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100/152

100.電設のヒデオさん、観戦する。

主人公視点に戻ります。


吶喊からの続きです。


「……はっ!?」



目が覚めた。



「……ここは……いつの間に……?」



目が覚めたら、寝室にいた。


すぐ傍には、黒夫と魅雪が寝ている。寝顔は穏やかで、寝息は安定していた。



「……この分なら、思ったより早く回復しそうだな。一安心か……」



見た目は幼くとも、身体は並みの人間を凌駕している元魔王様である。寄生虫型ビーコンを処理した際のダメージも、普通の人間より早く抜けるだろう。



「……いや安心してる場合じゃないだろ……寝ぼけてんな……」



寝起きの頭を軽く振り、眠気の残りを振り払う。


記憶が飛んでる。


確か自分は、運転席にシートベルトを締めて座っていたはずだ。


元魔王のクローンを狙う連中に包囲網を敷かれ、キャンピングカーで強行突破しようとしていた。


そこまでは覚えている。


その先が、わからない。


いつの間に寝室に移動したのか。



「……止まってる……何がどうなったんだ……?」



車両は停車中。


窓から差し込む日差しが長い。もうすぐ夕方だろうか。それとも、まさか翌日の朝だろうか。


時間がわからない。


記憶が飛んでいて、何が起こったのか、わからない。


飛び飛びになっている記憶の断片をかき集める。



「……ああ、そうか……あそこで気を失ったのか……」



機雷ゾーンに吶喊した所で、気を失った事を思い出した。






フェアが車内アナウンスし、車両が第三形態に変形した後。


キャンピングカーにあるまじき超加速でドラッグレースのように直進し、超高速で吶喊した。


スピード重視で未舗装の平原を爆走したせいで、サスペンションの緩衝能力の限界を完全に超えてしまい、機雷ゾーンに突入する前から車内は凄まじい事になっていた。そしてそのまま機雷ゾーンに突入し、機雷の爆発と爆音が加わって、それはもう本当にもう色々凄まじい事になっていた。


