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9.電設のヒデオさん、出会う。


新築の一軒家。真新しいキッチンには、真新しい冷蔵庫が設置されていた。



「うん、キッチンに冷蔵庫があるのは普通だな。うん、普通だ」



冷蔵庫を開けると、お肉が入っていた。霜降りだった。



「うん、冷蔵庫に肉が入っているのは普通だな。うん、普通だ」



炊飯器を開けると、ご飯が入っていた。炊き立てホカホカだった。



「うん、炊飯器にご飯が入っているのは普通だな。うん、普通だ」



食洗器を開けると、ガラスコップが入っていた。ピカピカだった。



「うん、食洗器にコップが入っているのは普通だな。うん、普通だ」



食洗器からガラスコップを一つ取り出し、ウォーターサーバーの水を注いだ。



「うん、ウォーターサーバーから水が出るのは普通だな。うん、普通だ」



コップの水を頭からかぶった。冷たかった。



「……普通って何だっけ……家が一瞬で建つのも大概だけど、家を建てただけで一緒に色々出すぎだろ……限界無いのか……?」



妖精さんにも限界があるような気がしたが、やっぱり気のせいだったような気がする。



「いやいや待て待て落ち着け。冷静になれ。妖精さんにも限界はあるんだ。現に今、働きすぎでダウンしてるし、過信は良くない」



妖精さんの創造力は凄まじいが、それでもやはり限界はあるのだろう。限界を超えて働きすぎれば過労で倒れる。


問題は、妖精さんがどれだけ疲れているのか、傍から見てもよくわからないという事だ。先ほども消える直前までニコニコしていて、全くわからなかった。


幼い子供が体力の限界まで元気に遊んで、急に電池が切れたみたいに寝てしまうのに似ているかもしれない。



「HPやMPの表示が無いのが地味に厄介だな……ステータスがあるのに役に立たない……使い勝手がもう少しマシならなぁ……」



愚痴ったら眼前にステータス画面が表示された。邪魔なので意識を集中してすぐに引っ込めた。慣れてはきたが、相変わらず制御が難しい。



「まあ、細かい事は妖精さんが復活してから考えればいいか。なんか無性に疲れたし、腹に何か入れたら一眠りしよう……」



炊飯器では、炊き立てご飯がホカホカと湯気を立てていた。とても美味しそうに見える。グゥッと腹の虫が鳴いた。



「……これ本当に食って大丈夫なのかな……」



本能は、ホカホカご飯が食べたいと言っている。


理性は、そんな得体の知れない物質はやめておけと言っている。


物理法則ガン無視で出現した謎米。なまじ頭が冷えてしまったせいで、食べる勇気が出なかった。



「……妖精さんが不在の時に冒険したくないなぁ……何かあってもリカバリーできないし……今回は我慢するか……」



妖精さんが消えた事で、精神的に弱っている自分を自覚していた。


通勤カバンから木の板のように硬い干し肉を取り出し、それをかじる。


家が立派なだけに、食事が侘しすぎて泣きたい。



「……妖精さんが復活したら、今度こそ肉を焼いて食おう……」



主寝室まで行く気力が出ず、マッサージチェアに体を横たえる。ホカホカご飯に焼き肉を乗せて食べる想像をしながら眠りに付いた。






ビーッビーッビーッビーッ。


けたたましく鳴り響く警告音で目が覚めた。



「ふがっ!?なんだこの音!?っていうか暗い!?今何時!?音うるせぇ!?」



叩き起こされたばかりの頭では思考がうまく回らない。状況がよくわからない。



「妖精さん、この音は何!?……って今いないんだった!」



妖精さんはお休み中。その事実を思い出したら、少しだけ心と頭が冷えた。


現状を確認する。


自分が今いる場所は、荒野のド真ん中に建てた家の中。1階のリビング。マッサージチェアの上。


時刻は不明。部屋は真っ暗。昼食を食べてすぐ寝た所までは記憶にある。仮眠のつもりだったが、完全に寝入ってしまったらしい。すでに日が落ちている。


正体不明の警告音がうるさい。体感的には、冷蔵庫を開けっぱなしにしていると鳴る警告音の1万倍くらいうるさい。



「あっ、テレビ付いてる!?なんで!?」



音の出処は、すぐそばに置いてあるテレビからだった。いつの間にか電源が入り、画面には薄暗い映像が映っていた。


テレビ番組にしては様子がおかしい。ほとんど動きが無い。しかし静止画でも無い。画面の端っこで何かが動いている。見切れてよくわからない。



「……もしかしてこれ、防犯カメラの映像なのか?妖精さんがセッティングしてくれたのかな……」



敷地の四隅に防犯カメラを設置したのを思い出した。


あまり深く考えず、全て妖精さんにお任せだったので、細かい仕様は把握していない。突如として消えた妖精さんに動揺し、防犯カメラの事は完全に意識外へと飛んでしまったため、正常に動くかどうか確認していなかった。


