100.電設のヒデオさん、観戦する。
主人公視点に戻ります。
吶喊からの続きです。
「……はっ!?」
目が覚めた。
「……ここは……いつの間に……?」
目が覚めたら、寝室にいた。
すぐ傍には、黒夫と魅雪が寝ている。寝顔は穏やかで、寝息は安定していた。
「……この分なら、思ったより早く回復しそうだな。一安心か……」
見た目は幼くとも、身体は並みの人間を凌駕している元魔王様である。寄生虫型ビーコンを処理した際のダメージも、普通の人間より早く抜けるだろう。
「……いや安心してる場合じゃないだろ……寝ぼけてんな……」
寝起きの頭を軽く振り、眠気の残りを振り払う。
記憶が飛んでる。
確か自分は、運転席にシートベルトを締めて座っていたはずだ。
元魔王のクローンを狙う連中に包囲網を敷かれ、キャンピングカーで強行突破しようとしていた。
そこまでは覚えている。
その先が、わからない。
いつの間に寝室に移動したのか。
「……止まってる……何がどうなったんだ……?」
車両は停車中。
窓から差し込む日差しが長い。もうすぐ夕方だろうか。それとも、まさか翌日の朝だろうか。
時間がわからない。
記憶が飛んでいて、何が起こったのか、わからない。
飛び飛びになっている記憶の断片をかき集める。
「……ああ、そうか……あそこで気を失ったのか……」
機雷ゾーンに吶喊した所で、気を失った事を思い出した。
フェアが車内アナウンスし、車両が第三形態に変形した後。
キャンピングカーにあるまじき超加速でドラッグレースのように直進し、超高速で吶喊した。
スピード重視で未舗装の平原を爆走したせいで、サスペンションの緩衝能力の限界を完全に超えてしまい、機雷ゾーンに突入する前から車内は凄まじい事になっていた。そしてそのまま機雷ゾーンに突入し、機雷の爆発と爆音が加わって、それはもう本当にもう色々凄まじい事になっていた。
運転不要。ただシートに座っているだけ。安全性を度外視したジェットコースターの乗り心地は、どんな絶叫系アトラクションよりも恐ろしかった。
絶叫するのは耐えた。漏らすのも耐えた。でも意識は保てなかった。
身体能力は勇者級でも、精神耐性はサラリーマン級。あれは失神せざるを得ない。
「……黒夫と魅雪だけ……他はどこ行ったんだ……?」
寝室にいるのは、自分、黒夫、魅雪の三人だけ。
寝室の外の様子が気になる。
ベッドから起き上がり、外の様子を見に行こうとした。
「……っ……」
ベッドから下りるのをためらう。
服の裾を、左右から掴まれていた。振りほどき難い。
キュッと掴んだまま寝てる。寝顔は天使だ。起きてる時は面倒臭いけど。そして今も少しだけ面倒臭いけど。
眠っている隙に猫耳と双角を弄り倒したい衝動に駆られる。耐え難きを耐え忍ぶ。
伸びそうになる手を引っ込めるため、現在の状況に思考を逸らした。
状況証拠的に考えて、包囲網の強行突破に成功したと推測できる。
安全な場所まで移動した後、気を失っていた自分達は、寝室に運ばれたのだろう。ムチムチさんの腕力では難しそうだし、十本首に運ばれた可能性が高そうだ。
酔っ払いのオッサンの世話になるとか、一生の不覚。
まあそれはともかく。もしも状況が逼迫しているなら、悠長に寝かせたままにはしないはずだ。起こすために頬の一つ二つ張るくらいしても、おかしくない。
記憶の最後にあるスピードメーターの表示は141km/hだった。未舗装の平原で、この数字。もし仮に追撃部隊がいたとしても、早々追い付かれるとは思えない。
「……もうこのまま二度寝してもいいかな……いや、でもなぁ……なんもわからんままってのも落ち着かんし……」
寝たい。睡魔に抗い難い。
今日はもう色々あって疲れた。いや昨日の事かもしれないけど、とにかく色々あって疲れた。まだ寝てたい。
半分寝ぼけた自分の脳内に、二人の妖精さん(仮)が浮かんだ。
