99.工兵、愚痴る。
魔王軍の工兵の視点のお話。
すでに戦闘終了済。現役魔王も三魔将も処理済ですが、誰もそれを知りません。
北西部、白蛇の御座に程近い一帯を封鎖するよう、勅命が下った。
封鎖が必要とあらば、封鎖に必要な環境を完璧に設定してみせよう。
我らは工兵。場の最適化においては他の追随を許さない。それが我らの誇り。
今代の魔王陛下が即位なされてからは魔道具を多用するようになり、軍内部における権力構造にも変化があったようだが、そんな雲の上の話は知った事では無い。
用いる道具が変わろうとも、任務の本質は変わらない。我らは地に足を着け、場を最適化する。
封鎖任務は珍しくない。任務遂行に際して幾つかの付帯事項が付いていたが、それも珍しくない。ままある事だ。
今まで数多く遂行してきた任務と同様に、今回も任務を遂行するつもりだった。
しかし、今回の任務には、今までとは少々毛色の異なる命令が混じっており、それが少々の混乱をもたらしていた。
今回の封鎖任務には、付帯事項が三つ。
一つ目の付帯事項は、特殊な内容だ。
『封鎖のための魔道具を設置後、引き続き、その場にて任務を続行せよ』
我ら工兵は、環境設定後に引き上げ、別部隊に引き継ぐのが慣例――……だった。
旧来の慣例ではそうだったのだが、最近は継続して任務に就く事が増え、こちらが慣例になりつつある。
二つ目の付帯事項は、よくある内容だ。
『封鎖区域に侵入しようとする者があれば、これを全て撃退せよ。侵入者の生死は問わない』
軍が封鎖する場所に入ろうとする者は敵と見なす。敵の生死は不問。普通の事だ。
三つ目の付帯事項は、まれにある内容だ。
『封鎖区域より脱出しようとする者があれば、これを全て捕縛せよ。その際には、必ず生け捕りにせよ』
生け捕りの指示。具体的な対象は指定されていない。
生死不問よりも技術的な難易度は高いが、命令とあれば従うまでだ。
上記の内容に関しては問題無い。困難な内容も含まれているが、達成可能だ。
問題は、三つ目の付帯事項の末尾に添えられていた注釈だ。
『ただし、捕縛対象を視認してはならない』
見ないで捕まえろとは、これ如何に。頓智か。
上官から命令されたその場で上申したが、命令している上官自身、混乱している様子がうかがえた。
結局、何もわからぬまま、現場に赴く事となった。
「マジで無茶ぶりすぎよな。俺らを何だと思ってんのかねぇ」
「それについては私も同感だが……。愚痴っても仕方あるまい。こんな所で無駄口を叩いてないで、自分の持ち場に戻れ」
同僚が私の所まで来て愚痴を言う。
任務中に愚痴るのも問題だが、持ち場を離れるのはそれ以上に問題だ。
「今は任務中だぞ。とっとと戻れ」
「えー、やだやだー、帰りたくなーい」
「やだとか言ってんじゃあない。ガキか」
「ガキで結構だよ。ただ突っ立ってるだけとか、ガキのおつかいより酷ぇよこれ。暇すぎて死にそうなんだけど」
「だからって、こっち来んな」
気持ちはわからんでもないが、サボりの共犯だと思われたら、上官から大目玉だ。最悪、魔道具の実験台にされかねん。
「真面目にやれ、真面目に」
「そう言われてもよぉ……」
「我らの行動が作戦の成否を左右すると言われたろう。封鎖区域内では、魔王様が直々に作戦行動中だ。失敗したらどうする」
「あー、そういや言ってたな、そんな事も。毛も生えてねえお子様キ〇タマが現場に出しゃばってんだっけか。三マヌケと一緒に」
「おいぃっ!?ここでその呼び方はヤメロぉっ!?万が一連中に聞かれでもしたら洒落にならんぞ!?」
「へーい、以後気を付けまーす」
現在、我らが偉大なる大魔王陛下様は、信頼篤き三大幹部のみを伴い、謎の重大な秘密作戦を敢行中であらせられるらしい。
そんでもって、我ら下っ端は、秘密作戦の成功率を上げるべく、重要な後背を任されている訳でございます。
