↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/152

8.電設のヒデオさん、使いすぎる。

主人公視点に戻ります。


脱出当日からの続きです。


深夜の街道をスーツ姿に暗視ゴーグルを身に着け胸ポケットに手乗りサイズのお人形さんのようなものを入れた若い男性が自転車で爆走していた。


通報必至の不審人物である。自分の事である。


泣きたい。



「人目が無い内に距離を稼がないといけないし、しばらくは徹夜だなぁ……」


「てつや?それはなんですか?」


「夜通し眠らず走り続けるって事だよ。その代わり、昼寝はするつもりだけど」



妖精さんとお話しながら、ひたすら南へ進んでいった。






自分が逃亡潜伏先の第一候補に選んだのは、王国の南西部にある無人地帯。通称『絶望の荒野』と呼ばれる乾燥地帯である。


城の北側から王都外に脱出後、王都の外壁沿いに南側へ出て街道に乗り、まずはそのまま南下した。


当面の目的地は、王国の南西端にある街。そこまでは街道を使った。誰かに目撃されて通報されるリスクはあるが、街道を外れて迷子になるリスクと天秤にかけて、街道を使う事を決めた。


事前に王国内の地図を入手できたまでは良かったのだが、地図の精度が荒かった。人の住んでいる街、人が利用している街道、これから人が住む予定の開拓予定地など、人と関係のある場所の相対位置がわかる程度の簡略化された地図で、地理的な正確性は望めない。下手に街道から外れてしまうと、その先がどうなっているのか、わからない。


自分は方向音痴ではないが、見ず知らずの土地を自信満々に進めるほどの自信家でもない。


街を目印にしながら、街道を進んだ。



「……異世界の街、入りたいなぁ……」


「ますたー。街に入らないですか?」


「入らないよ。発見されるリスクはなるべく低くしたいし、それに、街に入ってもあんまり意味は無いし……」


「ますたー。意味は無いですか?」


「無いよ、少なくとも今の所は。興味はあるんだけどね」



街に興味はあるが、全てスルーした。


勇者級の身体能力で街の外壁を乗り越えて不法侵入しようかとも思ったが、危険なのでやめた。


木の板のように硬い干し肉をガジガジ噛みながら、街を横目にひたすら前へ。


目的地以外に用は無い。




昼間は徒歩の旅人として街道を歩いて進んだ。焦って急いで目立つよりはマシなはずだ、多分。


上着とネクタイは通勤カバンにしまい、頭にはカラフルな布をバンダナのように巻いて黒髪を誤魔化した。白いワイシャツに黒いズボンと黒い革靴を履いた姿は、それほど目立っていないはずだ、多分。


