96.電設のヒデオさん、確認する。
道化師の存在は、確認済。
四天王の存在は、未確認。
現役魔王の存在は、未確認。
「……魔王を踏み潰した……?」
「ああ、踏み潰していたぞ、このゴーレム車の車輪でな」
ムチムチさんが言った。嘘は言っていない。
どうやら自分が気付かない内に、現役魔王を大型バスで踏み潰したらしい。
「……四天王が出てこない……」
現役魔王の事は気になるが、それと同じくらい、四天王が気になる。
見渡す限り、平原のどこにも姿が見えない。
相手は地面の下から奇襲を仕掛けてくるような連中なので、全く安心できない。
場所が場所だけに、黒夫と魅雪の知覚能力でも察知しにくいようだし、まだ潜んでいる危険がある。
「貴殿は先程も言っていたな。四天王とは何なのだ?」
「いや何って、四天王は四天王ですよ。魔王の部下で、特に凄い四人組です」
「うん?それは、おかしくないか?王の配下なのに王とは、どういう事だ?しかも、天の名を冠する王?配下なのに?どういう組織図なのだ?どう考えても変ではないか?」
「……そう言われると、確かに変ですね」
元魔王様から、物言い入りました。
ご意見、ごもっとも。
「まあ呼び方は何でもいいんです。とにかく魔王の部下の中でも一際凄い奴みたいな、そういう感じの四人組と言いますか。四人一組だけど連携も取らずに各自バラバラに動いていると言いますか。なんかそういう感じの奴らです。はい」
「それなら、つい先程、貴殿が片付けたではないか。三人組だったが」
「いえ、あんな奴らより、もっと凄い奴らですよ。どこかに隠れているはずです」
「あれらより凄い?そんなのは、いないはずだ。貴殿の片付けた三人組が、貴殿の言う所の四天王に相当しているはずだぞ」
「えっ、あのグラサンどもが?」
「そうだ。あの黒い色眼鏡をかけていた者達が、だ」
「……あれより上、いないんですか?」
「いないな。少なくとも、私の知る限りにおいては」
「……さっきのが四天王ポジションの中ボスって事?」
「今代の魔王の配下の中でも、最も高い実力と信頼を併せ持つ三人のはずだ。あれ以上の配下はいないはずだ」
「……ホントにいないんですか?」
「いないな。魔王直属の配下を片付け、魔王も片付けた。見事な手際だったな」
「……見せるほどの手際、無かったと思いますけど……」
本番、本当に終わってた。状況終了。
即行で本番が終わったのは、まあ良しとする。
それ自体は良い事だが、このままと言うのはマズい。
さすがに、未確認のままでは終われない。
どんな業務でも、業務が終了した事を確認し、依頼元に報告する所まで含めて業務である。やりっぱなしでは、本当の意味で終わったとは言えない。
今回は自分自身が依頼元に相当するので、報告は省略できる。しかし、確認作業は省略できない。
「フェア。停車してくれる?」
「はい。停車します。ますたー」
大型バス、停車。運転席から身を乗り出し、後方を確認する。
黄色い球体の残骸が一つ。
アイス山盛りの球体が一つ。
無傷の球体が一つ。
地面をゴロゴロ転がって火を消そうとしている黒豚が1匹。
「あ、止まった」
黒豚の火が消えた。そして動かなくなった。
見た目こそ派手に火が出たが、黒豚の巨体と燃料の量を考えれば、身体的に大きなダメージは期待できない。
休んでいるのか。それとも、ショックで気絶しているのか。いずれにせよ、起きれば戦闘可能だろう。
手負いの黒豚、近付きたくない。
「魔王を踏み潰したのって、どの辺ですか?」
「一番手前の魔道具の辺りだ」
カメラを構え、ムチムチさんに言われた辺りを観察。
よくわからなかった。
「ええっと……。手前の黄色い球の近くですよね?」
「そうだ」
「その魔王、大きさはどれくらいですか?」
「直径で言えば、あの魔道具の3分の1程度の大きさのはずだ。黄色い球状をしている。今は大部分が地面に埋まっているようだが」
