48.電設のヒデオさん、プリン・ア・ラ・モードを食べる。
3Dアニメ映画は好評だったが、2本目を見ようとしたら嫌がられてしまった。
映画は拘束時間が長い。連続で何本も見れる子供は少数派である。
まあ、こればっかりは、しょうがない。
「穴倉にこもりっきりで、よく平気だな、ニンゲン」
「体に悪いよ、おじちゃん」
「食事の時間になったら出るから。適当に呼んで」
久々に一人映画をジックリ堪能しました。
食って、クソして、映画見て、寝て、また映画を見る。たったそれだけで、精神はリフレッシュした。我ながら、お手軽である。
名作映画3部作、某未来への帰還を丁度見終わった頃。フェアが復帰した。
「おかえり、フェア」
「ただいま戻りました。ますたー」
復帰したフェアは、更に可愛く成長していた。
体長は、某人型ロボット模型の1/100スケールから1/72スケールにサイズアップする程度に伸びている。もう手乗りサイズとは言えない。肩には乗せられる。
雰囲気は、全体的に以前よりも更に大人びている気がする。
背中の羽は、煌めきが増してゴージャス。揺らめくたびに燐光が零れていた。
「フェア。早速で悪いんだけど、ポップコーンメーカー、お願いしていい?」
「はい。ポップコーンメーカーです。ますたー」
ポップコーンメーカーが出た。出来立てのポップコーンが詰まっていた。
ためしに一口味見。
おいしい。塩味が絶妙。
「……なんで塩味が出せて、塩が出せないんだ……」
やるせない気分になった。
映画を見終わった後でポップコーン食べるんじゃなかった。
「せっかくだし、フェアも食べる?」
「はい。いただきます。ますたー」
フェアと二人で黙々とポップコーンを食べる。
ポップコーンを食べる時、人は何故、無口になってしまうのか。映画館でポップコーンが売られている理由は、食べる時に音がしないからだと言われているが、真の理由は、人を無口にさせる魔力がこもっているからなのかもしれない。
そんなどうでもいい思考を頭の片隅に追いやりつつ、これからの予定を考える。
フェアが復帰したという事は、いよいよ無人の荒野の生活も終了である。
絨毯を起動し、元の世界に帰還する。
ただ帰るだけなら、今すぐにでも帰れる。でも、今すぐには帰らない。
急いで帰る意味は小さく、弊害は大きい。
元の世界の現状は不明だが、すでに失踪して約2ヶ月が経過している。帰還が数日前後した所で、大差は無いだろう。
社会復帰が大変そうで、今からゲンナリする。数日と言わず、もっと先延ばしにしたい。先延ばしにしすぎると更に大変になるので、先延ばしにも限度あるけど。
こちらの世界でこれからも生活する三人のために、準備がいる。
まずは、当面の生活で消費する水と食料の備蓄。衣類も追加した方がいいだろう。トイレットペーパーや洗剤等の消耗品の補充もいる。
以前、実家の物置から、オイルショックの時に買い溜めしたというトイレットペーパーが出てきた事がある。骨董品クラスだったが、普通に使えた。腐る物では無いので、溜め込めるだけ溜め込んでおこう。
できる事など、たかが知れている。
それでも。だからこそ。できる事をできるだけする。
こちらの世界で、今後、三人がどのように生きるのか。それは三人の問題。主に保護者であるムチムチさんが考えるべき問題だろう。
これは、自分が考えるべき問題では無い。異世界人で、異邦人で、よそ者で、彼方に去る自分には、本来であれば全く関係が無い。三人の今後を考えるのは、余計なお世話ですらある。
それでも、考える。
一時的なものとは言え、共同生活していた仲だ。これから別々に生活する事になるが、今はまだ共同生活している仲だ。先行きを心配するのは当然だ。
他人ではあるが、赤の他人では無い。自分と縁のある他人だ。
余計なお世話だろうと何だろうと、考える。
「……落ち着かない……」
考えようとしたが、考えがまとまらない。
