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85/152

85.電設のヒデオさん、釣る。

主人公視点に戻ります。


地下から出てきた後からの続きです。


謎の地下空間への寄り道は終わった。


今度こそ、南に出発。目指すは、急速充電ステーション(仮)。


正体不明、所在不明の目的地に向けて、行き当たりばったりの旅が始まる。



「海!次は海なの!」


「山!次は山だ!」


「……飽きないね、お前達」



そしてまた、山派と海派の抗争が始まった。


旅、始まらない。



「海がいい!おじちゃんもそう思うよね!」


「ニンゲンも山がいいだろ!そうだろ!」



基本、山にも海にも行く予定は無い。


僻地に急速充電ステーション(仮)があるとは思えないし。



「……異世界の海、ねぇ……」



急速充電ステーション(仮)は無さそうだけど、少しだけ興味が湧いた。


異世界の山頂からの眺めは、絶景だった。


異世界の海は、どうだろうか。




王国で収集した情報によれば、海にも魔物が住んでいるらしい。


陸の魔物の縄張りと同様、海の魔物の縄張りに侵入した者は排除される。


陸とは違い、海には明確な目印が無いため、どこからどこまでが魔物の縄張りなのかは不明瞭。境界のグレーゾーンが広い。


人間にとっては、沖合全域、危険区域という認識になっている。




陸の魔物よりは海の魔物の方が性格が大雑把らしく、同じ場所でも被害が出たり出なかったりする事があるらしい。


沖に流された人間が生きて帰ってきたり、沖に流された小舟が無事に戻ってきたりする事が、たまにあるらしい。


ただし、それらは例外的な事で、基本的には沈められる。


中型以上の船は、ほぼ確実に沈められる。


商船、軍艦を問わず、大型船は運用できない。




魔物は超巨大生物である。十本首(縮尺10分の1)みたいな例外もいるようだが、基本的には超巨大生物である。


水深の深い沖合は危険だが、水深の浅い沿岸部は比較的安全。


遠浅の浜辺を持つ地域では、魚を獲ったり、塩田を作ったり、喫水の浅い船を利用したりしている。



「よし、海行くか」


「やったー!海なのー!」


「そんな!?山じゃないのか!?」


「山は、また今度な。次は海だ」



山越えしたばっかりだし、しばらく山はいらない。


そんな事より、興味が湧いたので、海に行く事にした。


予定外の行動だが、予定自体が場当たり的。絶対順守する必要は無い。あくせくするような状況でも無い。道草上等。



「このまま西の端っこまで行くだけだしな」



現在地点は、王国の南西よりも更に南の地点。森沿いに西に進めば、海に出るはずだ、多分。


陸地が途切れるまで進むだけなので、地図が無くても何とかなるだろう、多分。



「フェア、西に向かってくれる?」


「はい。西に向かいます。ますたー」



いつものように、フェアに頼んだ。


大型観光バスに匹敵する大型車両の運転も、フェアになら安心して任せられる。


普通自動車免許しか持ってない自分の運転より、よっぽど安心感がある。



「……ごめんね、いつも無茶な事ばかり頼んで」


「わたしは要請に応える者です。ますたー」


「……うん。いつもありがとうね。頼りにしてるけど、疲れたらちゃんと言ってね。どうにも俺はそういうの鈍くて、悪いとは思ってるんだけど、言われないと気付けない事も多いから」


