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45.電設のヒデオさん、帰る目途が立つ。


気が付いたら、夕暮れだった。



「……知ってる天井だ……」



気が付いたら、主寝室のベッドに寝ていた。


一応、気を失う直前の記憶はある。おそらく、あの後、運ばれたのだろう。



「……うぐっ……あったまいってぇ……」



頭痛がする。二日酔いを百倍キツくしたようにズンズン痛む。


吐き気は無い。


体のダルさは少し残っている。


体を起こそうとすると、お腹の辺りに何か白いモノがあった。



「……魅雪?」



魅雪が寝ていた。毛布の上から被さるように突っ伏している。看病しようとしてくれたのだろうか。


よく考えたら、魅雪の言葉を聞いて動いた結果、気絶したのだ。完全に自分の失態だが、魅雪の目には、どう見えたのか。


子供には心労ってレベルじゃないだろう。悪い事をしてしまった。



「……………………」



それにしても、こうして見ると本当にただの子供にしか見えない。


角が毛布に埋まって隠れると、普通の小学生だ。白髪は綺麗で珍しいけど。


実際には、人間離れした腕力を持つ鬼。おそらく、細胞レベルで身体が人間離れしていると推測される。


現に今、自分のお腹の上には魅雪の上体が乗っているのだが、明らかに普通の子供よりもおm



「――――――――」



軽い。羽のように軽くて素晴らしく軽い。実際軽い。勇者級の身体能力の前では凄く軽く感じる。軽い。とても軽い。



「……よいしょっと……」



とても軽い魅雪を起こさないようにしながら、ベッドから抜け出す。


とても軽い魅雪は、グッスリ寝ている。起きた様子は無い。


とても軽い魅雪は、このまま寝かせておいてあげよう。そうしよう。



「……ん?なんだこれ?」



ベッドのすぐ横に、何か大きな筒状のものが立てかけてあった。昨日までは、こんなもの、この部屋には無かった。


分厚く固い布状のものを丸めているようだ。ペルシャ絨毯の売り場とかに置いてありそう。買った事無いけど。


好奇心が、うずく。


誰の物かは知らないが、自分の部屋に置いてあるなら、見ても文句は言われないだろう、多分。


なるべく音を立てないようにしつつ、床に広げてみた。



「……っ……この模様は……」



約2m四方。正方形の絨毯。そこに描かれている模様には、見覚えがあった。


勇者召喚の魔法陣の中央部分。機能美の極致である緻密な幾何学形状。それが絨毯いっぱいに描かれていた。パッと見では、ほぼ同一形状のように見える。


絨毯の端の方には、絨毯には不似合いなメタリックな部分がある。


なんか操縦桿っぽいものが絨毯に引っ付いている。某28号ロボット用コントローラーよりもシンプル形状。ティッシュ箱くらいの大きさの直方体に、サラダ取り分け用スプーンみたいなものが逆向きにブッ刺さっている。スプーン版、天逆鉾。



「……まさか、これが……元の世界に帰るための乗り物……なのか……?」



自分で言ってて信じ難い。しかし状況的には、その可能性が高い。


空飛ぶ絨毯ならぬ、世界を渡る絨毯。


見た目だけなら、某タヌキ型ロボットが乗ってる奴より大分ショボい。申し訳程度に取り付けられたメカ感が、ショボさを助長している。


想像力が貧困だと、補完されてもショボい。



「……まあ、こっちの方が魔法っぽい効果ありそうな気はするけど……本当に大丈夫なのか、これ……?」



不安だ。超不安だ。こんなもので元の世界に帰れるのか、物凄く不安だ。



「……これを使えば……帰れる……本当に、帰れる……っ……」



不安なんか、どうでもいい。


帰れる。ついに、帰れる。やっと、帰れる。自分の世界に、帰れる。


これを使えば、帰れる。



「…………………………」



何かに導かれるように、銀色のレバーを握り締めた。



「…………………………」



レバーを握り締めて、困った。



「……運転の仕方わかんねえ……!?」



何かに導かれてるような気がしたけど、気のせいだった。レバーを握り締めても、ウンともスンとも言わなかった。


と言うか、レバーっぽいけど多分これレバーじゃない。


前後左右、どの方向にも動かない。押しても引いても動かない。あんまり力を入れすぎて壊したくないので弱い力しか入れてないけど、感触からして多分これ動く部品じゃない。固定されてる。


