59.電設のヒデオさん、引き剥がす。
「次は私のあーんだ!」
「次はオレのあーんだぞ!」
「次はボクのあーんなの!」
「ずっとわたしのあーんです」
「いやもうあーん終了だよ」
激しいあーんの応酬の末、理性は死ぬ寸前まで追い詰められたが、生き延びた。
混乱を誘発していた原因物質が消滅し、混乱から回復した。
「……なんで縄張り帰らないんだよ、こいつ……」
甘い時間が過ぎれば、辛い現実と向き合う時間。
ポップコーン食べたり食べさせたりして現実逃避していたが、さすがにもう無視はできない。
スクリーンに映る赤い点が、さっきより明らかに大きい。
十本首の赤蛇、順調に接近中。気のせいでは無い。帰る気配が無い。
「水蛇様は、よほど興味を引かれたと見えるな。さもありなん」
何かを納得したような顔で、ムチムチさんがうなずいていた。
キリッとした顔でウンウンうなずいていた。頬にキャラメル付けたまま。
十本首の赤蛇より、今はこっちが気になる。
「ムチムチさん、ちょっとジッとしててください。すぐ済みますから」
「ひ、ヒデオ殿?な、何を……、こ、こんな、まさか、皆が見ている前で?」
「ああもう、動かないでくださいよ。少しの間でいいですから。いいですね?」
「み、見られながら……。よ、よし!女は度胸だ!さあ来い!」
ウェットティッシュで、まずはキャラメルの付いている頬を拭く。
次いで、指先を拭く。一本一本丁寧に拭く。
絵面がセクハラっぽいけど、セクハラでは無い。断じて。
「指に付けたまま触るからですよ。いい大人なんですから、次からは気を付けてくださいね」
「……っ……」
「はい。綺麗になりましたよ、ムチムチさん」
「……っ……」
「……あの、もう動いていいですよ?」
「……っ……」
固く目を閉じて微動だにしない。
微動だにしない人は放置。スクリーンに視線を戻す。
「興味を引くって言ったって、ここ何にも無いけど……ホントなんでこっち来てんだよ、こいつは……」
無人の荒野。旧開拓村跡地。
この地には、ヘビが興味を抱きそうな物は無い。
自然物も人工物も、目立った物は何も無い。
「何言ってるんだ、ニンゲン?派手な店があるだろ?」
「おっきくてピカピカしてるよ。きっと遠くからでも目立つよ、あのお店」
「……あっ」
すっかり忘れてた。
「コンビニ隠してねえ!?」
言われてみれば当然の事でも、言われるまで気付けない事はある。黒夫と魅雪に言われるまで、素で忘れてた。
この地には今、異世界で最も珍しいと言っても過言では無い建築物がある。オール電化住宅と、コンビニだ。
オール電化住宅の方は、プロジェクションマッピング的なモノで偽装済。周辺設備も含めて、まとめて偽装されている。
しかし、コンビニは剥き出しそのまま。建屋が完全に別物扱いのため、偽装の対象から漏れている。
自分にとっては、コンビニなんて特に珍しくも何とも無い。そのまま普通に受け入れていた。
偽装するの普通に忘れてた。
「フェア、プロジェクションマッピング的なモノ!コンビニに設置!大至急!」
「はい。プロジェクションマッピング的なモノです。ますたー」
スクリーンの映像が分割画面に切り替わった。
画面左には、南方の景色。無人の荒野に、大きな赤い点が一つ。
画面右には、朽ちかけの大きな平屋。コンビニ偽装済。
「よ、よし、これで大丈夫!」
「いいえ。大丈夫では無いものと推測されます。ますたー」
分割画面の中では、赤い点が変わらぬ速度で接近してきていた。
「や、ヤバイ……遅すぎたか……」
後悔しても、もう遅い。
無人の荒野のド真ん中に、電飾で光る施設があったら、目立つ。興味を引かれて近付く者がいても、おかしくない。
今まで電飾で光っていた施設が、急にボロい外観に変わったら、更に目立つ。更に興味を引かれて近付く者がいても、おかしくない。
詰んでる。事前に偽装を忘れた時点で詰んでた。
さかのぼって言うなら、異世界でカップラーメン食べたいなんてアホみたいな理由でコンビニ出店してもらった時点で、こうなる運命だったのかもしれない。
要するに、自分の自業自得である。
「……やり過ごせるか……もしダメだった時は……」
十本首の赤蛇は、今はコンビニに興味を引かれて近付いてきているようだが、いつまでも興味を引かれ続けるという事は無いだろう。飽きたら縄張りに帰るはずだ。