ムチムチさんの姿が、頭の中をグルグル回っている。
一緒に連れて行って欲しいと懇願された時の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
アレはグラッとキた。芋ジャー姿なのに扇情的だった。芋ジャー姿だったおかげで、ギリギリ耐えられた。
もしもビキニアーマー白衣だったら、堕ちてたかもしれない。
裸エプロン(ピンクのハート形にフリルがたくさん付いてる)とかだったら、秒で堕ちてた、多分。
不埒な想像を、頭を振って振り払う。
「……まずは悩む余地の無い所から固めて行くか……」
考えがまとまらない時は、無理に考えない方が良い。
こういう時に無理に考えても、大体碌でも無い考えしか浮かばないと相場が決まっている。自分のような凡人の場合は、特に。
時間を置いて、精神を落ち着けてから改めて考えた方が良い。
「まずは2階に行くよ、フェア」
「はい。2階に行きます。ますたー」
フェアを連れて2階の主寝室へ。
元の世界に帰るための絨毯が広げてある。
「あ、そうだ。フェア、ちょっと言っておきたい事があるんだけど」
「はい。何でしょうか。ますたー」
「無理する時は、前もって何か一言、言って欲しいんだけど。今回や前回みたいに何も言わずに無理するのは無しで」
絨毯を見て思い出した注意事項を先に言う。ああいう心臓に悪そうな事は、そう何度も経験したくない。
自分の言葉を聞いて、フェアは小さく首を横に振った。
サラサラの髪が広がり、淡い光が散る。幻想的で綺麗だ。そして可愛い。
「いいえ。無理していません。可能な事だけしています。ますたー」
「可能か不可能かの問題じゃないんだよ、フェア。可能であっても、無理はしないで。……まあ、今回みたいに、無理をしないとどうにもならない時には、どうにか無理してもらうしか無いんだけど……。とにかく、無理をするならするで、前もって何か一言、言ってから無理して欲しいんだよ。急に無理するのはダメ!報連相大事!フェア、復唱!」
「はい。急に無理するのはダメ。報連相大事。承知しました。ますたー」
「うん。もし次に何かある時はお願いね。……まあ、もう無いだろうけど」
元の世界に帰ったら、フェアがどうなるかは未知数。
もし仮にフェアが今のままだったとしても、頼る機会は大幅に減るだろう。
電気設備の無い異世界とは違い、元の世界には電気設備が普通にある。
「注意点はそれくらいかな。クドいようだけど、ホント注意してね、フェア」
「はい。注意します。ますたー」
自分の言葉を聞いて、フェアは小さく首を縦に振った。
サラサラの髪が流れ、淡い光が零れていく。非現実的な美しさ。そして可愛い。
「さて……。とりあえず、起動の準備だけでもしとくか」
気を取り直して、確実な所から固める。絨毯の起動である。
例えるなら、自動車のキーを差し込み、暖気するようなもの。今すぐ出発する訳では無いが、いつでも出発可能な状態にする。
別に起動しても出発しないのだから、無意味な行為である。
でも、やる。
目の前に帰還の手段があるのに、何もしないでいるのは、どうにも落ち着かない。
自分の気持ちを落ち着かせるために、絨毯を起動する。
「フェア。この絨毯を起動して」
「いいえ。それは無理です。ますたー」
拒否られた。
「……………………えっ?」
フェアはいつも通りニコニコと笑っていた。相変わらず可愛い。
「あ、あの、フェア?この絨毯を起動して欲しいんだけど?」
「いいえ。それは無理です。ますたー」
可愛く笑って拒否られた。
「な、なんで!?」
「バッテリー残量0%です。起動できません。ますたー」
「からっぽ!?……そう言えば、前にもあったなぁ、こういうの。LEDランプに電池が入ってなかったり……」
「はい。LEDランプと電池です。ますたー」
LEDランプと単一電池が出た。今はいらない。