『休める時に休むのは大事です。今は、休める時です。このまま休みましょう』
脳内で、黒い羽根に黒い鱗粉を纏う妖精さん(仮)が誘惑する。
脳内で、白い羽根に白い鱗粉を纏う妖精さん(仮)が反論した。
『休む前に、状況を一度確認すべきです。その後で、心置き無く休みましょう』
どっちの意見も、休むの前提だった。
どっちも言ってる事あんまり変わらない。枝葉末節は違うが、大筋は同じ。
そりゃそうだ。天使でも悪魔でもなく、どっちも妖精さん(仮)なんだから。
『確かに、心置き無く休むためには、一度状況を確認した方が良いかもしれません。高確率で安全と推測されますが、あくまでも推測は推測の域を出ません』
『確かに、今は高確率で安全と推測される状況です。休まずに確認作業を行うよりも、一旦休んでから確認作業を行う方が、見落としのミスが減るかもしれません』
黒い妖精さん(仮)と白い妖精さん(仮)が、脳内をクルクル回る。
『前言は撤回いたします。先に状況の確認を推奨いたします』
『前言は撤回いたします。先に休息の取得を推奨いたします』
黒い妖精さん(仮)と白い妖精さん(仮)が、意見をひっくり返した。
『まずは確認しましょう。その後で休みましょう』
『まずは休みましょう。その後で確認しましょう』
黒と白の妖精さん(仮)の意見、まとまらない。大筋は同じなのに。
『白い楽観主義者はリスクを軽視しています。楽な方に流されては危険です』
『黒い悲観主義者はリスクを恐れすぎています。過剰な警戒は非能率的です』
黒と白の妖精さん(仮)が、脳内で揉めていた。
意見を出してはくれたが、答えを決めてはくれないようだ。
まさに妖精さん(仮)である。
「……そう言えば、フェアもいない……?」
今更、気付いた。いつも一緒にいるのが当たり前になりすぎて、気付くの遅れた。
いつもなら影法師のように、お風呂でもトイレでも必ず傍にいるのに。
「……確認しないと……」
さすがに気になる。まず先に、状況を確認する事にした。
ベッドから下りるため、まずは服の裾を掴んでいる指を外す。
「……握力強っ……」
これだけで凄い時間かかりました。
元魔王様、指先までハイパワー。振りほどき難い、物理的な意味で。
服を破かないよう、慎重に引き剥がす。
無事に解放され、車両の前方に移動しようと、寝室のドアを開けた。
「なっ!?なんもねえっ!?」
ドアを開けたら空が見えた。
車両前方、物凄い開放感。オモチャの車の外装を取っ払ったみたいになっていた。
「……んんっ?馬?」
そして何故か馬がいた。何故だ。
いや本当に何故いるの、馬。野生馬か。
「あら?『先割れ』の従僕、お目覚めになられたようでしてよ?」
馬が、しゃべった。
ちなみに、とても美声な女性の声だった。
牝馬だ。いやそんな事はどうでもいい。
しゃべる馬と一緒に、十本首がいた。なんだか不機嫌そうな顔だった。
「我を『先割れ』などと呼ぶでないわ。つい先刻教えたばかりなのに、もう忘れたのであるか、『尻軽』よ」
十本首の言葉を聞いて、馬が機嫌良さそうにニマァッと笑った。
「わたくしの事をそんな風に呼んでおいて、随分な言い草ですわね。次にそう呼んだら、ただでは済まさないと申しましたでしょう?お忘れ?」
ガガガガガガッ。
馬が、十本首を蹴った。跳び上がり、六本足で六連撃。
一瞬、足捌きが速すぎて残像が見えているのかと思った。
残像では無く、本物の足が六本生えていた。
「『尻軽』を『尻軽』と呼んで何が悪いか。どこにも居着かず、あっちフラフラ、そっちフラフラ。こっちに帰って来るのは気が向いた時だけで、いつも軽々しく出歩いているではないか。紛う事無く『尻軽』であろう」
「然り」
馬に頭を蹴られても、十本首はケロッとしていた。そして煽っていた。
「よして頂戴!人聞きの悪い言い方をするのは!わたくし、フットワークが軽いだけでしてよ!」
「つまり、尻が軽いのであろう?」
