91.電設のヒデオさん、出自を打ち明けられる。
取り乱していたムチムチさんが落ち着き、不毛な押し問答が一段落付いた後。
なんか色々打ち明けられた。
「ムチムチさんが右目で見詰めれば、どんな男も言いなりになる、と?」
「そ、そうだ」
「それで、その右目は、昔の魔王が持っていた物と同じ物だ、と?」
「そ、そうだ」
「ムチムチさんが、その魔王の複製体、ですか?」
「そ、そうだ」
ムチムチさんは、そういう者らしい。
元の世界で例えるなら、小野小町とか楊貴妃とかクレオパトラとかのクローン人間みたいな感じの奴だろう、多分。
「へー。それは凄いですねー」
「反応が薄い!?」
ちょっと想像してみて欲しい。
もし、親しい知人から『私はクレオパトラのクローンです』と打ち明けられたら、その時、人はどういうリアクションを取るのだろうか。
世の大半の人は、こういうリアクションになると思う、多分。
「見詰めるだけで男が言いなりとか、世界を牛耳れそうですね。って、そう言えば魔王なんでしたっけ?わぁビックリだ?」
「なんだその驚き方は!?わざとらしいにもほどがあるぞ!?」
期待に応えてオーバー気味にリアクションしてみたけど、お気に召さなかったようだ。どうすりゃいいのよ。
真面目な話。急に聞かされてもリアクションに困る話だった。
ムチムチさんの正体が、実は異世界版クローン人間みたいな感じの奴で、クローンのオリジナルである昔の魔王の記憶や能力を引き継いでいて、対男性必殺兵器のような効果の魔眼をつい出来心で使ってしまった、なんて話を飲み会の最中に聞かされて、すっかり酔いも醒めた。
こんな話、急にカミングアウトされても、どうしろと言うのか。
ここは教会の懺悔室じゃありません。困ります。
いや本当に困る。何が一番困るって、肝心の魔眼が効いてないのが致命的に困る。おそらく、勇者級の状態異常耐性に弾かれたのだろう。
つくづく身体だけは高スペック。そのせいで、実感ほぼゼロである。
実感の無い、突飛な話。元の世界で、飲み会の最中に聞いていたら、女性が酔って妄言を吐いているとしか思えなかったに違いない。
一目で男を骨抜きにできるとか何とか、そういう事を酔った勢いで豪語する女性は実在する。飲み会で、そういう絡まれ方をした事ある。あの時は、物凄く酒臭くて普通に嫌だった。
どんな女性もオッサンも、泥酔した酔っ払いは酒臭い。酒臭くて萎える。
酒は人類を平等にする。平等に萎える。
まあそれはともかく。
「……魔眼を持った魔王の複製、ねぇ……」
今回の話、嘘だとは思っていない。ムチムチさんの場合、嘘は一目でわかる。
ムチムチさんの話を信じる。
信じてはいるけど、信じたら信じたで、リアクションに困る。
「男に特効の魔眼なんてあるんですね。まるでサキュバスみたいですね」
「誰が淫魔だ!?あんな淫乱どもと一緒にするな!」
「あ、はい。ゴメンナサイ」
素直な感想を言ったら怒られた。
怒った拍子に、胸部が揺れた。実にサキュバス。
「まったく!ヒデオ殿は、もう!まったくもう!」
「……………………」
これもう本当にどういうリアクションが正解なんだろうか。
どう行っても不正解な気がする。
どう行っても不正解なら、どう行っても同じだ、多分。
ここからは、好きに行かせてもらおう。どうせ同じだし。
「わかっているのか!私は貴殿を魔眼で支配しようとしたのだぞ!」
「そうらしいですね。思いっきり失敗してますけど」
「うぐっ……。ま、まあ、それに関しては良かったよ。……本当に、良かったよ。私の魔眼は、男性相手には威力が強すぎて、ほとんど調整が利かなくてな。一度支配してしまうと、魔王級の猛者でも意思の大部分が奪われ、夢遊病のような状態になってしまうのだが……。そうならなくて、本当に良かった……」
「結構エグい効果ですね。失敗したから関係ありませんけど」
