56.電設のヒデオさん、流す。
「私、店員。……今、あなたのすぐ後ろにいるのおおおおおおおおっ!」
「きゃああああああああっ!?……って、その話はもうやめてくれと言っているだろう!ヒデオ殿!」
あの後、店員さんに立ち読みを注意されて大変な事になったらしい。1時間以上の立ち読みは注意されるようだ。
それはそれとして。数日ほど、メリーさんアレンジ怪談で楽しめた。
同じ話を何度もしているのに、何度も驚いてくれる、この人が悪い。自分は悪くない。
「はははっ、すみません」
「笑い事では無いのだぞ!もうっ!」
ちなみに、家の環境設定は完璧である。
スピーカーからはヒュードロドロというBGMを流している。
エアコンの設定温度は最低値にし、これでもかと冷風も流している。
「はははっ、あんまりにもリアクションが良かったもので、つい」
「もうっ!貴殿は本当に酷い男だな!もうっ!」
「「「……………………」」」
なんか外野から微妙に冷ややかな目で見られていたような気がしないでもないけど、きっと気のせいだろう、多分。
気にせず流した。
ふざけたりしつつも、日々の生活のために必要な確認は適宜行っている。
数日ほど、コンビニに毎日通った。
「フェア。商品の補充、お願い」
「はい。商品を補充しました。ますたー」
毎回、入店前に商品を補充する。補充をしてから、入店。
「イラッシャイマセー」
毎回、店員さんは挨拶してくれる。律儀である。強面だけど。
入店したら、まずは商品が補充されているか確認する。
「……ちゃんと補充されてるな、塩も……」
食塩は、普通に補充される。他にも店内の商品を色々持ち出したが、どれも普通に補充される。電気とは無関係な商品でも、コンビニ店内であれば補充できる。ここ数日確認した限りでは、補充できなかった商品は無い。
コンビニという一つの巨大な電気設備の塊を十全に機能させるためには、コンビニ内に商品が充実している必要がある。これは『電気設備が使用可能になる』ために必要な措置の範疇。
フェアに頼めば大体何とかなる。いつも通りである。
「……ねえ、フェア。冷蔵庫から塩を出して欲しいんだけど、できる?」
「ますたー。冷蔵庫の中に塩が入っているのは変です。あり得ません」
「……うん、そうだね。俺もそう思うよ、フェア」
そしてやっぱり冷蔵庫からは塩が出ない。これも確認済。
出ないものは出ない。
「……新聞はそのままか……」
コンビニでは新聞も販売している。
どっかで見た事があるような新聞社の新聞が一通り。他にも、地方紙っぽい新聞もある。いずれも、記事の内容は普通に読めたが、名前、日付、広告欄など、部分的に不自然な欠落が見受けられる。そして、記事の内容は毎日同じだった。
店内から持ち出せば、減った分は補充される。しかし、内容は更新されない。
雑誌系も同様。減った分は補充される。内容は更新されない。
週刊誌は、ずっと同じ号が並んでいる。
月刊誌は、まだコンビニが出店してから日が浅いため確認できていないが、おそらく更新されないだろう。
商品の種類が膨大すぎて、とても全部は確認しきれない。
別に全部確認しなくてもいい。日常生活に必要な部分は確認済。当面は問題無い。
ここから先は、ほぼ暇潰しである。
目に付いた雑誌を適当に開き、内容に目を通す。家に帰って読むほどのものはあまり無いので、もっぱら立ち読みで流し読み。玉石混交の情報の中から、今の自分の役に立ちそうな情報を適当に拾い上げていく。
「……おっ、これなんかイイ感じ?フェア、どう?これ行けそう?」
「わたしは要請に応える者です。ますたー」
「うん。じゃあ家に帰って早速やってみようか」
欲しい雑誌を手に取り、レジに行く。
「これください。レジ袋はいりません」
「毎度アリガトウゴザイマスー」
会計を済ませ、店を出る。
「アリガトウゴザイマシター」
毎回、店員さんは挨拶してくれる。本当に律儀である。