「おしり、かる~い」
「せめて腰が軽いと言ってくださらない!?」
ガガガガガガッ。
六本足の変な馬が、身軽に宙に浮いてる。
宙に浮いたまま、六本足で軽快に蹴りまくってる。
丁寧な口調の割には手が早い、この牝馬。
サイズは普通の馬くらいだが、明らかに普通の馬じゃない。
「……まあ、しゃべったり六本足だったりする時点で、どう考えても普通じゃないけど……何なんだよ、一体……」
この際、声や外見は問題じゃない。
問題なのは、どう見ても重力を無視しているようにしか見えない事だ。
物理法則ガン無視の超生物。しかも、十本首の知り合いっぽい。
こういう存在、物凄く心当たりある。
「……またかよ……これで3体目だぞ……」
大きさは普通の動物だけど、この牝馬、おそらく魔物だ。
なんか最近、やたら魔物と縁がある。
もしかして、勇者補正だろうか。嫌な補正だ。
「ヒデオ殿、よく来てくれた。私の手には負えないのだ」
いつの間にか、すぐ隣にムチムチさんが来ていた。手にニンジン持ってた。
ニンジンに大きな歯型が付いてる。
生のまま齧ったのか。馬か。馬だった。
「……帰って寝てもいいですか?」
思わず素直な感想が出た。
「そんな!?後生だ!見捨てないでくれ!」
右腕を掴まれる。全身で抱え込むようにムニュッとホールド。
これは、引き剥がせない。心理的な意味で。
六本足と十本首のケンカに巻き込まれないよう、距離を取り、遠巻きに眺める。
宙から攻める多足の馬と、地上から反撃する多頭の蛇。
六本の足が高速で蹴りを繰り出し、十本の首が頭突きで返す。
小スケールの怪獣大決戦。なかなか迫力がある。しかし、恐怖感は無い。
「……ケンカするほど仲がいいって感じか……?」
自分は鈍い方だが、魔物が本気で感情を荒げれば、鳥肌くらいは立つ。でも今は、そういうのを感じない。
例えるなら、ケンカ友達のケンカを見ているような気分。
殺伐とした安心感を感じる。
「で、何がどうして、あんな事になってるんです?って言うか、あの馬、何なんですか?なんで馬がいるんですか?」
「あ、ああ、どこから話したものか……。発端は、ゴーレム車のあまりの速度に、空馬様が興味を引かれて寄って来た事なのだが……」
「いきなりそこからだと訳わからないんで、もっと前からお願いします」
「そ、そうか。では、まずは包囲網を抜けた辺りの事から、順を追って話そう」
ケンカを観戦しながら、ムチムチさんに、自分が気を失った後の話を聞いた。
キャンピングカーの吶喊によって機雷ゾーンを突っ切り、兵士を振り切り、包囲網を無事に強行突破した後。
そのままスピードを一切緩めず、現場を高速離脱。その際、ダメージの大きかった部分はパージしたらしい。
車両の部品と一緒に備え付けの家電が落っこちたようだが、拾いに戻る訳にも行かないし、諦めるしかない。
「ゴーレム車の壁と天井が外れた時は、生きた心地がしなかったぞ……」
「そりゃそうでしょうね」
生きた心地はしなかったようだが、ムチムチさんは気を失わなかったようだ。
この人、精神的に不安定な面がある割には、精神が結構タフ。割と簡単にグニャッとなる代わりに、割と粘り強い。こんにゃくメンタル。
「ゴーレム車の車体が軽量化した事で、更に速度が上がってな……、本当に生きた心地がしなかった……」
「それは何と言うか、ご愁傷様です?」
「もっとも、おかげで戦場からは離れられた。車輪は破損してしまったが、追手がいたとしても、優に数日かかるくらいの距離は稼げたのではないかな」
パージによってスピード重視に拍車がかかり、車両は更にスピードアップ。超高速で走行し続け、ついにはタイヤがパンク。そこでようやく止まった。
そして、車両が沈黙すると同時に、フェアも沈黙した。いまだ車両と一体化したまま、戻って来ない。
「点検をする、と言ったのを聞いたのが最後だ。あれから何の音沙汰も無いな」
