70.電設のヒデオさん、飲み会の準備をする。
フェアの創造力には限界がある。質的限界は無いが、量的限界がある。
妖精パワー(仮)の使用率による限界。つまり、エネルギーの問題である。
いかにフェアと言えど、無い袖は振れない。
いや、フェアに不可能はあんまり無いので、やろうと思えば一応できなくは無い。ただし、無理をすれば必ずシワ寄せが後に来る。
一時的に無理する事は可能だが、長期的には無理するほど効率が下がる。
人間にも妖精さんにも、過重労働は害悪である。
この1週間、使用率の大半はスピリタスのおかわりに使用している。十本首の赤蛇が飲み放題を満喫すると、それだけでほぼ使い切ってしまう。
一応、自分達の日常生活を維持するのに必要な補充などは、午前中までに終わらせているので、生活には困っていない。しかし、このままでは、いつまで経っても元の世界に帰れない。
世界を渡る絨毯への充電は、バッテリー0.1%溜めるのに使用率90%を使う。ある意味、魔物以上にドカ食いする。超魔物級の電気設備。
本物の魔物と、本物の魔物以上の難物。二正面作戦なんて、やってられない。
こういう場合、作戦の基本は各個撃破。先に弱い方から潰して、状況を打破する。それがセオリー。
「……弱い方が強すぎるんだよなぁ……」
それでも、どうにかするしかない。このままでは埒が明かない。
「と言う訳で、ちょっと魔物相手に無茶してくるんで、ここで待っててください」
「どう言う訳だ。そう言われて、ハイと言うとでも思っているのか?」
真正面から説得してみた。
真正面からアウト判定を食らった。
十本首の赤蛇は、今の所、興味が酒に集中している。不幸中の幸い、美女には特に興味を示していない。
当然と言えば当然。常識的に考えて、ヘビのオッサンが欲するのは雌ヘビだろう。ヘビが人型の美女に欲情するとは思えない。
しかし、それはそれとして、物理的に巻き込まれて潰されそうで、いまだに怖い。本当は、ムチムチさんを連れて行きたくない。
いまだに、ヘビの怒りポイントは微妙に不明。酒を飲ませておけば、面倒臭いけど気のいいオッサンって感じではあるのだが、こちらの出方次第では、突然キレるオッサンに早変わりするかもしれない。
突然キレて潰されそうになったりしたら、守り切れる自信が無い。
自分の方は、身体の頑丈さだけが取り柄みたいな部分あるので、まあ潰れないだろう。きっと潰れないはずだ、多分。潰れないといいな。
「完全に個人的な都合ですので、あんまり巻き込みたくないんです」
現状、生活には困っていない。
困っているのは、絨毯の充電ができない事だけ。
それが困った事だと認識しているのは、自分だけ。
状況を打破する必要があるのも、自分だけ。
ムチムチさんには、危険を冒す理由が無い。
不用意に巻き込みたくない。
どうにか振り切って魔物の下に向かいたくて、あれこれ説得してみたが、イマイチ効果は薄かった。
「……貴殿が私を見くびっているのは知っている」
説得していたら、急に変な事を言われた。
「えっ?あの、いきなり何の話ですか?別に見くびっては――」
「私という邪魔者さえいなければ、自由に無茶ができる。そう思っているのだろう?それを見くびっていると言うのだよ、ヒデオ殿」
「い、いえ、邪魔者だなんて、そんなつもりは――」
「邪魔者で、足枷で、足手纏いで、何の役にも立たないお荷物。そう思っているのだろう?」
「ち、違います!本当にただ巻き込みたくないだけですよ!……危ない目に遭わせたくないんです。わかってください」
「……わかっている。そうやって、守ろうとしてくれている事は。その事は、嬉しく思う。実際、貴殿に守られて命を繋いだ身だ。非力な存在として見くびられても無理は無い」
「……………………」
「だがな、ヒデオ殿。たとえ守られている身だとしても、ただ守られるだけの立場に甘んじるような女だと見くびられるのは、許容しかねるのだよ。……下らない意地だと、笑うかい?」
ああ、本当に、面倒な人だ、この人。
また変に思い込んで、拗らせて、暴走している。
この暴走は止めるべきだ。
そう思うのに、美しい瞳で真っ直ぐに見つめられると、止め難い。
「……どうなっても知りませんよ?」
「望む所だ」
