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98/152

98.電設のヒデオさん、吶喊する。

4月最後の更新です。


次回の更新は5月中旬以降の予定です。


戻ってみたら、大型バスの中に石像が立ってた。



「えっ、何これ?」


「不届きな影狼である」



十本首が不機嫌そうに言った。


この石像の造形、見覚えがある。お笑いトリオ『秋刀魚笑さんましょう』の犬コロだ。灰色に変色し、グラサンもかけていないが、まず間違い無い。


無傷の球体の中にいるはずなのに、いつの間に来たのか。


思わず後方の球体を確認したが、開いた様子は無かった。



「我の影から我の領域に踏み入るなど、無礼千万である。許し難し」


「……で、石にしたのか?」


「然り」



詳細はわからないが、犬コロが何か特殊な方法で、大型バスの中に移動してきたらしい。そして石化されたらしい。



「……あっぶねぇ……魔王の部下やってるだけの実力はあるって事か……」



ベッドでは、黒夫と魅雪が寝ている。


一歩間違えれば、二人はどうなっていたのか。


背中を冷たい汗が伝った。



「助かったよ、つなし」


「見当違いである。ここは我の領域。我の許し無く踏み入るは罪。罪には罰を与える。それ以上でもそれ以下でも無いのである」


「ああそうかよ。……まあ、それでも言っとく。本当に助かった。ありがとう」


「見当違いである」


「われ、し~らない」



十本首が、一斉にそっぽ向いた。赤い鱗が、いつもより赤い。


酔っ払いのオッサン、微妙にツンデレムーブ。誰得すぎる。


ひとまず、邪魔な石像は車外に蹴り飛ばした。



「あっ」



犬コロの尻尾が根元からポキッと折れた。


見なかった事にしよう。



「なあ、つなし。俺は助かったから別にいいんだけど……。お前、争いには首を突っ込まないとか言ってなかったか?」


「我は火元に首を突っ込む気が無いだけである。火の粉がかかれば払うのである」


「あ、そういう感じなのね……」



十本首の方からは参戦しないが、巻き込まれれば応戦する、という事か。



「……………………」



もしかして、これは使えるのではないだろうか。


こちらからは下手に動かず、大型バス内でジッと待ち構え、敵が寄ってきて石にされるのを特等席から高みの見物していればいい。


労せずして、敵を無力化できる。



「……アホか、俺は……そうじゃねえだろ……そう言うんじゃあねえだろう……」



頭を振り、意識を切り替える。


変な欲は捨てる。歪んだ認識は切り捨てる。本来の姿を脳裏に再生する。


勘違いしてはいけない。間違えてはいけない。見誤ってはいけない。



「ん?何であるか?我の顔に何か付いているのであるか?」



こいつは、何者だ。


こいつは、酔っ払いのオッサンだ。


こいつは、自分にとっては、酔っ払いのオッサンだ。



「みつめられると~、てれる~」



酔っ払いのオッサンは、酔っ払いのオッサンだ。それ以上でもそれ以下でも無い。


これまでがそうであったように、これからもそうだ。


自分は、こいつを酔っ払いのオッサンとして扱う。


絶対に、この酔っ払いのオッサンには、すがらない。


すがってたまるか、こんな酔っ払いのオッサンなんかに。神様でもあるまいし。



「……これから、ちょいと騒がしくなるぞ。文句言わないでくれよ、つなし」


「少々の波乱もまた、旅の醍醐味であろう。酒の肴に丁度良いのである」


「ああそうかよ。余裕ありそうで羨ましいわ、まったく」



酒を飲む十本首を放っておいて、包囲網を突破するための準備を始めた。






ムチムチさんから、グラサン端末を譲ってもらった。


普通に譲ってくれた。



「へぇ……。イイですね、これ。思ってたよりイイですよ、これ」


「うむ。本当に良い拾い物だった」



グラサンの右側は、特殊レンズ。見えないものを可視化する。モード切替により、赤外線や紫外線が見えたり、空気の振動が見えたり、スカイフィッシュっぽいものが見えたりする。凄いレンズである。だが今は必要無い。


