44.電設のヒデオさん、帰る手段を得る。
どうにかこうにか、ムチムチさんの協力を取り付ける事に成功した。
ハイエルフの血を引く魔法的エリート様の手にかかれば、たかが大昔の人間如きが作った魔法陣の改良など、赤子の手を捻るようなものだ。
「「……うーん……」」
そう思っていた時期が自分にもありました。
「すまない、ヒデオ殿。私が不甲斐無いばかりに」
「とんでもない。こちらこそ、無茶な仕事を頼んでしまって、すみません」
あれから3日。いまだ魔法陣は手付かずのままだった。
一応、進展はあった。勇者召喚の魔法陣の解析に関しては順調と言っていい。ただ、その先の改良となると、うまく行かなかった。
紙に印刷した魔法陣は、言うなれば図面のようなもの。図面を読むのと、図面を修正するのとでは、必要となる能力が異なる。
極論、図面を読むだけなら、誰でも慣れれば何となく読めるようになる。しかし、図面を修正するとなると、専門知識や技能やセンスが必要になる。
ちなみに、修得の難易度を高い順に並べると、センス>技能>知識、である。
真面目な中堅の設計者なのに、センスだけはどうにもならない人はたまにいる。
生来のセンスが壊滅的な設計者の描いた図面は、そりゃあもうビックリするくらい汚い。実際の現物の出来は悪くないのに、どうして図面はこんなに汚いんだと疑問に思わずにはいられないくらい汚い。
ともあれ、魔法陣の改良は一歩目から行き詰まっていた。
「ひとまず、おさらいしましょうか。この魔法陣は、大別すると4種の要素で構成されている――……という事で、いいんですよね?」
「ああ、そうだ。構成要素は、世界の境界面の選定、穴の開口、穴の固定化、そして、回廊の形成に分けられる。本来なら、どれ一つとっても大掛かりな魔法陣を用意しなけれならないはずなのだが、それらを一つにまとめたせいで、かなり複雑化しているな。その分、起動に必要な魔力量は大幅に削減されているようだが」
「つまり、省エネ省スペースを達成した代わりに超複雑になってる訳ですね」
ムチムチさんの言葉を聞きながら、魔法陣を見る。
この3日で、紙には幾つもの書き込みがされている。アナログな手法だが、考えをまとめながら作業するなら、これが一番わかりやすい。
「この世界と隣接する世界……、隣接とは言っても物理空間的な意味では無く、概念的な意味だが、隣接している世界は数多存在する。世界が数多存在するように、世界の境界面も数多存在する。その中から一つを指定するのが、魔法陣のこの部分だ。……おそらくは」
一部を指差しながら、ムチムチさんが自信無さ気に言う。微妙に不安を誘う。
「おそらく、なんですか?」
「おそらく、としか言い様が無い。指定のための記述はあるのだが、指定がされていないのだ。何と言うべきか、計算式が途中まで書いてあるのに答えが書いていない、とでも言おうか。……疑って悪いが、この魔法陣はちゃんと複写されているのか?抜けや欠けは無いのか?」
「……もう一度、オリジナル画像の方、確認しときます?」
「……アレか……正直に言えば、あんまり見たくないのだが……」
すっごく嫌そうな顔で拒否られた。
気持ちはわかる。でも確認作業を怠るのは良くない。
念のため、オリジナルの方も再確認する。
「ううむ……。何度見ても酷い出来だ。中央部と周辺部の差が著しいな」
「まあ、作者が違いますから」
「それにしたって、どうなのだ、コレは」
一応、勇者召喚の魔法陣のオリジナルの写真も印刷してある。大判プリンターで高精細に印刷された魔法陣は、見れば見るほど汚い。
中央部分は機能美の極致。周辺部分は機能美の欠片も無い。センスの無い設計者が設計すると汚いものしか出来上がらない典型例みたいな代物である。
汚いからと言って、目を逸らしている訳にもいかない。再確認する。
手描きならコピーミスはあり得るかもしれないが、魔法陣は写真撮影し、画像データからCADデータに変換している。変換作業を担当したのはフェアなので、ミスはあり得ない。それでも念のため、確認作業はする。
信頼の有無によらず、重要事項であれば確認作業は必須だ。
「抜けも欠けも無し、か」
