66.電設のヒデオさん、叱る。
今年最後の更新です。
次話の更新は、2022/01/05以降の予定です。
皆様、良いお年をお迎えください。
調子に乗って、パンとスープをおかわりしすぎた。
「……ヨーグルトあるんだけど、食べる?」
一応、聞いてみた。
「す、少し休ませてくれないだろうか……少しで良いのだ、頼む……」
「おなかパンパンなの……もう入らないよ、おじちゃん……」
「む、無理だ、ニンゲン……これ以上は無理だぞ……その白いの、無理……」
「いや別に無理強いしてる訳じゃないから」
朝っぱらから食べすぎた。ゲップがチーズ臭かった。
食休みがてら、三人から昨日の話を聞いた。
自分が地下室を出る際、フェアに頼んで、ドアには時限式ロックをかけている。開錠は1時間後に設定してあった。自分なりの気遣いのつもりだった。
開錠を待たずして、ドアは破壊されたらしい。ロック意味無し。
「ち、違うの!ボク壊してないよ!ちょっと扉が変になってたから、えいってやっただけなの!そしたら勝手に取れちゃったんだよ!ボク悪くないの!」
「そっかー。勝手に取れちゃったのかぁ……」
鬼のパワーには勝てなかったよ。
フェア謹製の時限式ロックと、防音仕様の頑丈なドア。両者の相乗効果をもってしても、持ち堪えられたのは3分ほどだったらしい。
たかが3分、されど3分。ここは、よくぞ3分も持ったと讃えよう。
十本首の赤蛇は、オール電化住宅に興味を示していた。自分が家の外に出た時点では、家に興味があるだけで、家の住人に対しては興味を持っていなかった。この時点では、まだ怒ってはいなかった。
家から興味を引き剥がすためとは言え、過剰な挑発によって、怒りを買った。
そこから3分間、自分は逃げた。
時間感覚が狂って何時間も逃げているような気分になっていたが、実際に逃げていた時間は3分だった。カップラーメンの待ち時間並みに長い時間だった。
黒夫と魅雪は、魔物の怒りが再燃したのを地下室内で感知。そして何故か、地下から出ようとした。ドアに阻まれても止まらず、力尽くで破壊して脱出した。
子供の行動は、判断基準が謎だ。
「いやだから、なんでそこで部屋を出ようって事になるんだよ。待ってろって言っただろ」
「ふんっ。ニンゲンの言う事なんか聞くもんか」
「いやせめて時と場合考えてからやってそれ」
力尽くでドアをこじ開け、三人が外に出た時には、すでに魔物は離れた所にいた。
丁度そのタイミングで、自分は宙に跳ね上がっていた。
スクーターは噛み砕かれ、後が無くなって地面にへたり込んだ。
トドメを刺すべく、魔物が迫っていた。
常識的に考えれば、絶対に間に合わないタイミングだった。
たかが3分、されど3分。スクーターは不整地のせいで速度も軌道も不安定だったが、それでも3分走行すれば、家からは結構な距離になる。
間に合うはずが無かった。それなのに、黒夫は走った。
絶対に間に合わない距離を超えて助けるために、限界を超えて駆け付け、石化のブレスを防いで見せた。
そして、その代償に、足の骨は折れた。
「ち、違うぞ!ニンゲンを助けるためじゃないぞ!えーっと、えーっと……。そ、そうだ!地下に閉じ込められたから、その反動で思いっきり全力で走りたくなったんだぞ!」
「どんな言い訳だよ。無茶苦茶すぎだろ」
黒夫が時間を稼ぎ、その時間で魅雪が追い付いた。
超大音量の咆哮で魔物の動きを止め、石化のブレスを防いで見せた。
そして、その代償に、鼓膜は破けた。
「あんな無茶は、もう二度とダメだよ、魅雪。いいね?」
「……ボク、無茶してないもん。平気だったもん」
「いや耳から血を流すほど無茶してて、その言い訳は無茶だよ……」
「……そんなの知らないもん。おじちゃんの見間違いだもん」
ヘビの魔物は、獲物を前に舌なめずりしていたせいで、隙を突かれた形だ。
