63.電設のヒデオさん、呑ます。
勝算は、ある。
案がうまくハマれば、何とかなるはずだ。
やる事はシンプル。魔物の弱点を突く。
やる事はシンプルだが、問題は実行力。
人間と魔物では、生物としての格が違いすぎる。ただ弱点を突いただけでは意味が無い。羽虫が何をしようと、実行力が弱すぎて、どうにもならない。
地下室にこもり、コンビニを観察している魔物を観察していた時、この案は一瞬だけ考えて、一瞬で却下した。下手に弱点を突いても、魔物をいたずらに刺激するだけで、碌な事にはならないとしか思えなかったからだ。
下手な案は放棄し、魔物が飽きて帰るのを待つ方針に切り替えた。
地下室にいた時。バイクで家を飛び出した時。自分の身体が石にならないとわかった時。その時々で行動は変えたが、基本方針は継続した。魔物が飽きるのをひたすら待っていた。他にどうしようもなかった。
しかし、魔物に言葉が通じるとわかれば、話は変わる。
イケる。きっとイケるはずだ、多分。
魔物に言葉が通じるとわかった今なら、弱点を突けば、何とかなる。
ガチンコでは勝負にならない。搦め手でも勝負にならない。だが、目先の事態を何とかするだけなら、何とかできる。
とにもかくにも、今ここで目先の事態を何とかしないと、後が無い。
目先に迫る最低最悪の事態を回避するために、何とかするしかない。
「フェア。出てきて」
「はい。ますたー」
当然、フェアに頼る。自分では魔物の弱点を突けないが、フェアなら可能だ。
目をつむり、集中する。電気設備を想像する。
狙うのは、十本首の赤蛇の弱点。そのための、取って置きの電気設備。
「フェア。ステンレスタンク。温度管理機能付きの奴」
「はい。ステンレスタンクです。ますたー」
ステンレスタンクが出た。個人用ではなく、法人向けの大型ステンレスタンク。電気で動く温度管理機能付き。
「ふぅむ?これが宝であるか?」
「大きさは、悪くないのである。矮小な存在の宝にしては、なかなか」
「少々素っ気無い代物であるが、綺麗であるな」
「我、気に入ったのである、これ」
「しかし、こんな物、一体どこから取り出したのであるか?」
「おお、我の顔が映るぞ。これ面白いのである」
なんか普通にウケた。予想外にウケた。
円筒形のタンクの周りを十本首が取り囲み、地味に盛り上がってる。
この段階で気に入ってもらえるとは思ってなかったんだけど。
「う~ん?これだけ~?」
地味に盛り上がっていた場が、一瞬で冷えた。
中央の右首が、タンクから自分の方に向き直る。
「これだけなの~?もうおわり~?」
気安く聞こえる口調で言う。底冷えする何かに当てられ、肝が冷やされる。
「これで終わりな訳無いだりょ。焦りゅなよ」
噛んだ。
「ええい!とにかく、これはお宝じゃねえ!こっちが本命の『お宝』だ!」
勢いで押し切る。勢い付けて、大型ステンレスタンクの上部を蹴り飛ばした。
円筒形の上面が吹き飛び、タンクの中身の液体が揺れる。
わずかに中身が零れ、周囲に芳醇な香りが広がった。
「わ~!いいかおり~!」
古今東西、この手の怪物の弱点は決まっている。
酒だ。
「まずは一献。そいつは味見代わりだ。タダでいいぞ」
ちなみに、タンクの中身は日本酒。某有名高級銘柄の純米大吟醸――……のはず。おいしいお酒らしい。飲んだ事無いから知らんけど。
「わ~い!いただきま~す!」
中央の右首が、タンクに頭を突っ込んだ。
「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷっはぁ~!」
息継ぎ無しで大型タンクを一気飲み。正真正銘、うわばみ。ぱねぇ。
「おいし~!」
「どうだ?期待外れだったか?」
「きたいどおり~!」
「それじゃあ、俺の要求を聞いてもらってもいいか?」
「いいよ~!」
中央の右首、堕ちた。
「ま、待つのである!我は認めぬ!そんな事は認めぬぞ!」
中央の左首から待ったがかかった。
この展開は予想済。対策は想定済。予定通りに進行する。
「フェア。ステンレスタンク9基追加。それと、空になったステンレスタンクにおかわり注いで」
「はい。ステンレスタンク9基追加しました。空になったステンレスタンクにおかわり注ぎました。ますたー」
戦いは数だよ。
と言う訳で、タンク追加。これで計10基。
十本首の赤蛇の周囲を、円筒形の大型タンク10基が取り囲む。
「おらよっと」
追加分の大型タンクの上部を片っ端から蹴り飛ばす。周囲に酒の匂いが一気に充満する。匂いだけで酔いそう。
「わ~い!おかわりだ~!」
「ここから先は有料だ。飲みたいなら、こっちの要求を呑んでもらうぞ」
「いいよ~!」
「待て、我よ!安請け合いするでない!何を要求されるかも知れぬのに!」
「そんな警戒しなくても、変な要求するかよ。……要求は一つだ。俺達に、何もするな。こっちの要求はそれだけだ」