「……あんまり望まれても困るんですけど」
どうあっても引きそうにない。これまで通り、連れて行く事にした。
正直に言えば、とても助かる。
今回の件、自分一人で状況を打破するには、あまりにも相手が強大すぎる。
物理的に潰される不安があるから巻き込みたくないだけで、頼っていいなら頼りたかった。
「おじちゃん。ボクも行きたい」
「オレも、ついて行ってやってもいいぞ」
「いや何言ってんの。お前達はお留守番だよ。いい子で待ってな」
子供達はダメだ。
正直に言えば、連れて行きたい。でもダメだ。
いざと言う時の信頼性で言えば、ムチムチさん一人連れて行くより、三人連れて行く方が安心感はある。しかし、これはさすがに許容できない。
人間の街に連れて行った時とは事情が違う。黒夫と魅雪の身体スペックをもってしても、魔物相手では安全の保証が無い。
「まあアレだ。無茶するって言っても、言うほど無茶しないから。そんな大した事しないから、安心してお留守番しとけって」
「「信じられない!」」
今日も順調に信用度が低い。回復の兆しは見えない。
どうやって説得したものか。
「ミユキ、クロオ、安心してくれ。ヒデオ殿は、私の同行を認めたのだ。如何にヒデオ殿とて、家に帰れなくなるほどの無茶はしないだろう。帰りを待っていてくれ」
「「……うん……」」
顔は不満そうだったが、黒夫と魅雪はうなずいた。
ムチムチさんが前面に出て説得したら、アッサリうなずいた。
信用度の差を思い知らされて、ちょっぴり泣けた。
玄関を出て、まずはコンビニに寄る。
「ヒデオ殿?水蛇様の所に行くのではないのか?」
「行きますよ。その前に、色々と必要なものを準備しようかと」
何事も事前準備が大切である。
必要な物資を調達するため、コンビニに寄る。
「イラッシャイマセー」
強面の店員さんの挨拶を受けつつ、買い物カゴを両手に取り、店の奥に向かう。
目的地は、酒コーナー。
「あの、ヒデオ殿?これが必要なものなのか?」
「ええ、必要です。これが無いと始まりません」
缶ビールを手に取り、買い物カゴに入れた。
「……あの、ヒデオ殿?本当に、これ必要なのか?」
「ええ、当然必要です。これが無いと、お話になりません」
缶ビールを買い物カゴにドンドン入れていく。
「い、いや、ちょっと待ってくれ!?本当にこれ必要なのか!?」
缶ビールをドンドン入れてたら、ムチムチさんが騒ぎ出した。
「……ああ、そう言えば、どんな事をするのか話してませんでしたね」
今更ながら、具体的に何をするつもりなのか、何も話してない事に気付いた。
元々単身で挑むつもりだったから、その辺の事をすっかり忘れてた。
「ムチムチさん。これから私が行おうとしているのは、交渉です」
「また!?……い、いや、しかし、水蛇様との交渉は、すでに終わっているのではなかったのか?」
「ここから更に交渉して、どうにか譲歩を引き出します」
「更に譲歩させる気か?すでに二度も譲歩させているのに?」
「どちらかと言えば、二度も譲歩させられたの、こっちなんですけど……。今の所、リターンゼロで酒代丸損ですし。ある意味、これが三度目の正直です。ここで譲歩を引き出せて、ようやく一歩マイナスです」
「そんな理屈、通るとは思えないぞ。どう考えても無茶だと思うのだが」
「ええ、確かに無茶かもしれません。ですが、決して無理では無いと思っています。私の故郷に伝わる交渉術を使えば、糸口は掴めるはずです」
「なに?貴殿の故郷の交渉術、だと?」
「その名は、飲みニケーション!どんなに気難しい相手との交渉も、これを使えばスムーズに行きます!」
「お、おお、何だか凄そうだな」
「長年に渡り多くの信頼と実績を積み上げてきた、ジャパニーズ・サラリーマンのアルティメット・トラディショナル・ネゴシエーション・メソッドです!」
「おおおおっ!何だか本当に凄そうだな!何だかよくわからないが!」
「まあ、諸刃の剣でもあるので、あんまり使わない方がいいんですけどね、ホントは。今回はもう後が無いので使いますけど、結構危険なんですよねぇ……」
「そ、そんなに危険なのか?」
「私の同期の佐藤は、これにやられました。惜しい奴を失くしましたよ、イイ奴だったのに……」