おそらく、リビングのテレビがモニター代わり。動体センサーか、あるいは電気柵に何か反応があると自動で撮影を開始し、同時に室内に警告音が鳴るように設定されているのだろう。防犯対策バッチリである。


音がうるさい。止め方がわからない。とりあえずテレビのリモコンの音量調整でミュートにしておく。


問題は、モニターに映っているモノの正体だ。



「……よくわからないけど、引っ越し初日から招かれざる客か……?」



画面のギリギリ端っこに何者かがいる。防犯カメラの死角ギリギリの位置で、顔は見切れていた。


体格から判断して、倒れている大人が一人と、そのすぐ傍にしゃがみ込んでいる子供が二人。



「……どうして倒れてるんだ?うちの電気柵には大人を倒すほどの出力無いぞ……いや、それより、こんな所に子供連れって……」



この土地には、ほとんど人が寄り付かないが、歴史的に見れば全く寄り付かない訳では無い。いずれ何者かが来る可能性はあるかもしれないと思っていた。だが、こんなに早く来るとは完全に予想外だった。



「……まさか、家族ぐるみの犯罪者一家とか言わないだろうな……?」



犯罪者すら逃げ込まないと言われる忌地にやって来た、子供連れの三人組。普通の犯罪者よりも厄介な臭いがする。


よりにもよって妖精さんがお休みしている時にやって来るとは、間が悪いにもほどがある。



「……放置したいけど、下手に放置すると余計に厄介な事になりそうだし……様子を見に行った方がいいか……」



自分だけでは対処能力が駄々下がりだ。こんな時に相手したくない。相手したくないが、すぐそばにいるとわかっていて放置するのはリスクが高すぎる。嫌でも相手するしかない。



「……フル装備にした方がいいかな、念のため……」



今の自分は、身体能力だけなら勇者級。そこいらの凡百な犯罪者程度なら、かすり傷一つ負わずに鎮圧できるはずだが、万が一と言う事もある。油断は禁物だ。


通勤カバンから上着とネクタイを取り出して装備し、ステータス画面を表示して状態を確認する。



【全身装備:英雄の黒き衣】

【特性:全環境対応、物理反射、魔術無効、自動治癒、自動修復、自動洗浄】

【所有者:白木英雄】※所有権解除不可


【左手装備:英雄の黒き鞄】

【特性:容量無制限、時間停止、質量無視、自動整頓、自動修復、自動洗浄】

【所有者:白木英雄】※所有権解除不可



全身装備の仕様に関しては、城に滞在中に確認済み。


スーツの上下、ワイシャツ、ネクタイの4点セット装備した時、全身装備の効果が発生する。それぞれ単体装備でも装備品の特性は発揮されるが、その場合、特性の対象は装備部位のみに限定され、剥き出し部分は対象外となる。


具体的には、4点セット装備した状態で牛乳を頭からかぶると、装備品も身体も自動洗浄の特性により綺麗になる。上着を脱いだ状態では、胴体や下半身は綺麗になるが、頭と手は牛乳塗れになる。頭と手が牛乳塗れの状態で、改めて上着を着直すと、頭と手の牛乳汚れが消えた。


消えた牛乳がどこに行ったのかは不明である。


ちなみに、シャツ、トランクス、靴下、革靴は単品装備で、特性の内容は全身装備と同じ。過剰装備以外の何物でも無いが、わざわざ脱ぐ意味も無いので、そのまま着ていく。



「……これだけ装備してどうにもならない相手なんて騎士団長くらいだろうし、大丈夫だよな……」



万が一にも騎士団長級のバケモノがいた場合は全力で逃げよう。固く心にそう誓って、家の外に出た。






直上に満月が輝く夜だった。


暗闇の中、敷地の四隅に設置した外灯が点灯している。自分が点けた覚えは無いので、環境光に応じて自動点灯するタイプなのだろう。妖精さんによる自動化のおかげで、手間が少なくて助かる。