なんか妙に人間臭い所がある、あのヘビ。少なくとも野生のヘビっぽくは無い。普通の野生のヘビなら、あんな伝統的な敵役ムーブはしないだろう。
今回の件に関して言えば、そもそも魔物は縄張りをオッサン連中に踏み荒らされた被害者なので、敵と呼ぶのは違う気がするけど。
「……あの状況から、よく生きて帰れたよな、マジで……」
この後の事は、自分もよく知ってる。
ヘビの魔物に条件を呑ませた上で、酒をしこたま吞ませて酔い潰し、そのまま捨て置いて家まで帰って来た。
結局最後は、みんな生きて家まで帰ってこれた。足も耳も、よくわからんけど何故か治った。フェアは過労で倒れてまだ復帰してないが、許容範囲内だろう。
終わり良ければ、総て良し。良かった良かった。
……と言う訳には、いかない。
今更、蒸し返すようで悪いが、絶対に言っておかなければならない事がある。
昨日は全員、気力が限界だったため、言いそびれてしまった。
絶対に、言いそびれたままには、しておけない。
「この際だからハッキリ言うぞ」
黒夫と魅雪の目を見て、言う。
「感謝は、しない。絶対に」
これだけは、絶対に、何が何でも、言い聞かせておく必要がある。
「改めて、言うぞ。もう二度と、ああいうのは無しだ。黒夫も、魅雪も、いいな?もう二度とするなよ?」
「「……………………」」
むくれ顔だった。
ほっぺに指ツンツンしたい。いや違うそうじゃない。
「こら、黙ってないで、ちゃんと返事しなさい。もう二度としないって、ちゃんと約束しなさい」
「「……………………」」
「不満そうな顔してんじゃあない!うんって言うまで許さないからな!」
「まあまあ、ヒデオ殿。ミユキもクロオも、貴殿の身を案じての行動だったのだ。そう声を荒げずとも――」
「何を他人事みたいな顔してるんですか!ムチムチさんが二人をちゃんと止めてたら、こんな事になってないんですよ!後を任せてたのに、何してたんですか!一歩間違えたら、どうなってたと思ってるんですか!」
「うっ……。い、いや、そこはほら、何と言うか、その……、わ、私では二人を止めようにも止めきれなくてだな?つまりその、いわゆる一つの不可抗力と言うか、力不足と言うか、まあそんな感じと言うか……。と、止めようとはしたのだぞ?ほ、本当だぞ?」
「私の目を見て言ってください、それ」
つくづく嘘下手だな、この人。眼球ギュロンギュロンしてる。目を合わせられる気がしない。
止めていないのは明らかだ。そんな事は、昨日の時点でわかっていた。
黒夫も魅雪も大概無謀だったが、この人は更に輪をかけて無謀だ。普通の人間の女性よりも身体能力貧弱なのに、現場に駆け付ける気満々だったのだから。
幸か不幸か、身体能力が貧弱すぎて、現場に辿り着き損ねていたけど。
「だ、大体、貴殿に責められる謂れなど無いぞ!そもそもは貴殿が無茶するのが悪いのではないか!」
「そうだ!ニンゲンが悪い!ニンゲンは変な事ばっかりする!」
「おじちゃんが悪いの!わるわるさんなの!」
「いや何でだよ!?」
「真っ先に外に出て無茶をしておいて、私達に何か言えた義理か!無茶などせず、皆で息を潜めていれば良かったではないか!それなのに、貴殿が余計な気を回して囮役などするから、こうなったのではないか!」
「な、何だよ、それ!俺が悪いって言うのかよ!」
「そうだ!貴殿が悪い!不用意に外に出て!不用意に姿を晒して!不用意に怒りまで買って!そのせいで、かえって危険が増しているではないか!」
「うっ……。そ、それは、まあ、何と言うか、その……、成り行きと言うか、行きがかり上、何故かそうなってしまったと言うか。ほら、よくあるじゃないですか。後から見れば簡単に正解がわかるけど、事件の真っ只中の当事者に最善の行動を求めるのは酷と言うか。そういう感じのアレです。はい」
