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95/152

95.電設のヒデオさん、片付ける。


地面の下からヌヌヌッと大きな球体がせり上がった。


ミニバスより大きな黄色い球体。地上に出現したのは、現時点では三つ。他にも潜んでいるかもしれないが、地下ではわかりようがない。総数不明。



「前方に障害物を検知しました。緊急回避します」


「っ、避けるなフェア!そのまま突っ込め!」



咄嗟に叫んだ。



「はい。避けません。ますたー」



ドガンッ。


進路上に立ち塞がっていた黄色い球体の一つに、そのまま正面衝突。衝撃で車体が激しく揺れた。


ベッドから落ちそうになった三人を、十本首が押さえている。


押さえてもらえなかった自分だけ、前方に転がった。



「っ、フェア!命令だ!何があっても前進しろ!」


「はい。何があっても前進します。ますたー」



とにかく前進。


言うだけ言ってから、起き上がる。


ズレた猫耳カチューシャを着け直す。



「クソッ!酷ぇっ!」



フロントガラスがヒビだらけ。


運転席と助手席の窓もヒビだらけ。


視界が半分死んでる。マズい。



「先週納車したばっかりなんだぞ!ちくしょう!」



フロントガラスを力任せに引き剥がす。前方の視界、確保。


運転席と助手席の側面を蹴り飛ばす。窓ごと外れて落ちた。横の視界、確保。


新車なのに酷い有様だ。


誰せいだ。自分のせいではない。突撃命令したのは自分だけど、自分のせいではない。断じて。


大型バスの巨体で急ハンドルなんかしたら、横転しかねない。自分達の安全を最優先に考えれば、直進一択。


進路上の障害物がどうなろうと、知った事か。いきなり進路上に球体を浮かび上がらせた奴が悪い。自分は悪くない。


それもこれも全て、現役魔王『き――……たま』とか言う奴のせいだ。


ドタバタしてて中途半端にしか聞き取れなかったけど、それもこれも全て、現役魔王『き――……たま』のせいだ。


とにかく一切合切全部、現役魔王『き――……たま』のせいだ。


このツケ、絶対に払わせてやる。



「いいなフェア!これは俺の命令だ!絶対に前進し続けろ!何があってもだ!」


「はい。絶対に前進し続けます。ますたー」



バキバキと耳障りな音が響く。球体の破砕音と共に、黄色い破片が散る。


大きな球体だが、こっちの車両はそれよりデカい。馬力も強度も剛性も、こちらの方が上だ、多分。


スピードが落ちても、電動モーターのトルクは落ちない。大型バスを駆動する高トルクは、普通の自動車の比じゃない。


問答無用の前進。


黄色い球体が砕け、拉げ、歪み、潰れていく。



「なんのこれしき!オイドンには効かぬ!」



半壊の球体を引き裂いて、中から黒いのが出てきた。



「えっ、黒豚?」



巨大な黒豚だった。何故か黒いサングラスかけてた。某紅豚の丸眼鏡風。



「オイドンを黒豚と呼ぶな!下郎めが!」


「黒豚がしゃべった!?」



しゃべれる黒豚は、ただの黒豚じゃない。


よく見たらこれ黒豚のオークだ。オークにも黒豚いるのか。


横綱よりデカい。肌も装備も全身黒尽くめ。そして何故かグラサン。



「魔女の手先なんぞに黒豚呼ばわりされる謂れなど無い!オイドンこそは魔王様直属、三魔将さんましょうが一の将!耐久力ならば三国一と謳われし豪傑!人呼んで『剛鈍』のゴードンとはオイドンの事だドン!」


