60.電設のヒデオさん、挑発する。
「ひいいいいいいいいっ!?」
人生初バイク。人生初急発進。超怖い。
「衝突の危険があります。右への回避を推奨いたします。ますたー」
「ぬおおおおおおおおっ!?」
正面には十本首の赤蛇の姿。巨体の側面スレスレをすれ違う。
顔のすぐ横を赤い鱗が掠めた。回避にはギリギリ成功したが、恐怖は増した。
「すすすストップううううううううっ!?」
「はい。ストップします。ますたー」
思わず止めた。横滑りではなく、普通に止めた。
「ぐぇっ!?」
つんのめって後輪が浮く。
カバーに顔面直撃。
痛みは無いが、変な声が出た。
「は、速すぎぃっ!?」
気付いた時には、魔物の脇をとっくに通り過ぎた後だった。
バイク初心者にはスピードが速すぎる。
さすが、某金田のじゃない仕様。某デコ助じゃなくても扱いきれない、これ。
「あの、ごめんフェア。せっかく速いの出してもらったのに悪いんだけど、できればもうちょっとスピード抑え気味でお願い」
フェアに頼んだ。
「……えへへへへへへへへぇぇぇぇぇぇぇぇ~……」
なんか凄い声が出てた。
「あの、フェア?ねえ聞いてる?フェア?」
「……口付けしてしまいました……カバー越しとは言え、口付け……」
「フェア?ねえフェア?フェアさん?聞こえてますかフェアさーん?」
「……えへへぇ~……」
自分の声は届いてなかった。
フェアの様子がおかしい。詳細は不明だが、何か異常事態が発生している。
もしかしたら、急発進と急制動の衝撃で、バイクの駆動に何らかの支障が出たのかもしれない。
さすが、某金田のじゃない仕様。ピーキーすぎて扱い辛い。
「こ、こんな事してる間にも、ヘビが――」
十本首の赤蛇が、自分を狙ってくるかもしれない。後ろを振り向き確認した。
十本の首は全て、オール電化住宅に視線釘付けだった。こちらを見ている首は一本も無かった。
「ガン無視!?」
玄関先でドア越しに見られている気がしたけど、気のせいだった。ただの自意識過剰だった。
十本首の赤蛇は、たかが羽虫なんかに興味は無いらしい。
羽虫なんかより、未知の建造物の方に興味があるらしい。
コンビニを探っていた時のように、十本の首が別々に家を探っている。
ふと、最悪よりも更に最低最悪の悪夢が脳裏をよぎる。
コンビニの時のように、オール電化住宅を壊されたら、どうなるか。
三人は今、地下にいる。地上の建屋が壊されたら、生き埋めになりかねない。
時限式ロックをかけたのが完全に裏目に出た。脱出しようにも脱出できない。成す術無く、生き埋めにされる。
マズい。非常にマズい。マズすぎる。
何が何でも自分に興味を引き付けて、家から引き剥がさないとマズい。
「どこ見てんだよ、ヘビ野郎!こっちに人間がいるぞ!こっちだ!」
大声で怒鳴るも、十本首の赤蛇は見向きもしない。人間が精一杯声を張り上げても、魔物の好奇心には響かない。
人間の声では足りない。それなら、もっと盛大な騒音だ。クラクションを最大音量でぶつけてやる。
「クラクション――……どこ!?バイクって付いてないのか!?」
初乗りバイクでクラクションの鳴らし方がわからない。
ハンドルの真ん中あたりを適当に押してみたが、ウンともスンとも言わない。
自動車と操作感が違いすぎる。こんな事なら二輪免許も取っておくんだった。
「ええい!こっちだって言ってんだろ!聞こえねえのかよ!ヘビ野郎!」
全力で怒鳴る。必死で怒鳴る。それでも、十本首の赤蛇は見向きもしない。
徹頭徹尾、たかが羽虫のオス1匹如き、興味が無いらしい。
カチンッときた。
「ナメやがって!」
頭に血が上った。
頭に血が上ったまま、バイクの透明なカバー部品を掴んだ。
「ごめん、フェア!」
「ますたー!?」
バキンッという音がして、部品が外れた。
カバーの中のフェアが珍しく驚いた顔をしているが、今は後回し。
