82.電設のヒデオさん、カレーを食べる。
平凡な人生25年を過ごし、平凡なサラリーマンとして安定した生活を送っていた所を、いきなり何の前触れも無く異世界の王国から拉致同然に勇者召喚され、可憐で可愛い妖精さん(仮)と運命の出会いを果たし、城で3週間ほど勇者教育を受けてから夜逃げし、無人の荒野に一時避難し、仮設住宅を建ててもらって住み着き、なんやかんやあって三人の魔族と同居し、ついでに魔物とご近所付き合いする事になり、迷惑な千客万来おかわりの気配を感じて引っ越しを決意し、厄介事を避けるために南下し、急峻な山脈も魔物の縄張りも観光用ロープウェイに乗って一足飛びに越えて、ついに魔族の領域までやって来た。
「……思えば遠くに来たもんだ……」
こうして過去を振り返ってみると、長いような、短いような。
徹夜明け直後に爆睡して復活した脳味噌は、まだ少々寝ぼけ気味。いまいち実感に乏しい。
何はともあれ、魔族の領域に来た。
「さあ、一眠りした事だし、本格的に活動開始だ!」
寝ぼけを吹き飛ばそうと、意識して声を張り上げた。
「……っ……」
直後、不穏な音が聞こえた。
グゴゴゴゴゴゴゴゴッという音だった。
この音、知ってる。
「……その前に、まずはお昼ご飯にしましょうか」
「す、すまない、ヒデオ殿。出鼻を挫いてしまって……」
「いえ、丁度いいですよ。よく考えたら、昨日の夕飯から何も食べてませんし」
本格的に活動を開始する前に、まずは腹ごしらえ。
「キャンプ飯と言ったらカレーだね」
「はい。カレーですね。ますたー」
炊飯器には、ご飯が入っている。
電気圧力鍋には、カレーが入っている。
キャンプ感、皆無。
「……せめて外で食べるか……」
キャンピングカーの側面のギミックを操作すると、外側にテーブルとイスが出た。十徳ナイフみたいなキャンピングカーである。
便利なのは良い事だけど、便利すぎてキャンプ感は微妙。
普通にお皿によそって、普通にテーブルに並べた。
「「「「「「「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」」」」」」」
みんなでカレーを食べる。甘口。
「んまいにゃぁ~……」
「しっかり食え。おかわりもいいぞ」
甘口で刺激は控えめとは言え、スパイスもタマネギも入っている。普通の家猫には絶対厳禁な料理だが、黒夫はおいしそうに食べていた。
こうして見ている分には、人間の男子小学生がカレー食べてるのと変わらない。
本当に、普通の男の子だ。ただし、猫耳が狂喜乱舞してる。ピコピコ動いてる。
触りたい。食事中。我慢。
「ふぅむ。見た目は最悪な料理であるが、味はなかなかであるな」
「うめ、うめ、うめ~」
「いや当たり前の顔してガッツくなよ。少しは遠慮してくんない?」
なんかヘビがいた。猫耳に気を取られてる場合じゃなかった。
「我の分も用意されているのである。遠慮する必要など、どこにある」
「……習慣って怖ぇ……」
いつもの流れて、よそってた。
普通に無意識にやってた。
自分で自分が怖い。
「……まあ、最後の晩餐みたいなもんだし、いいか……昼飯だけど……」
つなしには散々手を焼かされてきたが、それも、もう終わりだ。
そう思うと、少しは名残惜しいような気がしなくもない。
出会ってから今日まで、ここ1ヶ月ほどの出来事を振り返ってみた。
「……うん。最後でいいな。うん」
振り返ってみたら、良い事一つも無かった。
出会いからして散々である。コンビニを壊すわ、家を壊そうとするわ、人を石にしようとするわ、本当に碌でも無い。
魔物の縄張りに侵入した訳でも無いのに、酷い目に遭わされた。いやホントに。
結果的に無事だったから良かったようなものの、普通の人間だったら確実に悲惨な事になっていた。割と洒落にならないよホントに。
その後は、タダ酒飲み放題、タダ飯食い放題。そして見返り一切無し。
家事を手伝うでも無く、問題解決の役に立つでも無く、ひたすら飲んで食って寝るだけ。それしかしない、この酔っ払いのオッサン。
上げ膳、据え膳、支払い0円。そして偉そう。いい御身分。
散々やりたい放題やっていただけのクセに、子供達の関心を奪ったりもしていた。おにぎり半分こ、許し難し。
それもこれも全部、終わりだ。
少しも名残惜しくない。
「これ食ったら森に帰ってくれよ、つなし」
カレーを食べながら言った。
カレーを食べていた黒夫と魅雪が首を傾げた。
「ツナシ、帰るのか?」
「ツナシ、帰っちゃうの?」
「帰る?何の事であるか?」
「いや何の事じゃないが。何のためにここまで一緒に来たと思ってんだよ」
十本首が一斉に首を傾げた。
「そなた、何を言っているのであるか?」
「いや何って、縄張りに帰るから一緒に来たんだろ。すぐそこの森だろ、縄張り」
「我は縄張りなど持たぬ」
