第32話 『囲い込みの影』
南部穀物価格――さらに一割上昇。
板に書かれた数字を見て、広場がざわめく。
「止まらねぇな……」
ナディアが低く呟く。
「買い注文が継続しています」
ミレイアの声は冷静だが、速い。
「王都倉庫への搬入量が急増」
「どこ経由ですか」
「複数の商会名義。だが資金の流れは一本」
バルド・グレイン。
南部の不安を煽り、価格を吊り上げる。
売れば儲かる。
持てばさらに上がる。
炎は自らを燃やす。
「模倣村は」
エリシアが問う。
「二村が備蓄を吐き出しました」
沈黙。
「価格高騰で種籾が買えず、暴動寸前」
連鎖は止まらない。
そのとき、使者が到着する。
ローヴェル領の紋章。
アデルの書状だ。
『連盟会合を提案。場所は中立地、三日後』
短い。
決断は早い。
「動きましたね」
ミレイアが言う。
「はい」
エリシアは頷く。
だが、その裏で別の動きもある。
王都、商人ギルド本館。
バルド・グレインは窓辺に立っていた。
「南部は脆い」
低い声。
「少し押せば、崩れる」
部下が報告する。
「ラグナ村、売却拒否」
「予想通りだ」
バルドは笑う。
「例外は邪魔だ」
「潰しますか」
「違う」
振り向く。
「囲い込む」
市場を締める。
流通を限定する。
価格をさらに吊り上げる。
「ラグナが売らなければ、他を締める」
冷酷な合理。
再びラグナ村。
伝令が走り込む。
「流通規制が始まった!」
「規制?」
「南部から王都への出荷に許可制!」
ナディアが舌打ちする。
「締めやがった」
囲い込み。
売らなくても、買えなくする。
価格はさらに上がる。
「連盟を急ぎます」
エリシアは即断する。
「アデルと会います」
三日後。
中立地――石造りの古い交易所。
ラグナ、ローヴェル、二つの模倣村の代表が集まる。
空気は重い。
ブレイン村の代表は目を合わせない。
「あなたの制度で壊れた」
小さな声。
エリシアは否定しない。
「設計が共有されていませんでした」
「言い訳だ」
沈黙。
アデルが口を開く。
「感情は後にしろ」
冷たい一声。
「今は価格だ」
全員が静まる。
エリシアは板を持ち出す。
「価格の炎は、投機が燃料です」
「止められるのか」
模倣村の代表が問う。
「完全には」
正直に言う。
「だが、流通を分散すれば抑制できる」
第一案。
「備蓄の相互融通」
第二案。
「出荷タイミングの調整」
第三案。
「最低価格協定」
アデルが目を細める。
「市場に喧嘩を売る」
「はい」
「負ければ?」
「全滅です」
沈黙。
模倣村の代表が震える声で言う。
「もう後がない」
ブレイン村の死者。
崩れた備蓄。
価格の暴騰。
「連盟を組みます」
エリシアは言う。
「成功も失敗も共有」
「責任は」
「全員で」
アデルがしばらく黙る。
そして、言う。
「条件がある」
「聞きます」
「感情で動くな」
視線が交わる。
「制度は責任だと言ったな」
「はい」
「なら、甘さを捨てろ」
静かな挑発。
「捨てません」
即答。
場が凍る。
「甘さではない」
エリシアは続ける。
「切り捨てた痛みを忘れない」
レオンの顔が浮かぶ。
「それが設計に必要です」
アデルはじっと見る。
やがて、小さく息を吐く。
「……面白い」
机に手を置く。
「ローヴェルは参加する」
模倣村の代表も、ゆっくり頷く。
連盟が、静かに成立する。
だが同時に。
王都では、バルドが報告を受ける。
「連盟?」
笑う。
「囲い込みを強化しろ」
流通を締める。
価格を吊り上げる。
不安を煽る。
市場は感情を食う。
ラグナ村へ戻る馬車の中。
ミレイアが言う。
「戦争です」
「はい」
「剣ではなく、価格の」
エリシアは窓の外を見る。
干上がった畑。
揺れる穂。
「負ければ、村が消えます」
「はい」
「怖いですか」
少しだけ間。
「怖いです」
それでも。
「選びます」
囲い込みの影が、南部を覆う。
制度は広がった。
歪みながら。
市場との戦いは、もう引き返せない。