カバーをそっと地面に下ろす。
「食らいやがれ!」
バイクを力任せに持ち上げ、フルスイング。勇者級の身体能力全開でブン回し、ブン投げた。
見様見真似のハンマー投げ。真っ赤な巨大ブーメランと化したバイクが回転しながらブッ飛ぶ。
ろくすっぽ狙いも付けない適当な攻撃だが、問題無い。標的が馬鹿デカいから、適当に投げても、どこかには当たる。
ダメージなんか最初から期待してない。魔物の気を引けさえすれば、それでいい。
ゴンッといい音がした。
「よっしゃあ!ド真ん中ぁ!」
中央の左首に当たった。後頭部から超イイ音がした。
予想以上の見事な当たり。テンション上がった。
「はははっ!バーカバーカ!よそ見してるからそうなるんだよバーカ!」
ギロリッッッッッッッッッッ。
十対の瞳が一斉にこちらを向いた。
「っ、調子乗りすぎたぁ!?」
超ビビッた。スクリーン越しに目が合った時とは比較にならない。本当に小便チビりそうになった。縮み上がりすぎてギリギリ助かった。
「フェア!もう大丈夫!?俺の声聞こえる!?」
大慌てでカバーを拾い上げる。
カバーの中のフェアは、いつもの平静を取り戻していた。
「大変お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした。ますたー」
「そういうのは後!電動スクーター出して!そこそこの速さの奴!」
「はい。電動スクーターです。ますたー」
電動スクーターが出た。電動バイクより大分ショボい。あんまりカッコ良くは無い。でも乗りやすそう。利便性重視のデザインには好感が持てる。
自分にとっては、これくらいで丁度良い。これくらいが丁度良い。
人間、身の丈にあった道具が一番だ。
「起動よろしく!」
電動スクーターの先頭部分にカバーを無理矢理ブッ刺す。強引に一体化。
「フェアリーパイロットシステム、起動します。ますたー」
電動スクーターがピカッと光った。適当な一体化なのに、ちゃんと起動した。
「はははっ!さすがフェア!早速発進!」
「はい。早速発進します。ますたー」
電動スクーターが一気に加速する。電動バイクよりは穏やかな発進だが、それでも十分速い。
「よぅし!後はこのまま――」
ゾクリッ。
背筋に氷柱をブッ刺されたような悪寒。
無人の荒野の荒い路面にタイヤを取られ、ハンドル操作を誤る。進路が右に大きく逸れた。
直進していれば自分がいたであろう場所に、巨大な頭が突っ込んでいた。
「っ、いつの間に!?」
十本首の赤蛇が、すぐそこにいた。
おかしい。あり得ない。そんなはずは無い。
天体望遠鏡で観察していた時、魔物の前進スピードは、全力で逃げるオッサン達と同程度のスピードだったはず。
電動スクーターは、電動バイクよりは遅いが、オッサンよりは速い。
あの時と同程度のスピードで前進していれば、追い付かれるはずが無い。
「もっと速く動けたのかよ!?」
予定では、一定の距離を保ちながら、付かず離れず逃げるつもりだった。
こちらのスピードが速すぎて引き離しすぎないか心配はしていたが、追い付かれる心配はしていなかった。前提が完全に覆された。
十本首の赤蛇が、頭を低くした前傾姿勢で追いかけてくる。オッサンを追いかけていた時とは姿勢が違う。
鎌首をもたげた姿勢が砲撃形態だとするなら、前傾姿勢は高速形態か。
形態変化するボスモンスターみたいな奴である。
最悪である。
「っ、まさか撃てるのか!?」
ミラー越しに、首が一本だけ頭を少し上げ、大口を開けるのが見えた。
中間の姿勢も取れるらしい。
そりゃ生物なんだから中途半端な姿勢が取れるのは当然である。
最悪である。
「速くて攻撃可能とかアリかよ!?」
後ろを気にしすぎて、路面にタイヤを取られた。進路が左に大きく逸れた。