「ほぼ縄張りみたいなもんだろ。森でミード作ってて、近付いた奴は追っ払ってたんだから。それとも、そこの森、お前以外にも誰か住んでるのか?」
「いいや、森には誰も住んでおらぬな。森にいるのは、畏れを知らぬ虫の類くらいである。多少なりとも知性のある鳥獣の類は寄り付かぬ」
「そ、そうなのか。……虫しかいない森、か……」
傍から見ると、豊かな森に見えるが、生態系は意外に寂しいのかもしれない。
だからどうという事も無い話だ。
森の生態系の事情なんて、自分には関係無い。関係無いと言ったら無い。
「何にせよ、ここでお別れだ。俺には俺で行く所あるしな」
「「「「「「「「「「……………………」」」」」」」」」」
「元気でな、つなし。余計なお世話かもだけど、酒はほどほどにしとけよ」
最後の忠告として、節酒を勧めておいた。意味があるのかは知らん。
十本首との別れに、名残惜しさは無い。無いと言ったら無い。
それでも、あの豪快な飲みっぷりをもう見られないのかと思うと、ホンのちょっとだけ寂しいような気がしなくもない。
いや気のせいだ。気のせいに違いない。もしくは気の迷いだ。
気にしないで行こう。そうしよう。
「「「「「ごちそうさま」」」」」
「「「「「「「「「「……………………」」」」」」」」」」
カレー完食。さっさとお片付け。
キャンピングカーを走行形態に戻し、全員乗り込む。
「ドアが小さいのである。乗れないのである」
「いやなんで乗ろうとしてんのよ」
十本首が入口に引っかかってた。何故か乗る気になってた。何故だ。
「汝、白木英雄よ。我の玉体を送るという大任、解いていないのである」
「送るも何も、もうすぐ目と鼻の先に縄張りあるのに、どうしろってんだよ」
「何度も言わせるでない。我は縄張りなど持たぬ。我の座す場こそ、我の領域である。今この時より、キャンピングカーの内部空間は我の領域である」
「いやこれ俺の車」
「そなたの物は、我の物である」
「いや俺の物は俺の物だよ」
ジャイアニズム宣言かまされた。
いつも通り、偉そう。
「……………………」
いつもと変わらず偉そうだけど、いつもとは少しだけ顔色が違っている気がした。
「……まさかとは思うけど……、ついて来たいのか?」
まさかとは思ったが、聞いてみた。
ほんのり寂しそうだった顔が、赤面した。
赤い鱗が更に赤くなった。
「ち、違うのである!」
「この我が、矮小なる存在について行きたいなどと、そのような事を思うはずが無いのである!」
「然り!」
「うぬぼれも大概にせよ!」
「ホント違うし!全然違うし!そうじゃないし!」
「筋違い!実に筋違いである!」
「全くの的外れである!的外れにもほどがあるのである!」
「そなたが我の玉体を送りたそうであったから、継続して大任を与えると言っているのである!」
「これは我の恩情である!我の傍に侍る幸運を噛み締めるが良い!」
「……要するに、ついて来たいんじゃねえかよ」
「ち、ちがうよ~!」
酔っ払いのオッサンの照れ隠し×10とか、誰得すぎる。
「ミード作りはいいのかよ。森ん中じゃないと作れないんじゃないのか?」
「それは……、今は良い。一時休息とするのである」
「休息?なんでだよ」
「渾身の出来になるはずだったミードを台無しにされて、再開する気分にならぬ。こういう気分の時は、気分転換に外界を見て回るのも一興である」
「ああそうかよ。それなら、俺みたいな矮小な存在は放っておいて、好きな所を見て回ればいいだろ」
「気分転換するなら、我とは異なる者の意思に行く道を任せるのも一興である」
「……どうあっても、ついて来る気かよ」
貧乏神に取り憑かれた気分。嬉しくない。
そう言えば、某鉄道ゲームの貧乏神は、擦り付ける相手がいないと延々憑きまとわれる仕様だった。
「はぁ……。しょうがねえな。もうしばらく、一緒に行くか」
どうあっても、向こうは折れる気配が無い。
こちらが折れる事にした。
「一応言っとくけど、いつまでも旅暮らしって訳じゃないからな。俺が故郷に帰る日までだ。……それでもいいなら、一緒に行くか、つなし」
「やれやれ。我と一緒にいたいのなら、最初からそう言えば良いのである。そなた、素直では無いのであるな」
「テメェ……。どの口が言いやがるんだよ、この野郎」
相手は魔物。気安い口調で話しているが、実際には圧倒的格上の生物である。強情を張られたら、人間では対抗できない。だから、しょうがない。しょうがないものは、しょうがない。
それに、キャンピングカーを壊されたくない。ここで下手に機嫌を損ねて、いつぞやのコンビニ破壊のような事態は避けたい。せっかくの新車を壊されないよう、ここは逆らってはいけない場面だろう。きっとそうに違いない、多分。
こう言うのは、気の持ちようだ。マイナス面ばかり見ると気持ちが下がる。少し視点を変えて見よう。
