23.終わり
「魔道具はお前らだけの特許じゃねえんだよ!」
ダスパンは追いかけてくる敵に爆発の魔道具を投げつける。敵の数を削るだけでなく、距離をとることに成功する。だが、敵も土の魔道具でいくつも壁を作って足止め、逃走先まで誘導させられる。このままだと、先にある森に紛れる前に囲まれるな。
「あとどのくらい魔道具を持っているんだ?」
「いくつもはないっ」
「もう一つぐらい爆発の魔道具はあるだろう、貸せ」
「――――ッ、このメンツじゃ一番腕が立つのはお前だからな」
ダスパンは嫌々爆発の魔道具を出すよう、仲間の男に言う。ダスパンがもう一つは持っていると思って言ったのだが……まあいい。男から左手で受け取る。左腕が痛むが耐えられる程度だ。
「構わず先に進め」
私は立ち止まり敵を見据えると、人数分の殺意が突き刺さる。これほどの殺意を一心に、一度に受けるは初めてだ。逆にやる気にさせられる。
私は駆け出し、正面の敵の一人の首を短剣で切り裂く。そのまま足をとめずに敵の中に入り込み攪乱する。歯ごたえのある相手はなかなかいないな。技術は足りず、味方を巻き込んででも私を殺してみせる気概もない。
私は魔道具を起動し投げ捨て、人の間を縫うようにその場から逃げる。威力と爆発するタイミングはこれまで何度も身をもって体験している。後方で爆発した余波を受け転がりながらも休む暇なく走り出す。
今の間にかなり距離をとられたな。
ヴィートらの背が予想より遠い。ヴィートはついてきた当初、弱音こそは吐かないが足は遅くいつ倒れ果ててもおかしくはなかった。ダスパンらに遅れずついていくので体力がついたものだ。
そのヴィートが振り向き、遠く離れて聞き取れぬかもしれないのに私に叫ぶ。「ロマ先輩」と何度も聞いた呼び声が聞こえた気がした。警鐘だ。肌を粟立たせながら、その場から身を翻す。
「くっ」
またしても一本刺さった。投げナイフだ。しかも身に覚えがある。
右の太ももに刺さったナイフをすぐさま抜き去る。血が流れるが構いはしない。
「ルーデか。どこで隠れ怯えていると思いきや、こんなところまでついてくるとはな」
「お前こそこんなところまで尻尾を巻いて逃げるとはな。苦労したが、もう終わりになりそうだ」
ルーデが手を振るいナイフが飛ぶのを、跳躍して避ける。
互いの視線が交差する。私は逃げることを選択した。
「あははっぁはははは! 必死に逃げるといい! じわじわと嬲り殺してやる!」
だから簡単に死ぬなよ、と悠長にルーデが嘲笑う。悪趣味な奴だ。
ルーデはおそらく首謀者を知っている女だ。囮の餌に食らいついた情報源としては最上だろう。口もそう固くなさそうなのであのまま少しの情報のために戦い、私が死ぬことになってもよかったが、ルーデは私への執着心がある様子だった。
私を追いかけてくるならヴィートらと合流して情報を共有し、できるなら捕らえた方がいいだろう。
ルーデは爆発の魔道具によって負傷した仲間を取りまとめるためか追いかけはしなかった。私はヴィートらと合流し森に逃げ込めるも、森の中にも敵はいた。襲撃をかけてはこないが、私たちの場所を呼笛を鳴らし仲間に知らせてくる。
しかもそれが敵だけでなく、辺境の地の兵まで遅れて私たちを捕らえようと追いかけてきているので、とてつもなく厄介だった。
やはり敵の首謀者は国なのか、最悪を考える私だが、ダスパンは完全に否定する。
「ロマとヴィートがトゥーアに来る前に、寄っていた場所で複数の大きな事件が起きていたらしい。それをお前らが引き起こしていたと衛兵に垂れ込む女がいて、実際にトゥーアでも宿が爆発するという被害が出た」
衛兵は容疑者として聞き取りを行おうとするも、私とヴィートが逃げ出したため更に疑いは増した。爆発まで起こすような危険人物として、兵が出され捕らえようとしているらしい。
「つまり嵌められたということか」
なぜ逃走しつつそんな情報をダスパンが掴んでいるのかというと、通信の魔道具というものがあるらしい。爆発の魔道具もそうだが、これまでの死に戻りの中でカスペは魔道具の入手方法を探ったり、魔道具の研究を進めたりしていたらしい。
私にも寄越せと言うが、味方全員に行き渡るほど数はないと断固拒否される。
「二つも魔道具を消費したしな。それに今のお前に渡せはしない」
私はルーデの投げナイフに塗られていた毒に侵されていた。以前ルーデと戦ったときは掠り傷だったため少量の毒で動けたが、今回はもろに攻撃を受けた。しかも以前より強い毒な気がする。体が焼けているような痛みがあり、脂汗が流れる。
見るからに異常な私なので、ダスパンは苦い表情をしながら言う。
「動けそうか?」
「痛みには慣れている」
「ロマ先輩、誤魔化さないでください」
「……毒がより回るからなるべく動きたくはない。いざとなったら戦えはする」
呼笛が森の中を鳴り響かせる。複数の敵が近づいてくる気配がした。ダスパンは素早く決断する。
「ヴィート、ロマを背負って移動しろ。毒を受けたのと引き換えに敵の数は減ってはいるんだ。まだ逃げきれる可能性は残っている」
私はヴィートに背負わされた。人に身を預けるのは初めてで警戒心から体に力が入るも、毒を受けた疲弊から直ぐに力が抜けた。そんな私を甲斐甲斐しくヴィートはなるべく揺れがないように移動していた。
