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55/152

55.電設のヒデオさん、店を出る。


改めて、全員でコンビニに入店した。



「イラッシャイマセー」


「「「うわーっ!?」」」



黒夫と魅雪はまた驚いていた。でも先程よりは表情が硬くない。


怖がっていると言うより、むしろ怖いのを楽しんでいる感じがする。恐竜イベントの展示を見ている時の子供とノリが似てる。


初見のムチムチさんは、顔が真っ青になっていた。



「あの、大丈夫ですよ?ちょっと見た目は怖いですけど、危険は無いですから」


「危険が無いだと!?貴殿は警戒心が無さすぎる!」


「いやホント大丈夫ですので。……あの、ですから、離れてもらっていいですか?動きづらいんですけど」


「わ、私を一人にする気か!?」



ビビッたムチムチさんにムッチリしがみ付かれた。相変わらず、男に対する警戒心が皆無。


おかげで、右腕がとても幸せ。具体的に何がどうとは言わない。



「危険なんて無いですよ。ほら、よく見てください。いい人そうな目をしてるでしょう?」


「わかるかぁっ!大体、竜の幼体の顔など見分けが――……ん?この目、義眼……いや、まさか……ゴーレムなのか?竜を模した小型のゴーレム?」


「ええまあ似たようなものです多分きっとそんな感じのアレですハイ」


「よく見れば造形が少々不自然だが、この洗練された自然な動き……こんなゴーレムが存在するとは……何なのだ、このゴーレムは……」


「この店の店員さんです」


「竜を模したゴーレムの店員……何と言う恐れ知らずなものを……怒りを買ったらどうする気なのだ……」



この世界、ゴーレムがいるらしい。見てみたいような気がしないでもないけど、今はあまり興味が湧かない。


しがみ付かれた部分、やわらかい。


ゴーレムとか至極どうでもいい。きっとゴーレムは固いのだろう、多分。



「し、しかし、本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ。ほら、離してください。もう怖がってるのムチムチさんだけですよ?」



