53.電設のヒデオさん、チキンを食べる。
それは唐突にやって来た。
「……あー……カップラーメン食いたい……」
カップラーメンが食べたい。その衝動の到来は唐突。理由は無い。
「……ねえ、フェア。カップラーメン、出せる?」
「かっぷらーめん?それはなんですか?」
「お湯を注ぐと3分でできるラーメンだよ。電気ポットからお湯を注いだりするんだけど。どうかな?出せる?」
「はい。電気ポットです。ますたー」
電気ポットが出た。電気ポットだけ出た。
「できれば電気ポット単体じゃなくて、カップラーメンとセットで出して欲しいんだけど」
「いいえ。それは無理です。ますたー」
「そっかー、無理かぁ……」
「ますたー。電気ポット、出しますか?」
「いや、出さなくていいよ。もうあるし」
「はい。出しません。ますたー」
カップラーメンは出なかった。まあ順当ではある。
ダメ元で頼んでみただけなので、ダメージは小さい。
「……はぁ……カップラーメン食いたいなぁ……」
小さいが、ダメージはある。ゼロにはならない。
カップラーメンが食べられないとわかると、余計にカップラーメンが食べたくなる。それでも、カップラーメンは出なかった。
実家の母は料理上手だった。
家庭料理はおいしかった。それはとても幸福な事だと思っている。感謝すべき事だと思っている。一人暮らしを始めてからは、特に身に沁みた。会社に入社した年のお盆休みに帰省した時には、少々気恥ずかしかったが、言葉にして伝えたりもした。
しかし、何事にも功罪両面がある。
実家の母は料理上手だった。その副作用とでも言うべきか、母はインスタント系の食品を毛嫌いしていた。
カップラーメン、レトルトカレー、冷凍チャーハン等々、それらの食品を総じて『工場の味』と呼んでいた。スーパーで特売をやっていても、買った事はほとんど無かった。
ちなみに、缶詰はよく買っていた。冷凍ハッシュドポテトもよく買っていた。
セーフの基準は母のフィーリングである。
良くも悪くも、子は親の影響を受ける。そして同時に、子は親に反発する。
結果、自分はどうなったかと言えば、カップラーメンに対して嫌悪と憧憬を同時に抱く事になった。我ながら、実に面倒臭い状態である。
具体的な症状を言うと、カップラーメンを家の中で食べるとマズく感じて、家の外で食べるとウマく感じる。
世間一般に該当する事例で言えば『海の家で食べる焼きそばは何故かウマい』とか『キャンプ場で食べるカレーは何故かウマい』などの現象に近いだろうか。
どっかの某ラーメン親父は『客は情報を食ってる』とか言ったらしいが、そんな感じである。
自分の今の衝動をより正確に表現するなら、自分は『カップラーメンという情報』を食べたいのである。
「……カップラーメン食いたい……」
要するに、カップラーメンが食べたい。
「……もう2ヶ月以上も食ってないのか……」
元の世界にいた頃は、月一くらいのペースでカップラーメンを食べていた。
別に凄く食べたいって訳でも無いのだが、たまに唐突に食べたくなる。
で、食べたらすっかり満足して、しばらくは見向きもしなくなる。そう頻繁に食べたい食品ではない。
とりあえず、一口食べれば、この衝動は消える。
たった一口でいい。
たった一口だけで事足りる。
「……ねえ、フェア。カップラーメン、出せる?」
「いいえ。それは無理です。ますたー」
諦め悪くフェアに頼んでみたが、やっぱり出せないらしい。当然と言えば当然。
あえて言うが、カップラーメンは電気設備ではない。
「……そもそも家にストック置かないからなぁ……想像できねえわ……」
自分は基本、家の中でカップラーメンを食べない。職場などでも食べない。買い溜めはしない。スーパーで特売してても見向きもしない。
カップラーメンを食べる時は、イートインコーナーのあるコンビニに立ち寄り、その場で食べて帰っていた。
「……あー……何だか無性に懐かしいわ……次は3年後かぁ……コンビニのイートインコーナー……」
「はい。コンビニです。ますたー」
コンビニが出た。
「……………………えっ?」
家の隣に、コンビニが建っていた。
「店舗丸ごと1軒!?アリなのコレ!?」
「アリです。ますたー」
アリらしい。フェアがアリと言うならアリになる。アリの基準はフェアである。
「そりゃまあ、ある意味、電気設備の塊なんだろうけれども。それにしても、こんなん出せるもんなの?」
「以前よりも遥かに成長しているのです。度重なるスキルアップを果たした今、この程度は朝飯前なのです。ますたー」