「だ、大丈夫なのか!?そんなものを使って、貴殿は無事で済むのか!?」
「大丈夫です。用法用量を守って正しく使う分には、危険はありません」
いわゆる、飲みニケーション。ほぼ死語だが、その有用性までは死んでいない。
本音を言うなら、この手法、あんまり好きでは無い。
何が悲しくて、仕事で酒を飲まないといけないのか。そういうものじゃあないんだよ、酒っていうのは。
あんまり好きな手法では無いのだが、これ以上に有用な手段が他に思い付かない。
これ以上に有用な手段が思い付かない以上、この手段に頼るしかない。
手段を選り好みしていられる立場では無い。圧倒的格上との交渉に挑むからには、生半可な手段は取れないのである。
自分は素面である。
真面目な話。飲みニケーションの有用性は高い。
飲み会を通じてコミュニケーションを深める。その本質は、心のプライベートの侵食である。
あたかも飲み友達であるかのような環境を物理的に演出する事によって、個人の持つ無意識の認識を歪める。それが、飲みニケーション。
本質的には、必ずしも飲み会である必要は無い。相手の趣味趣向に少しでも掠っているなら、何でも良い。ゴルフでも、麻雀でも、野球観戦でも、草野球でも、ただの食事会や散歩でも、本当に何でも良い。相手の趣味趣向に少しでも掠っている分野で、あたかも友達であるかのような環境を物理的に演出すれば、個人の持つ無意識の認識は歪んでしまう。脳という物質的な器官は、そういう風にできている。本人の意思とは関係無く、脳が勝手に親近感を感じてしまうようになる。アルコールの作用があった方が認識は歪みやすくなるが、無くても歪む。
この方法は、相手の趣味趣向に合っていれば合っているほど効果が高くなる。当然、逆に使えば逆効果になる。下戸に酒を強要したり、胃腸の弱い人を食べ放題に連れて行ったり、インドア派を運動会に強制参加させたり、アウトドア派を読書会に強制参加させたりしても、逆効果になる。相手の趣味趣向次第では、やらない方が良い。
細かい理屈はともかくとして。とにかく酒である。
酒呑みに対しては、一にも二にも酒である。
ただ相手に酒を飲ませるだけではなく、自分も一緒に酒を飲み、交流を一層深め、交渉の取っ掛かりにする。
「――と言う感じです。これが、飲みニケーションです」
「それはつまり、水蛇様と酒を酌み交わそうとしている、と言う事か?」
「まあ端的に言えば」
「……大袈裟な言い方をしているから、どんな事かと思えば……」
真面目に説明したら、呆れられた。
しかし実際、酒呑み相手には本当に効果が高い。気難しい相手でも、酒を酌み交わす前後で明らかにガードの固さが変わる。しかも、酔いが醒めた後でも、効果が長時間持続する。
酒に限った話では無い。自分の好きな物を好きな者の話なら、聞く気になる。
同好のよしみ、という行動原理。同好の士の言葉は、同好の士の言葉というだけで、無下にし難くなる。どんな無理難題であっても、聞く余地が生まれる。
傍目には馬鹿馬鹿しく見えるかもしれないが、そういう馬鹿馬鹿しいものに行動を左右されるのだ。自分も、他人も、ことごとく。
「本当は、下ネタトークが通用するなら、それが一番楽だったんですけどね」
「猥談!?」
「相手が人間の男性なら、割と鉄板ネタですよ。ほぼ確実にガードが下がります。まあ、禁じ手に近い手ですけど」
「そんな話を水蛇様にするなど、どう考えても悪手だぞ!?」
「わかってますよ。今回はしませんよ」
人間のオッサンを相手にするようには行かない。魔物の方が手強い。
現状、十本首の赤蛇は、酒以外には興味を示していない。超絶美女のムチムチさんにすら興味を示さない、生粋の酒呑みである。
現状を打破するには、一緒に酒を飲むのが一番手っ取り早い。
とは言え、いきなりサシ飲みはハードルが高すぎる。サシで飲んでも10対1とか、四面楚歌ってレベルじゃない。
ムチムチさんが一緒なら、こちらの戦力は2倍。後背を突かれる心配も無い。実に心強い援軍である。
子供達は、さすがに参戦させられない。未成年は飲酒NG。
フェアは員数外。酒は飲ませないが、一緒にいてくれないと、どうにもならない。
「そう言えば、ムチムチさんって、お酒は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。問題無い」
