↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
68/152

68.電設のヒデオさん、交渉する。

66話からの続きです。


66話の粗筋。

『ヘビの魔物をどうにかできたと思ってたら、できてなかった。どうしよう』


リビングの窓から、十本首の赤蛇が見える。荒野を悠々進んでいる。


巨体はすぐそこまで近付いてきていた。


万が一にも家を壊されたら困る。家を出て、外で相対する事にした。



「あの、今度は本当に無茶しませんので」


「本当か?貴殿の言葉、信じて良いのだな?」


「本当に大丈夫ですよ。心配いりませんから、安心して待っていてください」


「……なんかちょっと嘘っぽい臭いするぞ、ニンゲン」


「いや嘘じゃないから。ホント無茶する気無いから。少なくとも昨日よりは全然大丈夫なはずだから。これもうホントよ、ホント」


「おじちゃん、約束はちゃんと守らないとダメなんだよ?本当に無茶しちゃダメだからね?」


「だから無茶しないって。大丈夫だってホントに」



家を出ようとしたら、三人に引き留められた。


しがみ付かれて離れず、説得に少しだけ時間を食った。






家を出て、柵の外で待ち構える。再び、十本首の赤蛇と相対する。


昨日ぶり。やはりデカい。何度見てもデカい。


今更だけど、昨日の自分、よくコレ相手にケンカ売ったな。アホかよ。


もう怒りは鎮まっているはずだけど、得も言われぬ重圧を感じる。


回れ右して帰りたい。



「きちゃった~」


「小さき者よ。出迎え、大儀である」



頭上から、声が降りかかった。巨体に相応しい重低音だが、声の調子は思っていたよりも軽い。怒りは感じなかった。


どういう態度で接するべきか、悩む。


昨日と同じ態度で行くか。それとも、昨日とは打って変わって、謙遜した態度にすべきか。



「で、何しに来たんだ?」



悩んだ末に、昨日と同じ態度を貫く事にした。


下手に態度を変えると、かえって怒りを買う恐れがある。昨日の態度のままなら、印象も昨日のままになるはず。


ヘビの怒りポイントは、いまだ不明瞭。現状維持が最もリスクが低いと判断した。


地雷原を歩く時は、足跡をなぞるように歩くと安全。それと同じようなものだ。



「何しに、と言われてもな。決まっているではないか」


「けいやく~」


「今日の分を所望するぞ。早う持て」



十本首の赤蛇は、当たり前のような顔をして言った。


ヘビの表情読めないけど、ヘビ的に当たり前って顔してる気がする、多分。



「ええっと……。もしかして、酒の事を言ってるのか?それなら、昨日のアレで終わりだぞ?」


「な、なんだと!?どういう事であるか!?」


「どうもこうもあるかよ。何回おかわりしたのか数え切れないくらい飲みまくってただろうが。あんだけ好き放題飲んだんだから、契約の対価には十分だろ」


「我の玉体を満たすには、あんな少量では足りぬ!」


「よく言うよ。大満足って顔して寝てたクセに」



昨日の、全首グデッと横たわる姿は、よく覚えている。


酔い潰れたオッサンと雰囲気が完全に一致していた。


見た目は全然違うはずなのに、だらしなく地面に寝っ転がる姿は、酔っ払いのオッサン以外の何物にも見えなかった。


威厳もクソも無かった。


古今東西、この手の怪物の弱点と言えば、酒。他には、女を欲しがったり、金銀財宝に目が無かったり。


要するに、オッサンだ。共通点が、ほぼほぼオッサンだ。


怪物は、オッサンだ。あるいは、オッサンが怪物なのか。


どちらだろうと、どうでもいい。



「酔っ払いの戯言は、酔ってる時に言うもんだ。もう酒は無いぞ」


「ば、馬鹿な!?」


「こっちからの要求は『俺達に何もしない』ってだけなんだぞ?好きなだけ飲んでいいとは言ったけど、たったそれだけの約束で、あんなにバカスカ飲みやがって。もう十分だろ」