「……無茶しないよう言ったのに……いや、気を失ってた俺が悪いのか……」
おそらく、タイヤがパンクするほどの無茶な走行は、タイヤや車両だけではなく、運転していたフェアにも相当な無茶があったのだろう。
非常事態だったので、しょうがないと言えば、それまでの話ではある。
もし仮に自分が意識を保てていたとしても、きっと結果は変わらなかった。フェアが一人で無茶するか、自分がフェアに無茶を強いるか、過程が少し変わるだけだ。
結果が変わらないなら、過程の違いなんて、ただの自己満足でしかない。
クソの役にも立たない自己満足だ。無茶を強要される側から見れば、殊更に。
フェアが戻って来たら、精一杯ねぎらおう。それしかできない。
「ゴーレム車の後方に損傷がほとんど無かったのは幸いだった。寝台も無事だったし」
「その節は、お手数おかけしました」
「いや、私は何もしていないぞ。そういう事は、水蛇様に言ってくれ」
停車後、自分と子供達は寝室に寝かされた。運んだのは十本首らしい。寝かせたままにしておこうと言い出したのも、十本首らしい。
ちなみに、あの酔っ払いのオッサン、気を失うどころか、爆走中も普通に酒飲んでた。一滴もこぼさず飲むという曲芸じみた器用さで飲んでた。無駄に凄い。
自分達が寝室に運ばれた後、ムチムチさんは荒れた車内をお片付け。そこに突如、上空から馬が降って来たらしい。
いや馬が降って来るって何だ。意味不明すぎる。
「で、結局あの馬、何なんですか?」
「何って、空馬様だよ。貴殿も耳にした事くらいはあるだろう?」
「いえ、まったく。聞いた事ありませんよ、あんなのいるなんて話」
「なに?そうなのか?……人間には知られていないのか……」
正直に言ったら、ムチムチさんに少し呆れられた。でもこれ自分は悪くない絶対。強いて言うなら、教えてくれなかった王国の人間が悪い。
「地を駆けるように空を駆け、その先にすらも行くと謳われる空馬様だ。本当に聞いた事は無いか?」
「まったく無いですね」
「そ、そうか……。私達の間では、知らない者がいないくらい有名なのだが……」
少し呆れながらも、あの馬の事を教えてくれた。
あらゆる空間を自在に駆け回る、六本足の馬。魔族にとっては、かなり知名度の高い馬らしい。
正面から見ると、サラブレッドのような美形。
側面から見ると、虫みたいでキモイ。
全身の毛色は茶色ベースだが、タテガミ、尻尾、足先など、要所要所が真っ黒でアクセントが利いている。
なかなかのオシャレさんっぽい牝馬。でもキモイ。
特定の縄張りを持たず、一ヶ所に留まる事の無い、流浪の魔物。走る姿を見かけたら幸せになれる、なんて噂があるらしい。ドクターイエローか。
ちなみに、基本的には単独で走っているが、極稀に、背中に誰か乗せて走っている事もあるらしい。それを見かけたら更に幸せになれるとか、それを見かけたら逆に不幸になるとか、種族や地域によって噂の内容が分かれるらしい。
「背に乗っている何者かに向かって願い事を唱えると、願いが叶う、という伝承もあるぞ」
「ええっ……。流れ星みたいですね……」
何にせよ、目撃例が少ないせいで、かえって知名度の高い馬らしい。
希少性に惹かれる心理は、世界が変わっても変わらない。
「そんな珍しい馬と、つなしが知り合いなのは、なんでですか?」
「さすがに、個人的な事情までは知らないよ。そもそも二人が知り合いという話すら初耳だ。詳しく知りたいのなら、本人に直接聞いてみてはどうだ?」
「……それじゃあ、別にいいです」
2体のケンカ友達、絶賛ケンカ中。
魔物にしては小サイズだが、小サイズでも魔物は魔物。関わるのは危険が危ない。
魔物同士のケンカに割り込んでまで、酔っ払いのオッサンの交友関係の話とか、別に聞きたくない。
そっと目を逸らした。
記念すべき100話目なのに脇役の如く傍観に徹する主人公。




