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80.電設のヒデオさん、南へ行く。


黒夫も魅雪も壮絶に機嫌を損ねてしまい、引っ越し準備を手伝ってくれなかった。これに関しては、完全に自分の自業自得なので、文句は言えない。


そりゃあね、あんな場面を目撃されたらね、そっぽ向かれますよ、当然。


子供達を働かせておいて、裏で女を押し倒してたとか、どんな世界でもアウトである。むしろセーフだったら怖い。


見限られなかっただけでも御の字である。




二人の代わりと言っては何だが、ムチムチさんが二人の分まで手伝おうとして、物凄く張り切っていた。


ついさっき男に押し倒されかけた被害者とは思えないくらい、張り切って手伝おうとしてくれた。


意気込みは、凄かった。意気込みだけは。



「よ、ようやく終わりましたね……」


「す、すまない。私が不甲斐無いばかりに……」



準備に物凄く時間がかかりました。



「……ヒデオ殿。最後に一つ、頼みがあるのだが」



準備が一段落付いた所で、ムチムチさんが声をかけてきた。真剣な声だった。



「何ですか、改まって」


「……これを預かって欲しい」


「これって……?」



煌びやかな短剣が差し出された。実用品と言うよりは宝飾品に見える。



「……見覚えがあるような、無いような……?」



既視感があるのに、リアルタイム画像と脳内記憶が合致しない。


短剣は、何故か刀身が半ばから折れていた。



「なんか折れてますけど、これ」


「……それは、まあ、その、いいのだ。ともかく、預かって欲しい。折れてはいるが、思い入れのある品なのでな。失くしたくないのだ」


「いいんですか、私が預かっても?」


「貴殿が預かってくれるのが一番安心できるのだ。頼む」


「そういう事でしたら、預かりますけど……」



折れても尚、高価そうな短剣を受け取った。



「これ、どういう品なんですか?ただの短剣ではないみたいですけど」



ふと、興味本位で、聞いた。


何気無く、聞いてしまった。


聞いて後悔するとも知らずに。



「……遺品だよ。私にとって、世界で最も重要だった人の、最期の品だ」


「……………………」



この人、こんな顔もするのか。



「……わかりました。預かります」


「ああ、助かる」



通勤カバンに収納した。


この人にとって、世界で最も重要だった人とは、どんな人だったのだろうか。


この人に、こんな顔をさせる人とは、どんな人だったのだろうか。


聞くんじゃなかった。






地形と気流の関係で、この地は酷く乾燥している。


ほとんど雨は降らない。しかし、少しは雨が降る事もある。


自然は気紛れ。乾燥地帯であっても、大気に水分が満ちる日はある。



「うん。引っ越し日和だな」



深夜。周辺一帯に霧が発生した。


濃霧と言うほどでは無いが、夜の闇と相まって、遠くは見通せない。


南方にあるはずの山脈も、今は見えない。


これなら、万が一にも引っ越し中の姿を見られる事は無いだろう。


実に良い天気である。



「それでは、これから南に向けて出発しようと思います。慌ただしい出発になってしまいますが、皆さん、忘れ物はありませんか?」



こちらの言葉に、反応は四者四様だった。



「ふんっ」


「つーん、なの」



黒夫も魅雪も、ご機嫌斜め。さっきの今では、まあしょうがない。引っ越し自体には反対されなかっただけマシだ。



「私はいつでも準備万端だ!貴殿の行く所なら、どこへなりとも、共に行こうではないか!」



ムチムチさん、何故かハイテンション。何故だ。


最初に引っ越しの話をした時は、あんなに嫌そうだったのに。


この短期間で、どういう心境の変化なのだろうか。



「ますたー。あちらは置いて行くのですか?」


「……あ、忘れてた」



フェアの様子は、いつも通り。いつもの笑顔で、ロボット掃除機を仕舞い忘れていたのを指摘してくれた。


天井をウィンウィン掃除中だった彼を捕まえ、通勤カバンに仕舞った。



「酒以外のものなど、忘れてもどうと言う事は無いのである」


「我は何を言っているのであるか。酒の肴も忘れてはならぬのである」


「然り」


「いや然りじゃないが。なにシレッと交じってんだよ、つなし」



なんかヘビがいた。忘れ物とか気にしてる場合じゃなかった。



