85.電設のヒデオさん、釣る。
主人公視点に戻ります。
地下から出てきた後からの続きです。
謎の地下空間への寄り道は終わった。
今度こそ、南に出発。目指すは、急速充電ステーション(仮)。
正体不明、所在不明の目的地に向けて、行き当たりばったりの旅が始まる。
「海!次は海なの!」
「山!次は山だ!」
「……飽きないね、お前達」
そしてまた、山派と海派の抗争が始まった。
旅、始まらない。
「海がいい!おじちゃんもそう思うよね!」
「ニンゲンも山がいいだろ!そうだろ!」
基本、山にも海にも行く予定は無い。
僻地に急速充電ステーション(仮)があるとは思えないし。
「……異世界の海、ねぇ……」
急速充電ステーション(仮)は無さそうだけど、少しだけ興味が湧いた。
異世界の山頂からの眺めは、絶景だった。
異世界の海は、どうだろうか。
王国で収集した情報によれば、海にも魔物が住んでいるらしい。
陸の魔物の縄張りと同様、海の魔物の縄張りに侵入した者は排除される。
陸とは違い、海には明確な目印が無いため、どこからどこまでが魔物の縄張りなのかは不明瞭。境界のグレーゾーンが広い。
人間にとっては、沖合全域、危険区域という認識になっている。
陸の魔物よりは海の魔物の方が性格が大雑把らしく、同じ場所でも被害が出たり出なかったりする事があるらしい。
沖に流された人間が生きて帰ってきたり、沖に流された小舟が無事に戻ってきたりする事が、たまにあるらしい。
ただし、それらは例外的な事で、基本的には沈められる。
中型以上の船は、ほぼ確実に沈められる。
商船、軍艦を問わず、大型船は運用できない。
魔物は超巨大生物である。十本首(縮尺10分の1)みたいな例外もいるようだが、基本的には超巨大生物である。
水深の深い沖合は危険だが、水深の浅い沿岸部は比較的安全。
遠浅の浜辺を持つ地域では、魚を獲ったり、塩田を作ったり、喫水の浅い船を利用したりしている。
「よし、海行くか」
「やったー!海なのー!」
「そんな!?山じゃないのか!?」
「山は、また今度な。次は海だ」
山越えしたばっかりだし、しばらく山はいらない。
そんな事より、興味が湧いたので、海に行く事にした。
予定外の行動だが、予定自体が場当たり的。絶対順守する必要は無い。あくせくするような状況でも無い。道草上等。
「このまま西の端っこまで行くだけだしな」
現在地点は、王国の南西よりも更に南の地点。森沿いに西に進めば、海に出るはずだ、多分。
陸地が途切れるまで進むだけなので、地図が無くても何とかなるだろう、多分。
「フェア、西に向かってくれる?」
「はい。西に向かいます。ますたー」
いつものように、フェアに頼んだ。
大型観光バスに匹敵する大型車両の運転も、フェアになら安心して任せられる。
普通自動車免許しか持ってない自分の運転より、よっぽど安心感がある。
「……ごめんね、いつも無茶な事ばかり頼んで」
「わたしは要請に応える者です。ますたー」
「……うん。いつもありがとうね。頼りにしてるけど、疲れたらちゃんと言ってね。どうにも俺はそういうの鈍くて、悪いとは思ってるんだけど、言われないと気付けない事も多いから」
「はい。ちゃんと言います。現在の疲労度は軽微です。ますたー」
しゃべりながらでも、運転はスムーズ。出発時の揺れは無い。さすフェア。
「よぅし!目指すは海!安全運転で!」
「はい。目指すは海です。ますたー」
森沿いに、西へ出発した。
食事、睡眠、休憩を挟みつつ、無人の平原を走り続けた。
フェアは長時間の運転でも疲れ知らず。相変わらず、頼もしい。
「「「……わぁっ……!」」」
黒夫、魅雪、ムチムチさんは、電車の車窓を楽しむ子供みたいに景色を見ていた。楽しそうだった。
「……なんつう景色だ……」
正直、自分は景色を楽しめない。
