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88.電設のヒデオさん、目星を付ける。


すったもんだの協議の末、一角鯨の呼称は『右京うきょう』になりました。



「ほぅほぅ。右京とな。それが儂の呼び名か。ほぅほぅ」


「どうですか、右京さん?今度こそ、気に入っていただけましたか?」


「なかなか良い響きじゃのぅ。気に入ったぞ。褒めて遣わす」


「あ、はい」



良い魔物であっても、やっぱり魔物だった。無茶ぶりと偉そうな態度が標準装備。態度は紳士的だけど、理想としての紳士ではなく、リアル英国紳士寄り。


何度もリテイク要求されて、ここまで長かった。本当に長かった。


もう疲れた。帰りたい。



「これは礼じゃ。受け取るが良い」



ポヒュッ。


スパークリングワインの栓を抜いたような音がして、黒いものが飛び出した。



「鼻クソであるか?汚いのである」


「違うわい。礼だと言ったじゃろうが」



ドスンッ。


漆黒のボウリングの球みたいなものが、目の前に落ちた。やたら光沢がある。


なんか似たようなの、つい最近、見た。



「やっぱり鼻クソであるな」


「違うと言っとるじゃろうが。これは黒真珠じゃ」



ボウリングの球サイズの天然黒真珠。市場価値どれくらいなんだろうか。



「では、儂はもう行く。さらばじゃ」



短い別れの言葉を告げ、一角鯨が海に潜る。


白い巨体が、大きな渦を発生させながら海中に沈んでいく。


あっという間に見えなくなった。



「……去り際はサッパリしてんなぁ……それに比べて……」


「うん?何であるか?我の顔など見詰めて」


「てれる~」


「……いや、何でも無い……」



巨大な魔物も、広大な海に比べれば小さい。


海には、もう痕跡は無い。


そして、巨大な黒真珠だけが残された。



「……で、どうすりゃいいんだよ、これ」


「どうもこうも、受け取っておけば良いのである」


「名前を考えただけで、これって、もらいすぎだろ。明らかに釣り合ってないぞ」


「『鼻水吹き』は――……いや、右京は満足していたようであるし、正当な対価であろうよ。気にする事は無いのである」


「気にするなって言われてもなぁ……」



市場価値が気になる。そしてそれ以上に、どこに仕舞っていたのかが気になる。


やっぱり鼻腔内だろうか。鼻腔内だろうな。鼻腔内しか仕舞う場所無いし。


表面ヌルッとしてる気がする。


鼻クソは付いてないけど、気分的にバッチイ。



「……ひとまず、洗うか……」



漆黒のボウリングの球みたいなのを抱えて、野外キッチンに向かった。






ひとまず、巨大真珠と巨大黒真珠は水洗いし、通勤カバンに収納した。



「いいんですか、私が預かっても?」


「貴殿が預かってくれるのが一番安心できるのだ。頼む」


「……それで、本音は?」


「……邪魔なのだ。仕舞っておいてくれ」



巨大すぎて、装飾品には使えない。ネックレスにしたら首モゲる。イヤリングにしたら耳千切れる。


置物として飾ろうにも、真球に近い綺麗な形状のせいで、安定しない。転がる。


ぶっちゃけ、高価な粗大ゴミである。



「……今の生活じゃあ、宝石は用無しだしなぁ……」



漬物石にもならなかった。






それから1週間、断崖絶壁に滞在した。


黒夫、魅雪、ムチムチさんからの要望だった。


特にムチムチさんが強く要望していた。



「こんなに釣る必要あります?もういいんじゃないですか?」


「いいや、まだまだだ。少しでも白鯨様に返さなければ」



毎日せっせと具足その他を釣り上げていた。


掃除のお礼として渡された巨大真珠を、ムチムチさんは相当気にしているらしい。受け取りすぎた分を少しでも返そうと、ゴミ掃除する毎日である。


気持ちは、少しだけだが、わかる。


黒真珠を渡された時、自分も似たような心境になった。もらいすぎて、座りが悪いと言うか、微妙にモヤモヤすると言うか。


過剰な報酬は、時としてストレスになる。釣り合わせるために、何かしなければいけないような気になる。


自分も最初は気にした。だが、もう気にしてない。気にしない事にした。


アレは、お礼ではない。お礼という形式を取っていたが、実態は完全に右京の自己満足だ。お偉いさんに特有の、上からの一方的な施し。下々の者達が何を求めているのか、何を欲しているのか、そんなのは全く考えていない。下々の者達が、それを受け取って何を思うかなど、最初から気にしていない。