自転車は大きい布にくるみ、荷物に見せかけて運んだ。さすがに異世界で自転車を漕いでいたら目立ちすぎる。荷物として背負っている方が目立たないはずだ、多分。


逃亡中という精神状態もあり、妙に疑心暗鬼になっていて自信が無い。一応、一度も呼び止められていないので、あまり目立っていないはずだ、多分。




夜間は人通りが減る。と言うか皆無になる。


人も馬車もいなくなってからが本番。無人の街道を、人目を気にせず自転車を漕いで進んだ。


念のため、ヘッドライトは点けず、暗視ゴーグルを装着して闇夜を爆走した。



「バッテリー残量5%です。ますたー」


「それじゃあ、また充電お願い、妖精さん」


「はい。充電しました。バッテリー残量100%です。ますたー」


「ありがとう。いつも助かるよ、妖精さん」


「えへへー」



時々妖精さんに充電してもらいながら、勇者級の脚力全開で電動アシスト付き自転車を漕いだ。


暗闇の中を進んでいるとスピード感が狂う。速いのか、遅いのか、自分でもよくわからなかった。






王都を出発して3日目の夜明け前には、もう王国南西端の街に到着していた。


たった二徹で済んだので、道中、仮眠は一度も取らなかった。



「馬で1週間以上かかるって聞いてたんだけど、まさかこんなに早く着くとは……まあ、早い分には困らないからいいか……」



街道から外れ、ここから更に西へと進む。


道無き道を進む事、1時間。日の出の時刻を迎え、周囲が明るくなる頃。目的地の目安となるものを見つけた。



「……ここは聞いていた通りか。しっかし、酷い有様だなぁ……」



かつて人が住んでいたと思われる痕跡がある。


粗末な木の柵。


屋根も壁も朽ちかけた廃屋。


水の枯れた井戸。


何も植わっていない畑だったらしき地面。


旧開拓村跡地だった。






王国の南西端にある無人地帯は、ただ人が住むのに適していないだけの土地ではない。


この地は、王国の忌地。通称『絶望の荒野』などと呼ばれているのは、それなりに由縁がある。




この地の南側には急峻な山脈が連なっており、地形と気流の関係で、ほとんど雨が降らない。近くに河川は無く、地下水脈の類も無く、井戸を掘っても水はほとんど出ない。見渡す限りの荒野には、大きな樹木は一本も無く、わずかに下草が生えているのみ。


こうして実際に現地を見てみれば、この地に村を作ろうとする無謀さは一目瞭然。しかし、机上の情報だけを見るなら、広い土地があり、大きな障害物は無く、わずかながらも植物は生えていて、少しは雨も降るし、深く掘れば水も出る。


土地を開拓するのに必要な労力を考えた場合、あまり大きな労力をかけずとも村を作れてしまえそうに思える。思えてしまう。


あくまでも、机上の話。もしもこの広大な荒野を穀倉地帯に変えられたら、どれだけ王国は潤うだろうかという、決して叶わぬ与太話。


その最初の一歩目を自分が差配できたら、王国の歴史に名を残せるかもしれないなどと夢見てしまう者は、少なからず存在する。




数年に一度、内政家気取りのアホが、この地の開拓案を立案する。そして周囲から散々にアホ呼ばわりされて却下される。


数十年に一度、アホな開拓案をアホな上司が承認してしまう。そして計画は強行され、延々と赤字を垂れ流し続けた末に中断される。


千年以上も前から、この地ではそんなアホなサイクルが何度も繰り返されてきた。


近代でもアホはいる。過去のアホと同じ所業が行われており、今から3年前まで、この地には作りかけの開拓村があった。


すでに計画は中断されている。村人は散逸し、王国には赤字だけが残った。




更に言えば、この地は軍事的な面でも曰く付きの土地となっている。


この地の南側にある急峻な山脈は、王国の領土と魔族の領域を分けている。ここを越えようとする者は、人間にも魔族にもいない。命が幾つあっても足りないからである。


山脈のこちら側が乾燥地帯なのに対して、向こう側は降水量が豊富で、深い密林が広がっているらしい。そして、その密林には、超巨大なヘビの魔物が住んでいるらしい。


越えるのに命懸けとなる地形と、踏み入れば命の保障は無い魔物の縄張りという、二重に線引きされた事実上の国境線。真っ当な思考の持ち主なら、こんな所を通ろうとは絶対に思わない。


誰も通ろうと思わないからこそ、もしも通り抜ける事ができたら、確実に魔族の意表を突く事ができる。奇襲を仕掛けるのに、これほど理想的なルートは他に無い。そんな机上の戦術を名案だと思い込んでしまう者は、少なからず存在する。




数年に一度、軍師気取りのアホがこの地をルートに設定した奇襲作戦を立案する。そして周囲から散々にアホ呼ばわりされて却下される。


数十年に一度、アホな奇襲案をアホな上司が承認してしまう。そして作戦は強行され、自軍にだけ被害を出して何もできずに撤退する。


千年以上も前から、この地ではそんなアホなサイクルが何度も繰り返されてきた。


近代でもアホはいる。過去のアホと同じ所業が行われており、今から2年前に奇襲作戦が敢行された。


奇襲作戦は失敗した。王国軍の精鋭によって結成された奇襲部隊は壊滅し、生還した者は一人もいなかったらしい。




王国は、内政と軍事の両面において、立て続けに失敗を犯した。ある意味、予想通りの失敗でもあった。どれだけ損害が発生しても勇者召喚によって巻き返せるという甘い皮算用込みでの、ハイリスク・ハイリターン狙いの強硬策だった。