「……うわぁ……聞いてもないのに自己紹介始めたよ、この黒豚……キモッ……」


「キモいとか言うな!下郎めが!」



キモい黒豚だけど、本当にただの黒豚じゃなかった。


横綱サイズの巨漢が、がっぷりよつに組み付いて、大型バスと張り合ってる。豚足の蹄が地面をガリガリ削る音がする。


進路上の球体は除外されたのに、黒豚のせいで車両スピードが上がらない。むしろ停車寸前。


二つ目の黄色い球体が、運転席の真横に来た。



「魔女に隷属する哀れな傀儡よ!その無為な余生、拙者が絶ってしんぜよう!」



球体上部がカプセルトイみたいにパカッと開き、中から別の黒いのが出てきた。



「えっ、トカゲの黒焼き?」


「トカゲではない!」



黒いリザードマンだった。黒い短槍を構えていた。そしてまたグラサン。



「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!拙者こそは魔王様直属、三魔将さんましょうが二の将!突きの精確さでは右に出る者無し!三国一の槍の名手!心の臓、唯一突きにて仕留めたる獲物の数は、満天の星にも勝るほど!誰が呼んだか知らないが、人呼んで――」


「聞いてねンだわ」



悠長に長台詞をしゃべりだしたので、その隙に通勤カバンに手を突っ込む。


ロックアイスを取り出し、袋ごと投げた。



「これでも食ってろ」


「モガッ!?」


「お、入った」



ロックアイス、袋ごと口に入った。リザードマンの口はデカい。



「げ、下郎めが!名乗りを妨げるとは、何たる非道な真似を!」


「知るかよ黒豚」


「黒豚と呼ぶな!」



ブーブーうるさい黒豚は一旦放置。こいつは今、身動きが取れない。邪魔だけど危険は無い。刃物を持ってる黒トカゲの処理が先だ。



「冬眠してろ、トカゲ野郎」


「モガガーッ!?」



通勤カバンには、コンビニ商品が売るほど入っている。当然、冷凍コーナーの商品も入れてある。


ロックアイスを手当たり次第に取り出し、投げて投げて投げまくる。


アイスクリーム、ソフトクリーム、カキ氷もついでに投げる。


黒トカゲの口に入りきらない分は、大きなカプセルトイの容器に放り込む。


食べ物を粗末にして勿体無いが、今は目をつむろう。



「モ、モガッ……モガガッ……モッガッ……モガァ……」


「寝てはダメだドン!寝たら死ぬドン!」



黒豚の声掛けも虚しく、黒トカゲは動かなくなった。


二足歩行していても、所詮はトカゲよ。大量のアイスの山に埋もれれば、変温動物は動けまい。


処理完了。おやすみなさい。


横槍を入れられて中断していたが、これで気兼ね無く、黒豚を料理できる。



「魚料理もおいしかったけど、久しぶりに肉料理が食べたいね。コッテリ系の奴。例えば……、トンカツとか?」



通勤カバンから、食用油を取り出す。黒豚の頭から、ぶっかけた。



「ブヒッ!?なんだ、この液体!?オイドンに何をかけたんだドン!?魔女の毒薬か!?」



ぶっかけた油のヌルヌルで、摩擦が減った。車両スピードが少しだけ上がった。



「お次は小麦粉っと」



ボフッ。


袋ごと豚面に投げ付ける。油まみれのグラサンが粉まみれになった。



「ブヒィッ!?オイドンの視界が!?下郎め、卑怯な真似を!」


「なんか固いなー。柔らかくするなら酒かなー」



スピリタス。アルコール度数96度。優勝者にシャンパンかけるみたいに、万遍無くかけた。小麦粉がシットリした。


下拵えは、これくらいで十分だろう。


最後の仕上げ。柄の長い着火器具を取り出す。



「ガスの方が一般的だけど、電池式の奴もあるのよねー。風が吹いてても使えるから、キャンプの時とかマジ便利よねー」



黒豚は、両手が塞がっている。視界も塞がっている。ノーガード状態。


豚鼻に、先端部分を押し当てる。スイッチオン。



「ブヒイイイイイイイイッ!?」



黒豚が燃えた。


燃えた拍子に手足をヌルッと滑らせ、こけた。


大型バスに弾かれて、進路上から除外された。



「……うわぁ……マズそうな鳴き声……食欲失せるわぁ……」



食べ物を粗末にするのは本当に良くない事だけど、あの黒豚トンカツ、いらない。子供達に食べさせたらお腹壊しそうだし。



「ここで俺様が颯爽登場ぉ!やっぱ真打は最後に出てこそっしょ!」



三つ目の球体が、助手席側に横付けした。


球体が開き、黒い狼男が出た。そしてグラサン。



「おうおう魔女の下僕さんよぉ!一の将や二の将をちょちょいっと手玉に取っちゃったくらいで調子に乗っちゃいけないぜぃ!やっぱ戦いは数っしょ!数字おっきい方が強いってもんっしょ!俺様こそは魔王様直属、三魔将さんましょうが三の――」