ティッシュ箱くらいの直方体には、レバーっぽい部品の他に、液晶パネルとダイヤルと思しき部品が付いている。


百均の電卓に付いているような細長い液晶パネルと、ペットボトルのキャップくらいのサイズのダイヤル。


きっと操縦の本命部分はこっちだ、多分。



「……回せばいいのか……?」



試しにダイヤルを回してみた。


回った。


こっちの部品はちゃんと動く。360度、グルリと回る。感触は固め。


試しにダイヤルを回してみたが、何も変わらなかった。液晶パネルは暗いまま。右にグルグル回しても、左にグルグル回しても、何も表示されない。


試しにダイヤルを押したり引いたりしてみたが、やっぱりただのダイヤルだった。ボタンを押した時のような感触は無い。



「……マジでどうやって動かすんだ、これ……」



途方に暮れた。困った。



「……あれ?そう言えば……」



困った時のフェア頼み。


自分はこれまで、異世界での困り事の9割方をフェアに頼って解決してきた。それなのに、すっかり忘れていた。


我ながら、逸り過ぎている。少し落ち着かないとマズい。


深呼吸を一つ。



「……フェア、いる?」



とても軽い魅雪を起こさないように、フェアに小声で呼びかける。


反応が無い。


頭の一部が、酷く冷静に意識を集中した。


眼前にステータス画面が表示された。



「……またこれか……」



【名前:白木英雄】

【職業:電設の新人】

【スキル:電気設備】※使用不可



「……ほぼ一発KO……無理あったんだな、これ……」



【スキル:電気設備】

【状態:過負荷により緊急停止中】※再起動まで残り46時間



「……家を建てるよりも大変だったのか……」



ここまでのステータス情報を見てから、強く念じて表示をオフにする。


元の世界に帰るための乗り物をフェアに創造してもらおうとした結果、フェアは過労でダウンしたようだ。


前回ダウンした時は、オール電化住宅と周辺設備をリクエストして出してもらった。そして、24時間の休養が必要だった。


今回は絨毯1枚。復帰に必要な時間が2倍近く違う。


おそらく、単純な質量や体積では無く、創造する対象の難易度によって負荷が変わるのだろう。


ある意味、宇宙よりも遠い場所に行くための乗り物だ。スペースシャトルより難易度が高い。そんなものを創造したら、過労で倒れるのは当然と言えば当然かもしれない。


本当は、すぐにでも使えるようにしてもらいたかったが、フェアの復帰を待つしかない。


帰れる目途が立っただけで、今は良しとする。



「……この期に及んで、おあずけ……」



ドッと力が抜けた。絨毯の上に仰向けに寝転がった。


柔らかくも確かな固さ。絶妙な感触。身体をしっかり受け止めてくれる。


この絨毯、意外と寝心地が良い。ちゃんと絨毯としても高品質。



「…………………………」



寝転がりながら、深呼吸を一つ。


本当に落ち着かないとマズい。今の自分は、明らかに逸り過ぎている。


もしもフェアがここにいて、今すぐに絨毯を起動できたとしても、今すぐに帰るのはマズい。


黒夫、魅雪、ムチムチさんの三人に、お別れの挨拶の一つもせずに、この世界を去るのはマズい。


たかが1ヶ月、されど1ヶ月。ひとつ屋根の下で暮らした相手との別れだ。ちゃんと準備をしてから別れたい。


フェアが復活するまで、後2日。


待ち焦がれている身としては長い2日だが、別れの準備をするには2日は短い。



「……どう切り出したもんかなぁ……」



自分にとって、この家は仮宿だ。いずれ必ずいなくなるのは、最初から決まっていた。


