54.電設のヒデオさん、必需品を買う。
初っ端から、とんでもない商品を見付けてしまった。
「……あるのかよ、塩……」
塩、売ってた。
「コンビニでは食塩を売っているものですよ。ますたー」
「……コンビニで買った事、一度も無いんだけど……」
食塩、真っ白だった。
普通の食塩のはずなのに、今はその白さが目に眩しい。目に痛いほどあまりにも眩しすぎて、涙がこぼれそう。
塩の買い出しの想い出、プライスレス。
「……砂糖もあるな……こっちにあるのは、めんつゆ……あ、ソースも……」
砂糖。酢。醤油。味噌。フリーズドライの味噌汁。味塩コショウ。コショウ。ゴマ塩。黒ゴマ。白ゴマ。スパイスミックス。ソース。めんつゆ。顆粒出汁。食用油。ゴマ油。ラー油。パン粉。小麦粉。片栗粉。ホットケーキミックス。パスタ。マカロニ。ラーメン。うどん。そば。
その他諸々売っていた。
「……買うか……」
心情的にはどうあれ、家に足りないなら、買うしかない。
買い物カゴを手に取り、商品を入れていく。調味料系。油系。粉系。
これで我が家の食生活は、充実度が劇的に跳ね上がる事だろう。
食事のレパートリーが増えるよ。やったね。
嬉しいけど、微妙に嬉しくない。
「コンビニって、大体何でも売ってるなぁ……」
「いいえ。売っているのは、売っているものだけです。ますたー」
大型店舗のコンビニエンスストアには、大体何でも売っていた。製造国、製造メーカーなどの表記がブランクになっている商品ばかりだが、そんなのは実に些細な事である。
さすがは便利の名を冠する店。便利すぎる。
便利すぎて、やるせない。
「うおっ、おむつまで売ってる。しかも、やたら種類あるな、これ。……こんなもんまで売ってんのかよ、この店……」
「コンビニでは紙おむつを売っているものですよ。ますたー」
「えっ、そうだったっけ?」
「はい。そうです。ますたー」
フェアがそう言うのなら、きっとそうなのだろう、多分。
自分は買い物をする時、買う物を決めてから行く。買い物中に、あまり目移りしない。たまに目移りする事もあるが、買おうと思っていた商品の近くにある商品に目を向ける程度。
紙おむつの棚の辺りには、目を引くような商品は置いてない。こんな機会でも無ければ目を向けなかっただろう。
「……こんな小さいおむつ、誰が買うんだよ……」
紙おむつの棚を見ていたら、新生児用の紙おむつの隣に、未熟児用の極小サイズの紙おむつまであった。当然のように老人介護用の紙おむつもあった。
さすがは便利の名を冠する店。全年齢対応。抜かり無し。
別の棚を見る。生活雑貨が一通り揃っていた。
普通の雑貨。電気とは無関係な商品。でも置いてある。
ここはコンビニなのだから、当然と言えば当然。
「……普通の歯ブラシ売ってるな。こっちは普通のヒゲ剃りか……」
「コンビニではお泊り用品を売っているものですよ。ますたー」
個人的には、この手の商品をコンビニで買った事は一度も無い。
きっと予定外の外泊などをする事になった人が買うのだろう。急遽出張が決まって格安のカプセルホテルに素泊まりする羽目になったサラリーマンとか。
現在、家では電動歯ブラシと電動シェーバーを使っている。必要無い。
その隣には、自分とは無縁の商品が置いてあった。
「……化粧品……必要無いよな、これ……」
うちには、化粧品を必要とする人はいない。
自分は男性用コスメを使わない。精々、冬場に乾燥用リップを使う程度。
黒夫も自分と似たようなものだろう。化粧男子ではないはずだ、多分。
魅雪は興味を持ちそうだが、まだ早い。せめて高校生くらいになってからでないと、使うのは早い。異論は認めない。
ムチムチさんには完全に不要。すっぴんが美人すぎる。人間用の安い化粧品なんて使わせたら、むしろ美しさが減る。せめてエルフ専用の化粧品とかでないと、品質が釣り合わない。
「そう言えば、フェアって化粧するの?」
「いいえ。化粧しません。ますたー」
「まあ、フェアにはいらないか。そのままでも綺麗だし」
「えへへー」
照れたようにフェアが体を揺らす。動きに合わせて燐光が舞い散る。