「うぐぅっ……。何度も失敗と言わないでくれないか?」
「失敗は失敗でしょうよ。これっぽっちも効果ありませんでしたし。……ああ、そう言えば、一瞬チクッとしましたね。チクッとはしましたよ、チクッとは」
「……チクッとしただけ……」
「そもそも今回の件、魔眼がどうこう言ってる場合ですか。なんか無駄に思い詰めて、一人で勝手に落ち込んで、その挙句、支配しようとした相手に壊してもらうよう頼むとか、なんかもう魔眼が失敗って言うより、生き方が失敗してる感じですよね、これ」
「……生き方が失敗……そこまで言うか……っ……」
「最初っから最後まで、一事が万事、失敗オンリーですよ。失敗しかないですよ」
「うぅぅぅぅっ……もう好きなように言ってくれ……っ……」
「そういう感じですから、まあアレですよアレ。魔眼を使った事に関しては、もう気にしなくてもいいんじゃないですかね」
「……………………えっ?」
「私には魔眼の被害ありませんし。なんでかムチムチさんの方がダメージ大きい感じですし。肝心の右目もケガで使えなくなってますし。こんな状況なのに、魔眼なんか気にしても、しょうがないって言うか。むしろ他の事に気を回すべきって言うか。魔眼なんか気にしてる時間が惜しいって言うか。まあそういう感じのアレです。はい」
「えっ?いや、えっ?な、何を言って……、き、気にしない、だと……?」
「それでは、そういう感じで。魔眼に関しての話は、これで終わりって事で」
「いやいやいやいやいや!?ちょっと待ってくれ!?」
「待ちません。未遂事件で被害無いですし、被害者になるはずだった側が終わりって言ってるんですから、魔眼の話はこれで終わりです」
「そ、そんな……。それで良いのか?貴殿は本当に、それで良いのか?」
「いいですよ、別に」
「私は、貴殿の意思を奪おうとしたのだぞ?魔眼が効いていれば、元には戻れなかったのかもしれないのだぞ?それなのに、そんなあっさり……。本当に、本当に良いのか?本当に良いと思っているのか!良いはずが無い!良いはずがあるか!そうだろう、ヒデオ殿!」
「いいですよ、別に。そんな事より、リンゴジュース飲みます?」
「そんな事扱い!?」
江戸切子にリンゴジュースを注いだ。さすがに今は酒NG。
「しゃべりすぎて疲れたでしょう?こういう時は甘いものが一番ですよ。どうぞ」
「……甘い……どこまで甘いのだ……本当に、もう……」
「うん。やっぱり甘くておいしいですね、これ」
ムチムチさんとリンゴジュースを飲む。
不毛な押し問答で乾いた喉に、リンゴジュースが沁みた。
おいしい。
これは、ムチムチさんに面と向かっては言えない事だけど。
日頃から、頻繁に意識を奪われている。
あの美しい金色の瞳に、いつも意識を奪われる。
そしてそれ以上に、豊かな胸部とか臀部とか大腿部とかに意識を奪われる。そりゃもうガンガン奪われまくっている、毎日。
魔眼で意思を奪うだの何だの、そんなの超どうでもいいと思えるくらい、すでに奪われ尽くしてしまった後だ。
言ったら完全にセクハラなので、言わないけど。
酒の代わりにリンゴジュースをチビチビ飲みながら、ムチムチさんの話を聞いた。
甘いリンゴジュースのおかげか、さっきまでの悲壮感は無かった。
やはり甘いものは偉大だ。
勇者より偉大だわ、リンゴジュース。
「魔王の複製体って、凄いですね。ビックリですよ」
「その反応の薄さは何なのだ。これでも一大決心して打ち明けたのだぞ」
「そう言われましても……。まあ、打ち明けるのに覚悟がいりそうってのは、わかりますよ。私の故郷でも倫理的にアウトですし。その手の物を生理的に受け付けないっていう人、一定数いますから」
「なん、だと……。ま、まさか、貴殿の故郷にも複製体がいるのか!?」
「いやいませんけど」
「いないのか!?」