最近では、強面が愛嬌のある顔に見えてきた。
家に戻ったら、雑誌を開いて準備する。
「おーい、昼飯にするぞー」
適当に声をかけると、三人がやって来た。
「ニンゲン。今日の昼はなんだ?」
「そうめんだ」
「そうめん?おじちゃん、そうめんって何なの?」
「えっ?そうめん知らないのか?そうめんって言うのは……、小麦を練って細くしたもの?そんな感じのものだよ。とにかく細い奴だな」
「なんだ。肉じゃないのか」
「肉じゃねえよ。……いや、薬味の代わりに何か用意するか。手伝え、黒夫」
「ふん、しょうがないな。オレが手伝ってやらないとニンゲンはダメだからな。特別に手伝ってやるぞ」
「ボクもお手伝いするよ。何すればいいの?」
「それじゃあ、黒夫はハム切ってくれ。細切りな。魅雪は炒り卵ね」
「「はーい」」
簡単な指示で、黒夫と魅雪が動き出す。
お手伝いと言っているが、実際には自分よりも手際が良い。テキパキ動く姿は実に頼もしく、安心して任せられる。
そうめんと言えば、ネギが薬味の定番の一つだが、今回は無し。ワサビも無し。
「ここは私も手を貸すべきだな。私は何をしようか?」
「ええっと……。ムチムチさんは食器の用意をお願いします。お椀と箸、それと麦茶も人数分お願いします」
「うむ。任された」
ムチムチさんは刃物にも火元にも近付けたくないので、それ以外の仕事を振る。
自分はモヤシを水洗いしてレンジでチン。一番仕事が少ない。
「ハム切ったぞ」
「卵できたよ」
「ありがとう。黒夫、魅雪」
二人とも本当に手際が良い。本当に助かる。
小さめの深皿に、ハムと炒り卵とモヤシを雑に盛る。付け合わせ完成。我ながら手抜き感が酷い。
そうめんの付け合わせに気合を入れるほど料理上手では無い。
「ヒデオ殿。こちらも用意が終わったぞ」
「……並べ間違えてますよ、箸」
「な、何?……あっ!?」
ちなみに、マイ箸の色分けは、自分が黒、フェアが白、黒夫が青、魅雪が赤、ムチムチさんが緑。フェアの箸だけ、爪楊枝サイズ。
没個性なガラスコップには、ペットボトルの麦茶が注がれている。
少し手間取ったが、食器も準備できた。
「ここからはフェアが頼みだ。よろしく頼むよ」
「わたしは要請に応える者です。ますたー」
改めて、雑誌を開く。
今日の昼食のメインは、該当ページに載っている電気設備が肝だ。
「いでよ!ウルトラスーパーデラックス流しそうめんスライダーFX!」
「はい。ウルトラスーパーデラックス流しそうめんスライダーFXです。ますたー」
ウルトラスーパーデラックス流しそうめんスライダーFX(仮)が出た。電池付き。水付き。そうめん付き。
「「「わぁっ!?」」」
「これぞ!ウルトラスーパーデラックス流しそうめんスライダーFXだ!」
説明しよう。ウルトラスーパーデラックス流しそうめんスライダーFX(仮)とは。各種レーンを組み替える事によって変幻自在の流水パターンを構築可能な凄い流しそうめんスライダーなのだ。
パターン総数、実に3万パターン以上(理論計算値)。毎日パターンを組み替えても、全パターンを楽しむのに80年以上かかるぞ。凄いぞ。
もちろん、凄いのはレーンだけではないぞ。当機専用に独自設計された高トルク電動モーター搭載(単1乾電池×4本使用)。力強い水流により、ゴール地点に到達したそうめんをスタート地点に再充填する機能の実現に成功したのだ。
これでもう、そうめんを逐次投入する手間とはオサラバ。そうめんを一度投入したら最後、全てを食べ尽くすまで無心で流しそうめんスライダーを楽しめるぞ。凄いぞ。
さあ、これを見ている、そこのキミ。キミも今すぐ、このウルトラスーパーデラックス流しそうめんスライダーFX(仮)を手に入れて、キミだけのウルトラでスーパーでデラックスなオリジナル流しそうめんパターンを構築するのだ。善は急げ。