「……ふん。オレが呼んだんだぞ。ニンゲン、忘れてただろ」


「……おじちゃん、忙しそうだったから、代わりにボクが声かけたんだよ」



まさかの黒夫と魅雪だった。声かけちゃったらしい。


どうやら子供達は、つなしも一緒に引っ越すと思い込んでいたようだ。


最近の十本首の生活リズムは、3時間ごとに飲酒と睡眠を交互に繰り返していた。睡眠中のタイミングで出発するつもりでいたのだが、当てが外れてしまった。


もっとちゃんと話しておけば良かった。自分の連絡ミスだ。


そっぽ向かれたからって、重要事項に関する報連相を怠ってはいけなかった。



「……まあ、いいか。物のついでだ。送ってやるよ、つなし」



来てしまったものは、しょうがない。途中まで一緒に行く事にした。


どの道、南に向かう途中で、魔物の縄張りを通る。手間にはならない。


それに、ここでコンビニに帰れと言うのも、なんかアレだし。


つなし、森へお帰り。コンビニはお前の住処じゃないのよ。



「汝、白木英雄しらきひでおよ。我の玉体を送る栄誉を与えるのである。喜ぶが良い」


「よろしく~」



相変わらず、超偉そう。これまで散々タダ酒タダ飯堪能してた奴の態度じゃない。


若干釈然としないものを感じるけど、ここはひとまず、魔物の縄張りの通行料代わりとでも思っておこう。


死地を安全に通り抜けられると考えれば、安い出費だ。


本人が言うには、縄張りではなく、蜂蜜酒の醸造所のような位置付けらしいけど。






自分以外の全員を外に出し、最終チェック。


かれこれ約3ヶ月生活した家は、今はガランとしている。


荷物は粗方、通勤カバンに収納した。


世界を渡る絨毯は、丸めて収納した。これが一番大事。



「……………………」



生活感の消えた部屋は、寂しい。


通勤カバンの口に入らないサイズの家電や家具は、置きっぱなし。


なまじ物が残っていて、伽藍堂ではない。それが、かえって物悲しい。



「……………………」



広いリビング。大きなダイニングテーブル。小物の一つも置かれていない。


ここで何度も食事をした。


ここで一番最初に食べたのは、肉丼だ。謎肉と謎米と塩だけの丼だ。


自分と黒夫と魅雪、三人でガッツいた。


思えばあの時以来、ただの一度も、独りで食事をしていない。


いつも誰かと一緒の食卓だった。



「……感傷に浸ってる場合かよ……」



南に行けば、もう二度と、この家には戻らない。王国にも戻らない。


急速充電ステーション(仮)が見付かるにせよ、見付からないにせよ、これが最後だ。


最後にブレーカー落として、家を出た。



「……挨拶してくか……」



ふと、思い立った。


出発前に、もう一度コンビニに立ち寄る。



「イラッシャイマセー」



強面の店員さんが、いつものように挨拶してくれた。


これで最後かと思うと、何だか感慨深い。



「……もし良かったら、一緒に来ます?」



店員さんを誘ってみた。



「本日0時ヲ持チマシテ、新店舗おーぷん記念さーびす期間ヲ終了致シマシター」


「あ、はい」



全く関係無い話をされた。


このコンビニ、もう実質タダでは利用できないようだ。


この地を去る自分には、全く関係無い。


ちなみに、目ぼしい商品は軒並み通勤カバンに収納済。十本首が寝ている隙を見計らい、静かに収納した。静かにした意味無かったけど。


ストックはタップリ。そこは抜かり無し。



「……お世話になりました。もう行きますね。どうかお元気で」



言っても詮無い事だ。そんな事は、わかっている。


わかっていても、言いたくなった。


もう二度と会わないであろう店員さんに、軽く頭を下げて、店を出た。



「長ラク御愛顧頂キマシテ、誠ニアリガトウゴザイマシター」



最後の挨拶は、いつもと違っていた。






今度こそ本当に出発。



「フェア。電気自動車、出してもらえる?できれば軽トラっぽい奴で」


「はい。電気自動車です。ますたー」



電気自動車が出た。軽トラ、荷台付き。


そこそこ見慣れたフォルムを見ていたら、ムチムチさんが首を傾げた。



「うん?この形状は……。よもや、これはゴーレム車なのか?」


「ゴーレム車?何ですか、それ?」


「馬の要らない馬車のようなものだよ。ゴーレムの技術を応用した、車体のみで自走する魔道具の一種だ。これは、そうではないのか?見た所、軛が無いようだし、騎獣を繋ぐようには見えないが」