グラサンの左側は、小型ディスプレイ。実に見やすい。そしてUIが感覚的に使いやすい。某リンゴ屋さんの端末より使いやすい。



「……検索機能は、これか……」



改めて、包囲網の状況を確認する。


敵は、現役魔王の部下の部隊。本作戦『魔女狩り』の後方を任される程度の実力と信頼度。並みの雑兵よりは高いが、幹部クラスには及ばない。


敵が囲っているのは、魔族の領域の北西端に位置する平原。北は森と山脈。西は崖と海。東から南にかけての範囲を、多数の魔道具と少数の兵士で取り囲んでいる。


魔道具の性能は、対人用の機雷に相当。接触すると爆発する。自走式で、味方以外の者が近付くと誘導弾のように追ってくる。敷設は、ほぼ均一。万遍無くバラまかれている。


兵士の配置も、ほぼ均一。偏りが無い。



「……とりあえず、このまま南東でいいか……」



偏りが無いなら、どこを通っても同じだ。ある意味、ルート選び放題。


大型バスを転回するのは地味に大変なので、向きはそのまま。


塹壕や鉄条網などは無い。地形的には、大型バスで普通に通行可能。



「……しっかし、スッカスカだな……」



兵士はポツポツと点在している。少人数で広範囲をカバーしているため、兵士同士の間隔が広い。


これなら、誰にも当てずに通り抜けられるかもしれない。


優先順位で言えば、自分達の生活が第一。敵の生命は二の次。しかし、二の次だからって、別に死んで欲しい訳では無い。むしろ死なれるとマズい。


死人が出れば、後には引けなくなる。お互いに。


禍根を完全に絶つ気なら別だけど、そういうメンドくてバッチイ事はしたくない。しんどい割には1円の得にもならんし。道端のアルミ缶を掃除するより無益だ。



「……スピード重視で行くか……」



真っ直ぐ行って、真向からブチ抜く。


小細工はしない。むしろ小細工すると加速が鈍る。


機雷ゾーンを強行突破し、兵士の横を素通りし、とっととトンズラする。


下手にスピードを落として、黒豚の時のように進路上に立ち塞がられたくない。



「……もしかして、これ、最初からスピード重視で行ってたら……元はと言えば、俺の判断ミスって話なんじゃ……いや、いやいやいやいやいや……」



下手にノロノロ進まず、海を出発した時点でアクセル全開にしてたら、今頃は無事に通り抜けられていた気がしなくもない。


気にしたら負けだ。


負けたくないから、気にしない。






強行突破のルートは決めた。


次は、強行突破のための車両整備。


言うまでも無い事だが、整備はフェアに頼む。



「フェア。キャンピングカーの修理、お願い。それと、バッテリーの充電も」


「はい。キャンピングカーを修理しました。バッテリーを充電しました。現在のバッテリー充電率100%です。ますたー」


「うん。ありがとう、フェア」



フロントガラスも、運転席と助手席の側面も、全て新調。


バッテリー、フル充電。


余談だが、過充電はバッテリーを痛めるだけで、特に利点は無い。充電率120%とか、なんかカッコイイ気はするけど、そういう気がするだけなので、やらない。



「フェア。無理はしてない?」


「はい。無理はしていません。ますたー」


「ここから少しキツい事になると思うけど、もし無理そうなら早めに言ってね。その時は、まあ、何とかするから」


「はい。無理そうなら早めに言います。ますたー」



フェアは可愛い笑顔を浮かべながら、小さな拳で薄い胸をトンッと叩いた。いつも通り可愛い。



「ですが、ますたー。倒してしまっても構わないのでしょう?」


「いや構うから。倒しちゃダメだから。今度は急ハンドル切らなくても大丈夫だろうし、兵士は普通に避けて進んで。いいね?」


「……はい。わかりました。ますたー」



フェアが少し残念そうな顔をしていた。そんな顔も可愛い。