「世間一般では、いない事になってますね。……ペットのクローンはいますけど。お金持ち相手にビジネス化までしてますけど」
「やはりいるのか!?」
「ヒトクローンは、いませんよ。……表向きは」
「どっちなのだ!?いるのか!?いないのか!?」
「だから、いませんって」
自分の母国には、クローン人間はいないはずだ。お隣の国は、どうか知らんけど。
大昔から不老不死の研究の本場みたいな国だし、権力者が延命目的でクローン製造してても、そんなに不思議は無い。
「若干釈然としないものがあるが……。それにしても、貴殿の故郷の表現は的確だな。なかなかどうして、言い得て妙だ」
「はい?何かありました?」
「ヒトの小枝、と言うのは的確だ。複製体の製法は、原木の小枝を接ぎ木するのに似ているのだよ。複製体の性質も、小枝の接ぎ木のようなものだ」
「……小枝の接ぎ木……?」
「目に付きやすい部分には、過去の私の記憶や人格が色濃く出ている。だが、根底に根付いている部分は別なのだ。……そして、それこそが、複製体の大半が製作に失敗する原因でもある。この身で実際に体験した事で、それを知ったよ。私を作った連中には教えてやらなかったがな」
「失敗の原因?わかってるんですか?」
「ああ。……原因は、拒絶だ」
「拒絶?」
「小枝が台木を拒んでも、台木が小枝を拒んでも、接ぎ木は正常に育たないのだ。共にある事を互いに受け入れ合えて、初めて育つのだよ。連中は、それをわかっていなかった。もっとも、あんなヒトデナシどもでは、たとえ理屈は理解できたとしても、解決はできなかっただろうが」
元の世界のクローンは、身体的にはコピーできるが、精神面は別人。例えるなら、歳の離れた双子のようなもの。
異世界版のクローンは、記憶、人格、経験等、精神面も含めて丸ごとコピーする。その分、情緒的な理由で失敗しやすい。理系とは相性の悪そうな技術である。
そこまで色々聞いて、ふと、嫌な予感がした。
「……ちょっと確認したい事があるんですけど、いいですか?」
「うん?なんだ?」
「……ムチムチさんって、表の人格は、昔の魔王なんですよね?それとは別に、裏の人格があるって事ですか?」
「表も裏も無いよ。今の人格は一つだ。ただ、過去の私の人格と、生まれたばかりの新しい私の人格は別物で、今の私はどちらでもある、という事になるのだが……。わかるだろうか?」
「いえ、あんまり」
「う、ううむ、どう言えば良いかな……。接ぎ木が正常に育てば、小枝と台木は完全に融合して分離できなくなる。分離はできないが、小枝と台木の部分では、やはり違う。小枝は小枝で枝葉を伸ばし、台木は台木で根を伸ばす。そして、どちらも揃って一つなのだ」
「ええっと……。それって、台木の部分は残ってるって事ですよね?」
「無論だ。台木あってこその接ぎ木だからな」
「……その台木に当たる部分って、歳幾つなんですか?」
「台木の歳か?生後4ヶ月くらいだな」
「……………………」
赤ん坊だった。
マズい。非常にマズい。赤ん坊の胸部や臀部や大腿部に頻繁に意識を奪われてる。ロリコンどころの話じゃない。
「誕生から4ヶ月という事にはなるが、老化の呪いで急速に成長させられている。それに、小枝と台木は互いに影響を与え合う。実質的には実年齢よりも上だな」
「そ、そうなんですか!?じゃあ、赤ん坊じゃないんですね!?」
「無論だ。小枝の部分の方が目に付きやすいだけで、台木の部分も、今の私の一部だぞ。こんな赤子がいるものか」
「そ、そうですよね!そりゃそうですよね!あー、ビックリした!」
「……魔眼を教えた時より驚いてる……」
赤ん坊ではなかった。良かった。本当に良かった。
異世界に来てから今日までで、一番ビビッた。
「ふぅっ……あっぶねぇ……マジで危機一髪だった……」