「ええっと……。魔王の事を聞いてるんですよ?」
「そうだ。今代の魔王『奇天烈な黄玉』の事だ」
「……あの乗り物っぽいものの事ではなく?」
「そうだ。『奇天烈な黄玉』という名の由来の一端は、その特異な外見から来ているのだ」
話を聞き、改めて見てみたが、やっぱりよくわからなかった。
平原の草は、潜望鏡モドキを見落とす程度には、すくすく育っている。地面に何者かが埋まっていても、草が邪魔で見えない。
いや地面に埋まってる魔王って何だ。
モグラの魔王か。それとも、土竜の魔王か。
「……うーん……近寄って見るしかないか……」
このままトンズラするのも、それはそれでアリと言えばアリな気がしなくもない。しかし、どうにも気になる。せめて一目だけでも確認しておきたい。
黒豚が寝転がっているのは、アイス山盛りの球体のすぐ近く。無傷の球体の位置からは、若干距離がある。もし急に起き上がってきても、ダッシュで逃げれば大丈夫だろう、多分。
「確認してきます」
「そうか。では、私も行こう」
何故かムチムチさんまで行く気になっていた。何故だ。
「ムチムチさんは、ここで待っていてください」
「私は私で確認したい事があるのだ」
「私がついでに確認して来ますよ。待っていてください」
「いや、私の方が、貴殿の確認したい事をついでに確認して来よう。貴殿はここで待っていてはどうか?」
「……………………」
逆に言われた。
自分の言い分をほぼそのまま返されている。否定しにくい。
「……わかりました。一緒に行きましょう。それでいいですね、ムチムチさん?」
「ふふっ、勿論だよ。一緒に行こうか、ヒデオ殿」
あら美しい笑顔ですわ。こういう時にそういう顔するの、ズルいわ。
いざと言う時は、担いでダッシュで逃げよう。
密かに決意を固めつつ、大型バスを降りて確認に向かった。
並んで歩きがてら、現役魔王の話を聞いた。
ムチムチさんは、違法クローン研究所にいた時、歴代の魔王の話を色々聞いたらしい。直接聞いたのではなく、研究員達が雑談で話していた内容の盗み聞き。
又聞きで聞いた内容は、正直、あまり趣味が良いとは言えない内容だった。
例えるなら、歴代首相のゴシップ。それも、不祥事ネタや不倫ネタなどでは無い。運の悪さ、間の悪さ、生まれの悪さを嘲笑うタイプの、不幸ネタだ。
その中の一つに、現役魔王の話もあった。
魔王『奇天烈な黄玉』の正体は、ドワーフの男性だった。
彼は、ドワーフの突然変異として生まれた。
生まれつき、体毛が一切生えない体質。髪もヒゲも生えない。チョンマゲも無い。
肌色は、不自然なほどに真っ黄色。おそらく、赤血球に何らかの異常がある。
平均よりも低身長。平均よりも短足短腕。平均よりも骨太。平均よりも筋肉質。
彼の外見は、あまりに異質。遠目には、まるで黄色いボールに手足が生えているかのようだった。
しかし、それは大した問題では無い。ドワーフの社会の中では、問題にならない。
良くも悪くも、ドワーフは職人気質。鍛冶の腕前さえ良ければ、外見の異質さのみならず、大抵の問題は許容される。人生経験が増せば腕前に深みが出る、とか何とか屁理屈を付けて、マイナス要素を正当化する。そういう文化的土壌がある。
そして逆に、鍛冶のできないドワーフは、何をしても認められない。鍛冶の腕前が悪い奴は、何をやってもダメに決まっている。何を成し遂げても、ダメだと決め付けられる。そういう文化的土壌がある。
里によって差はあるようだが、彼の生まれ育ったドワーフの里では、その傾向が特に顕著だった。
悪い意味で職人気質の強いドワーフが多く住んでいる里。そういう里に生まれてしまったのが、全ての不幸の始まりだった。
彼は生まれつき、金属との相性が悪い。身体的な不利もあるが、魔力の質、量、制御性等、複数の要因が絡んでいる。
この辺の事情は、人間とドワーフでは才能の発揮の仕方が違う事も要因の一つなので、人間には理解し難い部分がある。