「好きに飲んで何が悪いのであるか!我は飲み足りぬ!」


「そうだそうだ~」


「もっともっと飲みたいのである!飲みたいったら飲みたいのである!」



十本の首が詰め寄ってきた。圧迫感が一気に強くなる。腰が引けそうになる。


ここは、引けない。



「いいから、もう帰ってくれよ、縄張りに」



家に帰りたがらない酔っ払いのオッサンを追い払うように、魔物を追い払う。


詰め寄っていた十本の首が、一斉に首を傾げた。



「……縄張り?何であるか、それは?」


「何って、南にある森ん中が縄張りなんだろ?」


「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」


「えっ?」



十本首がキョトンッと不思議そうな顔をした。


ヘビの表情読めないけど、雰囲気的にキョトンッとしてる気がする、多分。


何かが致命的に噛み合っていない感じがする。



「……あの、俺の聞いた話だと、南にある森ん中が縄張りって話だったんだけど。もしかして、違うのか?」


「違うのである。それではまるで、森の中しか我の縄張りになっていないかのようではないか」


「それじゃあ、どこが縄張りなんだよ」


「無い」


「……無い?どういう事?」


「縄張りなどと言う些末な括りに縛られる謂れは無いのである。そんなものは矮小なる存在が持つ物である。我は持っておらぬ」



堂々とした態度で、ヘビの魔物は言い切った。


縄張りが無い事をこんなに堂々と主張する人、初めて見た。



「それでも敢えて言うのなら、我の座す場こそが、我の領域である。今、我はこの地に座している。即ち、今はここが我の領域である。小さき者の庭も、我の領域である」


「いや俺ん家の庭は俺ん家のだけど」



とんでもないジャイアニズム。さすがは魔物だ。格が違う。


他人の物にジャイアニズム宣言かます人は見た事あるけど、他人の土地にジャイアニズム宣言かます人は初めて見た。



「……………………」



よく考えたら、これ、ホームレスだ。ホームレスのオッサンそのまんまだ。


酒が好き。好きなだけ飲んで、地面に寝っ転がって寝る。


家も土地も持たない。他人の土地に侵入し、堂々と居座る。


そして、悪びれない。


魔物は、この世界の頂点に座す超巨大生物。その実態は、ホームレスのオッサンだった。物凄く偉そうなホームレスのオッサンだった。



「……まあ、森が縄張りじゃないのは、わかったけど。それはそれとして、もう帰ってくんないかな、森に」



魔物の実態とか、正直どうでもいい。


実態がどうあれ、関わり合いになりたくない。その事実だけは揺るがない。



「今まで森に住んでたんだろ?それって、つまり、森が好きって事だよな?こんな荒れ果てた土地じゃ居心地悪いだろうし、もう帰ったら?森ん中の方が居心地いいだろ?」


「いや別に特には。我、基本どこでも平気であるし。どこでも寝れるし。ここも、森も、大して変わらぬぞ?」


「いやもうホントそういうのいいから。帰ってくんない?」


「今はここが我の領域である。即ち、ここが帰る場所である」


「いやもうホント帰って!?とっとと森に帰ってくんない!?」



ヘビの魔物がしつこい。ヘビらしいと言えなくもない気がしないでもない。


辟易しながらも、十本首の赤蛇と言い合う。


森に帰したい自分。何故か森に帰りたがらない十本首の赤蛇。お互いの意見は平行線で、しばらく押し問答が続いた。


より正確に言えば、十本の内の九本との押し問答がしばらく続いた。



「けいやくは、まもらないとね~?」



中央の右首が、気安く聞こえる調子で言った。


思わず、全員押し黙った。



「……我は契約を守る。相手が如何に小さき者であろうとも、契約を反故にするような恥知らずな真似はせぬ」


「あ、ああ、そうしてもらえると助かるよ」