「はい。ちゃんと言います。現在の疲労度は軽微です。ますたー」



しゃべりながらでも、運転はスムーズ。出発時の揺れは無い。さすフェア。



「よぅし!目指すは海!安全運転で!」


「はい。目指すは海です。ますたー」



森沿いに、西へ出発した。






食事、睡眠、休憩を挟みつつ、無人の平原を走り続けた。


フェアは長時間の運転でも疲れ知らず。相変わらず、頼もしい。



「「「……わぁっ……!」」」



黒夫、魅雪、ムチムチさんは、電車の車窓を楽しむ子供みたいに景色を見ていた。楽しそうだった。



「……なんつう景色だ……」



正直、自分は景色を楽しめない。


緑豊かな土地。この地なら、開拓村を作れば成功しそうに見えるが、そのようなものは無い。人工物は欠片も見当たらない。


当然だ。こんな所に村を作ろうなんて考える奴、いるはずが無い。


そこかしこに、石像が立っている。進入禁止を示すカラーコーンを雑に並べたように、森沿いにポツポツと点在している。


緑と灰色のコントラストが生み出す、不穏な静穏。


さぞかし、魔族に与える心象は絶大だろう。よっぽどアホでも近寄るまい。



「……ある意味、良心的なのか……?」



森に近付けば、どうなるか。一目でわかる危険標識。


ただし、効果があるのは、あくまでも魔族に対してのみ。


立地的に、人間の王国側からは見えない。


必然、人間の被害は無くならない。



「つなしさんよぉ……。酒を守るためだからって、やりすぎだろ、これ」


「うん?何の話であるか?」


「われ、し~らない」



十本首は酒飲んでた。新幹線で出張帰りのオッサンみたいに、景色に目もくれずに酒飲んでた。


さすが、うわばみ。ブレない。






特に何事も無く、翌日の昼頃、海に到着した。



「……こりゃまた凄いな……」



断崖絶壁だった。古いサスペンスのラストシーンを彷彿とさせる絶景。


生の断崖絶壁を間近に見るのは、これが人生初だ。


観光名所として整備された岸壁なら行った事あるけど、そんなものとは切迫感が違う。原初的な恐怖を掻き立てられる。



「……凄いけど……これはなぁ……」



見応えのある景色ではある。でも期待してたのとは方向性が違った。


もっとこう、キャッキャウフフできそうな美しい海を期待してたんだけど。


異世界なら海洋プラスチック問題とかも無いだろうし、海水浴を楽しむのに最高なんじゃないかな、とか思っていた時期もありました。



「……海に入るのは無理か……」



人間と魔族の領域を分かつ大山脈は、まるで巨大な桟橋のように海側にまで大きくせり出している。


地形と海流の作用なのか、岸壁は大きく削られ、ネズミ返し状。


砂浜は無い。下に下りる道も無い。


これでは、とても海には入れそうにない。


内心、ムチムチさんに水着を着せて海水浴を楽しもう、とか密かに企んでいたのだが、男の希望は儚く消えた。



「海なのー!」



落ち込んでいるのは、自分だけ。


魅雪、念願の海に到着してハイテンション。


バスから降りるやいなや、崖目掛けて猛ダッシュ。



「ちょっとぉ!?何やってんの魅雪!?」



崖から飛び出す勢いで走っている所を、体を持ち上げて止めた。


いきなりすぎてビビッた。



「おじちゃん、邪魔しないで」


「いや邪魔とか言ってる場合じゃないよ!?落ちるよ!?危ないよ!?」


「平気なの。海に潜って、お魚取って来るだけなの」


「んな無茶な!?」


「お魚掴み取りなの。新鮮なお魚、踊り食いなの」



なんか凄い事言ってた。


まさかの掴み取り宣言。道具も無しに魚獲る気か。


ちなみに、さすがのフェアでも、冷蔵庫から魚を生きたまま出すのは無理である。踊り食いしたいなら、生け捕りにするしかない。



「ここから飛び込むのはダメだよ、魅雪」


「ボク、こんくらいの高さなら、へっちゃらなの」


「いやそれもあるけど、そうじゃなくて……。どうやって上に戻って来るつもりなんだよ」


「……どうしよう?」


「ちょっとは考えて行動して!?」



目の前に楽しみがある時の子供、マジ怖いわ。


直情径行すぎる。危なっかしい。



「とにかく、飛び込むのは無しだよ。魚なら、何とかするから」



どうにか魅雪を落ち着かせてから離した。


険しすぎて海水浴は楽しめそうにないが、見ようによっては、とても自然豊かな海だと言えなくもない。


海の幸は、海面の下に豊富に潜んでいるだろう。


掴み取りではなく、普通に道具を使って魚を獲ればいい。


いつも通り、フェアに頼む事にした。



「ねえ、フェア。あの、ええっと……、ちょっと名前忘れちゃったけど、なんかこう、釣り糸を電動モーターで巻き取る感じの奴が手元に付いてる感じの釣り竿、出してくれる?」