確実な事実は、彼には金属加工の才能が無い、という事。
鉄との相性が悪く、鍛冶ができない。
金銀との相性が悪く、彫金や細工ができない。
銅、錫、鉛、亜鉛、その他、あらゆる金属との相性が悪く、合金の調合もメッキもできない。
彼は、金属に好かれていた。金属に好かれすぎていた。あまりにも好かれすぎていて、金属が加工されるのを拒んだ。
少女マンガ風に言えば『あなたにだけは、ありのままの私を見て欲しいの』状態。メンヘラ並みに重い。彼に迷惑をかけすぎて関係が破綻するくらい重い。
ちなみに、他のドワーフの時は『あなたの理想通りの私に変えて欲しいの』状態。こっちも微妙にメンヘラ臭がする。
ともあれ。彼には金属加工が向いていなかった。反面、金属以外の素材の加工には優れた才能を発揮した。彼は、そこに希望を見ていた。
この時の彼は、まだドワーフとして生きる希望を持っていた。
剣一本作るにしても、ただ鉄を打てばいい訳ではない。柄や鞘など、拵えに金属以外の素材を用いる部分は多い。それらの製作には、鍛冶に勝るとも劣らぬほど高い技術を必要とする。専門の職人もいる。
彼は、その道に活路を見出そうとした。
見出せなかった。
鍛冶のできない黄玉なんかに仕事を頼む者は、誰もいなかった。
専門の職人はいる。それらの職人は、専門がそれであると言うだけで、鍛冶ができない訳ではない。むしろ、鍛冶の腕前は一流の者達ばかり。
鍛冶の腕前が一流であるからこそ、一流の鍛冶師の打った一級品の剣を超一級の域にまで高めるような仕事ができるのだ。
彼の郷里では、そのように考える。同郷の者達は、そのように判断した。
どんな分野の仕事をするにしても、鍛冶の腕前は必要最低条件。必要最低限の条件すら満たしていない出来損ないの黄玉なんかに、剣を預ける者はいなかった。
鍛冶以外の分野で、どれだけ優れた才能を持っていたとしても、意味は無かった。鍛冶ができない、ただその一点だけで、他の全ての才能が否定され、行動が否定され、発言が否定され、人格が否定され、存在が否定された。
それでも彼は、ドワーフとして生きる事を諦めなかった。
良くも悪くも、職人気質。彼は、認められないのは努力が足りないからだ、と考えた。研鑽が足りないからだ、と考えた。周囲の者達が悪い、とは考えなかった。
悪いのは、未熟な技術しか持たぬ己自身。認められないのは、認められるほどの技術を持たぬ己自身の未熟さのせい。己自身を高めれば、おのずと結果は付いて来る。そう考えていた。
彼は信じていた。たとえ鍛冶ができなくとも、優れた技術によって優れた仕事を成せば、きっと認められるはずだと信じていた。
優れた仕事をすれば認められるはずだと、愚直なまでに信じていたのだ。
外見も才能もドワーフらしからぬ彼は、その実、誰よりもドワーフすぎた。
身体の特徴も、金属との親和性も、職人としての気質も、あまりにもドワーフすぎたせいで、ドワーフの里では生きられなかった。
「かの者が里を追われた直接の原因は、ある仕事を成したからだ。その仕事を成したのは善意からだった、と聞いている」
「何をしたんですか?」
「親友の剣を、聖剣にしたそうだ」
「……はっ?」
「親友だった見習い鍛冶師の打った習作を、一級の聖剣に仕上げたそうだ」
彼には親友がいた。同じ日に生まれ、同じ産湯に浸かった、竹馬の友だった。
他の誰もが彼を否定しても、彼の親族までもが彼を否定しても、親友だけは彼を否定しなかった。
彼にとっては、唯一無二の親友だった。
ただし、逆が真とは限らない。
彼は、親友を唯一無二だと思っていた。
親友は、彼を知り合いの一人だと思っていた。
もしも彼に何の才能も無ければ、もしかしたら、ずっと親友を親友だと信じ続けられたのかもしれない。才能さえ無ければ、気付かずにいられたのかもしれない。
否定しないという事と、肯定するという事は、同じ意味では無い。彼はそれを最悪の形で知る事になった。