「それじゃあ、フェア。絨毯のバッテリーに充電をお願い」
バッテリーが空なら、充電すれば良い。何も問題は無い。
「警告。その行為は極めて負荷の大きい行為です。実行しますか?」
【警告!その行為は極めて負荷の大きい行為です!実行しますか?(Y/N)】
ポップアップが出た。黄色地に赤い太文字の警告文だった。
「なんか出た!?何これ!?」
「はい。前もって何か一言、言いました。ますたー」
「あ、ああ、なるほど。早速実践してくれたのか。ありがとう、フェア」
「えへへー。どういたしまして。ますたー」
フェアが可愛い。可愛いけど、今はそれより警告文が気になる。
「……とりあえずノーで」
「はい。中止しました。ますたー」
警告文が消えた。こういうの、凄く心臓に悪い。
「ねえ、フェア。この絨毯のバッテリーの充電、そんなに負荷が大きいの?」
「はい。負荷が大きいです。使用率100%を超過しています。ますたー」
「あ、そうなの?それなら、使用率100%を超えなければ大丈夫って事?」
「はい。使用率100%を超えなければ大丈夫です。ますたー」
使用率100%を超えなければ大丈夫らしい。
使用率が何の使用率かは不明。なんか妖精パワー的なモノだろうか。
使い過ぎれば倒れるくらいだから、妖精的デリケートな話かもしれない。詳しく聞くのは躊躇する。
妖精パワー(仮)に関しては、一旦保留。
「うーん……どうするかな……。とりあえず使用率90%くらいで、充電できる分だけ充電してもらっていい?」
「はい。使用率90%で充電できる分だけ充電しました。バッテリー残量0.1%です。ますたー」
「少なっ!?」
使用率90%で、絨毯のバッテリー0.1%分。交換比率が酷い。
「……世界を渡るのって、めちゃくちゃ電気食うんだなぁ……」
ある意味、宇宙よりも遠い場所に行くための絨毯。性能面を考えれば、スペースシャトルの燃料費を超えていても、おかしくない。
それにしたって酷い交換比率である。どんだけ電気バカ食いするんだ、この絨毯。
「あの、フェア。これは興味本位で聞くだけで、実際にして欲しいって意味じゃないんだけど……。もしも万全の状態から全力で無理して充電しようとしたら、どうなるの?」
「はい。もしも万全の状態から全力で無理して充電すると、バッテリー0.5%充電できます。その後、過負荷により緊急停止します。再起動までの所要時間は推定240時間です。ますたー」
「……エゲつねぇ……」
絨毯のバッテリー0.5%分で、フェアが10日間ダウンする。
交換比率が酷いってレベルじゃない。
それなら毎日0.1%ずつ充電した方が効率が良い。その方がまだマシだ。
単純計算で、毎日0.1%充電するとして、フル充電に1000日。順調に予定通り行ったと仮定して1000日である。
これ以上は時間短縮できない。するべきでは無い。
日々の生活の諸々でもフェアを頼るので、毎日100%働かせる訳にはいかない。緊急事態への備えも考えれば、余力は残しておく必要がある。
心情的な面を度外視したとしても、フェアに過剰な労働を強いるのは避けた方が良い。無理な時間短縮は悪手だ。
つまり、元の世界への帰還は、早くても約3年後になる。
「……3年かぁ……は、はははっ……」
変な笑いが出た。
「はははっ……3年か!しょうがないよな!うん!しょうがない!」
真っ先に抱いた感情は、安堵。
「しょうがない!残念だけど、しょうがない!うんうん、しょうがないな!ああ、まったく、残念だけど!しょうがないなぁ!」
「ますたー。しょうがないのですか?」
「しょうがないのだよ!フェア!」
「……本当に、しょうがないですね。ますたー」
約3年で、帰れる。
帰れるのは、約3年後。
それまでは、この家で生活を続けるしかない。他にどうしようも無い。フェアに無理なら、誰にも無理だ。当然、自分にも無理だ。