ダスパンは方角を確認しながら、敵の位置も見て先頭で道を示す。もう一人の男は戦闘を担い、敵がふさがれば道を切り開いていた。二人とも暗部の中で優秀なのだろう。これまで何度も死に戻りを経験しているというのに、このような人材をカスペが有していたとは知らなかったことが不思議だ。だが二人が優秀だとしても限界はあり、先のことを想像してダスパンが「覚悟しておけ」と言ってくる。
「最後まで些細な情報も見逃すな」
森を抜けて視界が日の明るさに塗られる。徐々に鮮明になった視界は崖を捉えた。私たちは逃げ場なく大勢の敵に囲まれる。
「ヴィート、もういい。下ろせ」
「……分かりました」
私はふらつきながらも両足で立つ。汗がぽたりと落ち、地面に染みを作る。汗が鬱陶しいな。
敵が襲い掛かってくるのに合図はなかった。私に殺意が集中しており、庇うようにダスパンらが応戦する。
「私だって戦える」
役に立たないお荷物のまま終わらせはしない。鍔迫り合いとなっているヴィートに加勢して短剣で切り殺す。庇われていた状態から前に出てきた私を狙ってきた敵は顎を蹴り上げ、無防備になった首を掻き切る。私は簡単に殺されはしないぞ。敵を睨みつける。
「化け物め、本当に毒を受けたのか」
敵が怯み、呟きが聞こえてくる。先に殺しにかかってきた敵から殺す。私と敵の間で戦闘が起こらず睨み合う時間が生まれるも、投げナイフが私の脳天を目がけて飛んでくるのを短剣で弾く。
「ルーデ……」
「やはりお前の相手は私だな」
ルーデは私との距離を一瞬で詰めてナイフを振るうのを、私は短剣で軌道を逸らし、ときには避ける。
「惨めだな。もうお前の負けは確定しているというのに、諦めが悪い」
「人のことは言えないだろう。死に戻るというのに何度もハヴェルを殺そうとするお前らも」
「……下らぬ挑発だな」
「効いているなら言った甲斐がある」
「減らず口がッ」
ルーデのナイフが私の頬を掠める。また毒をもらったか。眉を潜める私を見てルーデは嗤い、今度はナイフが目の横を、次は眉の上を掠める。
「私に殺されるのはどんな気持ちだ? 同じ女の身で優劣がつくというのだから屈辱だろうなあ!」
「お前は女だから私に執着するのか?」
「……力の弱い女が英雄を殺し、守っている。気にはなるだろう」
「ああ、だからハヴェルを殺すんじゃなく、私を殺したいのか」
「は?」
「いくらハヴェルの方が守りが堅いとはいえ、私はこの地まで逃げ続ける面倒な手合いだろう。しかも今回のハヴェルは私の存在を知っていない。ハヴェルが自死するか分からないというのに、お前は苦労してここまで追いかけ、手ずから私を殺そうとする」
「……だから何だというんだ」
「手段が目的になっていないか? 今のお前の様子をあの御方が聞いたら、どうしてそんな愚かな行為をするか、嘆き悲しむだろうよ」
「うるさいッ! 黙れッ!」
ルーデは魔法の火を作り出し、投げつける。先ほどまでは顔に傷をつけようと狙っていたので攻撃の予測が分かりやすかったが、近距離で火魔法とは。まともに腹に魔法を受けた。予想外の攻撃に体の力のバランスが抜けて片膝をつくことになる。
「お前にあの御方の考えが分かるはずがない、会ったことのないお前が⋯⋯私の方が分かっているんだ⋯⋯」
私の言葉を真に受けたルーデは、血走った目でぶつぶつと呟く。もっと精神的に追い詰めればいいが……ここが限界か。
「終わりだ」
ルーデがナイフで心臓目がけてナイフを突き刺す。私は死んで、死に戻りが起こるなら直ぐに目を覚まして引き続き今度はどう動くか判断を仰ぐ。
どうせ死に戻るに決まっている。ハヴェルが私のことを知らないとしても、私の死体を見てハヴェルが自死しなかったとしても、ハヴェルが殺されて死に戻ることだってある。
そうでないとやりきれない。こんなに私を殺せて愉悦に嗤うルーデに、腹が立って仕方がないから。
ルーデが私に執着するように、私もルーデに思うところはある。
ルーデの策略通りにさせてたまるか。
ちょっとした意趣返しだ。簡単には殺されてみせない。一撃でも、二撃でも三撃でも攻撃を避けてやる。ふらついた体で、地面に倒れ込むことになっても。指先が崖の終わりを触る。
「どうせならこの終わり方がいい」
指先の方向に体を傾ける。後は簡単に崖から落ちて死ねる。敵に簡単に死体を預けないで済む。私の原形が分からない状態までなるだろうか。
先程までいた場所が遠ざかる。私の自死に意表を突かれてルーデが喚き散らす声も遠ざかって直ぐに聞こえなくなり残念だ。
「ロマ先輩!」
その声は聞こえないはずなのに。
なぜかヴィートが崖から落ちている。飛び降りたが正しいか?
私に懸命に手を伸ばしている。私なんて守る価値なんてないというのに愚かだ。助かるはずないというのに。私が狙われているから今の間に逃げられたかもしれないのに。暗殺者で、逆の立場になってもヴィートを守らず見殺しにする女だというのに。
私は来たる死に目を瞑る。流石に疲れた。
「くっそぉ!」
珍しい、荒々しい声だ。腕を取られ、体が包まれる感触がある。
「死なせてたまるか」
体に衝撃が走る。想像していたよりも痛みは少なかった。