飽きるまで、帰るまで、地下室にこもり、待つ。
天気予報で台風のニュースを見ながら家の中に引きこもるように、十本首の赤蛇がいなくなるのを待つ。何も被害が発生しない事を祈りながら。
しかし同時に、もしもの時の事を考えておかなければならない。
この地に十本首の赤蛇を引き寄せるという事態に陥ってしまったのは、自分の自業自得だ。当然、その尻拭いは自分でする。
大人の男なら、自分の尻拭いくらい、自分でするものだ。
ましてや、今、後ろには女子供が控えている。自分の尻拭いには巻き込めない。
根っから小市民の平凡なサラリーマンにも、男の意地くらいある。
「……フェア。万が一の時は頼りにしてるよ」
「わたしは要請に応える者です。ますたー」
男の意地だけで全部どうにかなるほど、現実は甘くない。
フェアは巻き込む。フェアに全力で頼りつつ、何とかする。
フェアだけは巻き込むが、他は巻き込まない。それが自分なりの、いざと言う時の決意である。我ながら決意がショボいが、しょうがない。
神話の魔物と勇者が1対1で雌雄を決す、みたいな対決シーンを演じるのは無理だ。自分はそういうタイプの勇者じゃない。
「……ひ、ヒデオ殿?ま、まだか?」
「いやだからもう動いていいって言ったでしょう、さっき」
この人、まだ目を閉じてジッとしていた。
この人を、自分の自業自得には巻き込めない。絶対に。
なんか変に決意が固まった。
決意を固めた所で、現状、やる事は無い。ただ待つだけ。それだけだ。
何も起こらなければ、ショボい決意も出番は無い。
リスク対策なんて、無駄になるのが最良だ。ショボい決意、無駄になって欲しい。
「……………………」
スクリーンいっぱいに、のろのろ進む十本首の赤蛇の姿。全員が固唾を呑んで見守る中、コンビニに到着した。
思っていたより早い。巨体のせいでノロく見えるが、実際の動きは速い。
魔物のお目当ては、やはりコンビニで間違いなかったようだ。十本の首が別々に動き、ボロ家に偽装したコンビニを探っている。時々舌が当たり、わずかに偽装が乱れる。
プロジェクションマッピング的なモノは、弱点が通常のプロジェクションマッピングとほぼ共通。投影先の物体に異変があると、そこに乱れが発生する。
「……じれったい……」
魔物と言えど、ヘビはヘビ。
ヘビが興味を抱くような物など、ほとんど無い。コンビニの見た目に引き寄せられただけなら、見た目に飽きれば帰るだろう。
店内には一応、ヘビの魔物が強烈に興味を抱きそうなアレが売ってる。一応あるにはあるが、外から探っているだけではバレないだろう。
徐々に、十本首が飽き始めた。一本、また一本と、コンビニに興味を失っていく。
のんびり空を見上げる首。縄張りのある南の方を向いている首。退屈そうに欠伸している首もある。
「……さっさと飽きろ……」
すでに八本の首が飽きている。それでも、まだ二本残っている。
中央の二本の首。配置的に見て、リーダーと副リーダーだろうか。どっちがどっちか見分け付かないけど。
中央の首の二本が、しつこくコンビニを探っている。左の首が赤い舌をペシペシ当てて、右の首が偽装の乱れる様子を見ている。
ヘビには不釣り合いな知性を宿した目が、コンビニを見逃してくれない。
「……よし……そのまま帰れ……」
ついに、左の首が舌を引っ込め、コンビニから離れた。どうやら探るのは終わりらしい。
後はこのまま帰ってくれれば、万事解決。無駄に緊張させられた時間も、いずれはただの笑い話に変わるだろう。
右の首が、大きく上に伸びをした。まるで、長時間デスクワークしていたサラリーマンが、ようやく仕事が終わって伸びをするように。
これで本当に終わりだ。
……なんて油断するのは早かった。
「……っ……!?」
次の瞬間、右首の頭突きがコンビニに突き刺さった。
勢い良く振り下ろされた巨大な頭が偽装を貫き、コンビニを破壊する。
衝撃で電装系に故障が生じたのか、偽装が解除された。
イートインコーナーの辺りが完全に潰されている。
それを見て、魅雪が大きく体を揺らした。
「あー!?お店壊したー!」
ギロリッッッッッッッッッッ。
十対の瞳が一斉にこちらを向いた。
ビビッた。スクリーン越しに目が合った気がして、小便チビるかと思った。
