24.理解できない
体を揺さぶられて、その不快感に意識が浮上する。
「だれだ⋯⋯」
私は背負われていた。
「ヴィートです」
「どこに⋯⋯つれていく」
「安全なところに。今は休んでいてください」
起きていなければならないが、無害そうな声で瞼は落ちる。
夢を見た。
母が、ベランジェールが、第二王女が、表社会の人々が私をじっと見ている。
私はこれまで暗殺してきた人々に体を掴まれ、足元の泥の中に引きずられる。私は当然だと抵抗しない。
「地獄に来い」
ミフェルの声がして、私は顔まで泥の中に沈み込まれる。
「ロマ先輩!」
無理やり手を取られて引きずり上げられる。泥のせいでヴィートがどんな表情をしているか、分からなかった。
はっと目が覚める。
見知らぬ⋯⋯洞窟か? 雨の湿った匂い、しとしとと降る音。体のだるさを無視し横たわっていた体を起こすと、いきなり抱きつかれる。
「やっと⋯⋯もう、死んじゃうかと思いました」
体を震わせ、すんと鼻を鳴らす。
「ずっと、まるで死んでいるかのように寝ていたんですよ」
ヴィートが私の顔を見上げる。瞳は涙で濡れ、一筋こぼれる。
「なぜ、助かった?」
絶対に死ぬ高さだった。崖下には木々があったが、衝撃を殺しきれたとは思えない。
「…………言い訳はできそうにないですね。これです」
風が吹き、ヴィートの広げた手のひらに収束し渦巻く。
「魔法が使えたのか」
「はい」
「助かった。⋯⋯だが、なぜ隠していた」
魔法の力があれば自らの有用性を証明でき、生きるのには苦労しない。今のように剣士ではなく、希少な魔法使いになれる道もあった。
「僕にとって魔法は忌むべきものだからです」
ヴィートは風を握りつぶし、散らす。
「魔法って遺伝なんですよ。僕の住んでいた国では魔法は特権階級だけが持つものなんですけど、僕は庶民でした。庶子だったんですよ、どっかの貴族が母を孕ませて捨てたから認知されていない子どもと聞いています。魔法はそんなのが僕の父ってことを嫌でも分からされるので、魔法に頼らないで生きてきました」
淡々とヴィートは語り終える。私は使えるなら何でも使うべきだと思うが……ヴィートにとっては違うということらしい。
「ただ死ぬよりは魔法を使う方がマシだったのか? ついでに私も助けたのか?」
「……流石にそれは怒ります。死ぬより魔法を使う方がマシなのは認めます。ただついでで僕はロマ先輩を助けたと?」
「訂正する。一人で逃げるより、二人で逃げた方が勝算はある。ただ私が毒を受けた重荷ではあったが」
「…………本気で言っているんですか?」
「じゃあなんだ。私のために魔法を使ったと? ヴィートを頼るとは言ったが、命を懸けろとまでは言っていない。ヴィートは私を先輩と懐いてくるが、私は偶然奴隷になっていたところを助けただけで、後から面倒を見ていたのも言われたからやっていただけだ。私はヴィートに助けられるほどの価値はないというのに、私はヴィートを――――」
体が重い程度まで毒から回復したとはいえ、この先のことを考えて言うべきことではない。ただ理屈ではなく感情が口からこぼれ出た。
「逆の立場だったら迷うことなく見捨てているような奴だぞ。そんな私を助けただなんて……理解できない」
きっとこれは罪悪感なのだろう。後は困惑。
お互い口を開かないため静寂が漂う。
私は諦めた。これ以上ヴィートを頼ることはできない。このようなことを言う私と一緒に行動できないだろう。身支度をして洞窟を出る。雨は依然として降っている。
ヴィートは私に遅れて黙ってついてきた。もう理由は聞かない。理解できないことを聞きたくない。
行き先は分からない。寝ている間にどの程度時間が経ったのかも、敵がどの程度潜んでいるのかも分からない。敵がいないかは警戒するも、あてもなく森を歩く。そうしていつしか森を抜けた。
雨はいつの間にか上がっていた。日の光を一身に浴びて目を細める。暗い森のなかから開けた先は花々が広がっていて、地面を鮮やかに染め上げていた。
「っはははは、あはははは!」
ヴィートが笑い声を上げる。狂ったか?