若手の見習い鍛冶師が打った、習作の剣。専門の職人に任せるほどの価値は無い。それどころか、他人の手を煩わせるようなものではない。正しく習作として、刀身の鍛造だけではなく、最後の仕上げまで全て自分一人の手でこなすべきもの。そういう剣。
親友は、毎日剣を打っていた。毎日何本も打っていた。
ある日、何本も打った内の、たったの一本を、その日は仕上げず、翌日に回した。
その日、彼の前で、親友はこんな言葉をこぼした。
『もっともっと鉄を打つ時間が欲しい。仕上げをする時間すらも惜しい』
彼は、親友のこぼした言葉を拾った。
親友だと信じていた男が何気無くこぼした言葉を、拾ってしまった。
彼は、本当に善意で、たった一本の習作を、最後まで仕上げた。
たった一晩で、やってしまった。
未完成の習作は、一晩で聖剣に生まれ変わった。
そして彼は居場所を完全に失った。
親友から交流を絶たれ、親族から縁を切られ、郷里を追い出された。
「あの、意味がわからないんですけど……」
「本来は死罪に相当する所を、特別の恩情によって減じ、追放で済ませたそうだ」
「ますます意味がわからないんですけど……」
彼の罪状は『稀代の名剣になるはずだった剣を、台無しにした事』とされている。
出来損ないの黄玉なんかの手では、碌な仕事ができないに決まっている。
出来損ないの黄玉なんかの手で仕上げてさえ聖剣になったという事は、もしも真っ当な職人の手に任せていれば、歴史に名を刻むほどの素晴らしい名剣になったに違いない。
出来損ないの黄玉なんかの手で仕上げたせいで、底知れぬポテンシャルを秘めていた若手の傑作は、歴史に名を刻み損ねてしまった。
台無しだ。そうに決まっている。何故なら、出来損ないの黄玉だからだ。
犯した罪は、万死に値する。故に、死罪。出来損ないの黄玉は死ぬべきだ。
本来なら死罪だが、未成年の犯した罪という事で特別に量刑を減じ、生かしたまま里を追い出す程度で済ませてやった。出来損ないの黄玉なんかには勿体無いほどの、格別な恩情のある処遇だ。
この処遇に対し、出来損ないの黄玉は感謝するどころか、最後の最後まで不満を露わにした。腕前だけではなく、品性までも下劣の極み。
やはり出来損ないの黄玉は、出来損ないだ。各員、注意されたし。
……という事になっている。
この件はドワーフのコミュニティ内で共有され、ドワーフの里と取引のある土地では、蛇蝎の如く扱われた。
ちなみに、彼の郷里では、男性は年齢に関係無く、成人の儀式をクリアすれば成人と認められる。
儀式をクリアするには、鍛冶の腕前が必須。そのため、彼は現在も未成年。
たとえ魔王になろうとも、彼は一人前の男とは見なされない。
ドワーフの里では、彼を一人前と見なさない。しきたりで、そうなっている。
「追放も意味わかりませんけど、練習で作った剣が聖剣に化けるって……。一体何をどうしたら、そんな事が起こるんですか……」
「それは私も知らない。連中は、その辺りの事は話していなかったよ。興味があるなら、聖剣を仕上げた張本人にでも聞いてみれば良いのではないか?これから確認しに行くついでに」
「……追放の原因を本人に面と向かって掘り下げるとか、ゲスすぎでしょ……」
もしも親友なら、古傷を癒すために、あえて抉るのはアリかもしれない。
赤の他人なら、無しだ。
大型バスで踏み潰した後に聞くとか、更に無しだ。
「……不当に虐げられ、追放までされて……それが今や魔王……」
追放からの成り上がり。勇者より、よっぽど主人公してる魔王である。
そんな主人公気質の魔王を、大型バスで踏み潰したのか。
こっちはこっちで三人を守るのに必要だったので、止むを得なかったんだけど。
なんか申し訳無い気分になってきた。
「追放後は、各地を転々としながら魔道具を作り、困っている者達を助けて回っていたようだ。長い期間、放浪生活だったそうだ」
「……マジで主人公気質……」