どう見ても、化粧がマイナス要素になる気しかしない。
フェアは素のままが一番綺麗で可愛い。
「……ここが鬼門になるか……不要品なのに……」
おそらく、最も揉め事の火種になる可能性が高いのは、この化粧品コーナーだろう。特に魅雪が要注意である。
小学生くらいの女の子というのは、ある意味、化粧品に最も強い興味を持つお年頃。もし魅雪が欲しがったら、いさめるのに苦労しそうな気がする。
化粧品の近くの棚には、手洗い用の洗剤や消毒用アルコールなど、清潔用品があった。
「……消毒かぁ……いらない気もするけど、買っといた方がいいかな、一応……」
今は普通に水で手洗いしている。特に問題は起きていないが、もう少し気を遣った方が良いかもしれない。買い物カゴに入れた。
冷感スプレーや制汗剤なども売っているが、そっちは別にいらない。普通の洗剤系もいらない。
「ぶっ!?」
隣の棚に、とんでもない商品があった。
「なんで下着なんか売ってんの!?」
「コンビニではお泊り用の下着を売っているものですよ。ますたー」
「いやいやいやいやいや!?なんでこんなに大量に並んでんの!?しかも何このデカい奴これデカいよサイズ完全に一般人用じゃないよコレ誰が買うのコレ!?」
「……需要があるから供給があるのですよ。ますたー」
そう言うフェアは、明らかに納得していない顔をしていた。
言いながら、胸の辺りをジッと見たり手を当てたりして溜息を吐いていた。
これ以上追及いけない。
「……まあ、ある意味、問題解決か……洗濯機から出せなかったしな……」
下着の棚には、老若男女に対応した下着が一通り取り揃えられ、綺麗に陳列されていた。
無難な商品もあれば、想定客層が謎な商品もある。
ほぼ平面な布製品もあれば、ボウリングの球を2個まとめて持ち運べそうな布製品もある。いくら何でもサイズが大きすぎる。
戦隊物がプリントされた男児用パンツとか、魔法少女物がプリントされた女児用パンツとか、地味にマニアックなキャラ物もある。キャラの目には何故か黒線が入っている。いかがわしい。
巨漢用XLブリーフとか、極彩色ブーメランパンツとか、仕入れを間違えたとしか思えないような商品もある。一応成人男性用だが、自分には不要。
大型店舗とはいえ、需要の少ない商品まで網羅しすぎだった。
「これ買って渡せば――……いや、でもこれ、どうやって渡せばいいんだ?」
思わず、丁度良いサイズの商品を手に取った。
手に取って、これを本人に手渡すシーンを想像してみた。
完全にアウト。
「フェア。ここのコーナーの事、後でみんなに教えといて。それとなくね、それとなく。後、俺が教えるように言ってた事は内緒で」
「……畏まりました。ますたー」
困った時のフェア頼み。これで大体解決する。
ホッと息を吐く。その隣の棚を見た。
「ぶっ!?」
とんでもない商品を見付けた。
「な、なんでこんなモン売ってんの!?」
「コンビニではお泊りに必須の商品を売っているものですよ。ますたー」
「いやまあ必須と言ったらそりゃあ確かに必須かもしれないけれども!?」
明るい家族計画のための必需品が売ってた。
「……こういうの、ちゃんとした店で買わないと不安なんだけど……」
個人的には、この手の商品をコンビニで買った事は一度も無い。
この商品に限らず、湿布薬や冷却ジェルシートなど、薬局で買える類の商品は、なるべく薬局で買う。コンビニでは買わない。
品質に問題は無いと理解している。頭では理解していても、染み付いた固定観念は拭い難い。
「……なんでこんなにラインナップ豊富なんだよ……」
ノーマルサイズ。XLサイズ。極薄タイプ。カラーバリエーション。オシャレなデザインプリント。フレーバー付き。お徳用数量増量パック。
見た事があるような商品から、ジョークグッズにしか見えない商品まで、異様に色々ある。
「ぅおぅっ!?……何これ。めっちゃ毒々しい芋虫みたいなパッケージの奴、置いてあるんだけど」
「チョコミントフレーバー、チョコチップ風イボイボ付きです。ますたー」
「……誰が買うんだよ、こんなの……」