「本当ですか?一口飲んだだけでベロンベロンになったりしません?」
「貴殿は私を何だと思っているのだ……。これでも強い方なのだぞ、私は。飲み比べの催事に挑み、最後まで残った事もある」
「へぇ……。正直、物凄く意外です」
「そう言う貴殿はどうなのだ?飲んでいる姿、見た事無いぞ?」
「宅飲みしないタイプなので。人付き合いでなら、人並みには飲みますよ。まあ、人並みです」
「……私の経験上、人並みを自称する者が、人並みだったためしが無いのだが」
「いや私は本当に人並みですよ」
人並みとか言いつつ酒豪、みたいなタイプでは無い。
自分の酒量は本当に人並みである。
変に期待されても困る。
ムチムチさんと適当に話しながら、買い物カゴに缶を詰める。
買い物カゴに缶を詰められるだけ詰めて、レジに持って行く。
両手のカゴいっぱいに缶を詰めても、楽々持ち運べる。凄い楽々。
勇者級の身体能力の有用性、しみじみ実感する。異世界に召喚されてから今日までで、一番実感してる気がする。
いや他の場面でも地味に役に立ってるけど。それはわかってるけれども。
実態と実感は別である。
「これください。レジ袋はいりません」
「毎度アリガトウゴザイマスー」
レジで会計を済ませる。0円。
会計を済ませたら、買い物カゴから通勤カバンに缶を移し替える。
空になった買い物カゴを持って、また酒コーナーに向かう。
棚から缶を取り、買い物カゴに詰め、またレジに。
「これください。レジ袋はいりません」
「毎度アリガトウゴザイマスー」
レジで会計を済ませる。0円。
会計を済ませたら、買い物カゴから通勤カバンに缶を移し替える。
空になった買い物カゴを持って、また酒コーナーに向かう。
棚から缶を取り、買い物カゴを詰め、またレジに。
「これください。レジ袋はいりません」
「毎度アリガトウゴザイマスー」
レジで会計を済ませる。0円。
会計を済ませたら、買い物カゴから通勤カバンに缶を移し替える。
空になった買い物カゴを持って、また酒コーナーに向かう。
棚から缶を取り、買い物カゴに詰め、またレジに。
「これください。レジ袋はいりません」
「毎度アリガトウゴザイマスー」
レジで会計を済ませる。0円。
会計を済ませたら、買い物カゴから通勤カバンに缶を移し替える。
空になった買い物カゴを持って、また酒コーナーに向かう。
棚から缶を取り、買い物カゴに詰め、またレジに。
「これください。レジ袋はいりません」
「毎度アリガトウゴザイマスー」
レジで会計を済ませる。0円。
会計を済ませたら、買い物カゴから通勤カバンに缶を移し替える。
空になった買い物カゴを持って、また酒コーナーに向かう。
棚から缶を取り、買い物カゴに詰めていく。
「……………………」
自分は何をやっているのだろうか。
自分は何のために生きているのだろうか。
何をして生きるために生まれたのだろうか。
教えてくれ、菓子パンヘッドヒーロー。
「ヒデオ殿!大丈夫か!」
「はっ!?……す、すみません、ちょっとボーッとしてました」
ループにハマりかけて、ちょっと意識飛んでた。危ない。
こういう感じの拷問、あった気がする。
「なあ、ヒデオ殿。こんなに必要なのか?」
「足りなくなっても嫌ですし、できるだけ準備しておこうかと」
今回、飲みニケーションを図ろうとしている相手は、魔物である。
比喩でも何でも無く、文字通り、魔物級の酒豪である。
魔物相手に酒を酌み交わすからには、万全を期す必要がある。
酒呑みの中には、飲み会で同席している人の酒が切れると不愉快そうになる、気難しいタイプもいる。
昨日までは、自分は店員ポジションだった。だから飲まなくても良かった。
今日は一緒に酒を飲む。準備しすぎるくらいで丁度いい。
物資は売るほどある。酒コーナーは総ざらいする予定。ついでに乾き物コーナーも総ざらいする予定。通勤カバンに全て詰め込む。
死蔵するのは勿体無い、なんてヌルい事は言ってられない。あるだけ溜め込む。
ここで半端に節約精神を出して、成功まで後一歩だったのに物資不足で失敗しました、なんて事態になったら目も当てられない。
「とりあえず、ここから向こうの棚まで、全部レジに運びます」