「はい。釣り糸を電動モーターで巻き取る感じの奴が手元に付いてる感じの釣り竿です。ますたー」



釣り糸を電動モーターで巻き取る感じの奴が手元に付いてる感じの釣り竿が出た。名前は思い出せないが、ちゃんと出た。


自動車のウィンチさながら、電動式の厳つい機械が釣り竿に付いている。ゴツくてデカい。素人さんお断り感がする。


釣り竿と一緒に、釣り糸、釣り針、錘、浮き、全部セットされていた。初心者にも優しいオールインワンセット。


あいにく、自分は釣りが趣味では無い。周りにも、釣り好きの人はいなかった。釣り竿の良し悪しとか全然わからない。


フェアが出してくれた釣り竿なのだから、きっと良い品のはずだ。間違い無い。



「せっかくだし、今日の昼飯は釣った魚にするか。……釣れたら、だけど」



うろ覚えの記憶をかき集めて、釣りの準備を始めた。






自分、黒夫、魅雪、ムチムチさん。四人並んで、断崖絶壁の下に釣り糸を垂れる。


すぐ傍には、城から無断拝借した鍋。バケツが無いので、その代用品。


エサは、各々これぞと思うコンビニ商品を選んで仕掛けた。生きた虫とかの方が良いのかもしれないが、にわか釣り師にはキツイ。お手軽エサで挑戦中。


後はただ、魚が食い付くのを待つ。釣り竿から手に伝わる振動に集中する。


海面が遠すぎて、長く伸びた釣り糸が揺れる。手に伝わる振動が、魚のものかどうか全然わからない。


どこのアホだ、こんなサスペンス級の断崖絶壁で釣りしようとか言い出したのは。無謀すぎる。



「っ、かかったの!」



早速、魅雪が竿を引いた。どうやって察知してるんだ。鬼女の勘か。


いやそれ以前に、魚の食い付き早すぎないか。釣りと言えば忍耐、みたいなイメージあったんだけど。おにぎりのお米を丸めたエサが効いてるのだろうか。


釣り上げた魚は、手の平サイズのアジっぽい魚(名称不明)だった。割と普通の見た目で、あんまり異世界感が無い。



「ますたー。今です」


「おおっ?」



フェアに言われたタイミングで竿を引いたら、何か釣れた。


タブレット端末くらいの大きさで、平べったい魚(名称不明)だった。シマウマのような白黒の縦縞模様。あんまり食欲そそられない。


ちなみに、エサは干し貝柱をほぐして使った。



「っ、私の所にも来たぞ!」



続いて、ムチムチさんが竿を引いた。


具足が釣れた。


エサの竹輪は消えた。



「潮騒に耳を傾けながら杯を傾けると言うのも、なかなか乙であるな」


「然り」


「魚を肴にするのも良いものである。少々塩気は薄いが、それもまた良し」


「うま~」


「……それ俺の魚なんだけど……無断で食うなよ……」



十本首は酒飲んでる。釣りをする気は無いようだ。


釣った魚を勝手に齧ってるけど、魅雪の分には手を出してないので、まあ良し。






その後も、釣果は順調に伸びた。


一番釣っているのは、魅雪。親指サイズの小魚から、腕くらいの大きさの魚まで、様々な魚をどんどん釣り上げている。そして小魚をスナック感覚で踊り食いしてる。


自分の所も、結構よく釣れる。フェアの言うタイミングに合わせて竿を引くと、必ず魚が釣れる。ヒレが異様に刺々しい魚とか、不格好な菱形の魚とか、変なのばかり釣れる。見た目が悪くて、あんまり食欲が湧かない。


