71.電設のヒデオさん、飲む。
準備の最後の仕上げ。
二日酔い対策ドリンクを手に取り、一気に飲み干す。
「「くっはぁ……」」
フェアリーストア・オリジナルブランド商品『フェアリーゼΩ』、容量50ml。
ウコン&しじみ&キャベツ&柿&その他エキス配合。
「では、行きましょうか」
「うむ、行こう」
準備万端。出陣。
コンビニを出て、徒歩1分。
大型タンクの前には、いつものように十本首の赤蛇が待ち構えていた。
「遅いのである。小さき者よ」
「いつもより早いだろ。文句言うなよ、ヘビの大将」
頭上からの声を聞きつつ、通勤カバンからレジャーシートを取り出し、広げる。ついさっきコンビニで買ったばかりの新品。
真新しいシートの四隅に、脱いだ靴を重し代わりに置いて固定。
自分は適当に胡坐をかく。太ももの上に、フェアがふわりと腰かけた。
ムチムチさんは美しい所作で正座していた。座っているだけなのに、色っぽい。
「ムチムチさん、何か飲みたい物のリクエストあります?色々ありますよ?」
「貴殿に任せる」
「それでは、とりあえずビールで」
通勤カバンから、江戸切子を3個取り出す。赤、青、緑の色違い。ビールを飲むには小さめのグラスだが、今日はこれで飲む。
缶ビールを取り出し、プルトップの開ける。カシュッと小気味良い音がした。
「私が注ごう。ヒデオ殿、杯を」
「あ、こりゃどうも」
缶を渡し、自分のグラスを取った。
綺麗な青いグラスに、黄金色の液体と泡が満ちていく。
美人さんにお酌されると、それだけで無性にテンション上がる。
つくづく思う。男は馬鹿だ。
馬鹿で良かった。おかげで今、すっごくイイ気分。
「それでは、こちらも返杯を」
「おお、すまない」
缶を受け取り、ムチムチさんのグラスに注ぐ。
淡い緑色のグラスに、黄金色の液体と泡が満ちていく。
美人さんにお酌してるだけなのに、何故か無性にテンション上がる。
しみじみ思う。やはり男は馬鹿だ。
馬鹿で良かった。
「フェアは何飲む?」
「ますたーの御心のままに」
「それじゃあ、リンゴジュースにしようか」
リンゴジュースの缶を取り出し、フェアのグラスに注ぐ。
鮮やかな赤いグラスに、黄金色の液体が満ちていく。
フェアとグラスとのサイズ感が大分違うが、気にしない。毎日の食事でも食器とのサイズ感違うけど普通に食事してるし、問題無いだろう。
「後は、まあ、適当でいいか……」
おつまみを幾つか適当に取り出し、大皿に適当に盛る。
個人的には、干し貝柱さえあれば、他に何もいらない。それだけだと見栄えが寂しいので、他にも色々盛り付ける。全品コンビニ商品だけど、そこそこ豪華に見える。
最後に、シンプルなガラスコップを取り出し、棒状のチョコ菓子を入れる。
「小さき者よ。さっきから何をしているのであるか?」
「飲み会の準備だよ。ヘビの大将と一緒に飲もうと思ってな。たまにはいいだろ、こういう趣向も」
一緒に飲むのは嫌だと言われたら、どうしよう。
一瞬そんな事を思った。
「ふぅむ。我と飲むのであるか。……他の者と共に飲むのは久しいな……」
「いっしょ~」
「まあ良かろう。好きにするが良い」
杞憂だった。当たり前の顔して普通に受け入れていた。
ヘビの表情読めないけど、少なくとも嫌がってはいないはず。
むしろ、ちょっと嬉しそうな顔してる気がする。
「いつまで我を待たせるのであるか」
「はやく~」
「わかってるって。すぐ注ぐよ。何かリクエストあるか?」
「委細、任せるのである」
いつも通り注文を聞く。返事は、いつも通り。
「フェア。スピリタス注いで」
「はい。スピリタスです。ますたー」
いつも通り、大型タンクにスピリタスを注いだ。
「「「「「「「「「「やったぁ~!」」」」」」」」」」
「ちょい待ち。まだ飲むなよ」