「そりゃまあ、最初の頃よりは、見るからに成長してるけど……。い、いやでも、体調は大丈夫なの?家より大きいんだけど、アレ。あんな大きいの出して、無理してない?無理はしないでって言ったよね?また倒れたりしない?」
「はい。大丈夫です。無理していません。ますたー」
「実はギリギリ倒れる寸前だけど我慢できるから大丈夫、とかじゃないよね?人間的には、そういうのも無理の内に入るからね?ちゃんと言ってよ?」
「はい。大丈夫です。ギリギリではありません。使用率75%です。ますたー」
「あ、はい。……ギリギリではないな、確かに……」
確かにギリギリではなかった。でも結構際どかった。
「ニンゲン!なんか変なの出た!」
「おっきくてピカピカしてるの!」
「正体不明の建造物が出現したぞ!何か危険な施設ではないのか!?」
ちょっと呆けた気分で見ていたら、三人が来た。血相を変えて凄い勢いで来た。
異世界の住人の目には、コンビニは異様な存在として映ったようだ。
「……まあ、初めて見たら、こういう反応になるか……」
大騒ぎしている三人を見ていたら、逆に冷静になった。
「落ち着いてください。別に危険なものではありませんので」
「そんなのわからないではないか!」
「はいはい、どうどう。よーしよしよしよし。怖くなーい、怖くなーい」
灰色の頭を適当に撫でる。ついでに黒白の頭も適当に撫でる。
「ふぁんっ……。こ、こんな事で、ぅんっ、誤魔化される、ぁっ、ものかぁ!」
「いやホント大丈夫なんで。ホント落ち着いてください」
四人の頭を適当に撫でつつ、家の窓からコンビニを観察する。
かなり大きいコンビニエンスストア。地方などでたまに見かける、道の駅などと半融合したような規模の大型店舗。
綺麗に舗装された駐車場完備。やたら広い。大型トラックも駐車できる、多分。
外から見る限りでは、店舗内に商品が陳列されているように見える。中身込みで出店したらしい。
前面の窓の近くにはイートインコーナーが配置されている。
外から見えるのはそのくらいで、詳細は確認できない。
「……あるかな、カップラーメン……」
普通のコンビニなら、カップラーメンくらい置いてあるだろう、多分。
「よし。……まずは私が先に確認してきますので、みんなはここで待機で」
「「「えー」」」
「はいそこ、不満そうな顔しない。ちゃんと安全確認済んだら呼ぶから、それまで待機。勝手に動かないように。いいですね?」
「「「……はーい……」」」
三人とも、ついさっきまで血相を変えるくらい危険視していたのに、今は何故か不満そうな顔をしていた。
とは言え、自分が入った事の無い店に、コンビニ初見の三人を連れて行きたくない。収拾が付かなくなりそうな気がする。
自分の安全のために、店内を事前に確認しておきたい。
不満そうな声で返事をした三人を置いて、コンビニに向かった。
コンビニに入る前に、コンビニの店舗名を確認した。
「フェアリーストアです。ますたー」
「……ねえ、フェア。これって、どこからどう見ても、ファミ――」
「フェアリーストアです。ますたー」
「……いや、でもこれ、配色から何から、完全にファミ――」
「フェアリーストアです。ますたー」
「……そう、なんだ」
「フェアリーストアです。ますたー」
フェアリーストアという名前らしい。
某ファミリーなマートによく似た緑青白の三色の電飾とかあるけど、フェアリーストアらしい。
フェアがそう言うのなら、きっとフェアリーストアなのだろう、多分。
「フェアリーストア、絶望の荒野支店です。ますたー」
「……なんて支店名だよ……」
支店の名前に絶望とか付けていいのか。
そこはせめて王国支店とかじゃないのか。
そして本店はどこにある。
「そう言えば、この店の電力供給ってどうなってるの?家の電源から?」
「いいえ。店舗に設置されたエネルギー変換プラントによって賄われています。主に太陽光、太陽熱、風力、地熱を電力に変換しています。現在の電力自給率117%です。ますたー」
「えっ、何その数字、凄っ……」
「変換効率と電力消費量は環境に左右されます。電力自給率は変わる事があります。御了承くださいませ。ますたー」
「あ、うん。それは全然いいけど」
再生可能エネルギー事業の関係者が羨ましがりそうな数字である。
この地は、気候的に自然発電に向いている土地だからこそ可能な数字なのだろう、多分。
基本、偏った環境の土地ほど自然発電に向いている。
人が住みやすいような平凡な環境は、自然発電には向かない。
「よし、とにかく入ってみるか。行くよ、フェア」
「はい。ますたー」