「うるせえ犬コロ」



酢。



「ギャインッ!?」



犬コロの鼻に酢をぶっかけたら、それだけで白目剥いて倒れた。


倒れた拍子にカプセルトイのふたが閉じて、何事も無かったかのように沈黙した。



「……城から持ってきた奴、地味に役に立つなぁ……本来の用途外だけど……」



城の厨房から持ってきた酢。腐ったような臭いがする。人間が嗅いでも酷く臭い。


奇襲部隊のオッサン達に物資供出した時、在庫処分できなくて邪魔だと思っていたけど、意外と役に立った。


ただし、コンビニで普通の酢を仕入れ済なので、城の酢が料理で役に立つ日は永遠に訪れない。



「フェア。このまま前進。……アクセルは控えめで、お願い」


「はい。このまま前進します。現在の速度は10km/hです。ますたー」



低速を維持。アクセル全開にしたくなるが、ここは我慢。何が来ても対処しやすい速度で前進する。


グラサン連中は、片付けた。しかし、まだ序盤。安心するのは早い。まだまだ潜んでいるはず。



「さあ、来るなら来い、四天王!」



魔王直属、トリオ名『秋刀魚笑さんましょう』とか名乗ってたけど、あんなのは前座の前座だ。言うなれば小ボスだ。


おそらく、次に来るのが本物の前座。四天王ポジションの中ボスが出てくる。


そいつらも倒して、ようやく本番。現役魔王『き――……たま』がラスボスとして出てくる。


最終決戦まで、まだまだ先は長い。



「こっちを油断させようったって無駄だ!」



歴史の雑学で、中世の王様は道化師を重用していた、と言う話を聞いた事がある。


冷静に考えて、真っ当な社会人がグラサンは無い。


魔王直属ともなれば、事務次官レベルのエリート国家公務員に相当するはずなので、尚更グラサンは無い。


つまり、さっきのグラサン連中は、魔王直属のエリートでありながら真っ当では無いという矛盾した役職になる。


外見的特徴、言動、態度、その他諸々を鑑みれば、答えは明白。即ち、道化師だ。


トリオ名『秋刀魚笑さんましょう』とは、まるで某お笑い芸人と某お笑いコンビの名前を掛け合わせたかのような名前だ。


トリオ名を聞いただけでも明白。絶対に道化師だ。


お笑いトリオの道化師が一番槍とは、実に常識外れ。さすが、あのムチムチさんをして常識外れと言わしめる現役魔王『き――……たま』だけの事はある。



「隠れているのはわかっているぞ!出てこい!」



先程の奇襲には、本当に驚かされた。まさか地面の下から奇襲を仕掛けて来るなんて、常識外れだ。それだけでも常識外れなのに、せっかくの奇襲のチャンスをトリオ名の名乗りで台無しにするという埒外の常識外れっぷり。おそらく、戦意喪失を狙った戦術とか、なんかそういう感じのアレだろう、多分。


ついイラッと来て、黒い悪魔と同じくらい即行で排除してしまったけど、おそらく自分は例外だ。こちらの世界の住人であれば、ついついコントを観賞してしまい、戦意をゴッソリ削られていたに違いない。ともすれば、敵に対して敵意を向けられなくなり、戦闘不能になってしまう事まであるかもしれない。


危なかった。お笑いセンスが異世界で助かった。


相手は、元魔王のクローンがいる事を知っている。まず真っ先に戦意喪失を狙ってきたのは、元魔王のクローンを三人同時に相手取っても確実に勝利するための布石。そう考えれば辻褄が合う。


奇襲で攻撃をするのではなく、奇襲で道化師をけしかけて戦意喪失を狙うなんて、自分のような戦闘ド素人のサラリーマンには絶対に思い付けない常識外れの戦術だ。素人考えでは、どう考えても、普通に奇襲攻撃した方が有効としか思えない。