ムチムチさんには以前にそう伝えている。それなりに覚悟はしているだろう。


つい数日前の塩の買い出しの時には、いざとなれば家を出る決意がある、というような事も言っていた。


とは言え、急に帰るとなったら、さすがに驚かれるだろう。


自分がいなくなれば、フェアもいなくなる。そうなれば、この家での生活に支障が出る。今まで通りとは行かないだろう。


もうしばらく家にいるよう、引き留められるかもしれない。最後には送り出してくれるとは思うけど。



「……お別れ、かぁ……」



ムチムチさんの事を考えていたら、何だか1階の方から騒がしい声が聞こえてきた。



「痛ぁっ!?ゆ、指がーっ!?」


「ああもう何やってるんだ、姉ちゃん!だからオレが切るって言ったのに!」


「ぬわーっ!?イモが赤くなるーっ!?」



ガッシャーンッ。パリーンッ。ドサドサドサーッ。


なんか不吉な音が聞こえる。


下に行きたくない。今すぐ下に行かないとマズそうだけど、行きたくない。


重い足取りで1階に下りる。


大体予想通りの光景が広がっていた。



「……包帯いります?」


「ヒデオ殿!起きたのか!無事で良かった!」


「姉ちゃん!血、血!床に落ちてる!」


「ぬわーっ!?」



どう切り出そうか悩むのは、後回し。


指を切って騒いでいる二人をどうにかするのが先だ。


ツバ付けとけば治る気もするが、応急処置くらいはした方がいいだろう。


床の方は、ロボット掃除機が血の汚れを瞬く間に綺麗にしていた。問題無い。


とにかく傷口を塞ぐのが先決。他は後。


変装のために創造した包帯は、まだ余っている。包帯を取りに一旦脱衣所に向かう。布類の多くは、洗濯機の近くの収納棚に入れてある。



「……包帯、どこに仕舞ったっけ……?」



収納棚を物色していたら、何だか2階の方から騒がしい物音が聞こえてきた。



「大変なの!おじちゃん消えたの!」



ドタドタドタッ。ドバーンッ。バキーンッ。


なんか不吉な音が聞こえた。


戻りたくない。今すぐリビングに戻らないとマズそうだけど、戻りたくない。


包帯を持ってリビングに戻る。


入口のドアは吹き飛んでいた。


鬼の腕力の前では、人間用のドアは強度が足りない。



「おじちゃん、いた!どこ行ってたの!?」


「……うん。ごめんね、心配かけて」



よほど慌てて下りて来たのだろう。階段には子供の小さな足跡が残っている。


ステップに、足の形の凹みがクッキリできている。


鬼の本気の前では、人間用の住宅の階段は強度が足りない。


今更ながら、魅雪はこの家を壊さないよう、力をセーブして生活してくれていたのだと思い知る。


もう1ヶ月も共同生活しているのに、意外と気付いていない事は多いのかもしれない。



「……やっぱり共同生活には、お互いの気遣いが大事なんだなぁ……」



そんな風に、別に今ここで考えなくてもいい事を現実逃避気味に考えた。



「お姉ちゃん!?前掛け真っ赤だよ!?そんな装備で大丈夫なの!?」


「大丈夫だ!問題無い!」


「問題無い訳無いだろ!手当てするぞ、姉ちゃん!」



三人は今日も仲良さそうだった。


良き哉、良き哉。






午後8時。遅めの夕飯を食べながら、自分が気を失った後の話を聞いた。


自分が倒れるのとほぼ同時に、絨毯が創造された。そしてフェアは消えた。



「光の粒のようなものを出しながら、色が薄くなっていって、気が付いた時には見えなくなっていたのだ」


「あー……、前に消えた時も、大体そんな感じでしたね。ちょっと時間かかりますけど、休んでいれば普通に回復するみたいですので、明後日のオヤツの時間くらいには帰ってくると思います」