中央の左首の言葉に、こちらも同意する。案外あっさり決着した。


……と安心するのは早かった。



「きのうのけいやくは、きのうまもった~」


「昨日、我は対価を受け取り、何もしなかった。それで昨日の契約は満了である」


「然り」


「では、今ここに、新たなる契約を結ぶとしようか、小さき者よ」


「おいちょっと待て!?そんなのアリか!?」



あんまりな言い分に、思わず声を上げた。



「ありかな~?なしかな~?」



中央の右首が、ゆっくりと、別の方向を向く。


視線の先には、リビングの窓。


窓の向こうから、三人が心配そうな顔でこちらを見ていた。



「どうしよっかな~?」



最悪だ。



「……………………」



少し、悩んだ。


悩むまでも無い。



「……無しだ」



緊張で吐き気がする。心臓が異常な速度で鼓動して痛い。


ここは絶対に、絶対に引き下がれない。



「新しい契約を結ぶのは、無しだ」



三人の身の安全を考えれば、引き下がれない。


ここで引き下がってしまったら、これから先、あの三人の身が延々と狙われ続ける。延々と危険に晒され続ける。


人質としての価値は、絶対に認められない。絶対に認めてはいけない。



「ほんとに~?いいの~?」



中央の右首が、愉しそうに嗤った。



「テメェこそ、いいのか?」


「え~?なにが~?」


「ここで俺の機嫌を損ねて見ろ。どうなるか、わかってんだろうな?」



吐き気がする。


こんなハッタリ、柄じゃない。


柄じゃないのに、なんでこんな事をする羽目になってるんだ。


自分は平凡なサラリーマンだ。誰が何と言おうと、平凡なサラリーマンなんだ。


他人の生命が天秤の片方に乗ってるような商談、経験が無い。


経験したくなかった。こんなの平凡なサラリーマンの仕事じゃない。


そもそも自分は営業職じゃない。交渉事なんて、完全に専門外だ。


死ぬほどキツい。逃げたい。今すぐ逃げたい。他の誰かに押し付けたい。



「いいかテメェら!よく聞きやがれ!」



この役回りは、他の誰にも渡せない。渡さない。


平凡なサラリーマンにだって、守りたいものくらい、ある。



「俺の機嫌を損ねるな!」



守りたいものを守るために、啖呵を切った。



「もし、少しでも俺の機嫌を損ねたら……、お酒のおかわりは無しだ!」



啖呵がショボい。我ながらショボすぎる。


泣きたい。



「「「「「「「「「「え~っ!?そんなぁ~っ!?」」」」」」」」」」



ショボい啖呵、効いた。



「ただいま戻りました。ますたー」


「あ、おかえり、フェア」



ナイスタイミング。12時間の休養から、フェアが復帰した。これ以上は無いというくらい絶妙なタイミングである。


やはり、ここぞという場面で登場してこそ、真打というもの。


言うまでも無い事ではあるが、あえて言おう。真打はフェアである。


さしずめ、自分は食玩のお菓子だ。メインだけどメインにあらず。



「フェア。早速で悪いんだけど、仕事頼んでいい?」


「わたしは要請に応える者です。ますたー」



頼もしい。実に頼もしい。勇者より頼もしい。


頼もしいフェアを引き連れ、家から距離を取る。後ろを十本首の赤蛇がウネウネついて来る。本当に啖呵が効いているのか、素直について来る。



「フェア。ステンレスタンク10基。中身入りね」


「はい。ステンレスタンク10基です。ますたー」



家から少し離れた所に、大型ステンレスタンク10基が設置された。


酔った勢いで家を壊されても困るし、庭の設備を何度も修理するのも面倒臭いし、被害が出ないように距離を取った。



「おらよっと」



昨日と同じように、大型タンクの上部を蹴り飛ばす。


中身は日本酒。芳醇な香りが辺りに満ちる。



「ほれ。今日の分だ」


