第31話 『価格の炎』
南部穀物価格――前日比、二割上昇。
ミレイアが板に書き出した数字に、広場がざわつく。
「二割……?」
ナディアが低く呟く。
「一日で?」
「はい」
淡々とした声。
「王都市場で買いが集中しています」
「誰が」
「複数名義。だが背後は一つでしょう」
ミレイアの視線は遠い。
「バルド・グレイン」
名が落ちる。
投機屋。
干ばつを“好機”と呼ぶ男。
エリシアは板を見つめる。
価格が上がれば、
備蓄の価値は上がる。
だが同時に、
種籾も、来年の購入分も高騰する。
「連鎖します」
ミレイアが言う。
「模倣村はさらに追い詰められる」
ブレイン村の暴動は、まだ鎮まっていない。
「嬢、売るか?」
ナディアが問う。
「今なら高値だ」
誘惑。
売れば利益は出る。
借入の返済も軽くなる。
連盟構想の資金にもなる。
だが。
「売りません」
静かな拒否。
「理由は」
「価格は炎です」
全員が見る。
「今売れば、燃料を投げ込む」
価格上昇は投機を加速させる。
南部の不安は拡大する。
バルドの思う壺だ。
そのとき、馬の蹄の音。
再び王都からの伝令。
「ギルドより通達!」
封蝋は、カイルの紋章。
エリシアが開く。
『価格操作の疑いあり。南部穀物の流通が偏在。連盟構想は急ぐべき』
短い。
だが明確。
カイルは動いている。
「内部抗争ですか」
ミレイアが低く言う。
「可能性が高い」
ギルドは一枚岩ではない。
カイルは安定を。
バルドは暴騰を。
対立が始まっている。
「嬢」
レオンが歩み寄る。
「連盟、今だろ」
「はい」
エリシアは頷く。
「だが急げば、設計が甘くなる」
「でも、待てば崩れる」
正しい。
両方正しい。
エリシアは板の前に立つ。
新しい項目を書く。
価格上昇率。
備蓄保有量。
模倣村数。
数字で状況を整理する。
「連盟は三段階で進めます」
静かな宣言。
「第一段階、情報共有」
価格、収穫量、備蓄。
「第二段階、備蓄比率の標準化」
「第三段階、価格調整」
ナディアが目を見開く。
「価格に手を出すのか」
「はい」
「市場に喧嘩売るぞ」
「売ります」
干ばつは市場を歪める。
ならば制度で対抗する。
リリアナが静かに言う。
「教会は情報網を提供できます」
「ありがとうございます」
アデルへ書状を出す。
同時に、模倣村へも。
成功も失敗も、全て共有。
「責任は取ります」
エリシアは言う。
「広がったなら、支えます」
そのとき、遠くで煙が上がる。
南東方向。
「ブレイン村か……」
誰かが呟く。
暴動は、火を生む。
火は噂を生む。
噂は価格を動かす。
価格は、また火を生む。
悪循環。
「嬢」
ナディアが言う。
「怖くねぇのか」
正直な問い。
エリシアは少しだけ笑う。
「怖いです」
「なら」
「それでも、選びます」
またその言葉。
選択。
背負う。
遠くで雷鳴が鳴る。
だが雨は降らない。
干ばつは続く。
価格の炎は、さらに広がる。
ラグナ村は、今や点ではない。
南部の均衡の一部になった。
次に崩れるのは、どこか。
それとも。
崩すのは、こちらか。
市場との戦いが、静かに始まった。