「「「「「「「「「「なんでぇ~っ!?」」」」」」」」」」
「飲み会だって言っただろ。こういう時は、まず挨拶して、乾杯するんだよ」
十本首から不満の声が上がった。
頭上からの圧迫感に増した。
屈しそうになったが、どうにか耐える。
自分達が一緒に酒を飲むのは、交流のための下地作り。こういうのは雰囲気作りが大事である。
「この中で一番頭が高いの、ヘビの大将だろ。なんか挨拶してくれ」
「めんどい~」
「我は挨拶など知らぬ。そなたがせよ」
「ええっ……。まあ、しょうがないか……」
気乗りしないにもほどがある。まるで、社長が参加してる飲み会の挨拶を、ヒラの若手社員に押し付けるかのような無茶ぶり。
無茶ぶりでも何でも、社長から指名されたら、ヒラの若手は断れない。
「えー、それでは、えー、ご指名を賜りましたので、えー、不肖このわたくし、えー、白木英雄がですね、えー、ご挨拶の方をですね、えー、務めさせていただきます。えー、ご存じでは無い方も、えー、いらっしゃるかと思いますので、えー、まずはですね、えー、改めて自己紹介の方からですね、えー、させていただきたいと、えー、思います。えー、わたくし、えー、ブルー精機株式会社の、えー、電気設備課に、えー、所属しております、えー、白木英雄と申します。えー、入社3年目です」
「ながい~!」
「手短にせよ!」
「あ、はい。まあとにかくアレです。今日は楽しく飲みまっひょう」
噛んだ。
「ええい!とにかく乾杯!」
「「「「「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」」」」」
「か、かんぱい?」
「乾杯です。ますたー」
乾杯した。
「……突然無茶ぶりする社長が悪いんだ……俺は悪くない、悪くないぞ……」
ガッツリ失敗した気しかしない。
まあそれはいい。そんな事はどうでもいい。
どうせ酒飲み始めたら、誰も最初の挨拶なんか、気にしやしないのだ。乾杯の音頭がズレてた事も、気にしやしないのだ。そういうものなのだ。
酒が全ての失敗を洗い流してくれる。とにかく飲もう。
「では改めて、乾杯、ムチムチさん」
「あ、ああ、かんぱい?」
ムチムチさんの持っているグラスに、自分のグラスを軽く当てる。
カチッと小さな音がした。
「フェアも。乾杯」
「はい。乾杯です。ますたー」
フェアの持っているグラスにも、軽く当てる。
大型タンクは、さすがに全部当てに行くのは大変なので、グラスを軽く上に掲げるだけで済ませる。
そして、グラスに口を付け、中身を一気にあおった。
口の中に、得も言われぬ苦味が広がる。
「……久しぶりだなぁ……」
うん。この味。まずい。
率直に言って、ビールの味をうまいと思った事は無い。
そもそも酒全般、味をうまいと思った事が無い。その場の話に合わせて、苦味が良いとか何とか適当に言った事はあるけど。
飲みたいと思うような味では無い。しかし、飲めないような酷い味でも無い。
付き合いでは普通に飲む。しかし、付き合いも無いのに飲みたいとは思わない。
自分は基本、家で酒は飲まない。
人付き合いでしか、酒は飲まない。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
「フェア。おかわり注いで。無理せず連続で。お願い」
「はい。おかわり注ぎました。ますたー」
「「「「「「「「「「おかわりだぁ~!」」」」」」」」」」
率直に言って、酒の味をうまいとは、あまり思わない。
今も、味はそんなに好きじゃない。
でも、この雰囲気を味わうのは、嫌いじゃない。
だから、誰かと一緒に飲む酒は、嫌いじゃない。
「杯が空いているではないか。手酌はダメだぞ、ヒデオ殿。ほら」
「あ、こりゃどうも」
まずい。もう一杯。
「そう言うムチムチさんもカラじゃないですか。ほら、返杯」