「ただ、魔道具のおかげで助かった者達から感謝されこそすれ、一所に居着く事は許されなかった。放浪を続けていたのは、そうせざるを得なかったからだ」
「えっ?なんでですか?」
「街に居着くと、良質の金属製品の取引が停止してしまうからだよ。かの者の魔道具で利益を得られる者は少数。不利益は街全体に及ぶ。そうなれば、施政者の出す結論は一つだ」
「ええっ……そこまですんのかよ……」
物凄い苦労人の魔王のようだ。
物凄く申し訳無い気分になってきた。
「どうやって魔王になったんですか、そんな状況で。一ヶ所に留まる事すらできなかったんですよね?」
「魔王の座に至った経緯は知らないな。その辺りの話は、連中の好みでは無かったようで、話していなかった」
ムチムチさんの知っている魔王関連の情報は、不幸ネタに偏っている。情報源自体が偏っているから、しょうがない。
「おっと、話に没頭しすぎたな。通りすぎる所だった。ここだ、ここ」
「……どこですか?」
「ほら、この黄色いのが『奇天烈な黄玉』だ」
黄色い玉が埋まってた。
バスケットボールくらいの大きさの玉が、地面に半分めり込んでいる。
色々言いたい事はあるが、何よりもまず第一に、これだけは言いたい。
「こんなの踏んだ記憶、無いんですけど」
「イベントデータレコーダーに記録されています。踏んでいます。ますたー」
「……ああ、そうなの……データが記録されちゃってるのかぁ……」
フェアの証言によれば、踏んだらしい。しかも、記録に残っているらしい。
自分の記憶よりは、車両に記録されたデータの方が正確だろう。
つまり、踏んだ。罪状確定。
車載レコーダーは、持ち主の無実を証明してくれるとは限らない。
「はははっ!見なかった事にしよっと!」
「貴殿は何を言っているのだ……」
見なかった事にしたい。
大型バスに踏ん付けられて地面にめり込む魔王って何だ。
大型トラックに飛ばされて異世界に来る勇者とタメ張れる。あり得なさ度で。
「ホント、見なかった事にしたい……。正直、半信半疑でしたよ、これ見るまで」
「私のいた位置からは、その瞬間の様子が見えたのだ。地上に出かかっていた頭を後ろから踏まれる様子がな。……ふふっ。なかなかどうして、痛快だったよ」
「……………………」
笑顔が実にチャーミング。笑ってる内容はアレだけど。
ムチムチさんは、犯行の瞬間を目撃したらしい。
自分は、見た記憶が無い。それどころか、本気で全く気付かなかった。
お笑いトリオの相手に忙しかったせいもあるが、踏んだ時の衝撃が何も無かったのも理由の一つだ。
フェア謹製の高性能サスペンションのおかげで、車体に振動が伝わらない。
「本当に色々言いたすぎてアレなんですけど、とりあえず……、この人の乗ってきた球、どこですか?」
「無いぞ。生身で地下を移動していたようだ」
部下が社用車を使い、上司が徒歩。ビジネスマナーが異世界。
「いやそもそも生身で地下を移動できるものなんですか?」
「金属以外なら、どんな素材も自由に操れるそうだから、それくらいの事はできるのではないか?」
「ええっ……さすがは魔王……って言っていいのか、これ……?」
地中を移動できるくらい土を自在に操れるなら、もう鍛冶の腕前とか超どうでもいい気がする。
金属加工不可とか些末事だよ、常識的に考えて。
「……ここの土質、どうなってんだろう……金属原子、無いのか……?」
どうでもいい事だけど、凄く気になる。
この平原の土、酸化鉄とか含まれてないのだろうか。それとも、酸化物は金属カテゴリの適用外なのだろうか。ケイ素とか、ドワーフ的には金属なのか、金属じゃないのか、どっちだ。二酸化ケイ素はどういう扱いになってるんだ。
こちらの世界のドワーフ的ルールが詳細不明。
もしかして、金属と思えば金属とか、金属じゃないと思えば金属じゃないとか、そういうクマバチ的ルールなのだろうか。