大変光栄な事でございますですね。
「しっかし、マジで暇。ホント暇。暇すぎるぜぇ」
「言うなよ、そういう事。気が滅入るだろうが」
「っつてもよぉ。マジ暇すぎ。何これ。何なのこれマジで」
「何って、封鎖任務だ」
「俺らの本来の仕事って、封鎖のための準備までだろ。なんで引継ぎ無しでそのまま立たされてんだよ。カカシじゃねえんだぞ、俺らはよ」
「そういう命令なんだから、従うしかないだろう。いいから持ち場に戻れ。敵が来たらどうする」
「誰も寄りつかねえっての。この先、おっかねえ蛇がいるだけだろ」
「逆に考えろ。こんな誰も来ないはずの場所に誰かが来るとしたら、無辜の一般人という事は絶対に無い。十中八九、作戦を邪魔しに来た敵って事だ。わかったら警戒しろ、警戒」
「警戒、ねぇ……。ぶっちゃけ、いらねえだろ、警戒。誰か来たら魔道具が反応するし。準備を済ませれば、後は全自動だし。俺ら寝てても問題無さ気じゃね?」
「……言うなよ、そういう事、ホントにさぁ……」
奮い立たせる端から、どんどん気が滅入る。
そうでなくても気が滅入る事が多くて全然やる気出ないのに。
「……実は、少し小耳に挟んだ話があるんだが……。聞くか?」
気が滅入りすぎて、つい、こぼしてしまいたくなった。
「ん?何だよ。お前、何か知ってんのか?」
「まあ、知ってると言えば知ってると言えなくもない」
「持って回った言い方してんじゃねえよ。早よ言え」
「それじゃあ話すが……。今回の作戦って、女が原因らしいんだわ」
「……はっ?女?」
「女を捕まえる事。それが今回の作戦の真の目的らしい」
一度こぼしてしまえば、もう歯止めは効かなかった。
壊れた水門のように、今まで黙って溜め込んでいた言葉が漏れ出す。
「お前、半年くらい前にあったアレ、覚えているか?」
「急に話が飛んだなぁ……。半年くらい前って言うと、黄玉の生まれ故郷の岩穴を埋め立てた奴か?」
「いやそれじゃなくて。半年くらい前にも、この辺で何かやってたろう?」
「そんなんあったっけ?」
「ほら、アレだよ。今回と似たような感じで、魔王様が陣頭指揮を執る、とか言ってたアレ」
「ああ、あの話か。俺らには声かかんなかったけど、一応覚えてるぞ。でもそれって、まだ半年経ってなくね?」
「細かい事を言うなよ。大体半年くらい前だろう、アレがあったの」
「反乱の鎮圧だったっけ。早い内に芽を摘むのに成功して、一日で鎮圧しちまったんだっけか」
「それそれ。……それの裏事情を聞いてしまってな」
「裏事情とか、大袈裟な言い方だな。どうせ身勝手な不平不満とかだろ。反乱を起こそうとするような連中ってのは、どいつもこいつも似たり寄ったりだし、聞く価値ねえよ、事情なんて」
「私も最初はそう思ってたんだが、例のアレに関しては、そういうのではないらしい。……実際には、女を取り合ってただけらしいんだわ」
「痴情のもつれかよ!?……いや、まさか、さすがに無いだろ。正式に軍が動いてたんだぞ」
「ああ、軍が動いてたのは間違いない。あの黄色いトッチャン坊や、もっともらしい理由をでっち上げて、軍を私用に使ったんだ。女を自分のモノにするためだけにな」
「いくら何でも、あり得ねえだろ」
「……本当に、あり得ないと思うか?」
「……あり得ない、とは言い切れない程度には酷いか。あの黄玉、めちゃくちゃ変な方向に転がりまくってるもんなぁ、ここしばらく……」
「右腕を務めておられた参謀殿が倒れられて以来、何もかも変わってしまった。今はもう、何を仕出かしてもおかしくない」
「い、いや、それにしたってなぁ……女が原因で奇行に走る男は多いけどよ……」
「反乱鎮圧の名目で集められた連中は、作戦開始直前になって、真の作戦目標を聞かされたらしい。女の周りにいる野郎どもを全員排除して、女だけ自分の前に連れて来いって」