ヘビの大口から水色の光が放たれ、自分がいたはずの予想地点に当たった。
助かった。ギリギリセーフ。
「フェア、アクセル全開!」
「すでに全開です。ますたー」
無人の荒野をスクーターが走る。
障害物は無いが、不整地で凸凹が多い。スクーターの小さなタイヤが何度も取られる。
凸凹のせいで、スピードが安定しない。魔物を引き離せない。
凸凹のおかげで、軌道がランダムにブレる。蝶のように揺れて、狙いが外れる。
死に物狂いの鬼ごっこ。
事前の想定通り、魔物を家から引き剥がせている。
事前に想像していたより、遥かに怖くて本気で泣きたい。
涙で視界がぼやけたら、事故って人生終わる。泣く余裕すら無い。
「ちくしょう!余計な真似するんじゃなかったぁっ!」
羽虫として無視されてる内に逃げておけば、こんな目に遭わずに済んだのに。
女子供が控えてるからって、つい見栄を張りました。
だって男だもの。しょうがないじゃないか。でも止めときゃ良かった。
後悔しても、もう遅い。
囮役なんか買って出るんじゃなかった。
男の意地とかクソ食らえだ。
命より大事なものなんて、あるものか。
ひたすら逃げる。ひたすら走る。
息が乱れる。自分の脚で走ってる訳でも無いのに、呼吸が苦しい。
吐きそう。喉元まで、キャラメル味のポップコーンがせり上がってくる。
甘い匂いがする。嗅覚が記憶を刺激する。
別れ際の顔が、脳裏をチラついて離れない。
このまま帰れなかったら、泣くだろうか。泣いてくれるだろうか。
泣かせられるか。帰るために逃げる。
時間感覚が狂う。
まだ数秒しか経っていないような気がする。
もう何時間も逃げ続けているような気がする。
魔物が追いかけてくる。いつまでも追いかけてくる。飽きる様子が無い。
追跡の速度が落ちない。どこまでも追いかけてくる。息切れする様子が無い。
水色の光が何発も弾ける。何発避けても撃ってくる。弾切れする様子が無い。
十本首の赤蛇が、縄張りに帰ってくれない。帰ろうとする様子が無い。
「あんなのにケンカ売ったアホは誰だああああああああっ!?」
「ますたーです」
脳裏を走馬灯みたいなものが流れる。
走馬灯の中に、魔物の後頭部にバイクぶつけて喝采を上げるアホがいる。
どこのアホだ、あのアホは。自分だ。アホか。アホだ。アホだった。
過剰に挑発しすぎた。どう考えても、頭にバイクをぶつけたのはやりすぎだった。小便ひっかけるくらいにしとくんだった。
後悔しても、もう遅い。
とにかく逃げるしかない。今更、挑発を無かった事にはできない。
「そう言えばバッテリーは!?バッテリー大丈夫!?」
「はい。バッテリーは大丈夫です。バッテリー残量64%です。ますたー」
「意外と減ってる!?フル充電して!」
「はい。フル充電しました。バッテリー残量100%です。ますたー」
「はははっ!さすがフェア!頼りになる!」
「えへへー」
「もうこうなったらトコトン引っ張ってやる!ついて来やがれ、ヘビ野郎!」
半ばヤケッパチ気味だが、もう開き直るしかない。
他にやる事もできる事も無い。
このまま逃げられる所まで逃げて逃げて逃げまくる。
覚悟を決めた。
「……………………えっ?」
直後。終わりは唐突にやって来た。
スクーター、跳ねた。
「げっ」
大きめの凹みにタイヤが嵌り、勢いそのまま大きくバウンド。自分ごと宙に浮きあがったスクーターが、物理の教科書に載せたくなるほど綺麗な放物線を描く。
ランダム要素の無い、とても綺麗で予測の容易な軌道。
跳躍による上昇スピード。下方にかかる重力加速度。均衡の取れた一点。
心地良い無重力感。何もできない無力感。
跳ね上がり反転した視界の正面。
赤い大口の奥に溜まっていく、美しい水色の光。
「……最期まで締まらねえなぁ……」
勇者の覚悟に意味は無かった。
※バイクにもクラクションは付いてます。




