94.電設のヒデオさん、見落とす。
南東方向に、ノロノロ前進。馬車より遅いくらいだが、馬車とは違い休憩いらず。アクセル全開にしたくなるが、ここは我慢。安定した低速走行を続ける。
「……本当に、何にも無いな……」
目視で周囲を確認。異常無し。
素晴らしく平和な平原である。
このまま行けば、何事も無く通過できるかもしれない。それが最良。
「……こっちの世界に来てから、碌な目に遭ってないからなぁ……」
最良を望みつつ、状況が悪化した時の事も考える。
三人には、寄生虫型ビーコンが仕込まれていた。すでに処理済だが、何らかの魔力的な信号を返信した後だ。
もし、虫からの信号を敵に受信されていたら、と仮定する。
その場合、ムチムチさんの生存はバレている。こちらが虫を潰した事は、信号の途絶によってバレる。黒夫と魅雪の生存は、バレてはいないはずだが、疑われているかもしれない。
虫を潰した地点から移動し続けているので、正確な現在位置は不明のはず。しかし、大まかな位置や方向くらいはバレているだろう。
クローンを狙っている連中が、遠からず姿を見せるはずだ。
「……来るとしたら、何が来るか……相手が公務員だったら嫌だなぁ……」
クローンを作った連中から狙われていた場合は、普通に撃退すればいい。違法研究に手を染めた犯罪者だ。遠慮はいらない。ガサ入れ後なので、数もそんなに残っていないだろう。
もし、相手が違法研究の取り締まりをしている公務員だったら、どうすべきか。
その場合、目の前の敵を倒してめでたしめでたし、なんて事にはならない。善悪の話ではなく、規模の大小の話だ。
公務員なら、相手は個人ではなく、公権力という事になる。魔族の警官に職務質問されて、殴って逃走でもしようものなら、最悪の場合、魔族の警察組織を丸ごと敵に回す事にもなりかねない。
「……あの真珠、袖の下に使えるかな……?」
下っ端の警官を賄賂で買収。アリかな。アリだな。
映画でたまに見かける、不良警官にチップを渡して融通を利かせてもらうシーン。あれと似たようなものだ。
自分で実践した事は無いけど、バックパッカーの体験談を聞く限り、外国では普通に有効な手らしい。ある意味、ここは外国と言えなくもない。人間の王国の街では、衛兵が鼻薬で人身売買を見逃している、という話を聞いた。おそらく、魔族にも通用するだろう。きっと通用するはずだ、多分。
イケる。イケる気がする。
巨大な黒真珠の希少価値をもってすれば、大抵の無茶は何とかなるはず。虫の信号は誤報だった、という偽情報を持ち帰ってもらおう。
組織を相手取るのに、その全てを相手取る必要は無い。現場に出てきた数人を丸め込めれば、片が付く。
「……俺がこのまま顔を見せるのはマズいか……?」
いくら不良警官でも、魔族の領域内で人間が堂々と顔を晒していたら、さすがに見逃してくれない気がする。
いざと言う時に『うっかり見落としてしまった』と言い逃れられる程度には、猫をかぶっておかないといけない。
故意じゃない。過失だ。そういう体裁が必要なのだ。
こういうのは、体裁がとても大事なのだ。たとえそれが見え透いていたとしても。
「ねえ、フェア。猫耳カチューシャ、出せる?脳波で動く感じの奴」
「はい。猫耳カチューシャです。ますたー」
と言う訳で、フェアに変装グッズを出してもらいました。
電動式の猫耳カチューシャ。装着者の脳波に反応して稼働する高級品。白色。
「猫耳カチューシャ、装着」
「わー。お似合いです。ますたー」
「そ、そう?似合う?」
フェアがそう言うなら、きっと似合っているはず。間違い無い。
なんちゃって猫獣人。耳四つになるけど、突然変異と言い張って押し通そう。
本物の猫耳とは比べ物にならないが、一応、動く。ウィーンッて動く。
ギリ、イケる、多分。
「な、何であるか、その耳飾りは。壮絶に似合ってないのである」
「し、然り」
「へん~」
酔っ払いのオッサンが、なんか言ってた。
酔っ払いのオッサンの感性は当てにならない。スルー。
そんな事より、こっちの話を通しておかないと。
「つなし、ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん?何であるか?」
「これから変な連中が来るかもしれないけど、なるべく手は出さないでくれないか?こっちから手を出すと、穏便にやり過ごせなくなる」
「言われずとも、そのつもりである」
「なにもしないよ~」
十本首が、器用にタオルを絞りながら言った。
横になった三人の額に濡れタオル乗せてる。
肩には濡らしたハンドタオル当ててる。
結構色々やってた。
「元より、我は俗世の争いに首を突っ込む気は無いのである」