可愛いけど、やけに好戦的になってる気がする。黄色い球体への突撃命令が、悪い影響を与えてしまったのだろうか。


一応元勇者のお供の妖精さん(仮)なので、戦闘に随伴できるよう潜在的S気質を秘めていても、おかしくない。それが目覚めたのか。


鞭をピシピシ叩きつける妖精女王様。アリよりのアリ。いや違うそうじゃない。



「避けられるものは極力避けて、余力は温存しないとね。これで終わりとも限らないし、後から何が出てきてもいいようにね。よろしく頼むよ、フェア」


「はい。避けられるものは極力避けます。ますたー」



安全第一。この方針は変えない。


勇者召喚されてから今日まで、ずっと一貫している方針である。自分の主観では。



「ますたー。避けられないものには、どのように対処いたしますか?」


吶喊とっかんで」


「はい。避けられないものには吶喊とっかんします。ますたー」



避けられないなら、しょうがない。



「……万が一の時は、ホント何とかしないとな……」



グラサン端末の情報によれば、魔道具の機雷は対人用。殺傷よりも無力化に重点を置いた性能で、威力は低めらしい。しかし、現物の威力を見ていないため、確信が持てない。


魔族にとっての対人用が、自分の考える対人間用と同等とは限らない。


大型バスによる強行突破は、元魔王様からの提案なので、十中八九、大丈夫だとは思っている。それでも、不安は残る。ドワーフの岩頭という実例を見た後では、特に。


場合によっては、包囲網を抜ける前に、車両が故障して止まる危険がある。


その時は、がんばって後ろから押そう。






出発前に、ダメ元の囮作戦。



「いいですよね、ムチムチさん?」


「無論だ。それはもう貴殿に譲ったものだ。使い方は貴殿に任せる」



グラサン端末を、プロ仕様の大型ドローンに括り付けた。



「それじゃあ、行ってらっしゃいなっと」



機体操縦用コントローラーのレバーを思いっきり倒す。全速前進。


ビュオンッという風切り音を残して、ドローンは北にカッ飛んで行った。



「「……ああ、勿体無い……」」



愚痴ったらハモった。



「ヒデオ殿。本当にこんな事で誤魔化せるのか?」


「正直に言えば、ほとんど気休めですよ」


「……気休め、か……本当に勿体無い……」


「どの道、この場限りの拾い物です。何もしないよりはマシでしょう」



グラサン端末は、相互に位置情報を確認できる仕様だった。所持していれば、所在がバレる。


端末の使用方法はわかっても、基本的な仕様の変更方法までは、わからない。初期設定そのままで使いやすくなっている代わりに、設定変更し難い。


勿体無いけど、持って行けない。壊すか、捨てるか、二つに一つ。


ただ捨てるのも勿体無いし、どうせなので、北に飛ばす事にした。


森か、山脈か、無人の荒野か、あるいはその先か。どこに落ちるのかは、飛ばした自分にも、わからない。ドローンの飛行限界による。


ちなみに、位置情報の相互確認は、仲間同士で連携を取るための機能として実装されたらしい。地中にいても、仲間の位置を確認できる。その点はGPSより凄い。


仲間同士の連携のための機能を、囮に使う。なんだか申し訳無い気分になるけど、そんな事よりは自分達の安全が優先である。



「魔女と下僕がケンカ別れした、とでも思ってくれれば好都合なんですけどね」


「いや、そんな勘違いはしないだろう。男を敵陣に追い遣り、その隙に魔女は一人おめおめと北に逃げ出した、という筋書きを想像するのではないか?」


「いやいや、無しでしょう、そんなの。それよりは、魔女が一緒に逃げようと言ったのに、下僕が反対してケンカになり、魔女とは反対方向に暴走した、とかどうです?」


「どうもこうもあるか。貴殿の想像は荒唐無稽だ。あり得ないぞ」


「人の事言えないでしょう、ムチムチさん」


「私のは十分に現実味のある話だ。貴殿の変な話とは違う」