緑豊かな土地。この地なら、開拓村を作れば成功しそうに見えるが、そのようなものは無い。人工物は欠片も見当たらない。
当然だ。こんな所に村を作ろうなんて考える奴、いるはずが無い。
そこかしこに、石像が立っている。進入禁止を示すカラーコーンを雑に並べたように、森沿いにポツポツと点在している。
緑と灰色のコントラストが生み出す、不穏な静穏。
さぞかし、魔族に与える心象は絶大だろう。よっぽどアホでも近寄るまい。
「……ある意味、良心的なのか……?」
森に近付けば、どうなるか。一目でわかる危険標識。
ただし、効果があるのは、あくまでも魔族に対してのみ。
立地的に、人間の王国側からは見えない。
必然、人間の被害は無くならない。
「つなしさんよぉ……。酒を守るためだからって、やりすぎだろ、これ」
「うん?何の話であるか?」
「われ、し~らない」
十本首は酒飲んでた。新幹線で出張帰りのオッサンみたいに、景色に目もくれずに酒飲んでた。
さすが、うわばみ。ブレない。
特に何事も無く、翌日の昼頃、海に到着した。
「……こりゃまた凄いな……」
断崖絶壁だった。古いサスペンスのラストシーンを彷彿とさせる絶景。
生の断崖絶壁を間近に見るのは、これが人生初だ。
観光名所として整備された岸壁なら行った事あるけど、そんなものとは切迫感が違う。原初的な恐怖を掻き立てられる。
「……凄いけど……これはなぁ……」
見応えのある景色ではある。でも期待してたのとは方向性が違った。
もっとこう、キャッキャウフフできそうな美しい海を期待してたんだけど。
異世界なら海洋プラスチック問題とかも無いだろうし、海水浴を楽しむのに最高なんじゃないかな、とか思っていた時期もありました。
「……海に入るのは無理か……」
人間と魔族の領域を分かつ大山脈は、まるで巨大な桟橋のように海側にまで大きくせり出している。
地形と海流の作用なのか、岸壁は大きく削られ、ネズミ返し状。
砂浜は無い。下に下りる道も無い。
これでは、とても海には入れそうにない。
内心、ムチムチさんに水着を着せて海水浴を楽しもう、とか密かに企んでいたのだが、男の希望は儚く消えた。
「海なのー!」
落ち込んでいるのは、自分だけ。
魅雪、念願の海に到着してハイテンション。
バスから降りるやいなや、崖目掛けて猛ダッシュ。
「ちょっとぉ!?何やってんの魅雪!?」
崖から飛び出す勢いで走っている所を、体を持ち上げて止めた。
いきなりすぎてビビッた。
「おじちゃん、邪魔しないで」
「いや邪魔とか言ってる場合じゃないよ!?落ちるよ!?危ないよ!?」
「平気なの。海に潜って、お魚取って来るだけなの」
「んな無茶な!?」
「お魚掴み取りなの。新鮮なお魚、踊り食いなの」
なんか凄い事言ってた。
まさかの掴み取り宣言。道具も無しに魚獲る気か。
ちなみに、さすがのフェアでも、冷蔵庫から魚を生きたまま出すのは無理である。踊り食いしたいなら、生け捕りにするしかない。
「ここから飛び込むのはダメだよ、魅雪」
「ボク、こんくらいの高さなら、へっちゃらなの」
「いやそれもあるけど、そうじゃなくて……。どうやって上に戻って来るつもりなんだよ」
「……どうしよう?」
「ちょっとは考えて行動して!?」
目の前に楽しみがある時の子供、マジ怖いわ。
直情径行すぎる。危なっかしい。
「とにかく、飛び込むのは無しだよ。魚なら、何とかするから」
どうにか魅雪を落ち着かせてから離した。
険しすぎて海水浴は楽しめそうにないが、見ようによっては、とても自然豊かな海だと言えなくもない。
海の幸は、海面の下に豊富に潜んでいるだろう。
掴み取りではなく、普通に道具を使って魚を獲ればいい。
いつも通り、フェアに頼む事にした。
「ねえ、フェア。あの、ええっと……、ちょっと名前忘れちゃったけど、なんかこう、釣り糸を電動モーターで巻き取る感じの奴が手元に付いてる感じの釣り竿、出してくれる?」
