40.電設のヒデオさん、耳に触る。
主人公視点に戻ります。
塩の買い出しの翌日です。
いつものベッドで就寝。
いつもの時間に起床。
「おはよう、フェア」
「おはようございます。ますたー」
いつも通りの朝が来た。
「塩の買い出しも無事に終わったし、これでもう憂いは何も無い!今日からは魔法陣の解析に本腰入れるよ!いや今までも本腰入れてたけど、そりゃあもう本当に本気の本腰だよ!フェアにも手伝ってもらうからね!」
「はい。全身全霊をもってお手伝いいたします。ますたー」
いつもの可愛い笑顔で、フェアが言う。
「よぅし!……まずは朝飯の準備しないと。フェア、手伝ってくれる?」
「はい。手伝います。ますたー」
いつも通り、普通のトイレで用を済ます。
いつも通り、普通の洗面所で顔を洗う。
いつも通り、普通の電動歯ブラシで歯を磨く。
いつも通り、普通の電動シェーバーでヒゲを剃る。
いつも通り、普通の朝食を創造する。
「うんうん、普通ってイイね!」
「はい。普通ですね。ますたー」
いつも通り、普通の朝の風景である。普通とは尊い。
「「「「いただきます」」」」
「……い……ます……」
いつも通り、全員揃って朝食を囲む。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
「……ご……さま……」
いつも通り、普通の朝食を完食。
いつも通り、普通の食洗器に洗い物を入れる。
いつも通り、普通の野菜スティックを用意。
いつも通り、この後は2階で仕事をする。
……その前に。
「で、どした、黒夫?」
「……っ……」
いつもと明らかに黒夫の様子が違っていた。
いつもと違い、オドオドと何かに怯えているように見える。人間の街の中でさえ結構堂々としていたのに。
「……ニンゲン……っ……」
「なんだよ」
黒夫が上目遣いでキッと睨んで来た。ちょっと顔が赤い。
どうやら怯えていたのではなく、怒っていたらしい。
今日は朝からご機嫌斜めの猫である。
人間の街の中では堂々としているように見えたが、やっぱり本当は嫌だったのだろうか。
旅行する人の中には、旅行中に嫌な事があっても何も言わず、旅行後に落ち着いてから怒り出すタイプが、まれによくいる。
黒夫はそういう引っ張るタイプには見えなかったのだが、実はそうだったのだろうか。
「に、ニンゲン!オレの覚悟は決まってるぞ!」
「……はっ?覚悟?」
黒夫が急に変な事を言い出した。覚悟って何の覚悟だ。
「さあ、煮るなり焼くなり好きにしろ!オレは逃げも隠れもしない!」
なんか敵軍に捕まった武将みたいな勇ましい台詞を叫ぶと、フローリングの床に大の字に寝転んだ。
いつも意味不明なもの、それが子供である。異世界でも変わらぬ真理である。
元の世界で親戚のチビどもの面倒を見させられていた時も、訳わからん事をする事がよくあった。懐かしい。そして面倒臭い。
「……まあ、好きにしとけ。あんまり床を汚すなよ」
とりあえず元気そうなので、放って置く事にした。
元気が無いなら心配するが、元気そうなので心配いらないだろう、多分。
そのまま放置して、2階に。
「どこ行くんにゃーッ!」
行こうとしたら足に噛み付かれた。ちょっと痛い。
「何なんだよ、さっきから。言いたい事があるなら、はっきり言え」
「くっ……。わざわざオレの口から言わせるのか!ニンゲンはいやらしいな!いやらしいニンゲンめ!」
「お前ホントしばくぞこの野郎」
いつも通り、面倒臭い猫である。なんか無事に帰って来たって実感する。面倒臭いのに、ちょっとホッとする。面倒臭いけど。
「おらよっと!」
「にゃあっ!?」
黒夫がしがみ付いている足を、黒夫ごと勢い良く蹴り上げる。
勢いに負けて飛ばされた黒夫は、一旦天井に着地。素早く跳んで壁を蹴り、反転して床に着地した。
相変わらず、身のこなしが軽い。やっぱり心配いらない。元気そうだ。
「で、何なんだよ、本当に。用が無いならもう行くぞ?」
「用があるのはニンゲンの方だろ!……ば、バツゲームって言うの、どうするんだよ、ニンゲン」
「……はっ?」
一晩グッスリ寝て、すっかり忘れてた。言われてみれば、そんな事を言ったような記憶があるような気がしないでもない。