「最善など、外に出ない事に決まっているではないか!そんなの最初からわかっていた事だ!貴殿が外に出ようとした時、私は止めたぞ!私は止めたのに、止まらずに出て行ったのは貴殿の方だろう!よもや忘れたとは言うまいな!?」
「そ、それは、まあ、何となく覚えてますけど、一応……」
「一応とは何だ!?覚えているのか、いないのか、どっちだ!?」
「あ、はい。覚えてます。はい」
「私は止めたのに!確かに止めたのに!貴殿は止まらなかった!どうして止まらなかったのだ、貴殿は!」
「ええっと……。い、いやでも、あの時は、ああするのがいいと思ったと言うか、他にいい手が思い付かなくて、しょうがなく――」
「言い訳するな!」
「あ、はい。ゴメンナサイ」
何故だろう。ついさっきまで自分が叱る側だったはずなのに、気が付けば叱られていた。
何が起こったのか、自分でもわからない。どうしてこうなった。
一瞬、途方に暮れた。
ホンの一瞬だけ、途方に暮れて、意識が明後日の方に飛んだ。
「あー!おじちゃん、ちゃんと聞いてない!」
「私の言葉は!そんなにも!軽いと言うのか!貴殿にとっては耳を傾ける価値も無いと言うのか!そうなのか!」
「ち、違います。ちゃんと聞いてます。はい」
「嘘だ!ニンゲンは嘘吐いてる!オレにはわかるんだぞ!」
「もうっ、もうっ、もうっ!貴殿と言う男は!本当に!もうっ!」
「いやホント聞いてるから。ちゃんと聞いてるから」
「おじちゃん、いっつもそう言って、いっつもダメダメなの!この前もそうだったの!」
「ホントそうだ!いまだに女心も全然わかってないし!ニンゲンはダメだ!」
「いやちょっと待て!?この前とか、女心とか、そんなの今は関係無――」
「前々から思う所はあったが!本当に貴殿と言う男は!まったくもうっ!」
三人がかりで、しばらく叱られた。
今回の件とは無関係な事まで、ついでに叱られた。
元々、つながりなど何も無い、赤の他人同士だ。
赤の他人と共同生活していれば、嫌でも不満は溜まる。
不満が溜まっても、赤の他人だから、なかなか言い出せない。
必然、溜め込む事になる。
この家で共同生活を始めて約2ヶ月。決して短くは無い。もう赤の他人とは言えないくらいには、気心も知れている。しかし、完全に気を許せているかと言われたら、微妙ではないだろうか。
言える不満もあれば、言えない不満もあるだろう。不満とは、そう言うものだ。
血のつながった家族であっても、言えない不満はあるものだ。例えば自分の場合、両親の名付けに不満がある。自分の名前に割と本気で不満があるのだが、それを両親に言った事は無い。
自分にとっては割と本気の不満でも、わざわざ言うほどの事かとついつい考えてしまい、なかなか言い出せず、言ってどうにかなるような話でも無く、言うタイミングも見付からず、気付けば言えないまま時間だけが過ぎ、今更言えない歳になり、言わないまま実家を出て一人暮らしを始め、今は異世界にいて物理的に言えない。
血のつながった家族でも、そうなのだ。ましてや他人相手では、どうしたって吐き出せない不満もあるだろう。
ある意味、良い機会だったのかもしれない。
吐き出せない不満を吐き出せる機会というのは、希少だ。それがどのような機会であれ、貴重な機会だ。
魔物の襲来というショッキングな出来事で精神を揺さぶられて、ようやく吐き出せるようになる不満もあるだろう。
不満を溜め込んでも、良い事は無い。吐き出しそびれて拗らせるより、吐き出せる時に吐き出してしまった方が良い。
短期的には、不和を招くかもしれない。
長期的に見れば、吐いた方が絶対に良い。
だから、この状況は歓迎すべきだ。喜んで受け止めるべきだ。本気でそう思う。
「聞いているのか、ヒデオ殿!」
「おじちゃん、ちゃんと聞いて!」
「また聞いてなかったな、ニンゲンめ!」
