22.容疑者
襲撃者の策略は既に始まっていた。私たちがその策略にようやく気付いたのは、首都に向かうため宿を立とうとしていたときだ。
急な爆音と共に壁が破壊される。破片が飛ぶのを咄嗟に伏せ持っていた荷物でも防ぐ。
爆発の魔道具か。
破壊された壁の先は私とヴィートがとった宿の隣室だ。事故などでなく、私への襲撃に違いない。戦闘に備える。だが、破壊された壁の先からも、宿の扉からも来る気配がない。
隣室は一般人が二人泊まっていた。襲撃者が一般人に偽装していたか? いや、素人の立ち振る舞いで、疲れで気が緩む夜を襲撃していたはずだ。
隣室は火が広がり始めており、爆発のせいで酷い被害を被っている。火のせいで見にくいものの、隣人の鞄が床に転がり落ちていた。部屋の隅で人らしきものも、見えた。微動だにしない。
「ロマ先輩⋯⋯どうします?」
ヴィートが不安そうにも、私に判断を仰ぐ。隣室にいる人までは気づいていないらしい。
「まずは焼死する前に宿を脱出する。相手は脱出したところを狙っているかもしれない、慎重に行くぞ」
隣室で倒れる人を助けている余裕はない。助けてもさらなる襲撃に巻き込むことになる。爆発で死んでいる可能性だってあるのだ。
ヴィートが気付いた場合の説得を考えつつ、宿を脱出する。宿の女将は何があったのかと狼狽えているため、隣室から突然爆発して逃げてきたと一般人を装って伝える。
女将はすぐに状況を理解し、宿で避難していない者を確認、野次馬をしている通行人に救助を要請していた。これで隣室の者も間に合うかはともかく救助が行くだろう。
「何事だ!」
騒ぎを聞きつけた衛兵も近くにいたためか、駆けつける。
このとき、猛烈に嫌な予感がした。私はヴィートを引っ張り、混乱する状況に乗じて場を離れる。
衛兵は通行人から説明を受けて、そんな私とヴィートを見遣る。
私とヴィートは爆発で飛んできた破片のせいで切り傷を負っており、簡単に被害者と分かる状態だった。だから通行人は指を差して、衛兵に既に脱出した被害者がいると教えたのだろう。
衛兵は私とヴィートを厳しい目で見ていた。他の衛兵を呼び、私とヴィートを追えと指示を出している。
「せ、説明した方がいいんじゃ⋯⋯」
「あの様子では知っていること全て吐けと尋問になるぞ」
他の衛兵まで厳しい目で「止まれ!」と追いかけてきている。それでとまらぬ私とヴィートには敵意を持たれ始めている。
まだ囮を果たすことも諜報も何もしていないというのになぜだ?
既にトゥーアについて情報を集めているだろうダスパンとは最初に秘密裏にあった以来、会っていないというのに。
国境の検問所では遠い外国のカスペから来たため色々聞かれはしたものの、無事入国できた。他国の人間のため、要注意とマークはされていたか?
とにもかくにも、まずは衛兵を撒く。
まだとまれと言われているだけだ。捕まえろとも殺せとも言われていない。襲撃者と同類と決めつけ反撃するには、衛兵の立場が邪魔をした。
土地勘なんて来たばかりで掴めていないので、直感で選んだ隘路に入り全力で駆けだす。これで行き止まりだったら、大人しく捕まるにしても反撃するにしても終わりだな。
隘路は大通りに繋がっていた。ただ人通りはそう多くはなく、紛れ込むには不十分だ。逃走が続く。
隠れる場所があればいいが。ダスパンと繋ぎを得られた商会に身を隠すか? いや、衛兵に見つかりでもすれば、私とヴィークのみでなく商会まで巻き添えだ。リスクが大きすぎる。
もう死ぬ羽目になるのか?