「あー、まあ、はい。そんな感じの奴です。馬いりません、これ」



どうやら、こちらの世界にも自動車に似た乗り物があるらしい。動力は魔力っぽいけど、外見は似ているようだ。


類似品があるなら、自動車は使っても大丈夫だろう。外から見ただけでは、中身が別物だなんて気付かれない。むしろ自転車の方が珍しいかもしれない。


王国国内の移動は、使用後の収納性を考えて、自転車がメインだった。なるべく目立たないよう、これまで自分なりに自重してきた。自分なりに。


魔族の領域では、自動車で移動しよう。その方が楽だし。


自重は捨てる。もう自重しなくていいと思うと、気が楽だ。引っ越し万歳。



「それじゃあ、みんな乗って。つなしは荷台な。黒夫と魅雪も、悪いけど荷台で我慢してくれ。ムチムチさんは助手席に乗ってください」



最適な振り分けを行う。


最適な振り分けなのに、各人から不満が噴出した。



「不敬である!実に不敬である!我を荷台に載せようなどと!」


「いやサイズ的に荷台しか無理だろ。文句があるなら走れよ」


「ぐぬぬっ……。矮小なる存在の乗り物であるからな……止む無しであるか……」



ヘビが騒いでいたので、適当に言いくるめた。案外あっさり丸め込めた。


ぶつくさ言いながら、つなしが荷台に乗る。



「「「「「「「「「「ふぃ~……」」」」」」」」」」



ぶつくさ言ってた割には、ルーフに首を乗せ、早々にリラックス体勢。


軽トラに乗る姿が、やけに似合う。パッと見、十連装の砲台を装備した戦闘車両っぽい。ベースは軽トラなのに、ちょっとカッコイイ。



「ボク、中がいい!」


「荷台なんて嫌だ!オレも席に座りたい!」


「そうは言ってもな。席二つしかないし。運転席は俺が乗るから、もう空きは無いぞ」


「お姉ちゃんばっかりズルいの!」


「そうだ!ジャンケンで決めるぞ!それが公平だ!」


「まあ待て。落ち着けって。……なあ、黒夫、魅雪。ちょっと落ち着いて、ちゃんと想像してみてくれ。もし仮にだ、お姉ちゃんを荷台に乗せて走ったとしたら、どうなると思う?」