そんなんだから、まるで呪いの財宝のようなものを平気で渡してくるのだ。


価値はあるけど用は無く、用は無いのに捨てられず、精神には負荷ばかりかかる。本当に、まるで魔物の呪いである。


ちなみに、あの日以来、右京は一度も姿を見せていない。


海底で寝てるのか。呼吸どうしてんだ。物理法則ガン無視か。さすが魔物。


本人から一言『もう掃除は十分だ』とでも言ってもらえれば解決しそうだけど、その機会は訪れそうに無い。



「生真面目であるな。向こうは、そんなの気にしてないのである」


「そう言われても、気になるものは気になるのだ。このままでは気が済まない」


「そういうの、重いのである。重い女はモテぬぞ?」


「然り」


「もっと気軽に、気楽に生きれば良いのである。それがモテ女になる秘訣である」


「なん、だと……。そ、そうなのか?」


「我を見習うが良い。こうして毎日貢物を捧げられるほどモテモテである」


「おさけ、おいし~」



酔っ払いのオッサンが、酒飲みながら寝言吐いてた。


こっちはこっちで、お気楽すぎる。



「……つなし。今日はもう、お酒のおかわり無しな」


「な、なんだと!?どういう事であるか!?」


「今日は休肝日だ。それ飲んだら、今日はもう終わりだ」


「休肝日!?またであるか!?」


「週一くらいが丁度いいんだよ、こういうのは」


「非道である!実に非道である!」


「これでもヌルい方だよ。休肝日って言ったら、普通は1滴も飲まないもんだぞ。いきなりそれだと辛いだろうから、ちょっと甘めにしてんだよ」


「おさけ~!おかわり~!」


「いくら絡まれてもダメなもんはダメだ。我慢しろ、我慢」



まとわりつかれた。鬱陶しい。


十本首を腕二本で相手しつつ、横目に周囲の様子を見る。


魅雪は、鼻歌を歌いながら魚釣ってた。海に来てから毎日ご機嫌。


日々の食事も、ほぼ魅雪が作っている。昨晩のメニューは、カツオのたたきをミディアム加減にしたような感じの料理だった。ムチムチさんの食性改変のため、徐々に慣らして生魚に近付けていく作戦らしい。


黒夫は、今日も坊主だろう。スルメ丸ごとエサにし続け、毎日空振り。意固地になってて、止めても聞かない。


フェアは、ふわふわ自由気ままに飛んで、あっちこっち自由気ままにちょっかいをかけている。成長して大人びたように見えても、やっぱり妖精さん(仮)である。とても可愛い。