ちなみに、FXは『flexible(意味:柔軟性のある)』の略だぞ。
『foreign exchange(外国為替証拠金取引)』では無いぞ。
要するに、流しそうめん器である。
ちなみに、実際の商品名は、もっと長い。名前の一部に不自然なブランクがあるので、正式なフルネームには更に何か文言が追加されるものと推測される。至極どうでもいい情報。
「……これ家庭用だけど、一般家庭向けじゃないよな、どう見ても……」
出して思ったが、超デカい、この流しそうめん器。
うちのダイニングテーブルは大きいから普通に乗ったが、普通の家庭のテーブルだと乗りきらないだろう。
実家のテーブルだと確実に乗りきらない。乗るけど、はみ出る。
「使用レーン数を減らす事で、全体のサイズを調整できる仕様です。ますたー」
「あ、そうなの?……ああ、そういう事……世知辛いなぁ……」
雑誌の記事に目を落とす。
夏に向けての先取り特集の皮を被った販促系の記事の中に、この流しそうめん器の記事が写真付きで載っていた。記事自体は流し読みだったので、あまり詳しい内容は把握していなかった。
記事に載っているサンプル写真は、全レーンをフルに使用した最長バージョン。狭い家に住んでいる人は、少ないレーンで短いコースを作って楽しむようだ。
流しそうめん器から垣間見える格差社会。
それでも、流しそうめん器を買って楽しもうというご家庭は、まだ恵まれている方だろう。こんな娯楽用品を買う余裕の無いご家庭もあるだろう。
気付いてしまうと、何とも世知辛い。
「ニンゲン、まだか?まだなのか?」
「早く食べようよ、おじちゃん」
「本を読むのは後でも良かろう、ヒデオ殿」
気付いたら、三人がソワソワしながら待っていた。
格差社会とか、今はどうでもいい。
そんなものより、目の前の流しそうめんが優先だ。
めんつゆ(ストレートタイプ)を全員のお椀に注ぐ。黒夫のお椀に水を追加し、希釈する。
準備完了。
「「「「「いただきます」」」」」
全員で流しそうめんを食べる。
「なんだこれ!?掴みにくいぞ!?この、こいつめ!逃げるな!」
「あー!?その桃色の、ボクが食べたかったのに!」
「ふっ、悪いな。これは私がもらうぞ。ミユキは緑のを食べれば良かろう」
「……フェア、そうめん追加。色はピンクで」
「はい。そうめん追加しました。ますたー」
「あー!?なんで桃色の、こんなにたくさん入れちゃったの!?」
「またやったのか、ニンゲン!まったく!女心がわかってないぞ!」
「いや何でだよ。ピンクのが欲しかったんだろ?じゃあいいだろ、これで」
「違うのー!ちーがーうーのー!そうじゃないのー!」
「はいはい、わかったわかった。フェア、緑も追加で」
「はい。緑も追加しました。ますたー」
「「そうじゃない!」」
「……この色付きの麺、味は変わらないのだなぁ……美味だけど……」
「姉ちゃん、色の付いたヤツ取りすぎ!」
こうして、この日の昼食は騒がしく過ぎて行った。
こんな日が、ずっと続く。漠然とではあるが、そんな風に思っていた。
そう思っていたのだ。この日の昼までは。
「……っ……なんだ、今の……?」
昼食後。ウルトラスーパーデラックス流しそうめんスライダーFX(仮)を洗うために四苦八苦しながら分解している時。
ナニカを感じた。
何とも言い難いが、背中の手が届かない所を蚊に刺されて痒くなったような不快感がある。自分の手には負えないナニカが、得も言われぬ不快感を与えてくる。それが何なのか、わからない。
「……おじちゃん……」
「……ニンゲン……」
「ど、どした、二人とも?」
黒夫と魅雪が来た。顔から血の気が引いていた。
「……ビキンビキンッてするの……角が痛い……痛いよ……」
「……こ、声が……声がするんだ……聞こえないのに、耳の奥に響いて……」
黒夫と魅雪が同時にナニカを感じ取っている。
平和ボケ国家で生まれ育った自分ですら、わずかながらナニカを感じている。