コンビニの家族計画は異世界だった。
「まあ、普通の奴もあるし……。買っとくか、一応」
「ますたー。買うのですか?」
「もちろん買うよ?無くて困る事はあっても、あって困る事は無いからね?だから買うよ?問題無いよね?」
「……問題ありません。ますたー」
こういう商品、顔見知りに見られながら買うの、気まずい。
でも買う。
こちらの世界の自分は、戸籍すら持たない。肩書では一応『電設の新人』とかいう謎の職業になってるけど、無給なので、実質無職。社会保障も受けられないし、病院にもいけない。
こんな状況では、何かあっても責任が取れない。
こんな状況で女性に手を出すのは無責任すぎるので、手を出すつもりは無い。どんな境遇でも、ケジメは必要である。
しかし、だからこそ買っておく必要がある。
責任が取れないから無責任に手を出すつもりは断じて無いが、万が一への備えは必要である。
所詮自分は凡人で、自制心も凡人並なので、自分で自分をあまり信じていない。もしも無責任な真似を我慢できなくなってしまった時、最低限、女性を無責任な状態にしないために、どうしても必要な商品である。
それに確かこれ、サバイバル時には水筒の代わりになる、とか何とか言う豆知識とか聞いた事ある気がするし。万が一に備えてサバイバル用品を購入するのに、一体何の躊躇が必要であろうか。
まあとにかく買う。
標準品を買い物カゴに入れた。正副予備、計3箱。備えあれば嬉しいな。
「……ついでだし……どうせタダだし……」
チョコミントフレーバー、チョコチップ風イボイボ付きの奴、1箱追加。
変な気分のまま、次の棚を見た。
一気に頭が冷えた。
「あー……全く考えてなかったわ、これ……家主失格だろ……」
女性用品があった。男の自分には無縁だったため、完全に失念していた。
毎月必ず必要になる必需品でありながら、被災時の避難生活で見落とされる事があり、深刻な問題になる事がある――……らしい。
自分には無縁であっても、確かに自分はそれが必需品である事を知っていた。まがりなりにも災害大国で生まれ育った大人として、絶対に失念してはいけなかった。
今までムチムチさんからは、特に何も話は聞いていない。
何も困っていないのか。あるいは、困っているけど話せなかったのか。どちらなのか、判断できない。
気付いてしまったからには、気付いていないフリはできない。どうにか対処する必要がある。
しかし、こういうデリケートな問題は、普通に話をするだけでも難しい。切り出し方を間違えると大惨事になりかねない。
「……なんでこんなにラインナップ豊富なんだよ……」
黙って買って、黙ってトイレ脇にでも置いておこうかと思ったのだが、どれを買えば良いのかが、わからない。
夜用など、自分でも辛うじて使い分けの条件がわかる商品もある。
わかる商品はそれくらいで、他は何がどう違うのか全然わからない。
必需品である事は知っていても、詳しくは知らない。
「……ムチムチさんもだけど、魅雪もその内いるよな、これ……マジでどうすりゃいいんだよ、これ……」
三人が家で生活を始めて、すでに1ヶ月以上。もうすぐ2ヶ月になる。
人間とエルフと鬼では、生態リズムが同じとは限らない。
物事に対する文化的な禁忌度や羞恥度などが同じとは限らない。
それでも、男が簡単に触れていい話題では無いという事くらいは推測が立つ。
必要な話なのに、迂闊に話せない。
「フェア。ここのコーナーの事、後でムチムチさんに教えといて。それとなくね、それとなく。後、俺が教えるように言ってた事は内緒で」
「……畏まりました。ますたー」
困った時のフェア頼み。これで大体解決する。こんな問題まで頼ってしまって申し訳無いが、しょうがない。
とりあえず、当面はムチムチさんだけ知っていれば大丈夫だろう。
魅雪が必要になった時には、ムチムチさんに対応を任せればいい。
この件に関しては、基本、男は役に立たない。例外は、産婦人科医や女性用品メーカー勤務などの職業の人くらいだろう。
「……詳しく見て回るのは後でいいか……」
頭が冷えたら、自分がどれだけ浮かれていたのか自覚した。