「……魔眼が効かなかった時より安堵してる……。まあ良いが」
「ええ。本当に良かったですよ。赤ん坊じゃなくて」
「おおよその概算としては、小枝の成長度合いの半分くらいだと思っておけば妥当だろう。雑な計算になるが、10歳前後と言った所かな、台木の実質的な年齢は」
「……………………えっ?」
赤ん坊ではなかった。でもマズかった。非常にマズかった。
10歳児の胸部や臀部や大腿部に頻繁に意識を奪われてる。ロリコンである。
見た目は、どう見ても10歳児じゃないのに。むしろ年上に見えるのに。お色気ムンムンお姉さんなのに。見た目だけは。
「って、半分で10歳!?どういう事!?何歳まで生きてたの!?」
「言っただろう。生後4ヶ月だ」
「そっちじゃなくて、昔の魔王の方!死んだの何歳!?」
「嫌な事を聞いてくるな……。死んだのは20歳の時だが、それが何か?」
「年下!?俺より年下だったんですか!?」
「年下のはずがあるか。過去の私が生まれたのは千年以上前だぞ。今年で1020歳は超えているはずだ」
「こんな特殊事例で普通の年齢の数え方する普通!?」
「私の歳を普通に数えて何が悪い。……そう言えば、貴殿の歳を知らないのだが、幾つなのだ?」
「……あ、あれ?言ってませんでしたっけ?私、25歳ですよ」
「お、おお、25歳なのか。思ったより歳食ってるのだな」
「……自称1020歳の人が何言ってんのよ……」
話を聞けば聞くほど、こんがらがる。ムチムチさんの年齢、ややこしすぎる。
前世の誕生日を基準にすると、1020歳。
前世の死亡時を基準にすると、20歳。
今世の誕生日を基準にすると、生後4ヶ月。
今世の新しい精神の成長度合いは、10歳前後。
今世の新しい身体の成長度合いは、成人相当。
もうこれだけで、ややこしいってレベルじゃないのに、これに加えて、種族差による問題がある。
ムチムチさんの表層意識では、昔の魔王の人格が前面に出ているようなので、仮に死亡時の年齢20歳で考えるとして。
エルフの20歳って、人間だと何歳換算なんだろうか。
ハイエルフの母親と人間の父親とのハーフの場合、20歳は何歳なんだろうか。
老化の呪いの影響とか本人は言ってるけど、仮に10歳児だったとしても、明らかに成長が早すぎる。ハーフの血筋の影響で、普通の人間以上に成長が早いのだろうか。
わからない。
異世界の年齢問題、わからなすぎる。
「……生誕から1020年……実年齢は生後4ヶ月……いやでも身体的には十分成長してる……過去の記憶も人格も引き継いでるし……いや、でもなぁ……前世があっても今は今だし……今の時点で身体だけは成人……精神も前世の影響で十分育ってるけど……うーん……」
これ、手を出していいのか、悪いのか、どっちだ。
いや手を出す予定は無いけど。今の所は全く予定は無いのだけれども。
万が一の事態に備えて、事前に思案しておくのは無駄じゃない、多分。
不測の事態を予測し備えるのだ。コンティンジェンシープランを策定するのだ。
「……うーん……年齢……年齢がなぁ……うーん……」
「無礼を承知で敢えて言うが、貴殿はおかしい。他に悩む所は無いのか?」
年齢のショックが大きすぎて、他の事はあんまり気にならなくなった。
更に色々聞かされた。開き直ったのか、洗いざらい聞かされた。
古の魔王『銀の魔女』、享年20歳。在位期間、3日。
「リアル三日天下……」
「色々あったのだよ。色々、な」
「何がどう色々あったら、そんな事になるんですか……」
「端的に言えば、反乱だ」
「いや3日で反乱て」
「元々、魔王になど、なる気は無かったのでな。事あるごとに魔眼を使って強引に突き進み、地盤固めも何もしていなかったのだ。そのせいで、女性達からの反感が凄まじい事になってしまって、即行で反乱されてしまってな……」