問題は、発生した損害が予想を大幅に超えた国家崩壊級のとんでもない大損害になってしまった事だった。予想外の事態に、王国は切り札を切らざるを得なくなった。




王国の切り札。王国が総力を結集して育てていた、対勇者用籠絡要員。諸外国から『王国の双玉』と謳われた、美しき双子の第二王子と第七王女。


本来は勇者に宛がうはずだった彼らを使って政略結婚を成立させ、王国は隣国からの支援を取り付ける事に成功した。


仮にも一国の王子と王女なのに、ほぼ身一つで隣国へと乗り込み、ろくすっぽ持参金も渡していないのに結納金をガッポリむしり取ったりしたらしい。


恐るべき手腕である。さすがは対勇者用篭絡要員。ほぼ魔王級である。


これが1年前の話。王国は財政赤字の全てを補填するには至らなかったが、勇者召喚に必要な時間を稼ぐ事には成功した。


今年。満を持して勇者召喚は行われた。その勇者は今、勇者を辞めて、ここにいる。






旧開拓村跡地、その西端が、逃亡潜伏先の第一候補だ。無事に到着した。



「……自分で選んでおいて言うのもなんだけど、よくこんな所に住もうと思ったな……俺も机上の情報を鵜呑みにするアホか……」



犯罪者すら逃げ込まない土地という前評判の通り、想像していたよりも酷い土地だった。


ヒマラヤ山脈の麓から乾季のサバンナが広がっているような土地である。どっちも行ったこと無いけど。



「ここから先は妖精さんが頼みだ。よろしくね、妖精さん」


「わたしは要請に応える者です。ますたー」



二徹開けでも元気いっぱい。妖精さんは力強くうなずいてくれた。可愛い。


普通の人間では住めない土地でも、妖精さんと一緒に住めば都である。


一応、当てはある。電気設備の括りに入りさえすれば、妖精さんの創造力に限界は無い。住居の用意も可能なはず。



「ええっと……、これかな?」



通勤カバンの中から、住宅展示場の案内パンフレットを取り出した。


元の世界の職場の主任が念願の一戸建てを新築し、喜びのあまり暴走して会社中の人間に配り歩いたパンフレットである。実害が無かったため、主任の奇行はお咎め無しだったらしい。