今の自分は、アホみたいに浮かれている。
コンビニは、大袈裟に言えば、元の世界の文化の縮図みたいなもの。この店の中にいると、何だか元の世界に帰れたような気分になって、変に浮かれた気分になっていた。
今頃、家では三人が心配して待っているかもしれない。
異世界の住人から見れば、コンビニは未知の施設。そんな施設の中に安全確認のために入り、時間が経っても出てこないとなれば、無用な心配をかけているかもしれない。
まずは時間をかけず、大雑把に全体の確認だけして、早急に出るべきだった。そんな事にも気付かず、半分ウィンドウショッピング感覚で楽しんでいた。
女子供を放っておいて、大の男がやる事ではない。我ながらアホすぎる。
「よぅし!……まずはトイレの確認するか。いくよ、フェア」
「はい。ますたー」
気を取り直して、一番大事な部分の確認から再開する。真面目に考えれば、ここの確認が何より一番大事である。
『トイレはご自由にお使いください。従業員へのお声がけは必要ありません』
入口に貼り紙してあった。律儀な店である。
文字が手書きだけど、これ書いたの店員さんなのだろうか。
ざっくり見て回った。
トイレ、通路、レジ周辺などをざっくり確認。棚に危険物が置いてないか、ざっくり確認。床、壁、天井に変な物が無いか、ざっくり確認。
特に問題無し。おおよそ普通のコンビニだった。
店舗は平屋建て。2階や地下は無い。
床面積が広く、それに比例して商品が豊富。しかし、特異というほどでは無い。
とても大きなコンビニだが、あくまでコンビニ。コンビニで取り扱わないジャンルの商品は置いてない。高級ブランド品のような品も置いてない。薬剤師の資格を持った店員がいないせいか、医薬品も置いてない。二日酔い対策ドリンクはある。
商品点数は増えても、ジャンルは据え置き。品質は高からず低からず。
コンビニという枠組みの内側にある店だった。
「これ、お会計お願いします。それと、レジ袋ください」
「毎度アリガトウゴザイマスー」
ざっくり確認した後、レジで会計を済ませた。手ぶらで入店したので、商品はレジ袋に入れる。全部込み込みで10割引き。
「お邪魔しました」
「アリガトウゴザイマシター」
店員さんの声を背中に受けつつ、店を出た。
「ニンゲン!」
「おじちゃん!」
「ぬおっ!?」
黒夫と魅雪が入口で待ち構えていた。
出た瞬間、飛び掛かられた。
勢いそのままバックで再入店。
「イラッシャイマセー」
「あ、はい」
「「うわーっ!?」」
強面の店員さんにビビッて、黒夫と魅雪が飛び退いた。
そのまま退店。
「アリガトウゴザイマシター」
あら律儀だわ、この店員さん。
「なんだ今の奴!?変な奴いたぞ!?音も臭いも変だったぞ!?」
「すっごくすっごく変なのだったよ!?あんな変なの見た事無いよ!?」
「失礼な事言うなよ。いい店員さんなんだぞ、あの人」
異世界で出会った中で、最も人のできた店員さんである。人じゃないけど。
「それより、なんでいるんだよ。家で待ってろって言っただろ」
「ふ、ふんっ!ニンゲンの言う事なんか聞くもんか!……べ、別に心配して来た訳じゃないぞ!ニンゲンの言う通りに待っていたくなかっただけだからな!」
「おじちゃん遅いの!待ちくたびれたの!クタクタなの!」
「……まあ、悪かったよ、待たせて。すまん」
適当に謝る。
少し離れた所では、ムチムチさんが眉尻を下げて立っていた。
「すまない、ヒデオ殿。私では止めきれなくてな。止めたのだが……」
「いえ、こちらこそ遅くなりました。待たせてすみません」
「いや、構わないよ。無事に帰って来てくれて、何よりだ」
「ええ、まあ。無事って言うか、そもそも特に危険無いですし。一点だけ注意は必要ですけど、それ以外は特に問題ありません」
「……ん?一点だけ?何かあるのか?」
「店内の商品は、必ずレジを通してください。それだけお願いします」
「……んん?貴殿は何を言っているのだ?」
店員さんが困らないように前もって注意すると、ムチムチさんは困ったような顔をしていた。