「「「「「「「「「「やったぁ~!」」」」」」」」」」



十本首、みんな仲良く頭を突っ込んだ。



「「「「「「「「「「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」



タンクは空になった。相変わらず、いい呑みっぷり。



「フェア。おかわり。スピリタス。全タンクに」


「はい。おかわりです。ますたー」


「あ、おかわりは1杯だけでいいからね」


「はい。おかわりは1杯だけです。ますたー」



タンクにおかわりを注いだ。



「「「「「「「「「「おかわりだぁ~!」」」」」」」」」」



間髪入れず、十本首が頭を突っ込む。



「「「「「「「「「「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」



タンクは空になった。2杯目なのに、勢いが落ちない。アルコール度数96度の酒を一気飲み。さすが、うわばみ。


こちらには、他にもやる事がある。うわばみにばかり、かまけていられない。


うわばみは放って置いて、まずはコンビニに寄る。



「フェア。修理お願い。それと、商品の補充も」


「はい。修理しました。商品を補充しました。ますたー」



一瞬で修理完了。コンビニの建屋も駐車場も元通り。プロジェクションマッピング的なモノも機能が回復し、偽装が復活した。



「仕事が早くて助かるよ。ありがとう、フェア」


「えへへー」



コンビニは、これで良し。でもまだ修理しなければならない箇所は多い。昨日の惨状の後始末は、地味に大変だ。



「おい、小さき者よ、どこに行くのであるか?」


「おかわり、まだ~?」



他の場所も修理しようとしていたら、背後から十本首の赤蛇が寄って来た。



「今日の分は、さっき飲んだろ。あれで終わりだ」


「な、なんだと!?あれっぽっちでは足りぬぞ!」


「結構な量あっただろ。おかわりも注いだし。あれで満足してくんない?」


「ぐぬぬっ!こちらが下手に出ていれば調子に乗りよって!矮小なる存在が!」


「そうだよ。俺は矮小だよ。矮小だから、あれ用意するだけでも一苦労なんだよ。何しろ矮小だからな、こっちは。じゃ、そう言う事で」



物理的にも態度的にも上からの声に、適当に返事をするフリをする。


内心、心臓が破裂しそうなほどバクバク言ってるけど、表面的には適当に返事をして見せる。


あたかも面倒事には構ってられないフリをする。



「我を前にして、何たる不遜か!許し難し!」



中央の左首が、大口を開けた。



「己が愚かさ、悔い改めるが良い!」



喉の奥に、水色の光が溜まっていく。数秒後、水色の光が放たれる。



「……石にしていいのか?お酒のおかわり、誰が注ぐと思ってんだ?」


「んぐっ!?」



直前。口が閉じられた。わずかに水色の光が隙間から漏れて消えた。



「い、言われてみれば、確かにそうであるな……」


「いや言われる前に気付けよ」



ヘビの首は長くても、思考は短絡的らしい。



「まだ他に仕事残ってんだよ、こっちは。おかわり注いでやってもいいけど、そういうの、仕事終わってからにしてくれ」


「待てぬ!」



気が短い。ヘビなのに。



「どう言われようと、仕事が先だ。酒呑みの相手は後だ、後」


「ぐぬぬぬぬっ!自らが狙われぬと思い、図に乗りよって!」



中央の左首が、別の方向を向く。リビングの窓の方に向かい、大口を開く。



「こうなれば、番と子を――」


「言ったはずだぞ?俺の機嫌を損ねたら、おかわりは無しだ」


「んぐっ!?」



鳥頭。ヘビなのに。



「手を出すなよ、絶対に。もし手を出したら、もう二度と飲めないと思え」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬっ……」