「三日天下も大概アレですけど、なる気も無いのに魔王になるって、どういう事ですか。あり得ないでしょう、それ」
「切っ掛けは、父の行方を追っていた事だ。母が亡くなり、集落を出た後、どうしても腹の虫が収まらなくてな。何か一言、言ってやらねばと探してみたのだが、手掛かりが全く見付からなくて……。少しでも手掛かりのありそうな方に進んでいる内に……、気が付いたら魔王の座に就いていたのだ、成り行きで」
「ええっ……。そりゃまあ、トップなら情報集まってそうですけど……」
「結局、父の手掛かりが見付かる前に死んで、目的は果たせなかったのだがな。ほら、貴殿に預けた短剣があるだろう?あの短剣で心臓を一突きにされたのだ」
「アレってそう言う遺品!?いや遺品って言っていいのアレ!?」
「遺品は遺品だろう。それなりに思い入れもある」
「……思い入れって言うより、無念とか怨念の間違いなんじゃ……」
「その時に短剣にこびり付いた血と魂が、複製体の素材に使われたのだ。また悪用されたくは無いが、かと言って、おいそれと処分もできない。このまま貴殿が預かってくれると助かる」
「……まあ、預かるのは別にいいですけど」
全ては千年以上前の出来事。当然、ムチムチさんの父親は死んでいる。死人に物申す気は無いらしく、前世の未練は断ち切れたらしい。
殺された無念も怨念も、すでに過去の彼方。殺した奴も、とうの昔に死んでいる。今更言っても詮無い事として、割り切っているようだ。
魔王にトドメを差した短剣と聞くと、いかにも呪われてそうだが、今回は特殊事例なので大丈夫だろう。件の魔王、復活してるし。
黒夫と魅雪も、昔の魔王のクローンみたいな感じの奴らしい。
「またずいぶんチビッこい魔王もいたものですね……」
「今の姿は、生育が終わる前に脱出した結果だ。過去の在位期間中は、もっと成長した姿だったはずだ。……きっと、おそらく、そのはずだ、多分」
「なんであやふや?」
「在位当時の事は知らないのだ。その時、私はいなかったからな」
ムチムチさんの死後に就任した魔王らしく、あまり詳しくは知らないらしい。知っているのは、出身地と、幾つかの不幸ネタだけ。
例えるなら、スキャンダルで有名になった芸能人の出身県だけ知っているようなものだろうか。若者向け音楽ユニットのメンバーの事情を爺さん婆さんが知っている場合、9割方ワイドショーの仕業である。そして本業の歌の方は全く知らなかったりする。
ムチムチさんとは違い、二人とも前世の記憶が無い。かつて魔王だった事すら覚えていない。生活に必要な記憶はあるようだが、個人情報は喪失している。
「今世に生まれてからは、連中が研究の合間にしていた雑談くらいしか情報源が無くてな。ミユキとクロオについては、それほど詳しくないのだ」
「そうですか。それなら、まあ、しょうがないですね」
「……私の立場で言うのも何だが、良いのか?面倒事を嫌うなら、ここまでの話だけでも、追い出してもおかしくないと思うが」
「そりゃ面倒事は嫌いですけどね……。面倒って言うなら、出会いからして、もう面倒でしたし。何か面倒な事情がありそうなのは、最初から薄々わかっていた事ですし。あると思っていた面倒事が、やっぱりあったと言うだけなんで、追い出すほどじゃないですね」
「それにしたって、あっさり受け止めすぎではないか?」
「生活に直接影響の無い問題なんて、こんなもんですよ。気になると言えば気になりますが、それよりも明日の夕飯の方が気になります」
「……本当に一大決心で打ち明けたのに……肩透かしが過ぎる……」
子供は子供というだけで面倒臭い。追加で一つ二つ面倒臭い事情が乗ったからって、別段、騒ぐほどでもない。普段から騒がしくて面倒臭いので、今更である。
それでも、あえて言うなら、リアクションに困る。
素性を知りたいとは思っていたが、素性が特殊すぎて、リアクション取りにくい。