「うんうん。聞いてる聞いてる」
どう理屈を付けようと、叱られて嬉しいはずも無く。
現状、そこそこ苦行である。
長期的にはともかく、短期的には普通に苦痛。
念のために言っておくと、自分はノーマルである。叱られて喜ぶ趣味は無い。
美人さんの叱り顔もイイね、とか内心ちょっと思ったりもするけど、基本的には普通にノーマルである。基本的には。
「まったく。何事も過ぎれば毒なのだぞ、ヒデオ殿。血縁者でも無い者を身を挺して守ろうなど、お人好しが過ぎる。もはや毒の域だぞ。……今の私は、心根の奥まで毒されてきってしまって、かつての私に戻れる気がしないぞ。どうしてくれるのだ」
「ニンゲンはホント、タチが悪い。女心をわかってないクセに、女心を弄んで……。ホントどうしてくれるんだよ。せ、責任取れ!」
「ちょっと目を離しただけで、おじちゃん、すぐダメダメな事しちゃうよね?だから、これからはボクがおじちゃんを見ててあげるね?おじちゃんがダメダメな事しないように、ずーっと、ずぅーっと、見ててあげるからね?安心してね?」
「うんうん。聞いてる聞いてる」
長い。まだ終わらない。でも最初よりも声のトーンは大分落ち着いてきた。
後もう少しの辛抱だ。ゴールは近い。
これが終わったら、ヨーグルトを食べよう。
アロエの果肉入りのヨーグルト。たまに見かけてもスルーしていたので、食べた事は無い。
異世界にて、人生初アロエ。異世界ならではの希少で貴重な体験だろう、多分。
真面目な話、異世界に来なければ一生食べなかった気がする。
普通の人生送ってたら、なかなか無いよ、アロエを食べようって気分になる機会。
アロエって、どんな味がするのだろうか。今から食べるのが楽しみだ。
いや、食べるのは昼飯の後にした方が良いだろうか。まずは昼飯の事を考えるのが先か。勇み足は良くない。
今日の昼は何にしようか。朝はガッツリ食べたし、昼はアッサリめのメニューが良いだろうか。いやしかし、昨日の昼は、そうめんだった。何だか4週間くらい前の事のように錯覚するが、そうめんを食べたのは、確かに昨日の昼だった。2日連続アッサリめの昼というのはどうなんだ。それで本当に良いのか。
今日のお昼のメニュー、本当に、どうしようか。
ガッツリか、アッサリか、それが問題だ。
「「……っ……」」
「うんうん。聞いてる聞いてる。……ん?どした?」
今日のお昼のメニューを考えながら適当に相槌を打っていると、急に黒夫と魅雪が動いた。
リビングの窓に走り寄り、どこかを見ていた。
「起きたぞ」
「来るよ」
ホラー映画に登場する意味深な子役みたいな事を言い出した。そういうの、昨日で終わったはずなんだけど。
何が起きて、何が来るのか。
二人の視線の方向からして、心当たりは一つだけ。
「……黒夫、魅雪。体調は大丈夫か?変になってないか?」
「「うん」」
「……そうか」
とりあえず、昨日のように変調をきたす心配は無さそう。それだけは良かった。
もし魔物が怒っているなら、二人はここまで平静な様子ではいられないはずだ。
二人の様子を見る限り、魔物の怒りは鎮まっていると考えていいだろう。昨日、酒をしこたま呑ませた甲斐があった。
世の中、大抵の怒りは、酒を呑んで一晩寝れば鎮まる。
消えはしないが、熱は失う。
一時の過剰な熱を失えば、怒りに任せた短絡的な行動にブレーキがかかる。
たかが羽虫如きにわざわざ報復しようなんて気は失せるだろう。
では、魔物は何故、こちらに来るのか。怒りが鎮まっているのに、一体何の用があるんだ。
「……いやホント、なんで来るんだよ……帰れよ、縄張りに……」
たかが羽虫の少し風変わりな巣くらい、放って置いてくれればいいのに。
魔物の気まぐれは、まだ鎮まっていないらしかった。
お読みいただき、ありがとうございました。