「へ~?それだけでいいの~?」
「それ以上は望まねえよ。要求を呑んでくれるなら、好きなだけ飲んでいいぞ」
「いいよ~。なにもしない~」
「……なら良し。飲んでいいぞ」
「いただきま~す」
中央の右首、あっさり了承。そのままタンクに頭を突っ込んだ。
「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷっはぁ~!」
息継ぎ無しで大型タンクを一気飲み。2杯目でも勢いが落ちない。ぱねぇ。
「……で、他はどうする?ちゃんと10杯用意したんだけど?」
「断るのである!」
「あ、我は呑むのである」
「あ、我も」
「お先にいただくのである」
「我はこの杯にするか」
「ナニッ!?我よ、正気かっ!?」
残りの首も、次々とタンクに頭を突っ込んだ。
「「「「「「「「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷっはぁ~!」」」」」」」」
飲み方も飲みっぷりも一緒だった。全首うわばみ。ぱねぇ。
「な、何をしているのであるか!?こ、こんなもので、矮小なる存在に膝を屈するなど!我も、我も、我も、矜持は無いのであるか!」
十本の内、九本は堕ちた。でもまだ中央の左首だけ堕ちてない。しつこい。
「膝が無いのに膝を屈するとか~、お笑い種である~。カッカッカ~」
「矜持とか言われても~、そんなの知らぬし~」
「矜持~?何それ~?おいしいのであるか~?」
「矜持よりも大切なモノが~、この世には存在するのである~。キリッ」
「然り~」
「それで良いのか、我よ!?」
「我、それで良いと思うのである~。それが良いと思うのである~」
「我飲む、故に我在り――……なんちゃってな~!カッカッカ~!」
「ぶっちゃけ、こやつに思う所があるの、我だけだし~。我、関係無いし~」
「然り~」
「もう認めちゃえばいいと思うのである~。そうすれば良いと思うのである~」
「我、認めちゃいなYO~」
「我は認めぬ!断じて認めぬぞ!我のように簡単には屈せぬ!」
「カッカッカ~。頑固であるな~」
中央の左首が必死で声を荒げるも、他の首はあんまり聞いてなかった。
ほろ酔い気分という様子で、素面の言葉を聞いてなかった。
うわばみと言えども、大型タンクを一気飲みすれば酔うようだ。
「あれれ~?おっかしいぞ~?」
中央の右首が、ほろ酔い気味に聞こえるような調子の声を上げた。でも酔ってるにしては目がギラギラしてた。殺人現場に嬉々として乗り込む某少年探偵のような目だった。
「あれれ~?あまってるぞ~?なんでかな~?ふしぎだな~?」
中央の右首が、唯一満タンのままのタンクに目を付けた。
「もったいないな~?もったいないよね~?のこすの、だめだよね~?」
中央の右首が、最後のタンクに完全ロックオン。
「というわけで、いただきま~す」
「あっ」
中央の右首が、タンクに頭を突っ込んだ。
中央の左首が、それを見ていた。
「ごくっ」
「あっ」
「ごくっ、ごくっ、ごくっ」
「あっ、あっ、あっ」
「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ」
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷっはぁ~!」
「あっ」
そしてタンクは空になった。
「あ~、おいしかった~」
「あっ……ああっ……ああああっ……ああああああああっ……あぁぁっ……」
右から、気安く聞こえる調子の声がする。
左から、あまりにも悲痛に満ち満ちた声が響く。
「我の……それ、我の分……我のなのに……我の分……なくなっちゃったぁ……」
何故だろう。めっちゃ胸が痛い。涙が出そう。
「……フェア。おかわり注いで。全部のタンクね」
「はい。おかわり注ぎました。ますたー」
タンクにおかわりを注いだ。
「「「「「「「「「おかわりだぁ~!」」」」」」」」」
「……っ……」
九本の首が喝采を上げた。そして頭を突っ込んだ。
「「「「「「「「「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷっはぁ~!」」」」」」」」」
「……っ……」
九本の首、一気飲み。そしてタンクは空になった。1基を残して。
「あれれ~?おっかしいぞ~?」
「……っ……」
そして再び、ほろ酔い気味に聞こえるような調子の声が上がる。
「あれれ~?あまってるぞ~?なんでかな~?ふしぎだな~?」
「……っ……」
再び、唯一満タンのままのタンクに目を付けた。
「もったいないな~?もったいないよね~?のこすの、だめだよね~?」
「……っ……」
再び、最後のタンクに完全ロックオン。