黒夫と魅雪は早々に慣れたらしい。店員さんの前を通過して店の奥に行っていた。


弁当コーナーの辺りをウロチョロしてる。食い気が勝ったのか。



「ゴーレムがいるのに何もしてこないのか?ゴーレムと言う事は、番人代わりでは無いのか?」


「店員さんだって言ってるでしょう。別に何もしやしませんよ。見た目がちょっと怖いだけで、それ以外は普通の店員さんですから、何も危険は無――」


「御客様アアアアアアアアッ」



店員さん、跳んだ。



「……………………えっ?」



自分の方に、ではない。


レジから店の奥へと一息で跳躍した。息してないけど。



「御会計ノ前二商品ヲ開封スルノハ御控エクダサイマセエエエエエエエエッ」


「「うわーっ!?」」



急に跳んだかと思ったら、黒夫と魅雪の傍に着地。動きが速すぎて見逃しかけた。


よく見たら、黒夫と魅雪はおにぎりを持っていた。パッケージの第一段階が半分ほど解除されかけている。


どうやら、会計を通していない商品を開封しようとすると、レジから強面の店員さんが跳んでくる(比喩抜き)らしい。


全商品、実質タダなのに、仕事熱心すぎる。


人間の店員を超越したプロ根性。何が何でも商品は会計を通さなければいけないという強いプロ意識を感じる。



「こいつ!返り討ちにしてやる!」


「ギッタンギッタンにするの!」



プロ店員さんを前にして、黒夫と魅雪は何故か臨戦態勢になっていた。何故だ。



「いや待て早まるな!?レジを通せばいいんだよ!」



注意をしたが、もう遅い。


こちらの言葉が届くよりも早く、黒夫が動いた。店員さんのアゴめがけてサマーソルトキック。しかしそれは空を切る。


店員さん、わずかな首の動きだけで回避。



「困リマス御客様アアアアアアアアッ」


「避けた!?こいつめ!」



回避しつつ、黒夫からおにぎり回収。一瞬の手業。動きが速すぎて見逃した。


魅雪が店員さんの斜め後ろからタックルを仕掛ける。しかしこれも空振り。


店員さん、後ろ足を一歩引き、体を横に逸らして回避。



「御会計ヲ済マセテクダサイマセエエエエエエエエッ」


「予備動作が見えないの!?すっごく動き変なの!」



回避しつつ、魅雪からおにぎり回収。一瞬の手業。動きが速すぎて見逃した。



「コチラノ商品ハ御預カリイタシマスウウウウウウウウッ」


「それオレのだぞ!」


「ボクの!返して!」



店員さんの両手は、おにぎりで塞がっている。そこに黒夫と魅雪が容赦無く襲い掛かる。


黒夫の追撃。鋭い貫手のワンツー。しかし空振り。


魅雪の追撃。手首を一瞬掴んだように見えたが、あっさり抜けられた。


更に黒夫の追撃。足払いを仕掛ける。半歩下がって回避。


更に魅雪の追撃。低姿勢から両脚へのタックル。しなやかな尻尾で受け流し。



「なかなかやるな、こいつ!」


「捻じ伏せ甲斐があるの!」


「困リマス御客様アアアアアアアアッ」



更に追撃。更に回避。更に追撃。更に受け流し。更に追撃。更に回避。


ここが大きなコンビニで良かった。もしも狭いコンビニ内の狭い通路で大立ち回りなんかしたら、大惨事になる所だった。



「……遊んでんだか、遊ばれてんだか……」



黒夫も魅雪も頬を紅潮させ、超楽しそう。凶悪な笑顔全開。


店員さんの顔色は変わらないが、なんか口角が微妙に上がっててスマイルっぽい。普通のスマイルなのか、それとも営業スマイルなのか。


三者三葉で笑いながらバトルしていた。


異世界に来てから今日までで一番高度なバトル展開を見ている気がする。


子供客と店員さんのコンビニおにぎり開封を巡るバトル。


これが異世界で一番高度なバトル。


異世界まで来て、自分は一体何を見せられているのだろうか。



「もう逃がさないぞ!」


「追い詰めたよ!」



ボケ―ッと見ている内に、バトルは佳境。


店の奥から始まった激しい攻防の末、店員さんは元の場所まで戻って来ていた。



「毎度アリガトウゴザイマスー」


「「えっ?」」



レジで普通に会計完了。おにぎりがカウンターに置かれた。


全品10割引きなので、清算は無い。


レジに着いた時点で、店員さんの事実上の勝利である。


これこそが非暴力不服従の神髄なのか。


この店員さん、デキるってレベルじゃない。



「な、なんだ?もうやらないのか?」


「もう終わりなの?」


「はいはい終わり終わり。いつまでも店内で暴れるなよ」



適当に声をかけて終了させる。


他に客はいない。暴れても迷惑にはならない。だが、そういう問題では無い。


誰も迷惑を被らなくても、してはいけない事はある。店内で暴れてはいけない。


黒夫と魅雪の動きが巧みだったのか。店員さんの誘導が巧みだったのか。バトルの余波は商品棚には及んでいなかった。