かつて魔王だったと言っても、直接的には何の利益も損害も発生しない。そういう事情があると言う情報があるだけ。ただそれだけだ。履歴書の肥やしにもならない。
今更、勇者としての使命感を燃やすような場面でも無い。昔の魔王が復活したから倒そう、なんて気分にはならない。
逆に、勇者と魔王でチームを組んで野望を達成しよう、なんて気分にもならない。異世界で野望を達成するより、とっとと元の世界に帰って再就職したい。
そもそも、現役の勇者と魔王ではない。元勇者と元魔王、肩書だけは立派っぽいけど、要するに無職。落選した元政治家の現役ニートみたいなものだ。特にやる事が無い。
素性を知れて良かったとは思う。しかし、それはそれ、これはこれ。実用上では、あんまり意味が無い情報である。
出自とは直接関係の無い話だが、技術開発の経緯も、概要は聞かせてもらった。
大昔、異世界版クローン技術は、一つの完成形に至ったらしい。開発者が自身のためだけに開発した、開発者のクローンのみ大量生産できる限定技術。汎用性は極めて低い。それでも一応、完成形は完成形だ。
開発者の死後、クローン技術は研究を禁止された。ムチムチさんが魔王になるよりも前の、大昔の話。現在では技術が逸失している。
どっかの欲ボケが、その開発者に関する古い資料を入手して、技術を再現したがった。目的は、魔王級の私兵の量産。
欲ボケ自身には技術を再現するだけの頭も腕も無かったが、金はあった。そこで、研究のスポンサーになり、金で技術を再現しようとした。
欲ボケは欲ボケなので、欲ボケに相応しく、途中で独自アレンジを加えたがった。スポンサーを生まれつき妄信する呪いをあらかじめ仕込もうとしたり、割とエゲつないアレンジを色々考案し、さも素晴らしいアイデアかのように提案という形で研究者に無茶ぶりしていたらしい。
変なオリジナリティを求めたせいで、コア技術の再現は進まなかった。
コア技術の再現すら進んでないのに、オリジナリティを盛り込む余裕などあるはずも無く、それでもスポンサー権限でゴリ押ししたせいで、現場は無残な惨状と化した。
「結局、ほとんどの試作品は、失敗作にもなれなかった」
「魔眼が使えなかったって事ですか?」
「そうではない。生まれる事ができなかったのだよ。製作中に形が崩壊したのだ」
「……っ……」
「失敗作として生まれただけでもマシな方、という有様だったよ。……もっとも、生まれる事ができなかった事が、必ずしも不運とは思わないがな」
惨状の中、黒夫、魅雪、ムチムチさんが無事に誕生できたのは奇跡だろう。
もっとも、それが本人達にとって幸運だったかどうかは、わからないが。
ムチムチさんには、前世の記憶と呼べるものがある。ただし、虫食い状態。
製作者の意図しないコピーミス。未完成の技術による、必然のエラー。
記憶の欠落を自覚できている部分だけでも、結構な量がある。無自覚な欠落も合わせれば、相当な量の記憶が失われていると推測される。
具体的には、誕生日を母親に祝ってもらった記憶があるのに、誕生日の日付が不明になっている。そういう欠落の仕方をしている箇所が随所にある。
かなり歪で心配になる。
「記憶が穴だらけの状態で残ってるのって、記憶喪失よりキツくないですか?よくアイデンティティを保てますね」
「そこは接ぎ木の利点だな。互いを受け入れ合えれば、互いに補い合える。過去の私は欠落によって不安定だったが、新しい私のおかげで倒れなかった。代わりと言っては何だが、新しい私に足りない知識や経験は、過去の私のものを利用すれば良い。そうやって互いを支え合い、擦り合わせ、私は今の私になったのだ」
「なんか便利そうですね、それ」
「便利、か……。互いを受け入れられなければ、主導権の奪い合いだよ。複製体の内側で、領土を奪い合う戦争が勃発するようなものだ」