ハッタリでも何でも、態度は変えない。押し通す。


立場を維持するためには、押し通すしかない。



『酒を出さなければ、どうなるか。わかっているだろうな?』


『酒を出して欲しければ、どうするべきか。わかっているだろうな?』



前者も後者も、実態は同じ。


前者と後者では、立場が違う。


要求を押し付けるのは、こちら側だ。こちらが要求し、あちらが受け入れる。そういう位置関係だ。


この位置関係は堅守しなければならない。脅されて酒を出す事は、しない。




ハッタリでも何でも、主導権はこちらが握る。


主導権を握っておかないと、三人の身のリスク管理ができない。




どう転んでも、結局、魔物の胸三寸ではある。格が違いすぎて、根本的な立場の差は、ひっくり返せない。


それでも。だからこそ。ここで主導権は手放せない。守りようが無くなる。


小手先の小技で、行動を制御できる立場に立つ。たとえそれが、表面的なものであったとしても。


吐き気がする。ストレスで胃がキリキリ痛む。激しい動悸で心臓が止まりそう。


勇者級の身体に、耐性を貫通した悪性の状態異常が襲い掛かる。


きつい。つらい。やめたい。


踏ん張る。


踏ん張るしかない。


どんなに膝が笑っていても耐える。



「……ふ~。しょうがないね~」



中央の右首が、気安い調子で言った。


頭上からの重圧が急に消えて、つんのめりそうになった。



「まつよ~」


「……ああ、そうしてくれ。用事が一段落付いたら、またおかわり注ぐよ」


「わ~、たのしみ~」



中央の右首が言うと、十本の首が一斉に距離を取り、タンクの方に戻って行った。


それを見送ってから、十本首に背を向け、歩き出す。



「……………………」



庭の柵の修理は、後回し。


庭の設備の修理は、後回し。


家の玄関に入る。



「フェア。ドアよろしく」


「はい。ドアです。ますたー」



玄関のドア、一瞬で新調。オートロックが起動し、ガチャッと施錠音が鳴った。


これで、もう、外から見られる心配は無い。



「……はっ……」



限界だった。ドアに背を付け、ズルズルと腰を落とす。


限界だったが、ここまでは耐え切った。ギリギリセーフ。



「……は、はははっ……もう二度とゴメンだぞ、こんな交渉……」



交渉に成功した。


いや、より正確に言うなら『成功させてもらった』と言うべきだろうか。


ハッタリを見透かされていた気しかしない。


ヘビの魔物の真意など、わからない。ハッタリを見透かしておきながら、どうして交渉に応じたのか。よほど酒が気に入ったのか。それとも、珍しい羽虫を興味本位で観察しているのか。あるいは、別の何かがあるのか。


爬虫類博士じゃあるまいし、わかる訳が無い。考えるだけ時間の無駄だ。


平凡なサラリーマンは平凡なサラリーマンらしく、ここは交渉の成功を素直に喜んでおこう。営業職未経験の割には、よくやった方だろう。


2日がかりのズタボロの契約交渉は、これで本当に、ようやく一段落付いた。


魔物を追い返す事には失敗したが、誰も石にされずに済んだ。


当面、十本首の赤蛇は、敵にならないはずだ。こちらに故意に被害をもたらす事は無いだろう。


酒さえ切らさなければ、きっと大丈夫なはず、多分。



「ニンゲン!」


「おじちゃん!」


「ヒデオ殿!」



ボケーッと座り込んでたら、三人に圧し掛かられた。



「……土間に降りて来るなよ。汚れるだろ」



思わず、どうでもいい文句が出た。


土間に座ってる奴が言っていい台詞じゃないな、これ。



「無茶はしないのではなかったのか!そう言ったではないか!」


「嘘吐き!やっぱりニンゲンは嘘吐きだ!」


「またダメダメな事したの!やっぱりおじちゃんには見張りが必要なの!」



なんかまた叱られた。


これでも結構がんばったんだけど。


誰か一人くらい、ねぎらってくれてもバチは当たらないんじゃないだろうか。



「ますたー。お疲れ様でした」



フェアの言葉を聞いて、一気に気が抜けた。


意識が遠のく。視界が暗くなっていく。



「ニンゲン!?」


「おじちゃん!?」


「ヒデオ殿!?」



三人の声が、遠い。



「……くそっ……見っともねぇ……」



三人の心配そうな瞳に見詰められながら、気を失った。


電設のヒデオさん、ターニングポイント履歴。


53.あの時、コンビニ出店しなければ、ヘビの魔物は来なかった。

57.あの時、コンビニ偽装していれば、ヘビの魔物は来なかった。

59.あの時、地下に潜み続けていれば、ヘビの魔物は帰ってた。

60.あの時、バイクをぶつけなければ、ヘビの魔物は帰ってた。

62.あの時、石像のフリをしていれば、ヘビの魔物は帰ってた。

63.あの時、お酒の味を教えなければ、ヘビの魔物は居着かなかった。


「光っている奇妙なものが見えて、興味を引かれたのである」

「日陰に潜む生き物を日向に引きずり出す趣味は無いのである」

「噛み付かれたら、さすがに見過ごせないのである」

「石になったのが薄皮一枚だけだと気付かなければ、執着しなかったであろうな」

「おさけ、おかわり~」

「……そりゃ叱られるわ、こんだけやらかせば……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。