第30話 『崩れた模倣』
王都からの伝令は、夜明け前に到着した。
痩せた馬。
乾いた顔。
急報の封蝋。
ミレイアが封を切る。
「……南東部、ブレイン村で暴動発生」
広場の空気が止まる。
「原因は?」
エリシアが問う。
「備蓄枯渇。施し停止。模倣制度の崩壊」
ナディアが低く唸る。
「やっぱりか」
ミレイアは続ける。
「あなたの村の制度を簡略化して導入」
「簡略化?」
「南区画の放棄をせず、備蓄のみ強化」
エリシアの胸が冷える。
切り捨てなかった。
だから崩れた。
「全員を救おうとした」
リリアナが小さく言う。
「その結果、全員が危うい」
沈黙。
レオンが拳を握る。
「……俺たちは、切った」
「はい」
エリシアは頷く。
「順序が違う」
模倣は、痛みを抜いた。
制度の核心は“選択”だ。
選ばなければ成立しない。
「死者は」
ガイアが問う。
「現時点で三名」
重い。
空気が沈む。
「そして」
ミレイアの声がわずかに低くなる。
「ブレイン村はラグナ村を名指しで非難」
ざわ、と空気が揺れる。
「なんだと」
「“冷酷な制度を広めた責任”」
予想していた。
だが、実際に突きつけられると重い。
「責任はありません」
ナディアが言う。
「真似したのは向こうだ」
「責任はある」
エリシアは静かに言う。
全員が見る。
「影響を与えた」
「嬢……」
「止めなかった」
沈黙。
リリアナが静かに言う。
「あなたが広めたのではない」
「ですが、止めもしなかった」
エリシアは空を見上げる。
模倣は始まっている。
止めることはできない。
ならば。
「設計を共有します」
ミレイアが即座に反応する。
「危険です」
「承知しています」
「失敗事例も共有する」
ナディアが目を見開く。
「失敗も?」
「隠せば、同じことが起きる」
レオンが低く言う。
「……俺たちが痛んだ分も、出すのか」
「はい」
板に、新しい線を引く。
成功例だけではない。
南区画放棄。
若者過労。
倍返済断念。
「全部、出します」
リリアナが静かに頷く。
「痛みも、ですか」
「はい」
アデルの言葉がよみがえる。
“甘い”
確かに甘い。
だが、隠せば歪む。
そのとき、再び伝令。
「穀物価格、急騰!」
ミレイアが顔を上げる。
「……始まりました」
「誰が」
「市場が」
王都では、南部の不安を見て動く者がいる。
バルド・グレイン。
投機屋の名が、ミレイアの脳裏をよぎる。
「買い占めか」
ナディアが吐き捨てる。
「可能性が高い」
価格が上がれば、
模倣村はさらに追い詰められる。
暴動は連鎖する。
「連盟を急ぎます」
エリシアは言う。
「アデルに書状を」
「早すぎます」
「遅すぎます」
静かな衝突。
レオンが言う。
「嬢」
「はい」
「俺は、もう無理できねぇ」
「知っています」
「でも、動く」
弱い身体で立つ。
「半袋は、偶然じゃねぇ」
その言葉が、広場に落ちる。
偶然ではない。
選択の結果だ。
ミレイアが低く言う。
「市場は感情で止まりません」
「分かっています」
「価格戦になります」
「受けます」
ナディアが笑う。
「村から始まって、市場か」
「順番です」
干ばつは、土だけの問題ではない。
人の心理。
市場の利害。
噂の波。
ブレイン村の火は、まだ小さい。
だが広がる。
例外は、今度は責められる側になる。
エリシアは板を見つめる。
南――停止。
半袋――証明。
模倣――崩壊。
新しく書き足す。
連盟――構想。
戦いは、土から価格へ移った。
干ばつより速く、市場が燃え始める。
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