「「……………………」」



子供達が騒いでいたので、目線の高さを合わせ、真摯に説得した。


バリアフリー住宅の中でも転ぶような人を、軽トラの荷台に乗せて走る。それは正しく、未必の故意である。



「なあ、わかったか?わかったら、荷台で我慢してくれ」


「「……うん……」」



二人とも、わかってくれた。不承不承ではあったが、荷台に乗ってくれた。


黒夫も魅雪も、子供とは言え、身体能力は人間離れしている。荷台に乗せても全く不安は無い。



「さあ、ムチムチさんは助手席にどうぞ」


「この扱いは物凄く釈然としないぞ!?」



レディーファースト。助手席のドア開けてみたが、お気に召してもらえなかった。


軽トラで気取ってみても、様にならない。やめときゃ良かった。



「つべこべ言ってないで、ほら、乗ってください」


「貴殿には言いたい事がある!」


「はいはい、後で聞きますよ、後で。いいから、ほら乗って乗って」



背中を押して、無理矢理押し込む。


最後に、自分とフェアが運転席側から乗り込んだ。


乗り込んで、困った。



「……あの、フェア?この軽トラ、ハンドルもペダルも無いんだけど……」



運転席には、運転に必要な要素が一つも無かった。



「最新式です。ますたー」


「最新式ってこうなの!?」


「はい。そうです。後はわたしにお任せください。ますたー」



フェアがインパネに突撃。そしてそのまま合体。一瞬ピカッとした。



「フェアリーパイロットシステム、起動しました。ますたー」


「あ、そういう車種なのね……。それじゃあ、まあ、後よろしく。進路は南、安全運転で」


「はい。進路は南、安全運転で出発します。ますたー」



自動運転ならぬ、妖精運転レベル5。


これ運転席いらない。運転手もいらない。


フェアが有能すぎて、ゴールド免許の出番は無かった。






薄霧の中を、軽トラが行く。


路面状況が悪いはずなのに、乗り心地は快適。よほど高性能のサスペンションでも積んでるのだろうか。


視界が悪くて、景色は楽しくない。元より、見て楽しいものがある土地でもない。


暇を持て余したのか、荷台から十本首が窓をドンドン叩いてくる。



「壊れるだろ。あんまり強く叩くなよ」



嫌々窓を開けたら、首突っ込んできた。


邪魔。運転中じゃなくて良かった。



「そなたに聞きたい事があったのである」


「ん?聞きたい事?何だ?」


「聞き忘れていたのであるが、どうして急に巣を移す事にしたのであるか?」


「ああ、そういや言ってなかったか。すぐ近くに厄介な団体さんが来てんだよ。で、そいつらが来る前に、引っ越す事にしたんだ」


「ふぅむ?よくわからぬ。そなた、矮小なる存在にしては、それなりに実力がある方であろう?追い払えば良いのではないか?」


「ヤだよ。メンドイし。バッチイし」


「そんな理由で巣を離れるのであるか?実にくだらぬ理由であるな」


「散々酒飲んだくれてた奴に言われたくねえよ。今の今まで、縄張り放りっぱなしじゃねえか、お前」


「縄張りなど知らぬ。大事なのは酒である。酒が優先なのは当然である」


「ブレねえなぁ……。まあでも、俺も似たようなもんだよ。元々、あそこ仮の家だし、優先するようなもんじゃない」


「ふぅむ……」


「本当に大事なものは、ここにある。汚いのが大勢集まって来たら、大事なものまで汚されるかもしれないし、それならもう家なんか、いっそ捨てた方がマシだよ」



何よりも大事な電気設備。世界を渡る絨毯。汚されたくない。


防犯カメラで見た限りでは、あの集団は酷いものだった。見た目の話ではない。いや見た目も酷かったけど、それ以上に統率が酷かった。


リーダーも副リーダーも酷かったし、他の面々も酷かった。ほとんど統制の取れていない集団だった。


ああいう集団は、どこまで無茶するのか、知れたもんじゃない。厄介さだけなら、軍隊より厄介である。


連中は、長期的に居座る気でいた。一時的に退けても、しつこく食い下がられる可能性は低くなかった。こちらが油断した隙に、家に上がり込まれて汚される心配があった。


絨毯はフェア謹製なので、ちょっとやそっとの事では故障や誤作動を起こすとは思えないが、それでも絶対に汚されたくない。


それだけと言えば、それだけだ。しかし、それが何より重大問題だった。


それ以外の事は、問題じゃない。厄介さでは軍隊をも上回る集団だが、対処自体の難易度は低い。


家の中が汚されても、最新式のロボット掃除機が綺麗にしてくれる。実際、酔っ払いのオッサンに毎日リビングを汚されていたが、常に綺麗に掃除されていた。手間いらず。


絨毯以外の物品に関しては、補充も修復も簡単。負担は軽微。


もしも暴力沙汰になったとしても、そんなの全くダメージにならない。


自分は一応勇者級。フェアは勇者より有能。普通の人間では相手にならない。


黒夫も魅雪も人間離れしているので、普通の人間にどうこうされるとは思えない。むしろ心配する方が失礼なくらいだろう。


ムチムチさんが若干不安だが、万が一危険が迫ったとしても、黒夫と魅雪が素早く察知して救い出すはずだ。実際、押し倒されかけていたムチムチさんは救い出された。


その時の加害者は自分です。ごめんなさい。


まあそれはともかく。突き詰めて考えると、心配事は絨毯だけ。


絨毯以外の諸々は、ほとんど心配無い。


ほとんど心配が無い、という前提があった上で尚、相手したくない。


対処の難易度が高いとか低いとか関係無い。そもそも対処したくない。


ただただひたすらメンドくてバッチイ。あんな集団に、絨毯を汚されるのは嫌だ。絶対に、絶対に嫌だ。万が一にも考えたくない。



「家より大事なものがある。それを汚されないためなら、家くらい捨てるさ」


「ふぅむ。仮とは言え、巣を捨てても惜しくないほどに大事とは、よっぽど大事なのであるなぁ」


「そりゃそうだよ。大事に決まってんだろ」



絨毯大事。これ無いと帰れない。当然。


当たり前の事を言われたので、当たり前のように、うなずいた。



「「「「「「「「「「ほほ~ん?」」」」」」」」」」



十本首から、何故か生温かい目で見られた。何故だ。



「……えへへー……」


「……にゃあっ……」


「……くふふっ……」


「……ふっ……ふふっ……ふふふふふふふふっ……」



軽トラで移動中、助手席から美しくも静かな笑い声がずっと聞こえていた。


霧の立ち込める深夜に聞くと、ちょっとホラーだった。


EV軽トラは、あります。


参考:ELEMO(エレモ)

<https://hwe-cars.jp/>

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