確信は無いが、凄くマズい気がする。
「ヒデオ殿。面倒な事になったようだぞ」
少し遅れて、ムチムチさんが来た。
自分と同レベルで危機感が鈍感なはずのムチムチさんまで、ナニカを感じているらしい。
壮絶にマズい状況になっていると確信した。
「何か知ってるんですか?」
「いいや。何も。しかし、この感覚は、見当は付く。誰かが水蛇様を怒らせたようだ」
「水蛇様?……それって、もしかして、ヘビの魔物の事ですか?この家の南に住んでるって言う」
「魔物、だと?まさか水蛇様の事か、それは。人間は水蛇様をそんな風に呼んでいるのか……何と恐れ知らずな……」
リビングの窓から、南に聳え立つ山脈に目を向けた。丁度その時、峰の向こうで水色の光が弾けた。
「な、何、今の?」
「どうやら本格的に怒らせたようだな……。上位存在から見れば、私達など羽虫と変わらない。寄らば払うが、それだけだ。……本来ならば、それだけのはずなのだが、今回はそれだけでは済まなさそうだな。一体どこの誰が何をやらかしたのか知らないが、まったく面倒な事をしてくれたものだ」
それを聞いて脳裏に浮かんだのは、ほぼ山賊のオッサン連中。総勢百余名のオッサン奇襲部隊。
「どこの誰って、あの人達でしょう、これ。時期的に考えて」
「そうとは限らないだろう。かれこれ1週間以上前だぞ、奴らがここを発ったのは。こう言っては何だが、水蛇様の膝元で、そんなに長々と生き永らえるほどの猛者がいるようには思えなかったが」
「そりゃあ、まあ、普通に考えたらそうですけど」
無駄に休憩と演説の多いオッサン隊長に率いられた集団を思い出す。
予定が大幅に遅れているのに、野営中に前祝と称して酒盛りし、二日酔いで出発を後らせるようなオッサン連中だった。
正しく王国の精鋭と呼ぶに相応しいオッサン連中。作戦の進捗度は、常識では計れない。実はまだ山を登り始めてすらいなかったとしても、自分は驚かない。
とは言え、ここからでは事実は知れない。あのオッサン連中なのか。それとも、別の誰かなのか。
正体に関しては、正直、どうでもいい。いずれにせよ、赤の他人だ。一度だけ顔を合わせた事のある赤の他人と、一度も顔を合わせた事の無い赤の他人は、存在価値としては等価で無価値。
問題は、ヘビの魔物が怒ったとして、この家にどんな影響があるのか。
「……どうなりますかね?」
「わからない。神のみぞ知る、と言った所か」
「……どうすればいいですかね?」
「どうする事も無いな。私達にできる事など、怒りが鎮まるのを静かに待つ事だけだよ。他にあるものか」
「……………………」
「気休めかもしれないが、そう悲観したものでも無いぞ。言ったろう、羽虫のようなものだ、と。羽虫など、普通は見向きもされない。不用意に近寄れば払われるが、遠ざかれば見逃される。わざわざ追いかけてまで打ち払うほどの価値など、羽虫には無いからな」
魔物は、この世界の絶対的頂点に座す超巨大生物。
人間の王国では魔物呼ばわりだが、その実態は神様に近い。
一神教の唯一神などではなく、土着信仰の土地神の類。
より身近で、より危険。
畏れ敬い、伏して触れるべからず。
魔物の存在は強大。
魔物にとって、たかが人間如き、敵とは見なされない。害虫とすら見なされない。
耳元の近くを飛んでいる時だけ小うるさくて気に障る程度の、取るに足らない羽虫。人間も魔族も、魔物から見れば羽虫に等しい。
駆除のために努力するのも馬鹿馬鹿しいと思わせるほど存在価値が低いなら、ある意味、安心ではある。
基本、魔物は縄張りから出ない。ヘビの魔物の縄張りは、山脈の向こう側。
こちらから変な事をしない限り、問題無い。
きっと問題無いはずだ、多分。
「……とにもかくにも、待つより他無し、か……」
人間も魔族も歯が立たない超巨大生物。そんなもの、自然災害と変わらない。
現状、ただ静かに待つしかなかった。