運転不要。ただシートに座っているだけ。安全性を度外視したジェットコースターの乗り心地は、どんな絶叫系アトラクションよりも恐ろしかった。


絶叫するのは耐えた。漏らすのも耐えた。でも意識は保てなかった。


身体能力は勇者級でも、精神耐性はサラリーマン級。あれは失神せざるを得ない。



「……黒夫と魅雪だけ……他はどこ行ったんだ……?」



寝室にいるのは、自分、黒夫、魅雪の三人だけ。


寝室の外の様子が気になる。


ベッドから起き上がり、外の様子を見に行こうとした。



「……っ……」



ベッドから下りるのをためらう。


服の裾を、左右から掴まれていた。振りほどき難い。


キュッと掴んだまま寝てる。寝顔は天使だ。起きてる時は面倒臭いけど。そして今も少しだけ面倒臭いけど。


眠っている隙に猫耳と双角を弄り倒したい衝動に駆られる。耐え難きを耐え忍ぶ。


伸びそうになる手を引っ込めるため、現在の状況に思考を逸らした。




状況証拠的に考えて、包囲網の強行突破に成功したと推測できる。


安全な場所まで移動した後、気を失っていた自分達は、寝室に運ばれたのだろう。ムチムチさんの腕力では難しそうだし、十本首に運ばれた可能性が高そうだ。


酔っ払いのオッサンの世話になるとか、一生の不覚。


まあそれはともかく。もしも状況が逼迫しているなら、悠長に寝かせたままにはしないはずだ。起こすために頬の一つ二つ張るくらいしても、おかしくない。


記憶の最後にあるスピードメーターの表示は141km/hだった。未舗装の平原で、この数字。もし仮に追撃部隊がいたとしても、早々追い付かれるとは思えない。



「……もうこのまま二度寝してもいいかな……いや、でもなぁ……なんもわからんままってのも落ち着かんし……」



寝たい。睡魔に抗い難い。


今日はもう色々あって疲れた。いや昨日の事かもしれないけど、とにかく色々あって疲れた。まだ寝てたい。


半分寝ぼけた自分の脳内に、二人の妖精さん(仮)が浮かんだ。



『休める時に休むのは大事です。今は、休める時です。このまま休みましょう』



脳内で、黒い羽根に黒い鱗粉を纏う妖精さん(仮)が誘惑する。


脳内で、白い羽根に白い鱗粉を纏う妖精さん(仮)が反論した。



『休む前に、状況を一度確認すべきです。その後で、心置き無く休みましょう』



どっちの意見も、休むの前提だった。


どっちも言ってる事あんまり変わらない。枝葉末節は違うが、大筋は同じ。


そりゃそうだ。天使でも悪魔でもなく、どっちも妖精さん(仮)なんだから。



『確かに、心置き無く休むためには、一度状況を確認した方が良いかもしれません。高確率で安全と推測されますが、あくまでも推測は推測の域を出ません』


『確かに、今は高確率で安全と推測される状況です。休まずに確認作業を行うよりも、一旦休んでから確認作業を行う方が、見落としのミスが減るかもしれません』



黒い妖精さん(仮)と白い妖精さん(仮)が、脳内をクルクル回る。



『前言は撤回いたします。先に状況の確認を推奨いたします』


『前言は撤回いたします。先に休息の取得を推奨いたします』



黒い妖精さん(仮)と白い妖精さん(仮)が、意見をひっくり返した。



『まずは確認しましょう。その後で休みましょう』


『まずは休みましょう。その後で確認しましょう』



黒と白の妖精さん(仮)の意見、まとまらない。大筋は同じなのに。



『白い楽観主義者はリスクを軽視しています。楽な方に流されては危険です』


『黒い悲観主義者はリスクを恐れすぎています。過剰な警戒は非能率的です』



黒と白の妖精さん(仮)が、脳内で揉めていた。


意見を出してはくれたが、答えを決めてはくれないようだ。


まさに妖精さん(仮)である。



「……そう言えば、フェアもいない……?」



今更、気付いた。いつも一緒にいるのが当たり前になりすぎて、気付くの遅れた。


いつもなら影法師のように、お風呂でもトイレでも必ず傍にいるのに。



「……確認しないと……」



さすがに気になる。まず先に、状況を確認する事にした。


ベッドから下りるため、まずは服の裾を掴んでいる指を外す。



「……握力強っ……」



これだけで凄い時間かかりました。


元魔王様、指先までハイパワー。振りほどき難い、物理的な意味で。


服を破かないよう、慎重に引き剥がす。


無事に解放され、車両の前方に移動しようと、寝室のドアを開けた。



「なっ!?なんもねえっ!?」



ドアを開けたら空が見えた。


車両前方、物凄い開放感。オモチャの車の外装を取っ払ったみたいになっていた。



「……んんっ?馬?」



そして何故か馬がいた。何故だ。


いや本当に何故いるの、馬。野生馬か。



「あら?『先割れ』の従僕、お目覚めになられたようでしてよ?」



馬が、しゃべった。


ちなみに、とても美声な女性の声だった。


牝馬だ。いやそんな事はどうでもいい。


しゃべる馬と一緒に、十本首がいた。なんだか不機嫌そうな顔だった。



「我を『先割れ』などと呼ぶでないわ。つい先刻教えたばかりなのに、もう忘れたのであるか、『尻軽』よ」



十本首の言葉を聞いて、馬が機嫌良さそうにニマァッと笑った。



「わたくしの事をそんな風に呼んでおいて、随分な言い草ですわね。次にそう呼んだら、ただでは済まさないと申しましたでしょう?お忘れ?」



ガガガガガガッ。


馬が、十本首を蹴った。跳び上がり、六本足で六連撃。


一瞬、足捌きが速すぎて残像が見えているのかと思った。


残像では無く、本物の足が六本生えていた。



「『尻軽』を『尻軽』と呼んで何が悪いか。どこにも居着かず、あっちフラフラ、そっちフラフラ。こっちに帰って来るのは気が向いた時だけで、いつも軽々しく出歩いているではないか。紛う事無く『尻軽』であろう」