無事で良かった。



「……ほらね?危険は無いでしょう?」


「どこがだっ!?」



無関係なはずのムチムチさんが、何故か無事じゃない感じになっていた。


何故か涙目だった。






その後、そのまま店内を物色した。



「うぅっ……竜のゴーレム……あんな動きをするゴーレムなど、あって良いはずが無い……っ……」


「……あの、そろそろ離して欲しいんですけど」


「わ、私を一人にする気か!?」


「いや一人も何も普通に全員店内にいますけど今」


「そ、それはそうなのだが……っ……」



ムチムチさん、ホラー映画を見ている最中の子供みたいになっていた。


怖いから立ち去りたいけど、一人で立ち去るのは怖いというジレンマ。本気で怖がってる本人には悪いが、傍で見てる分には可愛い。


右腕はひたすら幸せ。やわらかい。


理性は今日が命日になりかけている。


購入したばかりのお泊り用品が出番を待っている気がする。




責任を取れない状態の大人が、無責任な状態にならないための商品を装着して無責任な行為に及ぶのは、責任のある大人の態度として正しいのか否か。


大人としての責任とは何か。


大人としての正しさとは一体何だろうか。


責任とは。正しさとは。人々の想い描く理想形は、常に現実と乖離する。決して一致する事は無い。


永遠に食い違い続ける理想と現実の狭間で、人は如何にして生きるべきなのか。


自分は今、それを今一度世間に改めて問いたい。



「ますたー」


「ぬおっ!?」



耳たぶ引っ張られた。


痛みは無い。でもビックリした。左耳だけ福耳になりそう。


少し正気を取り戻した。




現在、コンビニ内をバラバラに行動中。


黒夫はまた弁当コーナー周辺をウロチョロしている。相当気になっているようだ。落ち着きが無い。


魅雪はおにぎりの味が気になって仕方ないらしく、先にイートインコーナーに座って食べている。具は筋子。子供にしてはチョイスが渋い。


自分は雑誌コーナーに来ている。右腕にはムチムチさんがしがみ付き、左肩にはフェアが座り、全く集中できない。




これでも結構悩んだが、他にどうしようもなかった。


店員さんに対する恐怖が高まりすぎて、ムチムチさんは一人になるのを拒否。一人で家に戻るのも拒否。


誰かと一緒なら家に戻ってくれるかもしれないが、一緒に戻る相手がいない。


黒夫も魅雪もコンビニに興味津々で戻る気は無さそうだし、子供達だけをコンビニに残して自分とムチムチさんが家に戻るのは不安が残る。


フェアは自分から一定以上距離を取るのを極端に嫌がる。自分がコンビニに残ってフェアを家に戻すのも、フェアをコンビニに残して自分が家に戻るのも、拒否られてしまった。


結局、ムチムチさんを引き連れてコンビニ内を物色する事になった。



「ほら、いつまでも縮こまってないで、これでも見て気分転換してください」



ファッション誌を適当に抜き取り、ムチムチさんに差し出した。


雑誌コーナーには、本屋かと思うくらい何種類もの本がある。ただし、専門書や技術書などは置いてない。マンガでわかる学術書シリーズ(廉価版)はある。


ファッション誌なら、これでもかと並んでいる。多すぎて、良し悪しがよくわからない。とりあえず、表紙に比較的大人しい服装の女性が載っているファッション誌を選んだ。


ちなみに、女性用下着ファッション誌とかも置いてある。手渡す勇気は無い。



「何か気に入った服が見付かったら教えてください。今なら用意できると思いますので」



以前、フェアに頼んで洗濯機から服を出してもらおうとした時は、自分の想像力が暴走して、碌な女性服を出せなかった。


今なら大丈夫なはずだ。参考資料を見ながらであれば、想像力に問題があっても問題無い。


見たまま出してもらうだけなら、想像力がアレでも失敗しない。


これでムチムチさんの服の選択肢が増える。



「……すまない。無用な気を遣わせてしまって」


「いいですよ、別に。そんな事より、ほら、見てください。色々載ってますよ」


「あ、ああ。凄いな、これは。実に見事な人物画ばかりだ。それをこのような形にまとめてしまうとは……。どれも少々小ぶりではあるが、まるで視界をそのまま切り取ったかのような素晴らしい仕上がりだな。よほど名のある絵師が描いたものと見える」


「いやこれに載ってるの絵じゃないです。見たままの景色を転写する道具があるんですよ。この本に載ってるのは、その道具を使って撮影したものです」


「な、なんと、そのような道具が……。ううむ、信じ難い話だが、こうして現物の絵を見せられれば信じざるを得ないか……。道具を使えば見たまま転写できるとなれば、絵師の腕など関係無くなるな。その道具、さながら絵師殺しとでも言ったところか」