「妖精さん、家を建てて欲しいんだけど。このパンフレットに載ってるようなオール電化な感じの奴で、お願い」


「はい。家です。ますたー」



家が建った。



「は、はははっ……マジで建っちゃったよ……半分ダメ元だったんだけど……」



妖精さんならできるだろうとは思っていた。できるだろうとは思っていたが、いざ目の当たりにすると笑うしかない。


予算0円、工期1秒で建てたとは到底信じられない立派な家だった。



「しっかし、こりゃまたデカい家だなぁ。見本用の住宅だからかな」


「地上2階、地下1階、屋上付きです。ますたー」


「これ実際に建てようと思ったら、どんだけ金と時間かかるんだろう……」



ちなみに、主任は20年の住宅ローンを組んだらしい。



「外から見ててもしょうがないな。とりあえず入ろうか」


「はい。入ります。ますたー」



玄関のドアに手をかけた。玄関のドアは開かなかった。



「あれ、開かない?なんで?」


「オートロックです。こちらがカードキーです。ますたー」


「玄関まで電気設備なの!?徹底してるなぁ……」



非接触式のカードキーをドアにかざすと、ピッと軽い電子音がして鍵が開いた。




玄関に入ると、芸能人のお宅訪問のような広々とした空間が広がっていた。


壁の一面には備え付けの下駄箱。中はほとんどカラッポだが、革靴が2足と、見慣れない機械が1台入っていた。



「これ、まとめ買いした革靴か。……特性は付いていないな。ただの安物だ」



近所の靴屋で歳末半額セールをやっていた時に買った革靴だった。


基本的に通勤時にしか履かないので、こだわりは無い。使い回せるように全く同じ革靴を複数買いした。店員に怪訝そうな顔をされた記憶がある。


勇者召喚の時に身に着けていた装備品には、異常な特性が山盛り付いている。革靴も装備品の一つなので特性付き。


今履いている革靴と下駄箱に入っている革靴は、デザインは完全に同じだが、品質は完全に別物だった。



「ねえ、妖精さん、こっちの変な機械は何?」


「靴専用の乾燥機です。ますたー」


「ああ、言われてみれば、なんか情報系の番組で見た事があるような……」



アイデア家電特集で紹介されていた中小企業製の靴専用乾燥機。いつも通り、メーカー名や生産国の表記は無かった。


今履いている革靴には自動洗浄の特性が付いている。活躍の機会は無さそうだった。




玄関を上がり、地上1階の間取りと内装を確認する。


リビング、ダイニング、キッチンが一体化した大広間が一部屋。キッチン家電やエアコンなど、生活に必要な家電が一通り揃っている。マッサージチェアまであった。


ふすまで間仕切りされた和室が一部屋。電気で動く介護用ベッドと、仏壇付き。遺影や位牌は無い。電気で光る疑似お線香はある。


トイレ。電気で動く温水便座付き。車イスごと中に入れるくらい広い。壁には手すり付き。電動トイレットペーパーホルダーには4枚重ねの高級トイレットペーパーがセットされている。なんか良い匂いがする。


風呂場の脱衣所と洗面所は一室。ドラム式の洗濯乾燥機と、美容家電らしきものが幾つか置いてある。一応見覚えはある。使い方はよくわからない。


浴室。浴槽がかなり大きい。温度調整とジャグジー機能用の操作パネル。壁には手すり付き。なんか手をかざすと自動でワンプッシュする感じのシャンプー入れがある。名前は知らない。


廊下。車イスでも楽に移動できそうなほど広い。足元を照らす間接照明付き。


全体的に介護を意識した作りになっている気がする。一人暮らしにはあまり関係無いけど。


当面はキッチンの使い勝手が一番気になる。



「せっかく大きなシンクがあるのに、水道と繋がっていないのが惜しいなぁ……」



無駄と知りつつ蛇口のレバーを上げてみた。普通に水が出た。



「……………………えっ?」



蛇口のレバーを下げると水が止まった。レバーを上げると水が出た。普通に使えた。



「な、なんで水が出るの!?」


「ますたー。パンフレットの3ページ目をご覧ください」


「……ああ、なんか書いてあるな。災害対策を重視した家だからなのか……」



主任にもらったきり、まともに読んでいなかったパンフレットを改めて読み直した。


この家は、災害への備えが売りの一つらしい。バッテリーと貯水タンクが設置されており、インフラが停止しても数日は普通に生活できる仕様になっていた。


スキル『電気設備』は『電気設備を使用可能にする』ために必要なものを何でも出せる。電気設備本体の他に、付属品も出せるし、消耗品を消費した分は補充もできる。バッテリーが減れば充電し、タンクの水量が減れば充填すればいい。