「くそっ、バレた!?」
興味の対象が、コンビニから、こちらに移った。
十本首の赤蛇が、迷い無く家に向かってきている。
明らかに、この家の存在がバレている。
「ご、ごめんなさい、おじちゃん……ボクのせいで……」
「謝らなくていい。魅雪のせいじゃない」
魅雪が泣きそうな顔になっている。
白い頭をグリグリ撫で回す。
大声を上げてしまったのは、もうしょうがない。
イートインコーナーは、密かな魅雪のお気に入りスポットだ。間食でコンビニおにぎり食べてる姿を何度か見ている。楽しそうに足ブラブラさせながら、実に幸せそうな顔をしていた。
お気に入りを目の前で潰されたら、そりゃあ文句の一つも出るだろう。思わず大声になってしまったのは、もう本当にしょうがない。
魅雪は悪くない。
大体からして、そもそも誰が悪いかと言えば、油断していた自分が悪い。
防音対策されたホームシアターにいれば、多少うるさくしても気付かれるはずが無い、なんて高を括っていた。
魔物を本気で警戒するなら、児童虐待と罵られてでも、子供達が静かにするように何らかの措置を講じておくべきだった。
「ちっ。さっさと帰りゃいいのに、あのヘビ野郎。何のつもりだよ」
ヘビの表情が読めない。
この家に近付いて来る理由は何だ。ただの興味本位なのか。それとも、八つ当たりしに来たのか。あるいは、全く別の理由があるのか。
この段に至っては、楽観は無しだ。最悪を想定する。
十本首の赤蛇は、怒りの原因を潰しても怒りが消えきらず、コンビニを壊しても怒りが収まりきらず、更なる攻撃対象を見付けて近寄って来ている。そう想定する。
逃げるしかない。
全高10mの巨体に、石化のブレスという状態異常攻撃持ち。こんなのにケンカ売るのは馬鹿のやる事だ。
自分は、馬鹿な事はしない。
「ムチムチさん。後をお願いします。私は少し出てきます」
「な、何を言っている?貴殿、何をする気だ?」
「あいつをこの家から引き剥がします。ひとっ走りしてきますので、しばらく静かにして待っていてください」
「まさか囮にでもなる気か!?無茶だ!」
「はははっ、まさか。囮だなんて、そんな御大層な事しませんよ。ちょっと気を引いて、あいつの狙いを家から外すだけです」
「それを囮と言うのだ!」
「……まあそう言う説もあったりするような?」
「貴殿、正気か!?私達のために囮をするなどと!?」
「いや何言ってんですか。自意識過剰すぎですよ、いくら何でも」
「では他に何があると言うのだ!」
「そんなの、家を壊されないために決まってるでしょ。このままだと、コンビニを壊したみたいに、家を壊されるかもしれませんからね。そうならないよう、ちょっと引き剥がすだけですよ」
「ダメだ!あまりに危険だ!やめるべきだ!」
「そう言われましても。後3年は住む予定ですし、この家。壊されちゃ困るんですよ、俺が」
喚くムチムチさんを適当に言いくるめ、地下室のドアに手をかける。
外に出ようとして、左右からしがみ付かれた。
「ニンゲン、危ないぞ!やめとけ!」
「やめた方がいいよ、おじちゃん!危ないよ!」
「心配いらないよ。ちょっと出てくるだけだよ。すぐ戻るよ」
我ながら、露骨に不吉すぎる台詞を吐いてしまった。
不吉でも何でも、まずは黒夫と魅雪を安心させるのが先だ。それ以外は後回し。
「いいか、黒夫、魅雪。ここでお姉ちゃんと待ってるんだぞ。すぐ戻るから、必ず戻ってくるから、この前のコンビニの時みたいに勝手に出てくるなよ?」
「ニンゲン!」
「おじちゃん!」
「いいな、絶対だぞ。フリじゃないからな。今度こそ、ちゃんとイイ子にしてろよ。じゃないとプリン抜きにするからな?」
黒白の頭をグリグリ撫で回してから、引き剥がす。
「フェア、行くよ」
「はい。ますたー」
三人を残して、地下室から出た。
そして、ドアを閉める。
「……フェア。時限式ロック、開錠は1時間後」
「はい。時限式ロック設置しました。開錠は1時間後に設定しました。ますたー」
地下室のドアに時限式ロックをかける。電子錠の一種。時間が来れば自動で開くが、時間が来るまでは開ける方法が無いタイプの鍵。
児童虐待と罵られようと、必要な措置は講じる。
子供達は地下室に1時間監禁する。