「然り」



馬に頭を蹴られても、十本首はケロッとしていた。そして煽っていた。



「よして頂戴!人聞きの悪い言い方をするのは!わたくし、フットワークが軽いだけでしてよ!」


「つまり、尻が軽いのであろう?」


「おしり、かる~い」


「せめて腰が軽いと言ってくださらない!?」



ガガガガガガッ。


六本足の変な馬が、身軽に宙に浮いてる。


宙に浮いたまま、六本足で軽快に蹴りまくってる。


丁寧な口調の割には手が早い、この牝馬。


サイズは普通の馬くらいだが、明らかに普通の馬じゃない。



「……まあ、しゃべったり六本足だったりする時点で、どう考えても普通じゃないけど……何なんだよ、一体……」



この際、声や外見は問題じゃない。


問題なのは、どう見ても重力を無視しているようにしか見えない事だ。


物理法則ガン無視の超生物。しかも、十本首の知り合いっぽい。


こういう存在、物凄く心当たりある。



「……またかよ……これで3体目だぞ……」



大きさは普通の動物だけど、この牝馬、おそらく魔物だ。


なんか最近、やたら魔物と縁がある。


もしかして、勇者補正だろうか。嫌な補正だ。



「ヒデオ殿、よく来てくれた。私の手には負えないのだ」



いつの間にか、すぐ隣にムチムチさんが来ていた。手にニンジン持ってた。


ニンジンに大きな歯型が付いてる。


生のまま齧ったのか。馬か。馬だった。



「……帰って寝てもいいですか?」



思わず素直な感想が出た。



「そんな!?後生だ!見捨てないでくれ!」



右腕を掴まれる。全身で抱え込むようにムニュッとホールド。


これは、引き剥がせない。心理的な意味で。






六本足と十本首のケンカに巻き込まれないよう、距離を取り、遠巻きに眺める。


宙から攻める多足の馬と、地上から反撃する多頭の蛇。


六本の足が高速で蹴りを繰り出し、十本の首が頭突きで返す。


小スケールの怪獣大決戦。なかなか迫力がある。しかし、恐怖感は無い。



「……ケンカするほど仲がいいって感じか……?」



自分は鈍い方だが、魔物が本気で感情を荒げれば、鳥肌くらいは立つ。でも今は、そういうのを感じない。


例えるなら、ケンカ友達のケンカを見ているような気分。


殺伐とした安心感を感じる。



「で、何がどうして、あんな事になってるんです?って言うか、あの馬、何なんですか?なんで馬がいるんですか?」


「あ、ああ、どこから話したものか……。発端は、ゴーレム車のあまりの速度に、空馬様が興味を引かれて寄って来た事なのだが……」


「いきなりそこからだと訳わからないんで、もっと前からお願いします」


「そ、そうか。では、まずは包囲網を抜けた辺りの事から、順を追って話そう」



ケンカを観戦しながら、ムチムチさんに、自分が気を失った後の話を聞いた。


キャンピングカーの吶喊によって機雷ゾーンを突っ切り、兵士を振り切り、包囲網を無事に強行突破した後。


そのままスピードを一切緩めず、現場を高速離脱。その際、ダメージの大きかった部分はパージしたらしい。


車両の部品と一緒に備え付けの家電が落っこちたようだが、拾いに戻る訳にも行かないし、諦めるしかない。



「ゴーレム車の壁と天井が外れた時は、生きた心地がしなかったぞ……」


「そりゃそうでしょうね」



生きた心地はしなかったようだが、ムチムチさんは気を失わなかったようだ。


この人、精神的に不安定な面がある割には、精神が結構タフ。割と簡単にグニャッとなる代わりに、割と粘り強い。こんにゃくメンタル。



「ゴーレム車の車体が軽量化した事で、更に速度が上がってな……、本当に生きた心地がしなかった……」


「それは何と言うか、ご愁傷様です?」


「もっとも、おかげで戦場からは離れられた。車輪は破損してしまったが、追手がいたとしても、優に数日かかるくらいの距離は稼げたのではないかな」



パージによってスピード重視に拍車がかかり、車両は更にスピードアップ。超高速で走行し続け、ついにはタイヤがパンク。そこでようやく止まった。


そして、車両が沈黙すると同時に、フェアも沈黙した。いまだ車両と一体化したまま、戻って来ない。