「大昔の暴君かよ」
「こんな作戦、どんな忠実な兵士だって反感を抱かずにはいられない。そんな反感で胸いっぱいの時に、目の前に現れたのが、そりゃあもう物凄い絶世の美女だったらしくてな。先発隊の隊長が、その女を自分のモノにするために反乱を起こしてしまったらしいんだわ。……肝心の女は、まんまと逃げおおせたらしいが」
「いやいや待て待て待て。反感から反乱までが急展開すぎだろ」
「私も最初にこの話を聞いた時はそう思った。だが、その時に実際に反乱を起こしたって言う部隊の生き残りが、そういう話をしていたらしい」
「生き残りがいたのか?反乱分子は全滅するまで抵抗したって聞いたぞ?」
「口封じを辛くも生き延びた者がいたらしい。そいつが隠れて療養している治療院の院長の従弟の友人の従妹が、俺の兄嫁の義妹の恋人の知り合いと同じ職場で働いてるらしくて、そこからネタが流れてきたんだ」
「いや遠いなおい。よく信じたな、その話」
「半信半疑だったよ。今回の作戦名を知るまではな」
「……作戦名?何だそりゃ?」
「今回の作戦には名前が付けられているんだ。知らされてるのは幹部だけで、公表はされていないが」
「公表されてねえのに、なんで知ってんの、お前」
「幹部専用の変な色眼鏡、あるだろう?アレの洗浄を押し付けられた時に、たまたま偶然ちょっとだけチラッと少し中が見えてしまって、知ったんだ。私は別に知ろうと思ってた訳じゃあないんだが、偶然にもな」
「へー、偶然ねー」
「で、作戦名、何だと思う?」
「知るか。早よ言え」
「せっかちな奴だな。ちょっとくらい考えてくれてもいいのに……」
「は・よ・い・え!」
「わ、わかったよ。作戦名は『魔女狩り』だ」
「……それって、もしかして、さっき言ってた女を捕まえようとしてんのか?」
「どうやら、そうらしい。反乱の混乱に乗じて逃げられて、それからずっと探してたらしいんだが、ようやく手掛かりを見付けて、今度こそはと意気込んでるらしいんだわ」
「……マジで女狙いのために、こんだけ大事にしてんのかよ……どんだけなのよ、その女……」
「本当に、とんでもない美女らしくてな。どんな男も一目で骨抜きにされてしまうくらい物凄い美女らしいぞ。どこで出会ったんだか知らんが、黄色いトッチャン坊やも年甲斐無く骨抜きにされて、どうしても手に入れなくちゃ気が済まんって事らしい」
「……それにしても、さっきから『らしい』多いなぁ……」
こぼし終えた。
こぼし終えて、頭から血の気が引いた。
「……今の、他言無用で」
「言わねえよ」
思わず周囲を見渡したが、こちらの話を聞いている者はいなかった。
私と話し込んでいる同僚のように、持ち場を離れている者が多い。
ただでさえ、一人一人の持ち場は離れている。寄り集まったせいでスッカスカだ。
「……どいつもこいつも、たるみすぎだ。封鎖任務の最中なんだぞ、今……」
「無理もねえよ。黄玉が一番に信じるのも頼るのも魔道具だ。信じられても頼られてもねえのに、やる気なんか出ねえよ」
「そ、そんな事は無いぞ。魔王様は、我らを信じてくださっているからこそ、こうして任務を与えてくださっているはずだ。し、信頼に応えなければ」
「お前も本当はわかってんだろ。こうして俺らがカカシ扱いされてんのが何よりの証拠じゃねえか」
「そ、それは、つ、つまり、信頼してくださっているから――」
「他の荒くれ者どもよりは魔道具を丁寧に扱うからって理由だけで、俺らは仕事を押し付けられた。魔道具を設置さえすれば、後はもう誰を立たせておいても同じだと思ってやがんだよ。だから、引継ぎ無しでそのままだ。そういう事だろ?」
「……………………」
「参謀が健在の頃は、ここまであからさまじゃなかったのになぁ……。いい加減、辞め時か」
「お、おい、冗談でも止せ。辞めるとか言うな」
「なんだ、冗談に聞こえたのか?」