「問題無さそうですね」
目視確認なので若干不安は残るが、二人の目で確認してコピーミスは無いと判断する。
念のために言っておくと、某猫みたいに相手が確認してるからOKとかでは無く、ちゃんと自分は自分で確認している。
ムチムチさんは納得すると、中央部分だけの線画に戻り、さっきまでとは別の箇所を指差した。
「世界の境界面に穴を開けるのが、この部分だ」
「はい」
「世界は変動と修復の繰り返しによって均衡が保たれている。多少の揺らぎは常に発生しているし、常に修復され続けている。穴が開くのも、よくあるとまでは言えないが、然程珍しくない自然現象の一つだ。それを人為的に成すとなると異常事態だが、世界にとっては自然に開いた穴も、人為的に開けられた穴も、どちらもただの穴にすぎない。修正力によって穴はすぐに塞がれる。塞がれないようにするのが、この部分だな」
「穴の固定化ですね」
「そうだ」
自然現象として、世界の揺らぎが閾値を超えると、世界の境界面に穴が開く事があるらしい。地震や台風の発生と似たようなものだろうか。
元の世界では、地下で核爆弾を爆発させるなどすれば、人工的に地震は起こせる。理論上は一応実現可能な技術。莫大な費用がかかる割にメリットが無いので、実際には誰もやらないが。
逆に言えば、費用に見合うだけのメリットがあれば、自然現象を操作する事はあり得る。台風による洪水被害を抑えるために河川の形を変えるなど、費用に見合うなら人間の都合に合わせて自然を操作するのは珍しくない。突き詰めれば、全ての事業は費用対効果で実施するか否かが決まる。
「最後に、回廊の形成だ。この部分に、それらしき記述がある。……これも、おそらく、としか言えないが」
「あちらの世界からこちらの世界へ人間を移動させるための要素ですね。ここを書き換えて、移動の方向を逆転できれば、こちらからあちらに移動できる、という事ですね」
「その点に関しては異論がある。この部分を見る限り、形成されるのは、あくまでも回廊だ。それ以上でもそれ以下でも無い」
「……あの、どういう事ですか?」
「要するに、ただの道なのだ。いや、ただの道では無く、極めて安全な道か。いずれにせよ、道は道だ。道があるからと言って、必ずしも人が通る訳では無い。道に人が通るためには、人が自らの意思で道を歩まなければならない」
「……つまり、一方的に人間を移動させるような機能は無いって事ですか?」
「そうだ。一方的どころか、この部分にはそもそも方向性の指定が無いのだ。人が来たと言うのなら、それは自らの意思で歩いて来たという事になる」
「……私には、道を歩いて来た記憶なんてありませんよ」
「ああ、その話は聞いた。だから、おそらく、としか言えないのだ。私の見る限りにおいては回廊を形成する機能しかないが、私の見解よりは、実際に体験した貴殿の体験談の方が信憑性が高い」
「いや、体験談って言うか、気付いたら移動し終わってて、ほとんど何も覚えてないんですけど……」
こちらが納得していないと、それを察したのか、ムチムチさんは更に詳しく解説してくれた。
魔法陣の最後の要素、回廊の形成。世界に穴を開けた後、異なる世界間を安全に移動できるように道が作られる。
外力から内部を保護するように、チューブ状の道になっているらしい。水圧に耐える海底トンネルみたいなものだろうか。
極めて安全かつ頑丈な道。ただし、本当にただの道だ。水平型エスカレーター、いわゆる動く歩道のような自動で移動する機能は無い。
「そもそも、何故これで異世界の人間が召喚できるのかが理解できない。仮にこの魔法陣をそのまま起動し、異世界の人間が自らの意思でこちらの世界に来る気になったとして……、辿り着く前に死ぬぞ」
「し、死ぬ?安全な道じゃないんですか?」
「安全とか危険とか、それ以前の問題だよ。隣接しているとは言っても、世界規模の移動になるのだぞ。隣の家に歩いて行くように、なんて気軽に渡れるものでは無い」
異なる世界間には、相応に距離がある。世界の壁に穴を開けても、簡単には移動できない。
例えるなら、壁のように聳え立つ山脈にトンネルを開けて、隣国に行くようなものだ。トンネルが無いよりは遥かに楽に移動できるが、トンネルがあっても、相応の距離を移動する事になる。