ただ残念な事に、光量が足りていない。電気柵で囲われた敷地は約40m四方。庭を広く取りすぎた。


かなり暗い。何者かがいるのはわかるが、遠目には相手の正体がわからない。



「……黙って近付くのはマズいか……」



通勤カバンからLEDランプを取り出し、右手に持って頭上に掲げた。


玄関正面の門から敷地を出て外に回り、正体不明の何者かへと近付いて行った。



「おーい、どちら様ですかー。うちに何かご用でしょうかー?」



焦らず逸らず、遠くから大声で呼びかけながら、ゆっくり歩いて近付く。


無音で近付いて警戒されるよりは、わかりやすくアピールしながら近付いた方がマシだろう、多分。



「聞こえてますかー。どちら様ですかー?」



こちらの声に反応して、子供の一人が立ち上がった。



「ニンゲン!姉ちゃんを殺したのはお前だな!」



いきなり物騒な言いがかりを付けられた。


と思った次の瞬間、目の前に子供がいた。



「オレがやっつけてやる!」


「なっ!?」



凄まじい瞬発力。一瞬で距離を詰められ、腹に体当たりされた。



「ぶにゃっ!?」



そして物理反射。子供の体が弾かれ引っ繰り返った。



「……ぅにゃ~……」


「び、ビックリした……なんだ今の……!?」



明らかに子供離れした凄まじいスピードだった。召喚前の素の自分なら、引っ繰り返っていたのは自分の方だっただろう。


倒れた子供を起こそうと近付くと、見慣れない物が見えた。



「な、なんだこれ。猫耳か?」



幼稚園児くらいの少年の頭から、黒い毛に覆われた三角形の耳が生えていた。



「本物?コスプレじゃないよな?黒猫の獣人か?」



思わず耳に触ると、ほんのり温かかった。



「おおっ、本物の猫耳だ……手触り良いなぁ……」


「ふにゃぁ……っ……何するんだ!?」


「あっ、起きた」


「よくもやったな、ニンゲンめ!食らえ!」


「あっ、馬鹿やめ――」


「ぶにゃっ!?」



やめろ、と言う間も無く再び体当たり。そして物理反射。また引っ繰り返った。


後頭部を地面にぶつけてゴンッといい音がした。



「……ぅにゃ~……」


「あー……、ダメだ。今度は完全に目を回してるわ」



子供離れした瞬発力のせいで、ダメージがそのまま跳ね返って自滅していた。


起こすと面倒臭そうなので、しばらく放って置いた方が良さそうだ。


猫耳少年が倒れたのを見たからだろうか。もう一人の子供が立ち上がった。



「うええええええええんっ!」


「声デカっ!?」



覚束ない足取りで歩きながら、珍走団の爆音よりも凄まじい泣き声が近付いて来た。



「……今度は角?白髪の鬼か?」



幼稚園児くらいの少女の額から、二本の小さい角が生えていた。


雪のように白い髪と肌と角に、アメジストのような紫の瞳をした少女だった。



「うええええええええんっ!」


「泣かないで。大丈夫だよ。この子はちょっと寝てるだけだよ」


「うええええええええんっ!」


「ねえ聞いてる?大丈夫だよ?心配しなくても平気だよ?」


「うええええええええんっ!」



泣く子がすがるように足にしがみ付いてきた。


鼓膜が破れそうなほどの大音声。耳が潰れそう。


こちらの言う事を全然聞いてくれない。それでも根気良く呼びかけ続けた。



「大丈夫だよ。その内起きるよ」


「ぢがうのー!だいじょうぶじゃないのー!おねえぢゃんがー!うええええええええんっ!」


「お姉ちゃん?そこに倒れてる子の事じゃないのか?」


「あっぢなのー!おねえぢゃんがー!うええええええええんっ!」


「それって、あそこで倒れてる大人の方?」


「バヂッでなっだらー!おねえぢゃん死んじゃっだー!うええええええええんっ!」


「死ぬって、大袈裟だな。そんな出力無いよ、うちの電気柵には」



あくまでも区切りのために設置した電気柵。出力は低く、防犯機能はオマケみたいなものだ。


子供ならまだしも、大の大人が触ったくらいでどうにかなるような危険な代物では決して無い。自分で触って確かめたから間違いない。


ただ、健康な大人なら平気でも、極度に疲労が蓄積した状態であれば、電気ショックで気を失うくらいの事はあるかもしれない。


おそらく、頼りにしていたお姉さんが倒れたのを見て、死んだと勘違いしたのだろう。幼い子供であれば、不安からそういう勘違いをしてしまうのは、しょうがない。



「きっとお姉ちゃんはここまで来るのに疲れて寝ちゃったんだよ。大丈夫、死んでないよ、君のお姉ちゃんは」



少女を泣き止ませようと、できるだけ優しい声で言った。


この時は、本当に大丈夫だと思っていた。



「ぢがうのー!死んじゃっだのー!息じでないのー!うええええええええんっ!」



息をしていない。その言葉に鳥肌が立った。



「なっ、馬鹿な!?息してないって、ちゃんと確かめたのか!?」


「おねえぢゃん死んじゃっだー!うええええええええんっ!」


「確かめたのかって聞いてるんだよ!適当言ってるんじゃないだろうな!?」


「おねえぢゃんがー!倒れでー!動がなぐでー!ぞれでー!うええええええええんっ!」


「ええい、もういい、どいて!」



泣きじゃくって埒が明かない。足にしがみ付く少女を振り払い、倒れている大人の下に向かった。


近付いて初めて気が付いた惨状に、思わず息を呑んだ。



「エルフ!?いや、違うか!?どっち!?……い、いや、それよりも、これは……っ……!?」



艶の無い灰色の髪から、エルフらしい長い耳が覗いていた。エルフらしからぬ女性らしい体付きだが、多分、エルフの女性だ。


三人全員種族が違うのが気になる。でも今はそんな事どうでもいい。



「なんで血塗れなんだよ!?」



そういう色の服を着ていると勘違いしそうになるほどに、その女性の全身は赤黒く染まっていた。


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