これで1時間は、後ろを気にせず、囮役に集中できる。
「フェア。悪いけど付き合ってもらうよ。危ない目に遭わせて悪いけど」
「わたしは要請に応える者です。ますたー」
階段を上がる途中で、けたたましい警告音が鳴り響いた。どうやら十本首の赤蛇は、庭の柵を越えたらしい。
あの巨体だから、きっと柵は踏み潰されているだろう。帰ってきたら直さないといけない。
一瞬、もう帰ってこれないかもしれない、なんて思考が脳裏をよぎった。
「ええい、弱気になってる場合か!フェア、BGMチェンジ!何でもいいからノリのいい奴!」
「はい。BGMチェンジしました。ますたー」
スピーカーから発する警告音が、アップテンポな曲に変わった。
どっかで聞いた事があるような曲だが、曲名は忘れた。
今は曲名とかどうでもいい。
「はははっ!イイねイイね!ガンガン逃げようぜって感じの曲だね!」
「ますたー。お気に召しましたか?」
「もちろん!さすがフェア!」
「えへへー」
前向きなんだか後ろ向きなんだか自分でもよくわからないが、どっちでもいい。
今はとにかく元気になれれば、それでいい。
空元気も元気の内だ。
フェアと共に1階に上がり、玄関のドアの前まで行く。
まだドアを開けてないのに、ドアの向こう側から、全身を舐め回すような視線を感じた。
魔物に透視でもされているのか。それとも、視覚以外の超感覚的なモノで見られているのか。
どちらだろうと構わない。
見られていようが、見られていまいが、やる事は変わらない。
ここからは鬼ごっこの時間だ。魔物相手にひたすら逃げる。魔物が飽きて縄張りに帰りたくなるまで、逃げて逃げて逃げまくる。
当然、生身で逃げるのには限界があるので、フェアに頼る。勇者より、よっぽど頼りになる。
家の玄関は、芸能人の豪邸並。広々としたスペースがある。これだけ広ければ問題無い。
「フェア、電動バイク!とにかく速い奴!」
「はい。電動バイクです。ますたー」
電動バイクが出た。某金田のじゃない仕様。真っ赤なボディがカッコイイ。
こんなん絶対テンション上がりますわ。最高。
「よぅし!行くぞ!」
電動バイクにまたがり、ハンドルを握った。
ハンドルを握って、困った。
「運転の仕方わかんねえ!?」
何となくノリと勢いだけで電動バイクなんか出してしまったけど、動かし方がわからなかった。
それ以前に、そもそも二輪免許持ってなかった。
普通自動車免許なら持ってる。ゴールドだ。
「わたしにお任せください。ますたー」
困っていたら、フェアが電動バイクの前面の透明なカバー部品(名称不明)に取り付いた。
溶け込むように一体化。曲面ディスプレイ化し、フェアの可愛い姿が表示された。
「そんな事できんの!?」
「日々の成長により、できる事が増えているのです。スキルアップは留まる事を知らないのです。ますたー」
よくわからないが、フェアは更に有能になっているらしい。
勇者は据え置き。置いてけぼり。
ちょっと切ない。
「フェアリーパイロットシステム、起動します。ますたー」
電動バイクがピカッと光った。
パネルに何かのメーターっぽいものが色々表示され、前輪と後輪からウィンウィンとモーター音が鳴り出す。
どうやら起動したらしい。自分は何もしてないけど。
「フェアリーパイロットシステムって何!?」
「フェアリーパイロットシステムは、フェアリーパイロットシステムです。ますたー」
きっと自動車の自動運転システム的なモノだろう、多分。
「わたしは電動バイクを動かします。ますたー」
「うん。よろしく」
「ますたーはハンドルの操作をお願いいたします。わたしは、ますたーの手に為されるがままになります。どうぞお好きなように動いてください。ますたー」
「あ、はい」
とりあえず動くなら何でもいい。今はとにかく動けばいい。
「行くよフェア!ヘビの注意を引き付けて、この家から引き剥がす!」
「はい。わたしとますたーの家から邪魔者を引き剥がします。ますたー」
「ド派手に行くよ!アクセル全開!ドアごとブチ破って出発!」
「はい。アクセル全開です。ますたー」
ギュオンッ。
電動バイクが一気に加速する。玄関からドアごと飛び出した。
「あ痛ぁっ!?」
外れたドアの端っこが目に当たって痛かった。
普通にドア開けて出れば良かった。