当然、隣の家より、隣の国より、隣の世界の方が遠い。遠い世界よりは隣の世界の方が近いが、近くても遠いものは遠い。
「……準備も無しに渡ろうとしたら、辿り着く前に力尽きそうですね」
「ああ、ほぼ確実にそうなるだろうな。準備万端調えて出発したと言うのであれば、辿り着けてもおかしくはないが……。事前に何も知らされず、突発的に回廊を歩かされる羽目になった者が、どうして無事に辿り着けると言うのか。それこそ奇跡でも起こらなければ無理だろう」
「奇跡と呼ぶには安定しすぎていますよ。この魔法陣、過去に何人も召喚に成功しているはずですから」
「そうなると、何か見落としがあると考えるのが妥当だが……。正直に言えば、これだけ複雑な魔法陣の全てを把握したなどと言い切れるほどの自信は無いぞ、私には。……せっかく頼ってくれたのに、頼りにならなくて、本当にすまない」
「謝らないでください。無理を言っているのは私で、むしろ悪いのは私の方なんですから」
「な、何を言うか。貴殿に恩を返す機会を活かせていない私が悪いのだ」
「いやだから恩返しとかは考えなくていいって以前から言ってるでしょう。仕事を頼んだのは、無理に恩返しさせるためじゃありませんよ」
「しかし……」
「全力で応えようとしてくれているのは知っています。頼っている方からすれば、その気持ちだけでも十分嬉しいんですよ」
落ち込んでいる様子のムチムチさんを励まそうと声をかける。
仕事を頼み、そのせいで落ち込んでいる美人さんに、励ましの声をかける。この状況、我ながら少々アレな気がする。
マッチポンプ臭、かなり強め。狙ってやってる訳では無い。
「まだ始めて3日ですし、これからですよ、これから。焦らず行きましょう」
感覚的に全体像を把握するのと、細部に至るまで完璧に把握するのとでは、かかる時間も労力も異なる。
いかに頼りになる協力者を得られたからと言っても、一足飛びに成果を求めた自分が間違っていた。無駄に成果を焦らせたのが、ムチムチさんを落ち込ませてしまった最大の原因だろう。反省しなければ。
意識の切り替えが必要である。
これはもう本格的に腰を据えて取り組むべき案件である。
冷静に考えれば、宇宙に行くよりも異世界に行く方が難易度は高いはず。元の世界に帰る手段を用意するためには、有人宇宙飛行の準備を超えるほどの時間と手間がかかると見るべきだろう。
すぐに元の世界に帰るのは、諦めるしかない。焦ってもどうにもならないものは、焦ってもどうにもならない。
ふと視線を上げると、時刻は午後2時半過ぎだった。
「根詰めすぎても良くないですし、少し早いけど休憩にしましょうか。……どうします?今日こそプリン・ア・ラ・モード食べます?」
「い、いや、それはダメだ。私はまだ何も成し遂げていない。プリンの王様を食べるのは、今の仕事を成し遂げた後だ」
「……そうですか。じゃあ、普通のプリンで」
ちなみに、ムチムチさんは仕事の報酬を受け取っていない。プリン・ア・ラ・モード、おあずけ中。生真面目な人である。
「先に下に行っててください。私は少し情報を整理してから行きますので」
「そうか。わかった」
CADデータに今日の分の注釈を入力しつつ、さり気無さを装って、部屋を出るように促す。
ムチムチさんは何の疑いも無く、普通に出て行った。
「……ねえ、フェア。今ならパパッと設変できたりする?」
「いいえ。それは無理です。ますたー」
「……そう」
諦めきれず、フェアに聞いてみた。やっぱりダメだった。
フェアは学習能力が極めて高いので、この3日で設計変更できるようになったかと期待したのだが、無理なもの無理らしい。
「……長丁場を覚悟するしかないか……どうにかクビにならない方法無いかなぁ……」
未練がましいとわかっていても、諦めるのは難しかった。
いつも通り、オヤツタイム。
いつも通り、冷蔵庫からプリンを創造する。
「「「「「いただきます」」」」」
いつも通り、みんなでプリンを食べる。
いつも通り、おいしい。
「「「「「ごちそうさま」」」」」
そしてまた2階の主寝室で仕事を再開する。