ムチムチさんの所は、ある意味、とてもよく釣れてる。具足、手甲、肩当、胸当、兜など、大量に積み上がってる。ある種の才能を感じる。



「……オレんトコ、何にも来ない……」


「だから言ったんだよ、無茶だって」



黒夫は、いまだ当たり無し。


スルメ丸ごと1枚エサにして、どんな大物釣る気だ。



「今からでもエサ変えるか?」


「……嫌だ。このまま釣る」



あら意地っ張りな猫だわ。


どうするか少し迷ったが、このまま黒夫の好きにさせる事にした。


子供には子供なりの、こだわりがあるものだ。大人には理解できないだけで、それは子供の中に確かに存在する。


否定した方が良い時もあるけど、今は違う。こう言っては何だが、所詮はお遊びの釣り。本業ではないし、食料は足りている。


本人の気が済むまで、やりたいようにやればいい。



「肴にするには足りぬな。もっと精進するが良い」


「俺の釣った魚全部食っといて、言う事それかよ。文句があるならテメェで釣れ」


「我は飲むのに忙しいのである」



釣りを放棄した酔っ払いのオッサンが、何か言ってる。


勝手に食べて文句言うとか、やりたい放題すぎる。調理方法不明の魚が多いので、別に食べてもいいと言えばいいけど。


自分は料理人でも釣り人でも無い。普通の魚屋さんで売っているような魚なら三枚おろしにできるが、見慣れない謎の魚を捌くのは難易度が高い。


魅雪の釣った魚は、比較的オーソドックスな体形の魚が多いので、そっちは調理できると思う、多分。


魅雪の釣果だけでも、もう十分ある。そろそろ釣りを切り上げて、食事の準備でもしよう。


……なんて事を思った矢先の事だった。



「っ、来るの」


「にゃあっ!?ど、どうすりゃいいんにゃっ!?」



黒夫の竿がグイィッと大きくしなった。


釣り糸が凄まじい勢いで引き出され、手元のグルグルする機械(名称不明)が凄い勢いでグルグルしている。


まさか、丸ごとスルメに食い付いた魚がいるのか。どんな大物だ。



「ふぅむ?これは、もしや――……」



十本首が動いた。


釣り糸が伸び切り、竿ごと海に引きずり込まれる寸前、黒夫の体ごと拘束。まるで巨人が両手で引っ張るように竿が引かれ、更に大きくしなった。


魔物の力と、海中の謎の大物との力が、一瞬だけ拮抗した。


ブチンッ。


釣り糸の引張強度は、あっさり限界を迎えた。



「にゃああああっ!?」



糸が切れた反動で、黒夫がスッポ抜けた。後方に投げ出され、ゴロンッと転がる。



「び、ビックリしたにゃぁ……もうちょっとで釣れたのに……」



平気そう。頑丈な猫である。



「残念だったな、黒夫。せっかく大物かかったのに、逃げられたな」


「……違うよ、おじちゃん。来てるの」



魅雪が言った。他には目もくれず、海をジッと見つめていた。


視線の先に目を向けて見たが、何も見えない。


黒夫の竿にかかったのは、どんな魚だろうか。スルメを丸ごと食ったくらいだから、それなりに大物だとは思うが、距離が遠くて見えない。崖の上からでは、イルカくらいの大きさがあっても、海面に顔を出さないと見付けられないだろう。


逃がした大物を、このまま逃がすのか。


まだ近くにいるなら、まだ釣るチャンスはあるのか。


相手次第では、また針と糸とエサを無駄にするだけで終わるかもしれない。


いるとわかっている大物をみすみす見逃すのは癪だ。無駄でも挑戦すべきか。



「ますたー。退避を推奨いたします」


「そなたも下がった方が良いぞ。濡れたくなければな」


「てったい~」



再チャレンジするか悩んでいたら、遠くから声がかかった。


気付いたら、黒夫、魅雪、ムチムチさんを引きずり、十本首が大きく後退していた。何故かフェアまで一緒に後退していた。


次の瞬間、海面が爆発した。



「ぬおぁっ!?何だぁっ!?」



爆発と勘違いするような勢いで、極太の水柱が立ち昇った。


某温泉郷の間欠泉を百倍ド派手にしたような凄まじい水柱が、天まで届くかのように高々と立つ。


余りの光景に、一瞬、呆けた。



「ぶぇっ!?しょっぺぇっ!?」



呆けた自分の頭上に、土砂降りの海水がかかった。


海中から、大物が浮上して来る。


いや、違う。もう浮上し終わっている。


海水が捌け切らず、海面ごと盛り上がっている。


小島サイズの、巨大なナニカ。



「珍しい事も、あるものであるな。引きこもりの『鼻水吹き』が出てくるとは」


釣果の設定。


豆アジ、イシダイ、カサゴ、カワハギ――……によく似てる異世界の魚類。


旬とか生息域とか、その辺は適当。

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