第53話 『市場の反乱』
北部ヴァルクの市場は、朝から騒がしかった。
価格板の前に人が集まり、商人たちが声を荒げている。
穀物価格――
**前日比二十%上昇。**
南部のときより速い。
「……速すぎる」
ミレイアが板を見つめる。
「投機資金が一気に入っています」
「誰だ」
ナディアが低く言う。
答えは、ほぼ分かっていた。
王都から。
そして――
「商人ギルドだ」
レオンが吐き捨てる。
広場の奥。
巨大倉庫の前で、荷馬車が並んでいた。
北部の穀物が、次々と運び込まれている。
「買い占め」
エリシアが呟く。
「はい」
ミレイアが頷く。
「北部収穫減の情報を利用して、先に市場を押さえています」
国家備蓄制度が動く前に。
市場が先に動いた。
ローデリック侯が倉庫の前で腕を組んでいる。
「見たか」
低い声。
「これが市場だ」
商人たちは北部の穀物を集めている。
農民は売る。
価格が上がるからだ。
それは合理的だ。
だが――
「数日後、倉庫は空になります」
エリシアが言う。
「そのあと、価格はさらに上がる」
「それが市場だ」
ローデリックは即答する。
「農民は儲かる」
「最初だけです」
静かな返答。
「備蓄が消えれば、農民も買う側になる」
マリアが顔をしかめる。
「……それは」
「南部で起きました」
エリシアは言う。
「同じ周期です」
干ばつ。
買い占め。
価格暴騰。
崩壊。
ローデリックは笑う。
「理屈だ」
「現実です」
そのとき、市場の奥で怒号が上がった。
「売るな!」
農民同士の口論。
「今売らないと借金が払えない!」
「でも秋が!」
声がぶつかる。
マリアがその様子を見て、低く言う。
「もう始まってる」
恐怖は早い。
市場が動くと、人も動く。
そこへミレイアが新しい紙を持ってくる。
「王都市場速報」
エリシアが受け取る。
価格曲線。
南部安定。
北部急騰。
そして――
**巨大資金流入。**
エリシアの目が細くなる。
「……バルド」
ミレイアが小さく頷く。
「可能性が高い」
国家制度が通った。
だから市場は次の戦場を作る。
北部。
ここは制度が弱い。
ローデリックが静かに言う。
「市場を止めるのか」
「止めません」
エリシアは答える。
「均衡を作ります」
「どうやって」
広場の視線が集まる。
南部のときと同じ。
だが違う。
ここは村ではない。
巨大農地。
巨大市場。
そして――
巨大権力。
エリシアは板を取り出す。
広場の中央に立てる。
書く。
**北部穀物備蓄率**
**地主備蓄**
**農民備蓄**
**市場倉庫**
ローデリックが目を細める。
「何をする」
「見える化です」
ざわ、と空気が揺れる。
「誰がどれだけ持っているか」
「隠さない」
市場の最大の武器は、
**情報格差**だ。
それを崩す。
マリアが板を見つめる。
「農民の備蓄は少ない」
「はい」
「地主は多い」
ローデリックが腕を組む。
「当然だ」
「だから連盟が必要です」
沈黙。
「地主連盟」
エリシアは言う。
「農民連盟」
「そして国家備蓄」
南部の構造とは違う。
だが原理は同じ。
分散。
ローデリックの目が細くなる。
「私に連盟を作れと言うのか」
「はい」
「私の穀物を縛る?」
「干ばつ時だけです」
ローデリックはしばらく黙り、
そして低く笑った。
「面白い」
だがその目は冷たい。
「だが一つ教えよう」
広場の倉庫を指す。
「市場はもう動いた」
荷馬車の列。
倉庫に吸い込まれる穀物。
価格板はさらに跳ねる。
**前日比二十八%上昇。**
ナディアが息を吐く。
「……暴騰だ」
南部のときより早い。
規模も大きい。
エリシアは板の横に、新しい文字を書く。
**北部危機――進行**
そしてその下に、
**北部連盟――検討**
マリアが言う。
「農民は乗る」
ローデリックは答えない。
だが目は板に向いている。
市場は反乱を始めた。
国家制度は、まだ遠い。
北部は、南部よりも難しい。
だが周期は同じだ。
干ばつは、容赦しない。
広場を北風が吹き抜ける。
第二の経済戦争が、
静かに幕を開けた。
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