「お姉ちゃん独り占めしてるの、ズルいの!」
「ニンゲンと姉ちゃんが二人っきりなんて、やっぱりダメだ!」
「ミユキ、クロオ、離してくれ」
再開しようとして、再開できなかった。
席を立つ前に黒夫と魅雪に抱き着かれ、ムチムチさんは動けなくなっていた。
黒夫と魅雪の顔が、ムチムチさんの胸部に埋まっている。うらやまけしからん。
「私のは仕事なのだ。仕事だから仕方が無いのだ。聞き分けてくれ」
「ボクお手伝いする!」
「オレも!一緒にやるぞ!」
「い、いや、この仕事は私とヒデオ殿の二人の共同作業と言うか、そういう感じのアレなのだ。だから二人っきりが良いのだよ。うん。本当に仕事だから、本当に仕方が無いのだ。だから聞き分けてくれ」
たった3日、されど3日。子供達はムチムチさんと一緒にいられる時間が減って、我慢できなくなったようだ。
ムチムチさん、めっちゃ慕われてる。明らかに自分とは慕われ度合いが桁違いである。
そりゃあね。美人で、優しくて、おっぱい大きいお姉さんとか、みんな大好きだよね。なんかモブっぽい普通のお兄さん(25歳)では、勝負にならんよ。
わかってる。わかってはいても、ちょっと寂しい。
「ますたー。作業の阻害要因を排除しますか?」
「物騒!?……そういう事しなくていいから。とりあえず、お茶ちょうだい」
「承知いたしました。ますたー」
可愛い顔して怖い事を言うフェアをいさめつつ、お茶を入れてもらう。
「んー……、絶妙。どんどん腕が上がるねぇ。さすがフェア」
「えへへー。恐縮です。ますたー」
お茶がおいしい。さすフェア。
おいしいお茶を飲みつつ、三人をボーッと眺める。じゃれ合う子猫と母猫のように、仲良くイチャついてる。間に入る気にはなれなかった。
元の世界に早く帰りたい。まだ諦めは付かない。しかし、なんかイマイチやる気が出ない。
焦りがある。焦りを解消する方法が無い。
まるで灰が降り積もるように、軽いが解けないものが延々と残り続け、少しずつ少しずつ重みを増していく。動くのが億劫になっていく。
「……どうにかならないもんかなぁ……」
「本当にどうにもならないのだ!聞き分けてくれ、ミユキ、クロオ!」
「ヤなの!」
「嫌だ!」
さっきから困った顔したムチムチさんが、こっちをチラチラ見てる。
勇者召喚の魔法陣の情報を話すのはマズいとわかっているらしく、そのせいで子供達の説得に決定打を欠き、助けを求めてパチパチと必死にアイコンタクトしてくる。
助けを求められても困るんだけど。
美人さんに助けを求められては、動かざるを得ない。それが男という生き物。
「あー……、その辺にしとけ、二人とも。お姉ちゃん困ってるだろ」
適当に声をかけると、黒夫と魅雪がムスッとした顔をこっちに向けた。
「ボクもお姉ちゃんとお手伝いする!」
「オレも!特別に手伝ってやってもいいぞ!特別だぞ!」
「いやだから子供にできる仕事じゃないって何度も言ってんだろ」
「ボク子供じゃないの!」
「オレはもう大人だ!」
「いやそういうのいいから。今の仕事はホント無理だから」
「なんでだ!無理かどうかなんて、やってみなくちゃわかんないだろ!」
「大人にはやる前からわかるんだよ。無理だ。諦めろ」
「おじちゃん、そればっかり!何やってるかも教えてくれないのに無理って言うの、ズルいの!」
適当にあしらおうとしたが、結構しつこい。日に日に粘りが増して面倒臭い。
魔法陣の現物を見せて説明すれば、さすがに諦めるとは思うが、見せるつもりは無い。詳しい事情を明かすつもりも無い。
こちらの事情に、子供達は巻き込まない。
こちらの事情を教えずに諦めさせるため、当たり障りの無い部分だけを適当にボカして教える事にした。
「あー、何て言ったらいいか……。かなり遠くの場所に行きたいんだけど、そこに行くための移動手段が無いんだよ。それで、どうにか移動手段を用意しようとしてるんだけど、俺一人じゃ無理だから手伝ってもらってるんだよ」
ボカして伝えると、ボカしすぎたのか、黒夫と魅雪は不思議そうな顔をした。
「何言ってるんだ、ニンゲン?遠くに行きたいなら、自転車使えばいいだろ。楽チンで行けるぞ」