「そんな物騒な道具じゃないです」



ちょいちょい誤解が混じる。訂正するの面倒臭い。


ファッション誌なら内容を誤解しても日常生活に支障は無さそうなので、もう放って置く事にした。きっと大丈夫だろう、多分。


自分は自分で別の本を探す。


目当ての本は、日々の食生活を豊かにするための、料理のレシピ集。その中でも定番の一冊。某国家的放送局の料理番組で放送されているレシピを中心に載せている、手堅いレシピ集が欲しい。


変に奇を衒ったアイデアレシピ集とか、忙しい人のための時短レシピ集とか、名店の味再現レシピ集とか、現役女子大生アイドル直伝レシピ集とか、コンビニ総菜アレンジレシピ集とか、そういうのは今はいい。


自分の料理の腕前は、人並みに自炊ができるという程度。ここは手堅く行く。



「……多けりゃいいってもんでもないなぁ……」



コンビニの規模に比例して、本の種類が多い。多すぎて探しにくい。



「……ん?なんだ、このレシピ?」



お目当てのレシピ集とは違うが、気になるレシピ集を見付けた。



「……電気圧力鍋をフル活用、か」


「はい。電気圧力鍋です。ますたー」



電気圧力鍋が出た。


電気圧力鍋を使うレシピ集を見ていたら、コンビニの通路に電気圧力鍋が置かれていた。反応が早い。


それはまあ良いとして。それは本当に全然良い事だから良いとして。



「……ねえ、フェア。これデカすぎない?」


「いいえ。適正です。ますたー」


「えっ、そうなの?これで適正?」


「はい。これで適正です。容量6Lです。ますたー」



フェアがそう言うのなら、きっと適正なのだろう、多分。


こういう商品があるのは、知識としては知っていたが、実機を触った事は無い。


こうして現物を間近で見ると、かなり大きい。家にある炊飯器より一回り以上はあるだろうか。


よほど大きなキッチンのある家に住んでいなければ、かなり邪魔になりそう。



「……まあ、うちデカいし、そういう意味では適正か……」



電気圧力鍋の構造がどうなっているのか、少し気になった。


確認しようと、蓋を開けてみた。


豚の角煮が詰まっていた。



「……ねえ、フェア。何か入ってるんだけど、これ」


「電気圧力鍋には料理が入っているものですよ。ますたー」


「……うん。そうだね。俺もそう思うよ、フェア」



何の不思議も無い。


冷蔵庫には、お肉が入っているもの。


炊飯器には、炊き立てのご飯が入っているもの。


トースターには、焼き立てのパンが入っているもの。


電気圧力鍋に、出来立ての豚の角煮が詰まっているのは、実に自然な事である。


これは自然の摂理である。


不自然な事など何も無い。



「うんうん。普通普通。世は並べて事も無しって奴だね。うんうん」



そっ閉じ。



「当店デハ飲食物ノ御持チ込ミハ御断リサセテ頂イテオリマスー」


「あ、はい。すみませんでした」



気付いたら、すぐ後ろに店員さんがいた。反応が早い。



「……戻るか……」



この店員さんがいれば、この店の治安は安泰だろう。


店内の平穏を乱す者を、店員さんは見逃さない。


もし黒夫と魅雪が何かしても、きっと店員さんなら何とかしてくれるはずだ。店内限定だけど。



「ムチムチさん。荷物が邪魔なので、私は先に戻ります。いいですよね?」


「ん?ああ、いいぞ?」



そのまま店を出た。


ファッション誌に視線釘付けのムチムチさんは、すぐ後ろに店員さんがいる事に気付いてなかった。


平穏だった。


電気圧力鍋を購入する際の容量の目安は、家族の人数+1Lです。


2人家族なら3L。5人家族なら6L。これくらいが目安になります。


あくまでも目安です。電気圧力鍋をご購入の際は、事前によくご検討ください。

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