三十五%上昇。**
ナディアが低く言う。
「……もう暴騰だ」
南部より速い。
そして規模も大きい。
ローデリックが立ち上がる。
「議会を休会する」
木槌。
「地主会議を開く」
マリアがエリシアを見る。
「農民も集める」
連盟の芽。
まだ小さい。
だが動き始めた。
議場を出ると、北風が強く吹いていた。
遠くで倉庫の扉が閉まる音がする。
市場はまだ暴れている。
だが今度は、
**制度が追いつくかもしれない。**
エリシアは空を見上げた。
雲はない。
干ばつは続く。
そして戦いも。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