入口でグダグダ言ってても始まらない。気合を入れて、一歩踏み出す。
ウィーンッという聞き慣れたモーター音と共に、自動ドアが開いた。
「イラッシャイマセー」
恐竜がいた。
「うわっ!?き、恐竜!?なんで!?」
「イラッシャイマセー」
「……あ、違うわコレ。ロボットか」
恐竜ロボットがいた。
緑青白の三色の制服を身に着けた恐竜ロボットが、レジで店員していた。動きが滑らかすぎて一瞬本物かと思った。
動きは本物かと見紛うほど滑らかにヌルヌル動くのに、何故か声だけ機械音声。何故かそこだけ低クオリティ。予算の都合だろうか。
「イラッシャイマセー」
「……これが噂の無人コンビニって奴なのかな……」
コンビニ業界にもAIによる自動化の波が来てる、とか何とか経済系のニュースで言ってたのを聞いた事があるような無いような気がしないでもない。
この世のどこかには、無人コンビニなるものが存在しているという噂がある。自分の生活圏内には無かったので、よく知らんけど。
人間ではなく恐竜ロボットが店員しているのだから、きっとこれが無人コンビニなのだろう、多分。
「お、お邪魔しまーす……」
「イラッシャイマセー」
眼球までヌルヌル動く恐竜ロボットに見られながら入店。変に緊張する。
レジのすぐ横には、コンビニの定番、保温器があった。
中には、某ファミリーなマートの看板商品とも呼べるアレが入っていた。
「フェアチキです。ますたー」
「……いや、あの、この商品、どう見てもファミ――」
「フェアリーストアオリジナルブランド商品、フェアリーチキン、略してフェアチキです。ますたー」
「……そう、なんだ」
「フェアチキです。ますたー」
フェアチキという商品名らしい。
パッケージは完全に某ファミリーなチキンに見えるが、フェアチキらしい。
フェアがそう言うのなら、きっとフェアチキなのだろう、多分。
商品名はそれで良いとして。本当に商品名は全然それで良いとして。
フェアリーチキンって何だ。鳥の妖精を揚げたのだろうか。食べていいものなのか、それ。
無性に興味が湧いた。
「フェアチキください」
声に出して言ってみた。
「毎度アリガトウゴザイマスー」
恐竜ロボットがフェアチキをくれた。人間の店員以上に素早い動きで保温器から取り出し、手渡してくれた。
保温器の開け閉めの動作に、一切の淀みも滞りも無い。熱を逃がさぬ完璧な挙動である。
この店員、デキる。
「……あれ?そう言えばこれ、いくら?」
「新店舗おーぷん記念さーびす期間中ニツキマシテー、全品10割引キニテ御提供イタシテオリマスー」
「……つまりタダって事?」
「全品10割引キデスー。御会計ノ御済ミデナイ商品ヲ開封スルノハ御控エクダサイマスヨウ御願イ申シ上ゲマスー」
「……会計いるのか……」
実質無料らしい。
実質無料でも、レジを通さないといけないらしい。需要のデータでも集めているのだろうか。
色々気になるけど後回し。
今、自分の手にはフェアチキがある。こういうのは温かい内に食べないと台無しである。
袋を破き、かじった。
「……普通だなぁ……」
良くも悪くもコンビニクオリティ。いつも食べてる謎肉よりも大分質が落ちる。マズくは無いが、ウマくも無い。
ここしばらく健康的な食事が続いたせいか、久しぶりのスパイシーな刺激が舌に少々キツい。
「……ねえ、フェア。フェアも食べる?」
「いいえ。その御心遣いだけで、わたしの胸はいっぱいです。はち切れんばかりの想いに溢れていますので、大丈夫です。ますたー」
「……ああ、そう」
フェアにも勧めてみた。
いらないと遠回しに言われた。
大した量でも無いので、さっさと全部食べる。ジャンキーな後味が少々クドい。
「……なんか、もうカップラーメンはいいかな……」
気付いたら、衝動はすっかり消えていた。似てないけど似たようなものを食べたからだろう、多分。
カップラーメンとフェアチキは似てる、情報的な意味で。異論は認める。
「あ、ゴミどうしよ……」
「コチラデ御預カリイタシマスー」
「あ、どうも」
フェアチキを食べ終わった後の袋を、店員さんに渡す。
店員さんは嫌な顔一つせずに受け取っていた。
この店員さん、接客対応いいわ。間近で見ると顔怖いけど。
人を見かけで判断しちゃいけないね。人じゃないけど。
「……念のため、一通り見て回るか……」
一番最初の目的を実質達成してしまったが、一応確認する事にした。
恐竜ロボットが接客してくれるホテルはあります。
参考:変なホテル
<https://www.hennnahotel.com/>