だから、これは当然で、必然だ。
これから約3年間、この家で、黒夫と、魅雪と、ムチムチさんと、みんな一緒に共同生活するのは、しょうがない事なのだ。
なんかちょっとフェアが呆れたような顔をしているような気がしないでもないが、しょうがない事なのだ。
「フェア、まだ余力は残ってるね?」
「はい。余力は残っています。ますたー」
「よぅし!それじゃあ、プリン・ア・ラ・モード食うぞ!」
午後3時。オヤツの時間だ。丁度良い。1階に駆け下りた。
「おらぁ!プリン・ア・ラ・モード食うぞ!覚悟しやがれ!」
「な、なんだ?どうした、ニンゲン?」
「ど、どうしたの、おじちゃん?」
「ひ、ヒデオ殿?どういう事だ?」
「つべこべ言うな!プリン・ア・ラ・モードを食らえ!」
冷蔵庫の前に立ち、扉に手を付く。
想像するのはプリン・ア・ラ・モード。そこいらのファミレスの安物なんかとは違う。スイーツ専門店で出されるような超豪華プリン・ア・ラ・モード。
「いでよ!プリン・ア・ラ・モード、5人前!」
「はい。プリン・ア・ラ・モード、5人前です。ますたー」
プリン・ア・ラ・モードが出た。5人前サイズの大きな器に盛られていた。
「数が足りない!おかわり追加!追加!追加!追加!」
「はい。おかわり追加しました。ますたー」
5人前サイズのプリン・ア・ラ・モードが出るたび、冷蔵庫から取り出していく。
デカい。めちゃくちゃデカい。これぞプリンの王様だ。いや、大王様だ。
プリン・ア・ラ・モードもデカいが、うちのダイニングテーブルは更にデカい。ちゃんと全員分乗る。問題無い。
「なんだこれ!なんだこれ!なんだこれ!」
「すっごい!これすっごいの!キラキラなの!」
「こ、これが、プリンの王様……何と言う貫禄か……っ……」
プリン・ア・ラ・モードを前にして、黒夫、魅雪、ムチムチさんが目をキラキラと輝かせていた。
古今東西、女子供を喜ばせるなら、スイーツ。
密かに成人男性を喜ばせるのも、スイーツ。
老若男女、貴賤貧富の区別無く、全ての者を喜ばせるものこそ、スイーツ。
スイーツこそが絶対の正義だ。
「あったかいお茶も用意しないと!紅茶のストレートがいいな!フェア!」
「こうちゃのすとれーと?それはなんですか?」
「……あー……それは出せないのかぁ……」
ちょっと頭が冷えた。
「……とりあえず、ペットボトル入りの奴」
「はい。ペットボトル入りの奴です。ますたー」
ペットボトル入りの紅茶が出た。無糖タイプ。冷蔵庫から取り出したので、当然、冷たい。
ティーカップを3個用意し、紅茶を注いでレンジでチン。アッと言う間にホット。
異世界で活躍するモノ、その名はレンジ。マジ便利レンジ。
マグカップを2個用意し、ウォーターサーバーのお湯を注ぐ。レンジ無用。
人数分のカップを持ってダイニングに行くと、三人はソワソワしながらも食べずに待っていた。
「遅いぞ、ニンゲン!」
「早く食べよ、おじちゃん!」
「なんだ、先に食べてて良かったのに」
「貴殿は何を言っているのだ!このようなものは皆で食べてこそだろう!」
「……そうですね」
何故だろう。ちょっと目頭が熱い。
全員に熱いカップを配り、席に着く。
フェア、魅雪、ムチムチさんには紅茶。自分と黒夫にはお湯。
「「「「「いただきます!」」」」」
全員揃って、プリン・ア・ラ・モードを食べる。
「「「「「あまぁいっ!」」」」」
それは幸せの味がした。
さすがに多すぎた。
「げぇっぷ……。し、失礼した」
「……多すぎましたね、さすがに」
ムチムチさんですら、8割食べた所でギブアップ。調子に乗ってビッグサイズにしすぎた。
熱い飲み物を飲みながら食べていたのに、身体が芯まで冷えて寒い。指先が冷えて動かしにくい。これ下手な氷魔法より凶悪な気がする。
「ごちそうさまでした。ますたー」
「……ホントどこに入ってるんだろう……」
完食したのはフェアだけだった。