「はい。釣り糸を電動モーターで巻き取る感じの奴が手元に付いてる感じの釣り竿です。ますたー」
釣り糸を電動モーターで巻き取る感じの奴が手元に付いてる感じの釣り竿が出た。名前は思い出せないが、ちゃんと出た。
自動車のウィンチさながら、電動式の厳つい機械が釣り竿に付いている。ゴツくてデカい。素人さんお断り感がする。
釣り竿と一緒に、釣り糸、釣り針、錘、浮き、全部セットされていた。初心者にも優しいオールインワンセット。
あいにく、自分は釣りが趣味では無い。周りにも、釣り好きの人はいなかった。釣り竿の良し悪しとか全然わからない。
フェアが出してくれた釣り竿なのだから、きっと良い品のはずだ。間違い無い。
「せっかくだし、今日の昼飯は釣った魚にするか。……釣れたら、だけど」
うろ覚えの記憶をかき集めて、釣りの準備を始めた。
自分、黒夫、魅雪、ムチムチさん。四人並んで、断崖絶壁の下に釣り糸を垂れる。
すぐ傍には、城から無断拝借した鍋。バケツが無いので、その代用品。
エサは、各々これぞと思うコンビニ商品を選んで仕掛けた。生きた虫とかの方が良いのかもしれないが、にわか釣り師にはキツイ。お手軽エサで挑戦中。
後はただ、魚が食い付くのを待つ。釣り竿から手に伝わる振動に集中する。
海面が遠すぎて、長く伸びた釣り糸が揺れる。手に伝わる振動が、魚のものかどうか全然わからない。
どこのアホだ、こんなサスペンス級の断崖絶壁で釣りしようとか言い出したのは。無謀すぎる。
「っ、かかったの!」
早速、魅雪が竿を引いた。どうやって察知してるんだ。鬼女の勘か。
いやそれ以前に、魚の食い付き早すぎないか。釣りと言えば忍耐、みたいなイメージあったんだけど。おにぎりのお米を丸めたエサが効いてるのだろうか。
釣り上げた魚は、手の平サイズのアジっぽい魚(名称不明)だった。割と普通の見た目で、あんまり異世界感が無い。
「ますたー。今です」
「おおっ?」
フェアに言われたタイミングで竿を引いたら、何か釣れた。
タブレット端末くらいの大きさで、平べったい魚(名称不明)だった。シマウマのような白黒の縦縞模様。あんまり食欲そそられない。
ちなみに、エサは干し貝柱をほぐして使った。
「っ、私の所にも来たぞ!」
続いて、ムチムチさんが竿を引いた。
具足が釣れた。
エサの竹輪は消えた。
「潮騒に耳を傾けながら杯を傾けると言うのも、なかなか乙であるな」
「然り」
「魚を肴にするのも良いものである。少々塩気は薄いが、それもまた良し」
「うま~」
「……それ俺の魚なんだけど……無断で食うなよ……」
十本首は酒飲んでる。釣りをする気は無いようだ。
釣った魚を勝手に齧ってるけど、魅雪の分には手を出してないので、まあ良し。
その後も、釣果は順調に伸びた。
一番釣っているのは、魅雪。親指サイズの小魚から、腕くらいの大きさの魚まで、様々な魚をどんどん釣り上げている。そして小魚をスナック感覚で踊り食いしてる。
自分の所も、結構よく釣れる。フェアの言うタイミングに合わせて竿を引くと、必ず魚が釣れる。ヒレが異様に刺々しい魚とか、不格好な菱形の魚とか、変なのばかり釣れる。見た目が悪くて、あんまり食欲が湧かない。
ムチムチさんの所は、ある意味、とてもよく釣れてる。具足、手甲、肩当、胸当、兜など、大量に積み上がってる。ある種の才能を感じる。
「……オレんトコ、何にも来ない……」
「だから言ったんだよ、無茶だって」
黒夫は、いまだ当たり無し。
スルメ丸ごと1枚エサにして、どんな大物釣る気だ。
「今からでもエサ変えるか?」
「……嫌だ。このまま釣る」
あら意地っ張りな猫だわ。
どうするか少し迷ったが、このまま黒夫の好きにさせる事にした。
子供には子供なりの、こだわりがあるものだ。大人には理解できないだけで、それは子供の中に確かに存在する。