「せ、戦争?」
「自己と自己の殺し合いだ。相討ちになれば、崩壊する。どちらかが勝利しても、荒廃は免れない。相容れない者同士を強引に一つにすれば、そうなるのは必然だ」
「それは……。仲良くするのが無理だったとしても、どこかで妥協するとか……」
「肉の鎧の内側で、裸の魂と魂が相対するのだ。譲れない者には譲れない。拒絶に容赦は無い。相容れないとは、そういう事だ」
「……魂レベルでの拒絶反応か……」
「実際、大半の試作品の末路を見れば、自明だ。……これでも便利だと思うか?」
「いいえ、全く。……軽率な発言でした。すみません」
「……いや、私もムキになりすぎた。すまない」
異世界版クローンの身体は、昔の魔王の血肉を素材にしている。細胞の培養には魔法的な技術を使っていて、細胞の劣化が発生しない分、科学的なクローンよりも優れている。
問題は中身。不完全なクローン技術では、クローン製作の初期段階において、身体に新しい魂が宿るのを阻止できない。そのまま育成した場合、外側は似て育つが、中身は似ても似つかない。魔王に至れるほどの能力を獲得するには、魂にも相応の資質が必要になる。
クローンを作っていた連中は、魔王に匹敵するスペックの兵士を量産したかった。そこで、新生した魂に、昔の魔王の魂の欠片を移植し、魂の情報を上書きしようとした。
新生したばかりの、よちよち歩きだが活力に満ちた魂。魔王としての格はあるが、古ぼけて弱々しい魂の断片。両者は拮抗し、削り合う。
大半のクローンは、生まれる前に亡くなった。生き残れたクローンの魂は、生まれた時点で、今際の際。悲惨の一語に尽きる。
この際なので、本名を聞き出そうと思ったけど、無理だった。
そもそも覚えてなかった。名前の記憶まで欠落していた。
「専門の歴史書であれば、魔王の旧名は載っていると思うが、市井の者達には知られていないはずだ。魔王の座に就いた後は、旧名は名乗らず、呼ばせず、字名で通すのが一般的だ」
「字名?」
「私で言えば『銀の魔女』の事だよ」
「えっ?それ、通り名じゃなかったんですか?」
「通り名でもある。魔王の座に至る者は、大抵、その前から変な呼ばれ方をしているものだ。通り名とか、二つ名とか、異名とか、まあ色々だな。そういうものが、そのまま字名にされてしまうのだよ」
「……されてしまう……?」
「天より字名を押し付けられ、旧名は取り上げられるのだ。名乗ろうと思えば旧名を名乗れるし、無視しようと思えば字名を無視できなくはないが……。下手に目を付けられても面白くない。逆らわず、字名を使う者の方が多いな」
「ええっと……。天に押し付けられる、と言うのが、よくわからないんですけど」
「そういう仕組みがあるのだよ。魔王になると、気が付いた時には、もうそうなっているのだ」
魔王は、就任時に旧名を天に奉じ、天より字名を賜る。何らかの儀式を自主的に行うのではなく、自動的にそうなる仕組みが、こちらの世界にはある。天にいる神様的なモノが、お役所仕事的に事務処理して、そうなる。
黒夫、魅雪、ムチムチさんは、クローンとして転生した時点では、名無し。字名は無く、前世の旧名は記憶に無く、記録は見当たらなかった。
予定では、スポンサーが名付け親になるはずだったそうだが、そうなる前に違法研究へのガサ入れがあり、有耶無耶になった。
ガサ入れのドサクサに紛れて逃げ出したため、三人が自分と出会った時点では、まだ名無しのまま。
クローンとは言え、玉座に就いていた者が名無しの者に名を与えると、強制的な上下関係が発生してしまう可能性があった。
名付け親の代理人として、無関係な第三者の一般人である自分が指名された。
「ええっと……。今のムチムチさんは、本名が『ムチムチさん』なんですか?」
「そうなのだ!」
「なんでちょっと誇らしげなんですか……」