「……っ……」
「……なあ、聞いた事あるだろ。あの鉄面皮の参謀の方が『らしい』って話」
「っ、止せ!」
「もうウンザリなんだよ、偽物に仕えるのは」
「その話だけは本当に止せ!何人の首が飛んだと思ってる!」
「本物が健在なら、偽物に仕えるのでも悪くはなかったんだけどな。結局は本物に仕えてんのと同じだし」
一時期、荒唐無稽な噂が流れた。
『今代の魔王陛下は、極めて精巧に造られたゴーレムである』という噂だ。
さすがに、こんな荒唐無稽な噂を本気で信じた者はいなかったと思うが、こんな噂が出てきてしまうような下地があったのが問題だった。
黄色い方の自称魔王は、ただの傀儡だったのではないか。
真の魔王陛下は、右腕として傍に侍っていた参謀殿の方だったのではないか。
そう疑っている者が少なからずいた。
たかが噂、されど噂。あまりにも不敬な内容の噂だったため、上層部は事態を重く受け止め、関係者は厳罰に処された。
噂を流布した発信源の連中は勿論の事、その上役にも類は及び、最終的に当時の将は引責辞任させられている。
以来、この件にまつわる一切は、禁句となった。
「魔王様は、本物だ」
「本物か偽物かなんて、どっちでもいいんだよ、本当は。……本当に、どっちでも良かったんだ。たとえ偽物であったとしても、本物になろうと努めているなら、仕える価値はある。けど、黄玉は女のケツを追うのに忙しくて、本物を演じる暇が無さそうだ」
「……………………」
「偽物の地位に胡坐かいてる偽物。どんだけ金もらっても仕えたくねえよ、俺は」
「……本気、なのか?」
「……まあな」
「だ、だが、辞めてどうするんだ。お前の嫁さん、臨月だったろう。これから何かと物入りになるのに、辞めるなどと……」
「実は、嫁の知り合いから声をかけてもらっててな。俺の腕を買ってくれてるみたいでさ、うちに来ないかって言われてんだ」
「そ、そうなのか?」
「まだ話を聞いただけなんだけど、労働環境のいい職場みたいなんだ。専門職は専門の業務に専念できて、業務規定外の雑務を押し付けられる事も無いみたいだし」
「お、おお。そうなのか。それはいいなぁ……」
「それと、これはまあオマケなんだが、休みが多く取れる職場みたいなんだ」
「休みが多い?わざわざ言うって事は、そんなに多いのか?」
「そうなんだよ!めちゃくちゃ多いんだよ!週休二日制!年末年始お休み!夏の慰霊祭お休み!有給休暇も年60日もらえるって言うし!それとは別に申請すれば冠婚葬祭でもお休み取れるし!男でも育児休暇を取れる制度まであるって言うんだよ!凄くね!?」
「確かに凄いな。嫁さんの事もあるし、お前にはドンピシャだな」
「まあ、休みが多い分、今よりも給金は減っちまうんだけど……。基本給が低めな代わりに、毎月定額で残業代が支給されるっていう制度があって、残業0時間の月でも満額で残業代が出るんだってよ。マジ凄くね?」
「残業しなくても残業代が出るとか、斬新すぎるな」
「そうそう、その職場、知名度が低いせいか、専門職の集まりが悪いみたいでな。常に人手不足で、それを解消するために紹介制度ってのまであるそうなんだ。俺から紹介するから、お前も一緒に来ないか?紹介した方とされた方に一時金が支給されるみたいだぞ?」
「至れり尽くせりか」
「な?良さ気な職場だろ?どうだ?」
「……………………」
同僚に誘われて、激しく悩んだ。あまりにも魅力的な職場だ。
軍で働くのは誇り高い。軍を辞めて市井に下る事には抵抗感がある。
しかし、それを押して尚、魅かれた。
特に、正当な誇りを抱き難い今の状況では、魅かれざるを得ない。
「俺としては、新しい職場に一人っきりってのは心細いし、お前が一緒だと心強いんだけど」
「う、うーん……」
いやしかし、やはり軍は辞め難い。
職業に貴賤は無いと言われるが、それは理想論だ。