「おお、すまない」
返杯。もう一杯。
返杯してから思ったが、返杯がビールで良かったのだろうか。
ムチムチさんの酒の好みとか全然知らない。
「どうですか、お味のほどは」
「うむ。これは麦酒かと思ったのだが、私の知っているものとは、かなり風味が違うな。ほとんど別物だ」
「そんなに違いますか?口に合いませんでしたか?」
「いや、これは、何と言えば良いのか……。今まで私が味わった事のある、どれとも違う。どうにも評価しかねるな」
評価しかねる、とか言いつつ、グビグビ飲んでる。ペース早い。
空になったグラスにビールを注ぎ、おつまみの皿を差し出す。酒オンリーは内臓を傷める。良くない。
「お酒もおつまみも、他に色々ありますから、別のが欲しくなったら遠慮無く取ってください。売るほどありますので」
「ふふっ、売るほどか。確かにな」
空になったフェアのグラスにリンゴジュースを注ぎ、自分のグラスを傾け、愚にも付かない事を駄弁る。
景気付けに1杯目は一気に飲んだが、2杯目からはチビチビ飲む。
チョコ菓子をかじり、ビールを一口飲む。
「……ぐっへぇっ……」
甘さと苦さの相乗効果。まずさ倍増。激マズ。
「ふふっ、なんて顔をして飲んでいるのだ」
「いいんですよ。私は酒あんまり強くないんで、たまにこうして酔い覚ましするんです」
こういう雰囲気は、嫌いじゃない。酔って味わえなくなるのは、勿体無い。
この飲み会は、十本首の赤蛇との交流のための下地作り。言うなれば、ただの前哨戦にすぎない。交流を深め、無理難題を押し付け、押し通すのが本戦。
だが、それはそれは、これはこれ。美人さんと酒を酌み交わすのはイイ気分。
なんかもう、この瞬間を味わえただけで、勇者召喚にまつわる諸々全てを許せそうな気がする。
無人の荒野のド真ん中。10基の大型タンクの横にレジャーシートを敷き、エルフと魔物と妖精さんに囲まれて、江戸切子に注がれたビールを飲む。
異世界要素がチャンポンすぎる。自分で飲み会セッティングしておいて言うのも何だが、どうしてこうなった。
ちなみに、自分は飲み会でチャンポンしない。チャンポンすると悪酔いする。学生時代に痛い目を見て、懲りた。
社会人になってからは、ビールを飲む時には、ビールしか飲まない。
「むっ、この干し肉は何だ!?」
「何って、普通のジャーキーですけど、それが何か?」
「私の知ってる干し肉と全然違うぞ!美味だぞ、干し肉なのに!」
「そりゃまあ、味を重視して作ってますから、それ。おいしい代わりに、あんまり日持ちしないんですよ。さすがに生肉よりはマシですけどね」
「なん、だと……。つまり、この干し肉、干し肉なのに保存性が度外視されているのか。干し肉の存在意義の否定ではないか」
「でもおいしいから、こうして存在してます」
「う、ううむ、確かに。通常の焼いた肉や煮た肉とは違う独特の風味は、干し肉ならでは、か……。干し肉なのに、干し肉らしからず、さりとて干し肉……」
「保存食の保存性は、食品そのものより、パッケージ技術の方で何とかしてるのが多いですね。私の故郷では、保存性を重視した干し肉の方が珍しいですよ。他にも干物とか燻製とかも似たような感じですし。普段食べてるハムやソーセージも、あれ元々は保存用の加工肉ですけど、今ではあんな感じですし」
「あれが保存用!?保存用だったのか、あれ!?」
「昔は、そうだったらしいですよ。最近の奴は、大体どれも保存性より味重視ですけど」
「そ、そうなのか。貴殿の故郷では、おかしな物が流行っているのだなぁ……。食べ物ですら、その有様とは……。道理で、貴殿の性格がおかしな方向に突き抜けている訳だ。納得したぞ」
「おかしな納得しないでください」
干し貝柱をつまみながら、異議申し立てを行う。
生暖かい笑みで流された。