「どう考えても準備が過剰だと思うが……」
「不足よりは過剰の方がマシです」
「そ、そうか……。しかし、まさかこれ全部運ぶつもりだったとは……。よし、私も一肌脱ごう」
自分の横で、ムチムチさんも買い物カゴを持ってきて、缶を詰め始めた。
「別に無理して手伝わなくてもいいですよ?これ見た目より大変ですし」
「ならば尚の事だよ」
ムチムチさんは張り切って、カゴに缶を山盛りにした
「よし。後はこれを持って会計を――……ふんっ、ぬっ、うぅんっ!?」
「……………………」
カゴを持ち上げようとして、持ち上がらなかった。
「ふんっ!ぬぅっ!うぅんっ!やっ!ぅんっ!んんっ!ゃあっ!やっ!」
「……………………」
「んっ!うぅんっ!ゃあっ!んんっ!んっ!んっ!やっ!んんんんっ!ぅんっ!」
「……………………」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。ぅんっ!うぅんっ!んんっ!やっ!んっ!」
「……………………」
「んっ!んんっ!んんんんんんんんっ!んっ……あっ……こぼれちゃった……」
「……………………」
山盛りにしすぎて、カゴから缶が一つ落ちた。それだけだった。
両手で必死に持ち上げようとしていたが、カゴはビクともしなかった。
顔を真っ赤にして踏ん張っても、ビクともしなかった。
顔を真っ赤にして踏ん張る美人さんを見てると、新境地に至れそうな気がする。
その新境地は禁足地。しかし、禁じられた地にこそ足を踏み入れたくなるのが男のサガというものよ。
いざ行かん。
「お姉ちゃん、何やってるの?」
「新しい遊びか?」
禁足地まで後一歩という地点で、外野の声に意識を引き戻された。
「……お留守番してろって言っただろ。なんでいるんだよ」
黒夫と魅雪がいた。ムチムチさんがウンウン唸って買い物カゴを持ち上げようとしている様子を、すぐ横で見ていた。
何の問題も無い光景のはずなのに、子供達の情操教育に凄く悪い気がする。
「ほら、二人とも、帰れって」
「この店なら来てもいいだろ。家のすぐ横だぞ」
「お家で待ってるだけなの、つまんないの」
子供達が、平然と言った。
十本首の赤蛇がこの地に居着いて、すでに1週間。大きなトラブルも無く、怒りを巻き散らす事も無く、ただ毎日酒飲んで寝てるだけ。
かなり緊張感が緩んでいる。
慣れてはいけない事でも、慣れれば慣れる。特に、順応性の高い子供は。
「ミユキ、クロオ。すまないが、手を貸してくれないか?私では力不足なのだ」
「「うん!」」
ウンウン唸っていたムチムチさんは、ついに持ち上げるのを諦めた。
ムチムチさんが指示を出すと、黒夫と魅雪がテキパキ動き出した。棚の商品を買い物カゴに入れ、レジを通し、通勤カバンに仕舞っていく。
こんな単純作業でも、動きのキレの違いというのは如実に表れる。
ぶっちゃけ、自分でやるより早い。
効率的ではある。だが、感情的には受け入れ難い。
直接的では無いとは言え、魔物がらみの案件には関わらせたくない。
「ムチムチさん」
「この場で少し手を借りるだけだ。それくらいは構わないだろう?ここなら危険は及ぶまい」
「そりゃまあ、そうですけど。でも――」
「居ても立っても居られない、という事だよ。貴殿は、それを理解すべきだ」
止めようとしたら、たしなめられた。
真剣な目で見つめられて、言葉に詰まった。
「守られている者にも、守りたいという意思がある。その意思を否定するものではない。それが、如何に守る側の者であっても、だ」
「……………………」
「意思ある者の意志を、蔑ろにしないでくれ」
黒夫と魅雪を、改めて見た。単調な作業をテキパキこなす二人の目は、いつになく真剣だった。
魔物相手に無茶をする、なんて教えなければ良かった。実際には飲み会するだけなのに、思い詰めすぎである。
内容次第では、割と本気で命懸けになりかねないデンジャラス飲み会だけど、それはそれである。
「……どうしても、黒夫と魅雪を巻き込むのは、あまりいい気はしません」
「ふふっ、そうか。存外、頑固だな、貴殿は」
「心外です。本当に頑固だったら、ムチムチさんも置いて行ってますよ」
準備は、思っていたよりも遥かに早く終わった。