「いやムチムチさんの話の方が変ですよ」


「いいや、貴殿の話の方が変だ」



ちょっとケンカになった。






最後の準備。


ゴミも荷物も、通勤カバンに入れられるものは全て放り込む。


備え付けの家具や家電は、全て車体に収納し、取り出し口を厳重に固定。


全員シートベルト装着。身体を座席に固定。



「黒夫、魅雪。辛いかもしれないけど、少しだけ辛抱してくれ」


「……ボク大丈夫だよ……」


「……ふん……オレは平気だぞ……」



二人をブースターシートに座らせた。


まだ体調が悪いようだが、我慢してもらうしかない。



「つなし、ちゃんとつかまっとかないと危ないぞ?」


「無用な心配である。我を誰と心得るか」


「だいじょ~ぶ」


「へいへい。んじゃもう好きにしといてくれ」



酔っ払いのオッサンに関しては、もう何も言うまい。


こんなんでも一応、魔物は魔物。放置しても本当に大丈夫そうだから、放置。



「私の方は準備万端だ。いつでも良いぞ、ヒデオ殿」


「……………………」



シートベルトの留め具が微妙にグラグラしてたので、押し込む。


カチッと音がした。


これで本当に準備万端。



「フェア。行けるね?」


「わたしは要請に応える者です。ますたー」



後の事は全て、フェアが頼りだ。つまり、いつも通りだ。


フェアがインパネに突撃。そのまま一体化。



「フェアリーパイロットシステム、起動しました。ますたー」



フェア謹製、ボスモンスター級キャンピングカーが、フェアの手によって再起動する。


電動モーターが、静かに唸り声を上げ始める。エンジン車のような派手な音ではないが、そこいらのエンジン車なんかより遥かに高出力のバケモノだ。


恐怖はある。しかしそれ以上に、妙な高揚感がある。


これまでずっと安全運転だったのに、一転して、ここから爆走する。


振れ幅が大きすぎて、変にテンション上がって来た。



「さあ出発だ!進路は南東!全速前進!全力全壊!包囲網を強行突破だ!」



変なテンションのまま、声を上げた。



「ますたー、及び、機内の皆様にお知らせいたします。本機は只今よりトランス・フォーメーションに入ります。危険ですから、手近なものにおつかまりください」


「……………………えっ?」



フェアが、なんか言った。


車体の各所が軋み始める。


ギッ。ギギッ。バキンッ。ヒュッ。ビビーッ。プシュッ。プシューッ。ヴォンッ。



「吶喊形態に移行完了しました。ますたー」


「吶喊形態!?吶喊形態って何!?」


「吶喊形態は、吶喊形態です。ますたー」



吶喊形態に移行したらしい。走行形態、居住性優先形態だけじゃなかったらしい。まさかの第三形態。ボスモンスターでもなかなかいないよ、第三形態まである奴。


内側からだと詳細が見えないけど、吶喊に有利な形状に変形したっぽい。



「それでは、これより吶喊いたします。ますたー」


「えっ、ちょっ、待っ――」


端末の情報共有に関する雑話。


リモートワークでよく使われる連絡用アプリには、相手の状態が一目でわかる機能が付いています。


緑マーク:連絡可(アプリ起動中)

赤マーク:連絡不可(リモート会議でアプリ使用中など)

黄マーク:連絡不可(端末がスリープモードなど)

白マーク:連絡不可(アプリ停止中)


会社からリモートワーク用に貸与される端末は、電源を入れると同時にアプリが立ち上がり、端末を5分間操作しないと強制的にスリープモードに移行するよう設定されている場合があります。管理者権限で固定されて、設定の変更不可だったり。


リモートで距離が離れていても、仲間同士の心の距離は密にできるよ。やったね。

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