キャンピングカーを見れば、車体をロボット掃除機がウィンウィン掃除していた。いつでもどこでも、彼は働き者だ。



「……………………」



平和だ。


いつまでも、この生活が続いて欲しい。そう思うくらい、平和だ。


とても平和で良い事だけど、いい加減、踏ん切りを付けないといけないだろう。


海に来てから1週間。ずっと、ずっと、考えていた。


考えざるを得なかった。


ここを旅立てば、間も無く、この旅は終わるだろう。それがわかっているから、嫌でも考えるしかなかった。






実を言えば、急速充電ステーション(仮)の所在は、すでに目星が付いている。


確証は無いが、確信がある。おそらく、間違い無い。


アレは、明らかに異質だ。



「……なんで建ってんだよ、あんなもん……」



遥か南に、何か、ある。


黒くて細い縦線が一本。空の途中まで、地上から伸びている。さながら切れ込み線のように、真っ直ぐに。


黒い細線の途中には、黒くて小さい丸がある。アンバランスな黒いマチ針のよう。


山越えをしてから、ずっと見えていたのだが、あまりにも不自然すぎて見間違いかと思っていた。


この1週間、のんびり釣り生活している間も、ずっと見えていた。


さすがに、もう見間違いとは思わない。



「……剣と魔法の世界に、カーリダーサの塔はミスマッチだろ……」



軌道エレベーター。異世界感ブチ壊しの異質な施設だ。


遠近感が不確かになるほど遠くにありすぎて、距離感が掴めない。


そんなにも遥か遠くにあるにも関わらず、視認可能なほどの、超長大な施設。


正式な高さは不明。とにかく黒くて細くて長い建造物が建ってる。


材質も不明。カーボン素材とかだろうか。異世界にあるのか知らんけど。


あれほど規模の大きい施設なら、運用に必要な電力も相応に大きいと推測される。


発電用の何らかの装置を内包しているのか。それとも、外部供給なのか。いずれにせよ、電源があるはずだ。


横から電源を無断拝借させてもらおう。


規格が合わなくても、フェアに頼めば『電気設備が使用可能になる』ので、電源は流用可能だろう。


施設の詳細は不明。充電にかかる時間は概算できない。


世界を渡る絨毯のバッテリーは超魔物級の大喰らいだが、軌道エレベーターだって大概バケモノじみてる。


さすがに、到着したその日の内に充電完了とは行かないと思うが、それでも大幅な時間短縮にはなる。


うまくすれば、1週間くらいで充電完了し、元の世界への帰還が可能になるかもしれない。


約3年後だと思っていた予定期間は、綺麗サッパリ消し飛ぶ。



「……あそこに着いたら、この生活も終わり、か……」



予定は未定。こちらの世界に召喚されてから今日まで、ろくすっぽ予定通りに進行しない事ばかりだった。


本当に、最初から最後まで、予定狂いっぱなしの異世界生活だった。


それが、終わる。


本当に、終わる。


ついに、終わってしまう。



「……ねえ、フェア。どうしたらいいかな?」


「ますたーの為さりたいように為さってください。ますたー」



フェアは、答えをくれない。


勇者のどんな要請にも応えてくれる妖精さん(仮)だが、答えはくれない。


勇者が主で、妖精さん(仮)が従。それが自分達の立ち位置。


自分が元勇者になっても、フェアは立ち位置を変えない。


答えは、自分で決めなくてはならない。



「……どうしようも無いよな……」



勇者として召喚されて、勇者級の身体能力を得ても、やっぱりどうしても、自分の性根は平凡なサラリーマンだった。


黒猫の獣人。白髪双角の鬼。ハイエルフの血を継ぐ女性。ついでに、ヘビの魔物。これまで、異世界の住人と共同生活してきた。それでも、自分の性根は変わらなかった。変えられなかった。


そりゃそうだ。だってまだ半年も経ってないのだ。


大人になると、良くも悪くも、短期間では変われなくなる。男子は三日会わないだけで変わり得るが、大人は変われない。安定性と成長性はトレードオフだ。



「……帰らないってのは……やっぱり無しだよなぁ……」



帰る手段があるのに、帰らない。そんな選択肢は、選べない。


率直に言って、元の世界に対する愛着は弱い。


弱いけど、やっぱり愛着がある。生まれ育った世界だし、家族もいる。


一時的に離れるだけならまだしも、捨てるのは無理だ。


故郷を捨てる選択肢は、選べない。



「……つれてけないよな……あっち世界、魔法無いし……」



異世界の住人を連れて、元の世界に帰る。そんな選択肢は、選べない。


元の世界に帰れば、もう二度と、こちらの世界には戻れないかもしれない。


生まれ故郷の世界から永久に引き離す事になるかもしれないのに、あの三人を連れては行けない。


そんな身勝手な選択肢は、選べない。



「……人間以外には、居心地悪そうだし……」



同じ世界の中の異邦人ですら、少なからず良くない扱いを受ける。人類皆平等という理想論は、実現していない。


ましてや、異世界から来訪した異種族なんて、どんな扱いを受ける事になるか。


人間しかいない世界の中で、身の安全を、心の平穏を、守り切れる気がしない。


守れる気もしないのに、自分の世界に連れて帰るなんて、できない。


そんな無責任な選択肢は、選べない。



「……いや、違う……ただの言い訳か……」



怖い。


本音をぶちまけてしまうなら、怖いのだ。


幸せになって欲しい人が、不幸になってしまうかもしれない。


幸せにしたい人を、不幸にしてしまうかもしれない。


自分の選択のせいで、幸せにしたかった人を、幸せになれるはずだった人を、不幸にしてしまうかもしれない。


自分の目の前で不幸になる様を目の当たりにするかもしれない。


それが、怖い。



「……………………」



幸せにする自信が、無い。



「……………………」



自分は大人になった。ちゃんとした大人になれた。


英雄のようには生きられないけど、ちゃんと地に足を付けて生きられる、ちゃんとした大人になれた。


人並みに働いて、人並みに稼いで、自分の食い扶持くらいは自分で何とかできるようになった。


親に寄りかかっていた頃とは違う。自分はもう、自分の足で立って歩ける大人だ。


就職してサラリーマンになり、学生時代のアルバイト代より遥かに高額の給料を受け取り、大学卒業までに貯めた銀行預金の数字は、1年経たずに2倍になった。


まあ今はちょっとアレだけれども。貯金あるし、再就職して再スタートするまで、当面の生活費くらい自分で出せる。親に頼らなくたって、自力でやって行ける。



「……一人分なら、やって行ける自信あるけど……」



自分は大人になった。


学生時代より、できる事は増えた。増えたはずだ。


できる事は増えたはずなのに、自信は減った。


できる事が増えるほどに、できない事が酷く目に付くようになった。


今の自分には、できない事が多すぎる。



「……どう考えてもキツイよなぁ……絶対に不可能とまでは言わないけど……」



学生時代の自分なら、あの人を連れて帰っていたかもしれない。


根拠の無い自信を抱き、あの人を幸せにできると信じられたかもしれない。


幸せにできると信じ、あの人を抱きかかえて、元の世界に帰れたかもしれない。



「……そんな勇気、無いよ……」



今の自分には、できない。


答えは、変わらなかった。


最初から決まっていた答えは、変えられなかった。


勇者のように勇敢に生きる事は、できそうに無い。


主人公、超ウジウジしてますけど、ラストまでにはシャキッとします(予定)。


それはそれとして。世の中、どんなものにでも協会はあるらしい。


参考:一般社団法人 宇宙エレベーター協会

<https://www.jsea.jp/>

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