水道も電線も繋がっていない家だが、全く困らない。オール電化住宅なので、ガスの心配は最初からいらない。妖精さんがいてくれれば、この家は十全に機能する。



「……どっちにしても結局は妖精さん頼みなんだよなぁ……勇者がオマケで妖精さんが本体だよな、これ……」


「わたしは要請に応える者です。ますたー」



すでに勇者は辞めたので、勇者の存在意義については深く考えない事にした。




続いて、地下1階の間取りと内装を確認する。


地下室は防音仕様。入口のドアがゴツイ。スクリーン、プロジェクター、サラウンドスピーカー完備のホームシアターがフロアの大部分を占めている。


その他には、トイレ、シャワールーム、小型の冷蔵庫、電子レンジなど、地下に引き篭もるための設備が一通り揃えられている。


大きなソファは背もたれを倒すと簡易ベッドになるタイプ。休日ともなれば完全に巣篭る気満々の設計である。


全体的に大人の秘密基地っぽい。実際に作ろうとすると高確率で家族に反対されそうな地下室だった。



「……全部タイトルが黒塗りになってる……」



DVDラックには名作映画が一通り揃っていたが、タイトルやクレジット部分が黒塗り。気になる。



「あの、妖精さん、これ黒塗りになってるのは何故?」


「さあ?なぜでしょうか?」


「……まあ、ジャケットを見れば大体何の映画かわかるし、別にいいか……」


妖精さんは可愛らしく小首をかしげていた。あんまり追及するのも悪い気がしたので、気にしない事にした。




階段を上がり、地上2階の間取りと内装を確認する。


大きな主寝室が一部屋。子供部屋が三部屋。そしてトイレ。廊下もトイレも普通の大きさなので、車イスは上に来ない想定のようだ。


主寝室と子供部屋は、大きさが違うだけで他はほとんど同じ。エアコン、机、本棚、タンス、ベッドなど、置いてある家具類も大きさが違うだけで、ほぼ同じもの。


主寝室のタンスにだけは、中身が入っていた。



「これ、まとめ買いしたスーツか。……特性は付いていないな。ただの安物だ」



近所の紳士服屋で新社会人応援セールというのをやっていた時に買ったスーツだった。


基本的に通勤時にしか着ないので、こだわりは無い。使い回せるように全く同じスーツを複数買いした。店員に怪訝そうな顔をされた記憶がある。


勇者召喚の時に身に着けていた装備品には、異常な特性が山盛り付いている。スーツも装備品の一つなので特性付き。


通勤カバンに放り込んであるスーツと、タンスに入っているスーツは、デザインは完全に同じだが、品質は完全に別物だった。


その他にも、ワイシャツ、ネクタイ、靴下、シャツ、トランクスなど、召喚時に着ていたものと同じデザインのものが数点入っていた。これらも特性は付いていない、ただの安物だった。




最後に、屋上を確認する。


屋上の半分以上は、ソーラーパネルや貯水タンクなど、必要な設備で埋まっていた。一般家屋と言うより、雑居ビルの屋上っぽい。


わずかにあるフリースペースには、デッキチェアと天体望遠鏡が置いてあった。



「おおっ、この天体望遠鏡、自動導入機能付きの奴だ!……まあ、星の位置が全然違うから意味無いけど……GPSも使えないだろうし……」


「ますたー。使えないですか?」


「あっ、いや、違うんだよ。自動導入機能が使えないってだけで、天体望遠鏡としては普通に使えるよ。うん、いいものだよこれは。さすが妖精さん、いいの出してくれたね」


「えへへー」



高級機種である事には間違いない。一部機能が使えなくとも、素の品質が高い天体望遠鏡である。値段も相応に高いので、自腹での購入は躊躇せざるを得ない品物だが、まさか異世界で入手する事になるとは思わなかった。



「しっかし、本当に見渡す限り何も無いな……」



屋上から周囲を見渡して、改めて思う。何も無い。


だだっ広い荒野のド真ん中に、ポツンと建つ一軒家。


まるで、広大な体育館に一人で寝転んでいるような解放感と不安感がある。どうにも落ち着かない。


家だけ建てて塀や門が無いので、余計にそう感じるのかもしれない。



「周囲との区切りがあった方がいいかな……。ねえ、妖精さん、家の周りに電気柵を設置して欲しいんだけど。庭の広さは……、なんかイイ感じに広めな感じというか、お任せで。お願いできる?」