自分としては、一時的に使用するだけの偽名を付けたつもりだったのだが、すでに本名としてステータスに登録されてしまっているらしい。
天にいる神様的なモノが、お役所仕事的に事務処理してしまったらしい。
「あの、本当に名前がそうなってるのか、この目で確認したいんですけど。見せてもらってもいいですか?」
「ば、馬鹿っ!できるかっ、そんな破廉恥な真似っ!」
「あ、はい」
ステータス画面は見せてくれませんでした。
こちらの世界では、ステータス画面を他人に見せるのは、裸を見せるのと同じくらい恥ずかしい行為らしい。
人によっては、裸を見せるよりも恥ずかしい行為らしい。
首元から真っ赤になった美人さん、イイね。いや違うそうじゃない。
「一度登録された名前って、もう変更できないんですか?」
「いや、改名は可能だ。両者の合意があればな」
「両者の合意?」
「本人が名を破棄すると決め、名付け親が破棄を認め、新たに名付け親が名を用意し、本人がその名を認めれば、改名できる。この時、古い名と新しい名の名付け親は別でも良い」
「ええっと……。つまり、自分で自分の名前決められないって事ですか?」
「決めるのも名乗るのも自由だが、天が受理するか否かは別だ。受理させるには、名付け親がいる。自分で名を考え、仮の名付け親に付けさせれば、受理されるぞ」
「何その無駄なワンステップ……申請には保証人が必要って事か……?」
こちらの世界の神様的なモノは、とてもお役所的。
「書類とか、手続きとか、改名のために他に必要なものはありますか?」
「そんなものは無いよ。必要なのは、合意だけだ」
「面倒なんだか簡単なんだか……。まあでも、それなら今回は特に問題無さそうですね。では、早速改名しましょうか、ムチムチさん」
「……ん?貴殿は何を言っているのだ?」
「偽名ならまだしも、さすがに本名が『ムチムチさん』っていうのは、あんまりでしょう。いい機会ですし、改名しましょう」
「……以前から言っているが、私はこの名が気に入っているのだ。破棄しないぞ」
「いや何で!?……私が言うのもアレですけど、本名、それでいいんですか?」
「無論だ」
「ホントなんでそんな名前がいいんですか……」
「絶対に忘れられない強烈な印象を持つ名だ。そこが気に入ったのだ。……この名であれば、次に死んで生まれ変わっても、きっと覚えていられる。この名と、この名をくれた貴殿の事を。だから、この名が良いのだ」
「……その言い方はズルいですよ、ムチムチさん……」
改名は一時保留。また折を見て説得に挑む所存である。
でも今は、このままでいいかもしれない。そう思わされてしまった。
複製技術の設定。
魔王『不朽の新緑』が当初研究していた複製技術は、接ぎ木の派生技術。後に完成させた複製技術は、挿し木の派生技術。似て非なる別の技術です。
古い工房で進めていた研究に行き詰まりを感じ、途中から全くの別アプローチにシフト。その際、心機一転、思いきって古い工房は中身ごと丸ッと全部廃棄し、新しい工房に移転しています。
本人が廃棄済のゴミだと認識していたため、古い工房に関しては手記にも何にも記録が無く、当時の禁忌の抹消では見落とされました。
接ぎ木の派生技術をどれだけ突き詰めても、複製技術の完成には辿り着けません。
後世の出資者は、すでに行き詰り終わった後の研究とは知らぬまま、最期まで資金と人員を全力投入。
参考:接ぎ木(Wikipedia)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%A5%E3%81%8E%E6%9C%A8>
参考:挿し木(Wikipedia)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8C%BF%E3%81%97%E6%9C%A8>