軍人は忌避される事もしばしばあるが、市井の民を守る仕事に就いているという誇りは捨て難い。
「わ、私は――」
「待て。何か様子おかしくないか?」
返事をしようとしたら、途中で遮られた。
同僚が北を睨んでいる。
視線の先には、黒く細い煙が立ち昇り、変な物が飛んでいた。
「んんっ?何だ?あれは、空飛ぶクモ?なんでクモが空?」
「そんな事より、なんか変な煙出てないか?まさか狼煙じゃねえだろうし」
「いや、クモ?あれ、クモ飛んでる?北?北に向かってる?」
「こんな火の気の無い場所で、マジで何の煙なんだ。例の女が出してんのか?」
ゾワリッ。
本能的な危機感に、肌が粟立つ。
今更ながら、思い出した。ここは封鎖区域の境界線上。内部では作戦が遂行中だ。
つまり、ここは戦場だ。
端とは言え、間違いなく戦場なのだ、ここは。
戦場では、何が起こっても、おかしくない。
「「……何が起こってる……?」」
何かが起こっているらしき兆候がある。
兆候があるだけで、しばらくは何も無かった。
戦々恐々としながらも、勝手に持ち場は離れられない。待機するしかない。
そして事態は急に動いた。
「「……っ……!?」」
ズガガガガンッ。
爆音が轟く。魔道具が連続で起動し、連続で破砕した音だ。
「「な、なんじゃありゃーっ!?」」
次の瞬間、眼前を何かが一瞬で通り過ぎた。
ねじくれ尖った巨大穿孔機のような謎の物体が、凄まじい速度で走り去って行く。
「「痛っ!?」」
通り抜けざま、やたら重くて固くて白いものをぶつけられた。痛かった。
「な、なんだ!?攻撃か!?」
「……いや、違うんじゃないかな。ただの箱だぞ、これ。何でできてんのか、材質よくわからんが」
「箱で攻撃!?」
「だから違うって。……ほら、見てみろよ、お前の持ち場」
「げぇっ、地面めくれ上がっとる!?」
「向こうに攻撃の意思があるなら、今頃、ただでは済んでないだろうな」
「……もし、俺があそこに立ってたら……」
「不真面目で良かったな。お前、一歩間違えたらひき肉だぞ、ひき肉」
同僚が本来いるはずだった場所は、エグい感じに抉れていた。
紙一重の運命だった。
二人して、冷や汗を拭った。
「死神の鎌が首筋撫でたわ……。まあ、死ななかったから別にいいけどよ」
「……………………」
「俺、これを最後に辞めるし。もうこういう事も起きねえだろ」
「……………………」
「お前は気を付けろよ。幼馴染との結婚、もうすぐだろ。結婚前に未亡人にしないようにな」
「……決めた。私も辞めるぞ」
「えっ?」
「さっきの話、乗せてくれ」
「マジでか?どしたの、急に?」
「急じゃないさ。このままじゃ先が無いってのは、私だってわかってたんだ。ただ踏ん切りが付かなかっただけで」
死ぬのは、怖くない。
いや、怖くはある。しかし、必要とあらば死ぬ覚悟はあった。
これでも軍人だ。軍に入る時、覚悟は決めたつもりだった。
そんな覚悟に、巨大穿孔機はアッサリ穴を開けた。
「さっきのを見て、踏ん切りが付いた。それだけさ」
「……まあ、抉れ方が酷ぇしなぁ……同じ死ぬにしても、死に方ってモンがあるわな……」
このまま軍に残れば、いずれ無駄死にする。ついさっき、それを肌で感じた。
必要とあらば死ぬ覚悟はあるが、無駄死にする覚悟なんて無い。
誇りも無く、この腕を必要とされる事も無く、ただカカシのように立たされ、無駄に死ぬのは嫌だ。
「二人だけで抜けるのもアレか……。せっかくだ、他も誘っていこう。紹介制度とやらで一時金が出るんだろう?」
「開き直り早ぇなおい。けどよ、さすがにマズくねえかな、それ。あんまり抜けると部隊が機能しなくなるんじゃねえか?」
「魔道具に頼れば大丈夫だろう」
「そういう問題か?」
「そういう体制に変えたのは、他ならぬ魔王様だ。テメェのケツはテメェの魔道具で拭けばいい。女のケツを追うより有意義な仕事だろう」