「はい。電気柵を設置しました。ますたー」



家から10mほど離れた位置に、四方を囲むように電気柵が設置された。


玄関正面部分には柵が無く、人や車が出入りできるように電気駆動式の門が設置されていた。



「指定してないのに、ちゃんと出入りの事まで考えて設置してくれるなんて、配慮まで完璧だよ。さすが妖精さん」


「えへへー。がんばりました。ますたー」



妖精さんの仕事っぷりは相変わらず完璧である。それでも念のため、電気柵の確認のために一度外へ出た。


真っ当なサラリーマンであるならば、相手への信頼の有無とは関係無く、仕事の確認作業は必須である。信じているから確認作業を怠っても良い、などという道理は無い。



「妖精さん、これはもう通電してるの?電源は?」


「通電しています。電源は家のバッテリーです。ますたー」



試しに、右手の甲で電気柵に触れてみた。ビリッと鋭い痛みが走った。



「……家庭用のだと、精々こんなもんか……気休めだけど、こんな所に誰も来ないだろうし、これで十分かな……」



痛みはあるが、ただそれだけ。某カートゥーンアニメのように感電して黒焦げ、などという事態は絶対に発生しない。安全安心の低出力。


防犯や獣除けとして考えれば頼りない気もするが、区切りが欲しかっただけなので、とりあえずこれで良しとする。



「柵だけだと寂しい感じがするし、外灯もあった方がいいかな?妖精さん、設置できる?」


「はい。外灯です。ますたー」



敷地の四隅に外灯が設置された。



「念のため、防犯カメラもあった方がいいか。防犯の必要あるかわかんないけど。お願いできる?」


「はい。防犯カメラです。ますたー」



敷地の四隅の外灯に防犯カメラが増設された。



「色々増やしたせいで、電力消費量が増えるかな?土地余ってるし、ソーラーパネルを増やした方が――……、いや、バッテリーを増やした方がいいのか?どっちだろ」


「はい。ソーラーパネルとバッテリー、増やしました。ますたー」


「仕事早っ!?」



悩んでいる内に両方増設が終わっていた。反射率を抑えて発電効率を高めた高品質の黒いソーラーパネルが、敷地の一画にビッシリと敷き詰められている。変圧器などの必要な設備も全て込みで設置済み。


発電、送電、変電、蓄電。専門の知識と技術が必要とされる危険な作業のはずだが、妖精さんにかかれば一発で作業完了だった。



「妖精さんが凄すぎて出る幕無いな。ありがとう、妖精さん」


「……えへへ……」



お礼を言うと、妖精さんは力無く笑った。そしてそのままポテッと地面に落ちた。



「……………………えっ?」



何が起こったのか、一瞬わからなかった。



「よ、妖精さん!?だ、大丈夫!?」


「……がんばりすぎました……ますたー……」



慌てて抱き起そうとしたが、手がすり抜けた。



「ど、どうすればいい!?妖精さん、俺にできる事ある!?」


「……すこし……おやすみをいただきたいです……ますたー……」


「そ、それだけ?少しと言わず、幾らでも好きなだけ休んでいいよ?」


「……えへへ……それでは……おやすみです……ますたー……」


「う、うん、お休み、妖精さん」



混乱している自分の目の前で、妖精さんが光の粒となって消えていった。



「な、何だよ今の……まるで死んだみたいな……っ……」



勇者召喚されてから今日まで、ずっと一緒にいた妖精さんが消えてしまった。


心臓がバクバクと嫌な音を立てて鳴っている。それとは裏腹に、頭の一部が酷く冷静に意識を集中した。


眼前にステータス画面が表示された。



「……なんか見慣れない表示が出てる……?」



【名前:白木英雄】

【職業:電設の新人】

【スキル:電気設備】※使用不可



「……スキル使用不可……でもスキル自体は残ってるって事は、どうにかすれば元に戻せるのか……?」



【スキル:電気設備】

【状態:過負荷により緊急停止中】※再起動まで残り24時間



「……過負荷って……スキルの使いすぎって事か……?」



ここまでのステータス情報を見て、これまでの行動を振り返ってみた。ブラック企業も真っ青の過重労働だった。



「……要するに、これって、妖精さんを働かせすぎたって事だよな……」



消える前に言っていた通り、妖精さんはお休みしているだけらしい。安心したら腰が抜けた。



「マジでビビッた……今度からはもっと妖精さんをねぎらわないと……もう二度とゴメンだぞ、こんな心臓に悪いの……」



反省していたら、グゥッと腹の虫が鳴いた。振り返ってみれば、今日は朝から何も食べていなかった。



「俺も休むか……とりあえず何か食べよう……」



腑抜けた足を奮い立たせて、妖精さんの建ててくれた新築の家に入っていった。


本編に出す機会の無さそうな妖精さんの設定。


不眠不休で活動可能。ただし、宿に泊まらないとMPが回復しません。

MP残量を超えたスキル使用には、超過量に応じたクールタイムが発生します。

クールタイム中、スキルは完全に使用不可能になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。