「ぼ~かん~」
「我の存在は、矮小なる存在の営みを容易く壊す。それは我の本意に非ず」
「然り」
なんかそれっぽい事言ってた。
これで強零の缶をラッパ飲みしてる首が無かったら、格好付いたのに。
色々やってくれたのは助かったけど、本当に凄く助かったけど、基本的にはダメな酔っ払いのオッサンである。
「故に、ここまでである。これより先の事象に、我は一切干渉せぬ。汝が身に降りかかる災禍、汝が才腕をもって払うが良い」
「がんばってね~」
「不穏っ!?」
よくわからないが、十本首なりの、世界に対するスタンスがあるようだ。
これって、本人からの戦力外申告だろうか。
最終手段としての暴力的解決の場面では、十本首の力は頼れないと思った方が良さそうだ。
「……………………」
物凄くマズい気がする。
現状、マトモに動けるの、自分しかいない。
フェアがバックアップに付いてくれているとは言え、かなりマズい。特に、三人が倒れているのが、マズすぎる。
身体能力は勇者級でも、戦闘ド素人のサラリーマン。攻勢だけならゴリ押しの単騎特攻で何とかできるかもしれないが、守勢は無理だ。
素人に、誰かを守りながら戦う立ち回りなんて、できる訳が無い。確実にジリ貧になる。
「……いや戦うと決まってないし……このまま行けばいいんだ、このまま……」
改めて、目視で周囲を確認する。
異常無し。何度見ても異常無し。
問題は無い。虫のトラブルはあったが、それ以外、ここまで何も問題は無い。
順調に進んでいる。不穏なくらい順調だ。嵐の前の静けさ。
「……いや普通に順調だし……別に不穏な事とか無いし……」
内心で冷や汗をかいていると、視界の端に、誰かが起き上がるのが見えた。
「……うぅっ……ヒデオ殿……っ……」
苦しそうな顔をしながら、ムチムチさんが起き上がっていた。
急いで近寄り、肩を押さえる。
乱れていたワイシャツを整え、寝かし付ける。
「……変な耳が生えてる……!?」
「お気になさらず。それより、無理しないで横になっててください」
今更だが、スタンガンの出力が高すぎた。
フェア謹製スタンガン、市販品の比じゃなかった。
押し当てたのは肩だが、首筋の近くだった。虫を処理するために止むを得なかったとは言え、どう考えても危険すぎた。包丁を刺した方が、まだマシだった気がする。
あのスタンガン、通勤カバンに永久封印しよう。
「……どうして……私を斬ってくれないのだ……そして何なのだ、その耳は……」
うわ言のように、また言ってる。
むずかる子供をあやすように、灰色の髪をゆっくり撫でた。
「大丈夫。大丈夫ですからね。ゆっくり休んでください」
「……頼む……頼むよ、ヒデオ殿……私では無理なのだ……私は意思が弱い……自らが害悪にしかならないと知っていても……自ら命を絶つ覚悟もできない……」
「いりませんよ、そんな覚悟」
「……斬ってくれ……間に合わなくなる前に……頼む……」
「大丈夫ですよ。何とかしますから、安心してください」
「……ヒデオ殿……」
「変なものは見当たりませんし、何事も無く穏便に行けますよ」
「……違う……違うのだ……ヒデオ殿……」
「万が一、誰かに見付かっても、まあその時は賄賂でも使って見逃してもらったりとか、まあ何とかします。とにかく穏便に行くようにしますから」
「……貴殿は何を言っているのだ……っ……」
横になったまま、腕を掴まれた。
力が弱いのに、振りほどけない。
「……賄賂なんか効くか……っ……」
「ま、まあ、相手によっては効きづらいかもしれませんけど。その時は、まあ、何とかします。何とか、まあ何とか。はい」
「……貴殿は……っ……」
「ああ、起き上がっちゃダメですよ、ムチムチさん」
「……このまま貴殿に任せておけるか……そんな耳まで生やして……っ……」
マズい。ムチムチさん、やる気スイッチがオンになった。斬れ斬れ言ってた時とは、明らかに雰囲気が違う。そんなに賄賂はダメだっただろうか。
賄賂は、不良警官には有効な手だが、真っ当で善良な警官に効かないのは確かだ。むしろ逆効果になる。バックパッカーの体験談で、賄賂が効くと思って使ったらメチャクチャ怒られた、とか言う話を聞いた事がある。
魔族の警官、そんなにシッカリしてるのか。賄賂はダメか。残念。
「……私の生存は、すでに知られている……すぐにも来るぞ……っ……」
「大丈夫ですよ。誰か来る様子も無いですし。もし来るにしても、しばらくは大丈夫でしょう。賄賂以外の手、考えときますんで、ムチムチさんは休んでてください」
言いながら、窓の外を確認。異常無し。
「……違う……あの魔王は……常識から外れている……っ……」
「ま、魔王?」