ちらりと視線だけ向けると、急に私の手を両手で握ってくる。その手の熱さに少し驚いた。
「色々考えたんですよ、どうしたら伝わるかなって。ロマ先輩、分からずやですもん。自分の考えがぶれないせいでこれまで伝えてきたことは伝わってなくて、どうしようって迷って、迂闊に言葉を紡げないぐらいで…………でもこの光景を見て吹っ切れました。悩んでいるのが馬鹿らしいって、もう全部伝えちゃおうって」
瞳が真っすぐすぎるくらい私を見ている。握る手を払おうとするも、弱っている体のせいでできない。逃がしてくれない。
「ロマ先輩、好きです。頼れる先輩として、異性として、好きです」
息が詰まり、直ぐに何か言葉を吐こうとして空気だけが漏れる。
「拒絶しないでください。……分かっています、受け入れられないですよね。ロマ先輩は普段の言動からは分かりにくいですが、僕たちが思っている以上に罪の意識が、暗殺者として人を殺してきた意識がありますよね」
心臓を貫かれたようだった。
ヴィートなんかに見透かされるはずがない。そんな考えが外れた。
「だから人の好意を受け入れられない…………違いますか?」
違うと嘘がつけたらいい。だが、そんなことができれば、私はもっと器用に生きている。
図星だ。こんな私を、罪を犯した裏社会の人間を、表社会の人間が好きになるなんてありえない。
人の好意をありえないと一蹴した理由が自身の中で腑に落ちる。ヴィートの問いには答えず黙ってやり過ごそうとした。そんなもの肯定しているのと同じで無意味と分かっているが、せめてもの抵抗だった。
「罪なんてどうでもいいですよ」
意表を突かれる。
これまで奴隷以前の身元が割れていないからとヴィートを疑い続けていたが、使わないでいた魔法を使い、寝込んでいる間も目を覚ますまで守り続けてくれた。
潔白は限りなく白であるヴィートが、そのようなことを言うなんて。
「僕は、僕が見てきた先輩が好きです。罪を犯したと聞いても、好きという気持ちは揺らぎませんでした」
「そんなの、おかしいだろう」
「だって犯した罪は償っているじゃないですか。何度も死ぬことになってもハヴェル様を守り続けて、今も囮までしています。きっとベランジェール様も同じような気持ちですよ。だからロマ先輩に親しく接していたと、僕は見ていました」
ベランジェールの名を出されて、元々なかった勢いが失速する。それは卑怯だ。
「……私は数えきれないほど人を殺してきた。これぐらいのことで償いきれるものではない」
「そうかもしれないですね。だからロマ先輩はそのままでいいですよ。僕が勝手にそう思っているだけなので」
握られたままの両手を離される。解放されたと一歩後ろに下がると、ヴィートは一歩つめる。まだ話は済んでいないらしい。顔をしかめる。
「ロマ先輩、好きです」
「……理解はできないが、分かった」
「ロマ先輩の気持ちは?」
「ヴィートをそのような対象として見たことはない。興味がないんだ。誰かを異性として好きになることはこの先きっとない」
「…………答えは分かっていたつもりですけど、ショックですね。でもロマ先輩、この先も頼りにしてくれますか? 一緒にいていいですか? このような光景がこの光景が一緒に見れたら嬉しいです」
「⋯⋯そうだな」
お互いの心の内を曝したせいか、そのぐらいの関係性は許せる。絆されたか。ただ囮を続ける中でこのような光景をまた見られるのは悪くないと思った。
「やったあ!」
ヴィートが抱き着いてくるのをやめろと引き剝がそうとする。そのとき背後でかさ、と草が擦れる音がした。敵かと振り向くも違った。
「ハヴェル……?」
そこにいるはずがない英雄がただ一人で立っていた。