否定した方が良い時もあるけど、今は違う。こう言っては何だが、所詮はお遊びの釣り。本業ではないし、食料は足りている。
本人の気が済むまで、やりたいようにやればいい。
「肴にするには足りぬな。もっと精進するが良い」
「俺の釣った魚全部食っといて、言う事それかよ。文句があるならテメェで釣れ」
「我は飲むのに忙しいのである」
釣りを放棄した酔っ払いのオッサンが、何か言ってる。
勝手に食べて文句言うとか、やりたい放題すぎる。調理方法不明の魚が多いので、別に食べてもいいと言えばいいけど。
自分は料理人でも釣り人でも無い。普通の魚屋さんで売っているような魚なら三枚おろしにできるが、見慣れない謎の魚を捌くのは難易度が高い。
魅雪の釣った魚は、比較的オーソドックスな体形の魚が多いので、そっちは調理できると思う、多分。
魅雪の釣果だけでも、もう十分ある。そろそろ釣りを切り上げて、食事の準備でもしよう。
……なんて事を思った矢先の事だった。
「っ、来るの」
「にゃあっ!?ど、どうすりゃいいんにゃっ!?」
黒夫の竿がグイィッと大きくしなった。
釣り糸が凄まじい勢いで引き出され、手元のグルグルする機械(名称不明)が凄い勢いでグルグルしている。
まさか、丸ごとスルメに食い付いた魚がいるのか。どんな大物だ。
「ふぅむ?これは、もしや――……」
十本首が動いた。
釣り糸が伸び切り、竿ごと海に引きずり込まれる寸前、黒夫の体ごと拘束。まるで巨人が両手で引っ張るように竿が引かれ、更に大きくしなった。
魔物の力と、海中の謎の大物との力が、一瞬だけ拮抗した。
ブチンッ。
釣り糸の引張強度は、あっさり限界を迎えた。
「にゃああああっ!?」
糸が切れた反動で、黒夫がスッポ抜けた。後方に投げ出され、ゴロンッと転がる。
「び、ビックリしたにゃぁ……もうちょっとで釣れたのに……」
平気そう。頑丈な猫である。
「残念だったな、黒夫。せっかく大物かかったのに、逃げられたな」
「……違うよ、おじちゃん。来てるの」
魅雪が言った。他には目もくれず、海をジッと見つめていた。
視線の先に目を向けて見たが、何も見えない。
黒夫の竿にかかったのは、どんな魚だろうか。スルメを丸ごと食ったくらいだから、それなりに大物だとは思うが、距離が遠くて見えない。崖の上からでは、イルカくらいの大きさがあっても、海面に顔を出さないと見付けられないだろう。
逃がした大物を、このまま逃がすのか。
まだ近くにいるなら、まだ釣るチャンスはあるのか。
相手次第では、また針と糸とエサを無駄にするだけで終わるかもしれない。
いるとわかっている大物をみすみす見逃すのは癪だ。無駄でも挑戦すべきか。
「ますたー。退避を推奨いたします」
「そなたも下がった方が良いぞ。濡れたくなければな」
「てったい~」
再チャレンジするか悩んでいたら、遠くから声がかかった。
気付いたら、黒夫、魅雪、ムチムチさんを引きずり、十本首が大きく後退していた。何故かフェアまで一緒に後退していた。
次の瞬間、海面が爆発した。
「ぬおぁっ!?何だぁっ!?」
爆発と勘違いするような勢いで、極太の水柱が立ち昇った。
某温泉郷の間欠泉を百倍ド派手にしたような凄まじい水柱が、天まで届くかのように高々と立つ。
余りの光景に、一瞬、呆けた。
「ぶぇっ!?しょっぺぇっ!?」
呆けた自分の頭上に、土砂降りの海水がかかった。
海中から、大物が浮上して来る。
いや、違う。もう浮上し終わっている。
海水が捌け切らず、海面ごと盛り上がっている。
小島サイズの、巨大なナニカ。
「珍しい事も、あるものであるな。引きこもりの『鼻水吹き』が出てくるとは」
釣果の設定。
豆アジ、イシダイ、カサゴ、カワハギ――……によく似てる異世界の魚類。
旬とか生息域とか、その辺は適当。