急に変な事を言い出した。
ムチムチさん、まさか魔王が来ると思っているのか。
あり得ない。なんで魔王が来るんだ。
魔王は魔王城の玉座にふんぞり返って勇者が来るのを待ってる、とは思ってない。それでも、トップには地位相応の腰の重さがあるものだ。
いくら常識から外れてると言っても、フットワークの軽さには限界がある。
独立記念日に戦闘機を駆って宇宙船に突っ込む大統領、みたい超現場主義の魔王はいないと思う、さすがに。
「思い詰めすぎですよ。大丈夫ですって」
「……大丈夫なものか……っ……」
ムチムチさんが必死だ。
必死な様子を見て、一抹の不安がよぎる。
窓の外を確認。異常無し。
「……現役の魔王が来るなんて、あり得るのか……?」
三人は、元魔王のクローン。
もしも相手が、三人全員の生存を予測して行動しているなら、戦力を出し惜しみせず、全力投入して来るかもしれない。
現役魔王が全軍を率いて出張って来ても、おかしくないのか。
窓の外を確認。異常無し。
「……そんな大戦力が動いたら、絶対に目立つよな……」
規模が大きくなれば、否が応でも目立つ。
現役魔王が自ら出張るほどクローンを警戒しているなら、目立たないはずが無い。
いくら自分が平和ボケ国家出身だからって、平原で目立つ動きは見落とさない。
窓の外を確認。異常無し。
「……俺はともかく、黒夫と魅雪もいるし……」
自分が見落とす可能性はあっても、黒夫と魅雪が見落とすとは思えない。
黒夫の聴覚には、異変が聞こえていなかった。
魅雪は『ちょっと嫌』で『ヌヌヌッ』と言っていた。
大戦力が来る兆候が無い。
窓の外を確認。異常無し。
「うん。やっぱりあり得ないだろ、これ」
もしも現役魔王にバレているなら、大戦力が来るはず。
大戦力が来ないという事は、現役魔王にはバレていないという事だ。
窓の外を確認。異常無し。
「……禁忌の存在は、余人に知られてはならないのだ……魔王が直々に手を下さなければならない案件なのだ……っ……」
「えっ?そ、そうなんですか?」
「……手勢は最小限……魔王並みの実力……魔王からの厚い信頼……それらを併せ持つ少数精鋭の部隊……魔王が自ら差配する……っ……」
元魔王様からの、貴重な情報提供がありました。
前提条件を修正する。もしも現役魔王にバレているなら、少数精鋭を引き連れて来るらしい。
少数精鋭と言うからには、四天王でも連れて来るのだろうか。火属性が最強のリーダーだったり、土属性が最弱のカマセだったりするのだろうか。
窓の外を確認。異常無し。
「やっぱり何にも無いんですけど。ムチムチさんの思い込みじゃないですか?」
「……そんなはずは無い……っ……」
ムチムチさんの懸念は、もしも現役魔王にバレているなら、という仮定の話だ。
現役魔王が来るのに、目立たないはずが無い。
人数が少なくても、現役魔王と四天王が揃い踏みで出陣すれば、大軍ほどでは無いにせよ、それなりに目立つだろう。
見渡す限り、平原には草しか無い。
草しか無い平原で、見落としは無い。
「……おじちゃん……」
「……ニンゲン……」
窓の外を確認してたら、黒夫と魅雪が起き上がろうとしていた。
「「……変な耳が生えてる……!?」」
「気にすんな。そんな事より、無理しない方がいい。今は横になっていなさい」
二人を寝かし付けようとしたら、服の裾を掴まれた。
「……来るの……来てるの……っ……」
「……すぐそこだ……っ……」
「な、何?」
二人が必死な顔で言った。
窓の外を確認。異常が無い。
「っ、なんで異常が無いんだよ!?」
異常だ。異常すぎる。
黒夫と魅雪が二人同時に何者かの接近を感じ取っているのに、異常が無い。
あるべき異変の元凶が、無い。
「……ごめんなさい……ボク、勘違いしてたの……」
「……聞き逃してた……ごめん、ニンゲン……」
「無理に起き上がるな。寝てていい。寝てていいから」
窓の外を確認。異常が見えない。
「クソッ、どこだ!?」
あるはずだ。
絶対にあるはずだ。
自分は何を見落としている。
どうして見えない。
異変の元凶が見付からない。
「……同族から排斥された突然変異……金属加工の才が無い……金属以外のあらゆる素材を操り……常識外れの魔道具を作る……っ……」
「あ、ああっ!?まさかアレか!?」
ある。あった。
よく見たら、何か、ある。
平原の草に紛れるくらい小さい、何か。
まるで潜望鏡のような形状の、何か。
「……今代の魔王『奇天烈な黄玉』……っ……」
「「……下……」」
何か、せり上がって来る。地面の下から。
「地中かよっ!?そりゃ見付かんねえわっ、クソッタレ!」
猫耳カチューシャ付けたまま、緊迫のバトルシーンに突入。