嫌な考えが過る中、一人の通行人の女性と目が合う。一本の道の方へ手だけで指し示し、自ら先にその道へ進む。敵意はなさそうだった。ついていく可能性にかけるか。
その道へと曲がり進むと、先ほどの女性が微笑んで「お先へどうぞ」と立ち止まっている。
「来い」
男の控えめな声が耳に届く。ダスパンが家の扉を開けて呼んでいたため、私とヴィートは飛び込むように家に入った。扉が閉められた直後に、扉越しに「きゃっ」と悲鳴があがる。
「すみません! お怪我はありませんか?」
「え、ええ……大丈夫です」
「本当にすみません。怪しい人物を追う余り、周りが見えていませんでした」
追いかけてきていた衛兵だろう。その後、どたばたと複数の足音が遠のく。
「助かった」
「ありがとうございます、ダスパンさん」
「危ないところだったな」
「この家は?」
「借家だ。どうして衛兵から逃げた?」
「爆発に巻き込まれた私とヴィートに、最初から厳しい目で見られたからだ」
「……まるで容疑者を見るかのような目でか?」
「……そうかもしれない」
ダスパンが深く溜息をつき、ソファーに座る。私はダスパンに問いかける。
「国が相手か?」
「…………それなら適当な罪をでっちあげて捕まえればいいだけだ。今回はわざわざ宿屋を爆発させ、その罪を着せた」
「衛兵はなぜ僕たちが犯人だと、爆発直後にあたりをつけたのでしょう? 誰が疑わしいか、調査もなく僕たちだと疑っていましたが」
「お前らが怪しい動きをしていたんじゃないか? ロマなんて特に落ち着いていただろうしな」
「私とヴィートを一目見て直ぐだったんだぞ。様子を見る時間なく、だ。死に戻りすることを考えて、明らかに国が首謀したと分からないようにしたんじゃないか?」
「……首謀者が誰かはともかく、今現在分かることは、相手が衛兵を動かしたかったことだ。そして、既に動かすことには成功している。お前らが逃げたと周知される前に、ここから脱出した方がいいな」
ダスパンの案内に従い、折を見て商会の荷馬車に乗せられる。検問がまだ厳密でない内に脱出させられた。
ただ気を付けるべきは衛兵だけでない。御者が叫ぶ。
「襲撃だ! 何でもいい、身を隠せえ!」
まさに雨のように矢が降ってきていた。その物量に加えて矢は土の魔法でできており、荷馬車の幌を簡単に破り身を突き刺す。
「ッ先輩!」
荷馬車に隠れて襲撃で警戒するにもできない状態で、この魔法の矢の範囲と威力だ。攻撃から避けられるなんて運で、私は運が悪かった。左腕に一本突き刺さり、矢はさらさらと土に戻る。
「くそっ。ヴィート、急ぎ手当をしてくれ、布を巻くだけでいい」
「はいっ」
「直ぐに第二の攻撃が来る」
再度魔法の矢が降り注ぐ。今度は運には頼らない、短剣を右手で握りしめる。
「私がやる」
ヴィートに左腕を差し出しつつ、破れた幌から私とヴィートに刺さる矢を予想し、短剣を振る。二本の矢を逸らしてみせる。
第三の魔法の矢が降るが、同様に被害を防いだ。その間に左腕に布を巻けるも、血が滲む。……この程度で済んだだけマシと思うしかない。
御者は矢を頭に受けたのか、死んでいた。馬も死んではいないが、体に何本も弓が刺さったのか出血しており萎縮している。
私とヴィートの他に生き残っているのは、一緒についてきたダスパンと商人の男の二人だ。
「どちらも戦えるのか?」
立場が上なのか、ダスパンが答える。
「一応な。ただ逃げ延びることを推奨する。戦力差は歴然で、戻って衛兵に助けを求めることもできない」
敵はざっと数えて三十人ほどいた。御者が生きていたとして、五人に対してこの人数だ。これで終わりにしてみせるという気勢が見える。
「どこに逃げればいい。首都までか?」
「この状況下でよく言える」
「私とヴィートはほぼ二人でトゥーアまで来たが?」
「冗談じゃねえのかよ……」
「考えるとよくここまで来れましたよね……」
ヴィートがぼやく。
ダスパンは明るい声で言う。
「そんな二人がいるなら生き残れるかもしれないな。逃走先は前に進むしかない。辺境の名に相応しい自然溢れる土地だ。この先もどれほど敵が潜んでいるか分からねえが、自然が味方してくれることを祈ろう」