「それにしても、生身で移動できるからって、別に生身で移動する意味無いような気が……。なんで乗り物あるのに乗ってないの、この人……」
「理由は知らないが、そもそも『奇天烈な黄玉』は、自らの作成した魔道具を滅多に使わない事で有名らしい。放浪生活をしていた頃からそうだった、と聞いている。他者のためだけに魔道具を作り続けながらも、長らく居場所を得られなかった、と」
「……やるせないエピソードばっかりですね……」
魔王になれたという事は、途中経過はどうあれ、最後には報われたのだろう。めでたしめでたし。
追放物のハッピーエンドの、その後の世界だったのか、ここは。
そんなハッピーな世界のハッピーな魔王を、大型バスで踏み潰した訳だけれども。
まあそれはともかく。地中から出てきた黄色い球体は、部下専用コミューターとして開発したようだ。別に開発者本人が使っちゃいけない道理は無いはずだが、本人は球体を使わずに生身で来ている。
鍛冶師は、剣を造る側であって、剣を振る側ではない。それと同じように、魔道具を作る側であって、魔道具を使う側ではない、という意思表示だろうか。
色々拗らせてる感じがする。
普通に便利そうだし、普通に使えばいいのに。
某豊田市の人達は、社長も社員も普通に自動車乗ってるよ。
「まあ色々凄い魔王らしいって事は、何となくわかりましたけど……。こんな言い方はアレですけど、それにしては弱すぎません?」
「不意打ちで頭部に攻撃を受けたのでは、仕方が無い。穴倉育ちの岩頭どもであっても、打ち所が悪ければ意識を失うものだ」
「いや岩頭て」
ドワーフの事か。言い方にトゲを感じる。エルフの血の宿業だろうか。
「それに、魔王は必ずしも戦闘に長けている者ばかりではない。魔王に求められるのは、実力であって、戦闘力ではないのだ。歴代の魔王の多くが戦闘に長けていたのは事実だが、戦闘を不得手とする魔王もいる」
「……ああ、なるほど。説得力ありますね」
「何故そこで私を見る?」
普通の人間の女性より身体能力が貧弱なのに魔王になった実例、一人知ってる。
「……それじゃあ、この埋まってるのが、本当に本物の魔王って事ですか」
「そうだ」
確認作業、終了。
本当の本当に、終わってた。
「……………………」
無事に戦闘を終了できて、その確認作業も無事に終わったのだから、喜んでいいはずだ。
喜んでいいはずなのに、ちっとも喜ぶ気分になれない。
むなしい。
戦いの後に残ったものは、虚しさだけ。現役魔王と戦った記憶すら残っていない。戦ってないから当然だけど。
元勇者の見せ場、無し。
「……確認も済みましたし、帰りましょうか」
「いや、少し待ってくれ。私の方の確認がまだだ」
帰ろうとしたら、待ったをかけられた。
そう言えば、この人も何か確認する事があると言っていたのを思い出した。
虚しさに襲われて、すっかり忘れてた。
「取り出す手間が省けて助かったよ」
ムチムチさんは、無傷の球体のすぐ近くに落ちていたグラサンを拾い上げた。
犬コロが悶絶した時にズリ落ちたグラサンだ。
「くぅっ!?……か、かなり目に来る臭いがする……っ……」
ワイシャツの袖口で軽く拭くと、そのままかけた。
「似合ってませんよ、それ」
「そうか?それは残念だ」
美しい金色の瞳が、無粋なグラサンのせいで隠れた。勿体無い。
それを気にした風も無く、ムチムチさんは丸眼鏡の縁の部分を何やら弄っていた。
「……っ……」
しばらくして、顔をしかめた。
そんなに臭いなら、かけなきゃいいのに。
「これは……あの時と同じと考えるべきか……後詰めで手は抜かない、か……」
グラサンかけたまま、ムチムチさんがこちらを向いた。
「ヒデオ殿。どうやら、気を抜くにはまだ早いようだ」
真剣な声音だった。
どうやら、まだ終わりでは無いらしい。
元勇者の見せ場、あるだろうか。
主人公、猫耳カチューシャ装着中。
ヒロイン、右目に眼帯風ネクタイ巻いて、サングラス装着中。