「そ、そうか。それなら一安心だな。良かった……」



その後、倒れた自分は2階の主寝室に運ばれ、ベッドに寝かされた。絨毯も丸めて2階に運び込まれた。



「おじちゃんはボクが運んだんだよ」


「オレはあの分厚い奴を運んだぞ」


「うん、ありがとう。黒夫、魅雪。助かったよ」


「ええっと、わ、私は……、毛布をかけたぞ!」


「あ、はい。ありがとうございます」



自分が寝ている横で、しばらくは三人で様子を見ていたらしい。


呼吸も心拍も正常。容体に異変無し。ただ普通に寝ているだけだったので、黒夫とムチムチさんは、夕飯の支度のために1階に戻った。


念のため、魅雪だけは2階に残った。



「ボクのせい?おじちゃんが倒れたの、ボクのせい?」


「違うよ。何と言うか、ちょっと仕事の疲れが出たと言うか……。とにかく、魅雪のせいじゃないから」



他人の寝息を聞いていると、それにつられて眠くなるものだ。いつの間にか、魅雪は寝ていた。


1階に戻った黒夫とムチムチさんは、冷蔵庫に入っている食材を使って料理を始めた。


本日の夕飯のメニューは、いつもとほぼ同じ。肉を切って塩を振って焼く。野菜を切ってレンジでチン。ただそれだけ。何の問題も起こらない。


……はずだった。



「オレ一人でできるって言ったのに、姉ちゃんもやるって言い出したんだ」


「逆だろう。私一人で問題無かったところに、クロオが手を出してきたのではないか」



料理を始める前に、二人は少し揉めたらしい。


二人で話し合い、肉の調理は黒夫、野菜の調理はムチムチさんが担当する事になった。


ムチムチさんは、久しぶりに料理の腕を振るうという事で、大変気合が入っていたらしい。



「……あの時のですよね、それ?」


「うむ。ここぞと言う時に身に着けようと、機会をうかがっていたのだ」



この人、いつも服装だけは割とキッチリしている。ビシッとスーツを着て、服装だけならデキる女に見える。


しかし今日は、いつものスーツの上着を脱いでしまった。


そしてエプロン(ピンクのハート形にフリルがたくさん付いてる)を装着した。


いざ台所に立ち、包丁を握り、そして指をザックリいった。



「……キッチン、出禁で」


「何故だ!?」


「いや何故って、普通に危ないからですけど」


「今回はたまたま偶然ホンの少しだけちょっとうっかりわずかに手元が狂っただけだ!次は大丈夫だ!」


「いや前も同じような事を言ってたでしょう。2回目はアウトです。出禁で」


「そ、そんな、あんまりだ!私だけ炊事場に出入り禁止など、不公平だ!」


「……それじゃあ、もし次にキッチンに立つ時は、絶対にスーツを脱がないように。それ着てれば安全ですから」



ここから先は、自分も知ってる。


指を切って取り乱したムチムチさんは、まな板をひっくり返し、台所はてんやわんや。


1階の騒ぎに、魅雪は目を覚ました。まず目に入ったのは、もぬけの殻になっているベッド。それを見て取り乱し、大慌てで1階に下りてきて、リビングのドアを吹き飛ばした。


落ち着きを取り戻した後は、お片付け。


そして改めて夕飯の支度。



「……よく食べる気になりますね。そのジャガイモ、真っ赤でしたけど」


「食べ物を粗末にはできまい。それに、腹に入れれば栄養になる」


「そういう問題じゃないような気が……。いや、まあ、本人納得してるなら、いいと言えばいいんですけど……」



いつもより遅い夕飯が完成し、ようやく腰を落ち着けた。今ここ。




総じて誰が悪いかと言えば、自分だ。これどう考えても自分が悪い。


まず第一に、リビングでフェアに頼んだのが悪い。


せめて2階に行ってから頼むべきだった。そうすれば、そもそも何も起こらなかった可能性大。


もう三人の前でスキルを使う事に微塵も抵抗が無くなっていて、油断しすぎた。




第二に、魅雪を一人残して1階に下りたのが悪い。


せめて魅雪を起こしてから行くべきだった。そうすれば、ドアも階段も無事だった可能性大。


魅雪は自分を心配して残ってくれたのに、自分は魅雪を残して行くとは、我ながら薄情にもほどがある。




第三に、エプロン(ピンクのハート形にフリルがたくさん付いてる)なんて想像したのが悪い。


この家での生活2日目に、自分の想像力の暴走によって産み落とされた品。こんなものを想像しなければ創造されず、ムチムチさんは上着を脱がなかった可能性大。


スーツの上下、ワイシャツ、ネクタイ、全て揃って初めてサラリーマンのフル装備である。




だが、これらの事は大した問題では無い。


確かに問題行動ではあるが、いずれもリカバリー可能だ。


片付けは済んだし、手当も済んだし、夕飯もできた。フェアが復帰すれば、家の破損も修復できるだろう。


リカバリー不可能、致命的な問題行動が一つある。



「……黒夫、魅雪。ちょっと聞きたいんだけど」


「なんだ、ニンゲン?」


「なに、おじちゃん?」


「……アレが何なのか、わかってる?」


「アレ?アレって、ニンゲンが作ってた奴の事か?ふるさとに帰るために作ってたんだろ?」


「こことは違う世界に行くんだよね?いつ行くの?すぐ行くの?」


「……………………」



思わずムチムチさんを見た。静かに首を横に振っていた。何も言っていないらしい。でもバレてた。


今回の件で最大の問題行動は、2階の紙の図面を開きっぱなしにしていた事だ。


完全にミスった。


気絶し、部屋に運び込まれた時に、見られてしまったらしい。そのせいでバレた。


絨毯の模様だけなら、見られても誤魔化しようはあったかもしれない。だが、紙の図面まで見られたら誤魔化せない。手書きの注釈が幾つも書き込まれ、解析や考察の内容が書かれていた。


魔法陣の図形、解説付き。しかも内容は、ド素人の自分にもわかるよう、わかりやすく書かれていた。黒夫と魅雪なら、わかってもおかしくない。二人とも、子供らしからぬほど頭が良いし、勘も良い。


元の世界の職場で、社外秘の資料を開きっぱなしにしてトイレに行くな、という小言を聞かされていたのを思い出した。総務の三田さんから耳タコなほど聞かされていたのに、すっかり忘れていた。


社会人としての基本が疎かになっていた。後悔しても、もう遅い。


初心、忘るべからず。忘れると、こういう事態になります。注意しましょう。



「いつ行くんだ?」


「すぐ行くの?」


「……いや、出発は、早くても2日後だ」



話をどう切り出すか、悩むまでも無かった。


真っ向から聞かれたら、答えるしかない。


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