「というわけで、いただきま――」
「これ我のおおおおおおおおっ!」
タンクに頭を突っ込んだ。
「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷっはぁあぁぁあぁぁぁぁ~……」
タンクは空になった。
「……あぁぁ~っ……これぇ~っ……沁みるぅ~っ……」
中央の左首、堕ちた。
「フェア。おかわり」
「はい。おかわりです。ますたー」
追撃。ここは畳み掛ける。手は緩めない。
「「「「「「「「「「おかわりだぁ~!」」」」」」」」」」
「はいストップ。飲んじゃダメ」
「「「「「「「「「「なんでぇ~っ!?」」」」」」」」」」
「契約内容の確認だ。それ飲むなら、こっちの要求を呑め。内容は――」
「「「「「「「「「「なにもしない~!」」」」」」」」」」
「……なら良し。飲んでいいぞ」
「「「「「「「「「「いただきま~す!」」」」」」」」」」
十本首、みんな仲良く頭を突っ込んだ。
「「「「「「「「「「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
完堕。
「フェア。おかわり」
「はい。おかわりです。ますたー」
まだまだ手は緩めない。
「「「「「「「「「「おかわりだぁ~!」」」」」」」」」」
魔物相手に、手は緩めない。徹底的に堕としきる。
「フェア。次からはタンクが空になり次第、順次おかわりして。俺の指示は待たなくていいから、お願いね」
「はい。次からはタンクが空になり次第、順次おかわりします。ますたー」
「……それと、次からはスピリタスにして」
「はい。次からはスピリタスにします。ますたー」
スピリタス。アルコール度数96度。一応アルコール飲料として販売されているが、ほぼアルコール燃料である。むしろ、アルコール燃料の方がアルコール度数低いまである。
「……まあ、ちゃんと飲み物だし、いいよな……」
一瞬、工業用メタノールをおかわり、なんて危険な案が脳裏をよぎった。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
コレを見ていると、どうしても、変な物を呑ませる気にはなれなかった。
本当に見ていて気持ち良いくらい、見事な呑みっぷり。さすが、本物のうわばみ。ぱねぇ。
「スピリタスをおかわりしました。ますたー」
「「「「「「「「「「あたらしいおかわりだぁ~!」」」」」」」」」」
「うん、ありがとう、フェア。その調子でジャンジャンおかわり注いじゃって」
変な物を呑ませる気は無いが、酔い潰れるまで呑ませる。
呑ませて酔い潰す。
酔い潰してから、家に逃げ帰る。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
「……ある意味、勇者っぽい、か……?」
妖精の助力を得た男が、多頭の蛇の怪物を酒に酔わせ、美女と子供達を救う。
あら不思議。粗筋だけ見ると凄く神話だわ、これ。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
粗筋だけなら。実態はアレだけど。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
ペース早いな。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
「……アホな事言ってないで、とっとと帰ろう、みんなで……」
理想の勇者像からは程遠い気がする。魔物ピンピンしてるし。だが、それはそれ、これはこれだ。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
自分は勇者らしい勇者になりたい訳じゃない。そんなものは目的じゃないから、別にどうでもいい。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
手段や過程はどうあれ、要求を呑ませる事には成功した。最低最悪の事態は回避できた。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
一番重要な目標は達成できたのだから、細かい事は気にしない。後は全員一緒に家に帰ればいいだけだ。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
終わり良ければ、総て良し。良かった良かった。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
「ああもう!最後まで締まらねえなぁ!?」
肝心の終わりが酷い。
「「「「「「「「「「ぷっはぁ~!」」」」」」」」」」
魔物襲来編、このまま終了。