「自転車じゃ行けないくらい遠い場所に行きたいんだよ」
「な、何だと!?そんなに遠く!?世界の果てにでも行く気か!?」
「いや世界の果てには行かないけど」
ある意味、世界の果てより遠い場所に行きたい。言えないけど。
それにしても、自転車に乗れるようになった男子小学生の、自転車に対する信頼度って、どうしてこんなに高いんだろうか。そこまで万能な乗り物じゃないよ、自転車。
「おじちゃん、どれくらい遠くに行きたいの?」
「まあ、自転車では行けないくらい遠くまで、だよ」
「それなら、自転車よりも、もっともーっと遠くに行ける乗り物を出せばいいんじゃないの?自転車の時はパッて出してたよ?同じようにパッて出せないの?」
「いや、さすがにそれは無理――……」
魅雪が気軽に言った。
あまりにも気軽に言われた言葉を聞いて、ふと、思った。
本当に無理なのだろうか、と。
「……………………」
フェアの創造力に限界は無い。自分の知る限り、量的限界はあるが、質的限界は無い。質的限界を決めているのは、いつだって自分の想像力だった。
「……ねえ、フェア。世界を渡れるような乗り物、出せる?」
「いいえ。それは無理です。ますたー」
無理だった。当然だ。自分には、元の世界に帰るための乗り物が想像できない。自分が想像できないものをフェアは創造できない。
偏見。先入観。思い込み。余計な思考が想像を歪め、創造を阻む。
そもそも、異なる世界間を移動するという事自体、どう考えても無理だ。想像できない。
「……いや、移動自体は無理じゃないはず……現に俺はここにいる……自力で帰った人がいるって話も聞いてる……」
思い込みを振り払おうと、軽く頭を振る。意識を切り替える。
異なる世界間を移動する事は可能だ。可能なはずだ。
王国はそれを可能にした。
一方通行とは言え、確かに王国はそれを可能にした。
衣食住はサラリーマン以下の低水準。トイレは死ぬほど臭くて汚い。そんな王国ですら、それを可能にした。
フェアは、王国よりも遥かに快適で先進的なオール電化住宅を創造できる。つまり、王国を遥かに上回る可能性を秘めている。
王国に可能だった事が、フェアに不可能な道理があろうか。いや無い。
「……ねえ、フェア。世界を渡れるような乗り物、出せる?」
「いいえ。それは無理です。ますたー」
無理だった。やっぱり無理なものは無理だった。
「うーん……乗り物……電気で動く乗り物……どんな乗り物だよ……」
異なる世界間を移動する事は可能なはずだ。そこまでは想像できる。ちょっと無茶な感じはするが、無理では無いと思えなくは無い、一応。
だが、その先がうまく行かない。電気を動力として動く乗り物と、想像でうまく結び付かない。
異なる世界間を移動する電動式の乗り物なんて、全く想像できない。
「……そのものは想像できなくても……似たものなら……」
脳裏に思い浮かんだのは、某国民的アニメのワンシーン。某タヌキ型ロボットがよく乗り回している乗り物。少し不思議な科学の産物なので、きっと動力は電気だろう、多分。あの乗り物は、いかにも異次元っぽい虹色の空間を移動していた。
そのアニメの映画版のワンシーン。某タヌキ型ロボットが某男子小学生に公衆電話のような形状の道具を使わせると、現実の世界っぽいのに魔法の絨毯が空を飛び交うという、現実とは似て非なる世界へと移動していた。
あんなブサイクな某タヌキ型ロボットにできて、世界一可愛いフェアにできない道理があろうか。いや無い。
異なる世界間を移動する電動式の乗り物。詳細はわからないし、原理もわからないが、そんなものはわからなくてもいい。大雑把な概要だけでも想像できれば、それでいい。
想像の歪みは補正されないが、想像の欠けている部分は補完してもらえる。
「……ねえ、フェア。世界を渡れるような乗り物、出せる?」
瞬間。体からナニカがゴッソリ抜け落ちた。
「ニンゲン!?」
「おじちゃん!?」
「ヒデオ殿!?」
視界が暗い。音が遠のく。意識が黒く塗り潰されていく。
「――――――――はい。世界を渡れるような乗り物です。ますたー」
意識が途絶える直前、いつもの可愛い声が聞こえた気がした。