「……真面目な奴って、一度こうなったら怖ぇ……」
「ついでだし、別の部隊の連中にも声をかけてみるか。話に乗ってくる者がいるかもしれん。うん。そうしよう」
「いやちょっと待て。職場で募集してるのは専門職だぞ」
「育てればいい。人手不足解消の王道と言ったら、人材育成だ、人材育成」
「気軽に言うなよ。そもそも転向する奴いねえだろ」
「いいや、いる。絶対に」
「やけに自信満々に断言したな」
「今だからこそできる、今しかできない事だ」
勝算はある。
今回の封鎖任務にしても、本来なら途中で任務を引き継ぐべきなのに、放って置かれている者達がいる。
我らと境遇は真逆でも、溜め込んでいるものは似ているはずだ。
不満。不安。焦燥。渇望。
我らには目を向けず、如何に便利とは言え、魔道具ばかりを重用する姿勢に、何も思う所が無い者など、いない。
そこをうまく突けば、転向する者は絶対にいるはずだ。
「境遇に適度に追い詰められつつ、受け入れて慣れ切ってしまう前。つまり、今が一番の狙い目という訳だ」
「……この状況を狙い目呼ばわりかよ……」
「どうしても転向するのが嫌だと言うなら、カカシとして死ねばいい。無理強いはしないさ。無駄死にしたい者は捨て置く」
「……マジで怖ぇよ、今のお前……」
辞める覚悟を決めたら、心が軽くなった。
「何はともあれ、お前が一緒に来てくれるのは、俺としては賛成だけどよ。……それはそれとして、今回の任務、失敗だよな。さっきの尖がってた奴、どっか行っちまったし」
「だからどうした。知らんわ、そんなもん」
封鎖区域内で何が起きているのか、とか。
さっきの巨大で高速な物体の正体は何だったのか、とか。
女は結局どうなったのか、とか。
この後の軍は行末はどうなるのか、とか。
それらの諸々の事柄も今だけは気にならない。
どうせ辞めるのに、気にしても仕方が無い。
「ふっふっふっ!新しい職場では、この腕、存分に活かしてくれようぞ!」
「……思ってた以上に鬱憤溜め込んでたんだなぁ、お前……」
晴れやかな気分だった。
その後、我らは軍を去った。勢いそのまま雑に書き殴った辞表を叩き付け、後始末も後腐れも何も考えずに。
手当たり次第に声をかけまくって一斉に除隊したせいで少なからず混乱が生じ、その混乱が市井にまで波及し、巡り巡って自分で自分の首を絞める結果になる訳だが、この時の我らには知る由も無かった。
「忙しすぎる!休みを取れる制度があるのに休みを取る暇が無い!」
「仕事が無くて暇を持て余すよりかはマシだろ」
「どんだけ残業しても手取り増えないし!月200時間以上残業しても定額って何事なの!?」
「ある意味、安定した収入だな。食いっぱぐれるよりかはマシだろ」
「新人研修の企画と支援のせいで雑務山盛りだし!むしろ本来の業務より雑務に手を取られる時間の方が多いんだけど!?」
「雑務って言っても、専門技術系の内容が混じってるから、下手な奴には任せらんねえしなぁ。いやー、マジで忙しいわな。はははっ」
「なんでこの境遇で笑ってられるんだ!?」
「んー、そりゃまあ、普通に幸せだからなぁ。毎日嫁と娘の顔が見られるの、もうそれだけで幸せって言うか。自然と顔が緩んじまうわ」
「爆発しろ!爆発!」
「いやお前が言うなよ。新婚だろ」
「昨日も残業!今日も残業!明日も残業!早朝に出勤!休日も出勤!新婚なのに、ここんとこ妻の寝顔しか見た記憶ないんだけど!」
「新婚早々身ごもらせて、妊娠初期だろ、今。安定期に入るまでは手出し厳禁なんだから、我慢する手間が省けて丁度いいじゃねえか」
「いい訳あるかぁっ!?」
魔王軍の工兵の視点のお話でした。
主人公が何かしたと言うより、相手が勝手に内輪で揉めてるだけ、と言う顛末。
ともあれ、包囲網からは無事離脱。追撃無し。
あっちもこっちも余裕無し。