あまりにも自分の中の常識から外れすぎている。恐ろしい敵だ。



「……出てこないな……警戒してるのか……?」



こちらには、元魔王のクローンが三人いる。自分の不手際で行動不能にしてしまったが、相手はそれを知らない。警戒するのは、当然と言えば当然か。


次は、どう来るのか。相手が常識外れすぎて、予測が立たない。


予測可能な強敵より、予測不能の難敵の方が何倍も恐ろしい。


お揃いのグラサンかけたお笑いトリオ道化師『秋刀魚笑さんましょう』の次は、果たして、どんな常識外れの四天王が来るのだろうか。そして、その更に次に控えている現役魔王『き――……たま』とは、どれほど常識外れなのだろうか。


まだ対面すらしていないのに、現役魔王『き――……たま』の常識外れの気配に、身の毛がよだつ思いだ。



「ふぅむ。大丈夫であろうとは思っていたが、よもや、こんな事になろうとは」


「おつかれ~」



自分が戦々恐々しているのをよそに、十本首が前に来た。


酒飲みながら来た、この酔っ払いのオッサン。のん気か。



「げに恐ろしき者よ。我と対峙した時の、予測不能な姿を思い出すのである」


「然り」


「いや然りじゃないが。なんか用かよ、つなし」



何しに来たんだ、この酔っ払いのオッサン。



「……もしかして、手伝ってくれんのか?」


「手伝う?何をであるか?」


「はてな~?」


「違うんかい」



本当に何しに来たんだ、この酔っ払いのオッサン。



「こっちは取り込み中で忙しいんだけど。見てわかんだろ」


「見てもわからぬ。どこが取り込み中なのであるか?」



ダメだ、この酔っ払いのオッサン。早く何とかしないと。



「ヒデオ殿」



酔っ払いのオッサンをどうするか考えていたら、ムチムチさんまで前に来た。



「無理しないで、休んでいてください」


「いや、もう十分に休んだ。大丈夫だ」



チラッと、ベッドに目を向ける。


黒夫と魅雪は、まだ横になっていた。過剰出力のスタンガンによるダメージは、そう簡単には消えない。


人間離れした身体能力を持つ二人ですら、まだ回復していない。普通の人間の女性より貧弱なムチムチさんが早々回復するとは思えない。



「実は、ゴーレム車に強い衝撃が加わった時、意識が飛んでしまったのだが……。次に意識を取り戻した時には、もう回復していたのだ。今はもう体を動かすのに何の支障も無い」


「何なんですか、その言い分は……」



嘘を言えば一目でわかる。だから、わかってしまった。本気で言ってる、この人。


宿屋で一瞬暗転しただけで全回復するゲームの勇者みたいな事になってた。


いいのか、それ。一応元魔王なのに。



「……まあ、回復したんなら、いいか……」



少々不安になるが、本人は体調良好そうなので、ひとまず良しとする。



「回復したのは良かったですけど、まだこっちは危ないんで、下がっていてください。さっきみたいな事もあるかもしれませんし、黒夫と魅雪のそばに付いていてもらえると助かります」



現在、絶賛戦闘中。回復の有無によらず、車両前方は危険だ。フロントガラスが無くなり、無防備になっている。


下がるように言うと、ムチムチさんは不思議そうに首を傾げた。



「何を言っているのだ?すでに貴殿が片を付けてしまったではないか」


「いえ、まだ魔王の顔すら拝んでませんけど」



前座の前座を片付けただけ。本番は、まだ始まってもいない。


窓の無い車窓から、外を警戒。次こそは見落とさない。



「貴殿は何を言っているのだ、まったく」



警戒していたら、ムチムチさんが溜息を吐いた。まるで、心底呆れたとでも言わんばかりに。



「ああ、そう言えば、貴殿は顔を知らないから、わからなかったのか……。今代の魔王『奇天烈な黄玉』なら、すでにゴーレム車で踏み潰しているぞ」


「……………………えっ?」



本番、終わってた。


猫耳カチューシャ付けたまま、バトルシーン終了。

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