「点検をする、と言ったのを聞いたのが最後だ。あれから何の音沙汰も無いな」


「……無茶しないよう言ったのに……いや、気を失ってた俺が悪いのか……」



おそらく、タイヤがパンクするほどの無茶な走行は、タイヤや車両だけではなく、運転していたフェアにも相当な無茶があったのだろう。


非常事態だったので、しょうがないと言えば、それまでの話ではある。


もし仮に自分が意識を保てていたとしても、きっと結果は変わらなかった。フェアが一人で無茶するか、自分がフェアに無茶を強いるか、過程が少し変わるだけだ。


結果が変わらないなら、過程の違いなんて、ただの自己満足でしかない。


クソの役にも立たない自己満足だ。無茶を強要される側から見れば、殊更に。


フェアが戻って来たら、精一杯ねぎらおう。それしかできない。



「ゴーレム車の後方に損傷がほとんど無かったのは幸いだった。寝台も無事だったし」


「その節は、お手数おかけしました」


「いや、私は何もしていないぞ。そういう事は、水蛇様に言ってくれ」



停車後、自分と子供達は寝室に寝かされた。運んだのは十本首らしい。寝かせたままにしておこうと言い出したのも、十本首らしい。


ちなみに、あの酔っ払いのオッサン、気を失うどころか、爆走中も普通に酒飲んでた。一滴もこぼさず飲むという曲芸じみた器用さで飲んでた。無駄に凄い。


自分達が寝室に運ばれた後、ムチムチさんは荒れた車内をお片付け。そこに突如、上空から馬が降って来たらしい。


いや馬が降って来るって何だ。意味不明すぎる。



「で、結局あの馬、何なんですか?」


「何って、空馬様だよ。貴殿も耳にした事くらいはあるだろう?」


「いえ、まったく。聞いた事ありませんよ、あんなのいるなんて話」


「なに?そうなのか?……人間には知られていないのか……」



正直に言ったら、ムチムチさんに少し呆れられた。でもこれ自分は悪くない絶対。強いて言うなら、教えてくれなかった王国の人間が悪い。



「地を駆けるように空を駆け、その先にすらも行くと謳われる空馬様だ。本当に聞いた事は無いか?」


「まったく無いですね」


「そ、そうか……。私達の間では、知らない者がいないくらい有名なのだが……」



少し呆れながらも、あの馬の事を教えてくれた。


あらゆる空間を自在に駆け回る、六本足の馬。魔族にとっては、かなり知名度の高い馬らしい。


正面から見ると、サラブレッドのような美形。


側面から見ると、虫みたいでキモイ。


全身の毛色は茶色ベースだが、タテガミ、尻尾、足先など、要所要所が真っ黒でアクセントが利いている。


なかなかのオシャレさんっぽい牝馬。でもキモイ。


特定の縄張りを持たず、一ヶ所に留まる事の無い、流浪の魔物。走る姿を見かけたら幸せになれる、なんて噂があるらしい。ドクターイエローか。


ちなみに、基本的には単独で走っているが、極稀に、背中に誰か乗せて走っている事もあるらしい。それを見かけたら更に幸せになれるとか、それを見かけたら逆に不幸になるとか、種族や地域によって噂の内容が分かれるらしい。



「背に乗っている何者かに向かって願い事を唱えると、願いが叶う、という伝承もあるぞ」


「ええっ……。流れ星みたいですね……」



何にせよ、目撃例が少ないせいで、かえって知名度の高い馬らしい。


希少性に惹かれる心理は、世界が変わっても変わらない。



「そんな珍しい馬と、つなしが知り合いなのは、なんでですか?」


「さすがに、個人的な事情までは知らないよ。そもそも二人が知り合いという話すら初耳だ。詳しく知りたいのなら、本人に直接聞いてみてはどうだ?」


「……それじゃあ、別にいいです」



2体のケンカ友達、絶賛ケンカ中。


魔物にしては小サイズだが、小サイズでも魔物は魔物。関わるのは危険が危ない。


魔物同士のケンカに割り込んでまで、酔っ払いのオッサンの交友関係の話とか、別に聞きたくない。


そっと目を逸らした。


記念すべき100話目なのに脇役の如く傍観に徹する主人公。

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