見ようによっては、ある意味、今までとあまり変わらない。十本首のいる場所が変わっただけで、十本首のいる生活は似たようなものだ。別段、気張るような事じゃない。今までの延長線上の生活だ。
気楽に行こう、気楽に。
とりあえず酒さえ飲ませておけば、大体ご機嫌。少々鬱陶しいが、取り扱いは結構チョロめなオッサンである。大して役に立たない代わりに、大して手間もかからないし、いてもいなくてもどっちでもいいと言えばいいが、いれば退屈しのぎの足しくらいにはなるだろう。枯れ木も山の賑わい、と思えなくもない。
自分の主観的には、そういうオッサンである。客観的にどうとか知らん。
まあとにかく、酔っ払いのオッサンを連れて行くのは、別に良いとして。
「……入んないんだよな、これ……」
キャンピングカーに乗せようにも、乗らない。
大型観光バスに匹敵するサイズで、内部空間は広い。しかし、あくまでも人間用の車両。ドアの幅が十本首に合わない。
変な所で手間がかかる、この酔っ払いのオッサン。
「ねえ、フェア。どうにか乗せたいんだけど、できる?」
「はい。乗せられます。搬入用の後部ハッチを開口しました。ますたー」
車両の後部がガコッと開いた。
後部丸ごと、横開きの一枚扉みたいになってた。ギミック満載すぎる。
大きく開いた後部から、すかさず十本首が乗り込んだ。
「さあ、どこへなりと好きに行くが良い。我が許す」
「れっつご~」
超偉そう。そして、超嬉しそう。
「……早まったかなぁ……」
嬉しそうなのが、ヘビの表情を見ただけで、わかる。
わかってしまった。
自分はもう、ヘビの表情が、わかってしまう。以前は、わからなかったのに。
今にして思えば、ヘビの顔色なんて読めるようになってしまった時点で、運の尽きだったのかもしれない。
「車内で飲む酒は、また違った味わいであるな」
「然り」
「おさけ、おいし~」
「いや飲むの早ぇよ、色んな意味で」
まだお昼過ぎ。乗り込んで即ラッパ飲みして、すでに何本か空になってた。十本首の飲酒ペースがマイペースにハイペース。
こんな態度にも慣れてしまった。あまり拒否感は無い。でも若干イラッとくる。
「水蛇様も一緒の旅ゆきとは、前代未聞にもほどがあるぞ、ヒデオ殿」
「まあ、旅は道連れって事で」
ムチムチさんに非難めいた事を言われた。自分に言われても困る。
文句なら、つなしに直接どうぞ。
少し揉めたが、出発準備完了。
「それじゃあ、出発するぞ。進路は――」
「海がいいの!」
「山だ!山がいいぞ!」
出発しようとして、また出鼻を挫かれた。なかなか出発できない。何なのよ。
「海!」
「山!」
「……飽きないね、お前達……」
山派と海派が、またケンカ始めた。不毛なケンカだ。
予定としては、大型バスで走行可能な範囲を優先的に回り、オートマッピング機能で地図を製作しつつ、急速充電ステーション(仮)を探すつもりでいる。
今の所、山にも海にも行く予定は無い。
「ヒデオ殿。もし良ければ、寄って欲しい場所があるのだが、良いだろうか?」
山派と海派のケンカを尻目に、ムチムチさんが言った。
思い返して見れば、ムチムチさんだけ引っ越し先のリクエストを聞いてない。
聞こうとはしたが、あの時は自分が暴走したせいで聞き逃していた。
「……いいですよ。どこに行きたいんですか?」
内心ビクビク物だった。必死に平静を装う。
実家に帰らせていただきます、とか言われたら、どうしよう。
いやどうもこうも、普通に帰すけど。言われたら帰すけど。
「西に向かって欲しい」
「……西、ですか?」
なんか予想と全然違った。
指定されたのは場所では無く、方角だった。
「西のどの辺ですか?」
「ここから少し行った所に目印がある。森沿いに進んでくれれば、すぐにわかる」
リクエストが、妙に漠然としている。わかりにくくて何度か聞き直してみたが、何度聞いても西としか言わなかった。明言を避けていた。
リクエストしている割には、表情が苦々しい。全然行きたそうじゃない。行きたくない場所に嫌々行こうとしている感じがする。
「……西に行けば、わかるんですね?」
「ああ、そうだ」
「……わかりました。それじゃあ、とりあえず西で」
「すまない。頼む」
この人の性格上、嘘や隠し事はしても、悪意を持って騙そうとはしないだろう。そのくらいの信用はある。
気にはなるけど、無理矢理聞き出す気は無い。どうしても言いたくない事なら、それでもいい。
もし西に行って何か問題が起きたら、その時は、その時にまた改めて考えよう。
「フェア。西に向かってもらえる?」
「はい。西に向かいます。ますたー」
いつも通り、フェアに頼んだ。
大型バスが、西に向かって出発した。
確かに、すぐに着いた。
わかりやすい目印は、確かにあった。
「……ここですか?」
「ああ。ここだ」
そこには、大量の石像と、謎の入口があった。