昨晩、街の壁の外に出た辺りで、黒夫が駄々をこねた。それで仕方なく、自主的に家に帰る気にさせるため、ご褒美と罰ゲームをチラつかせながら競争心を煽った。黒夫はそれにアッサリ乗ってきて、家まで競争になったのだ。
競争心を煽るためだけに、ご褒美と罰ゲームをチラつかせただけなので、内容は深く考えていない。とにかく早く帰りたいという想いが強くて、それ以外はかなり適当になってた気がする。
ちなみに、自分が勝った。当然である。
黒夫の脚力は人間離れしているが、勇者級の身体能力はそれを上回る。閉所空間での三次元立体機動のようなテクニカルな動きなら、黒夫の方が遥かに上だが、ただ一直線に走るだけの単純な競争なら、身体スペックが上の自分が有利になる。
ちゃんと正攻法で普通に勝った。
右肩にムチムチさんを担ぎ、左脇に魅雪を抱え、左肩にフェアを乗せていたが、その程度のハンデでは勝敗は覆らない。
「罰ゲームねぇ……。忘れてたし、もういいよ、別に」
昨日は本当に疲れていて、帰宅してすぐに寝た。そして起きたら忘れてた。
外出中には無自覚だったが、帰宅したら精神疲労がドッと出て全然ダメだった。身体的には勇者級なので疲れ知らずでも、精神的にはサラリーマン級なので、王国に見付からないように街に潜入するのは気疲れが相当酷い。
自分なりに、色々と気を遣って疲れた。自分なりに。
もう本当に、異世界の街には二度と行きたくない。
ついでに、昨日の事は二度と思い出したくない。
潜入中だと言うのに、何やら街中で小っ恥ずかしい事をやらかしてしまったような気がする。
忘れたい。もう忘れたい。昨日の事を忘れるためなら、罰ゲームは割とどうでもいい。
「俺はもう忘れた。お前も忘れろ。それでいいな、黒夫?」
「良くない!敗北を忘れて強くなれるか!」
なんか本物の武将みたいな事を言ってる。子供ながらに臥薪嘗胆の心意気とは、将来は大物になるかもしれない。でも今はただただ面倒臭い猫である。
「あー、それじゃあ、アレだ。罰ゲームは風呂掃除な」
「それいつもやってる!」
「あー、それに追加で、食事の支度を手伝え」
「それもいつもやってる!」
罰ゲームを提示してるのに、納得してくれない。
いつも黒夫と魅雪に家事の手伝いを頼んでいるのが裏目に出た。
改めて振り返ると、面倒臭い割には結構いい子である。面倒臭いけど。
「あー、それじゃあ、そうだな。あの競争は無効だ。スタートでズルしただろ、俺。ズルして勝ったから無効だ、無効」
「な、なんだと!?そうやって負けたオレに情けをかけるつもりか!ニンゲンなんかに情けをかけられるくらいなら……。くっ、ころせ!」
「お前なぁ……。情けじゃねえよ。逆だ、逆。俺がズルしたって、お前も言ってたじゃねえか。本当なら反則負けになるところを無効で済まそうとしてんだよ。競争は無効だから、ご褒美も無しだ。どうだ、人間の大人のズルさに恐れ入るがいい。ふははははっ!」
なかなか悪くない言い訳だ。正直、罰ゲームを考えるのも面倒だが、ご褒美を考えるのも同じくらい面倒。競争自体を無かった事にした方が面倒が無くて済む。
内心で自画自賛した説得の文言だったが、黒夫は納得してくれなかった。
「ニンゲンがズルしたって言うなら、オレだってズルだ!お相子だぞ!それで負けたんだから、やっぱりオレの負けだ!」
「いやお前は別にズルしてないだろ」
「ニンゲンは重いの持ってただろ!俺は身軽だったのに、ニンゲンだけ重いの持って競争したんだから、ズルだ!」
「「「……………………」」」
外野の空気が凍った。気がした。
「ニンゲンは最初だけズルしたけど、後はずっと重かっただろ!ニンゲンは重いの持ってたのに勝ったんだから、ちゃんと勝ちだ!」
「「「……………………」」」
「いや重くなかったよ。うん。全然重くなかった。うん。全然、まったく、これっぽっちも、重くなかったなー!」
「嘘だ!ニンゲンは嘘を吐いてる!ホントは重かったんだろ!」
「「「……………………」」」
「いや嘘じゃないからね?羽みたいに軽くてビックリするくらいもう本当に凄く軽かったからね?軽くてビックリしたからね?」
「嘘だ!ホントは重かったクセに!やっぱりニンゲンは嘘吐きだ!」
「「「……………………」」」
「いやだから嘘じゃねえって言ってんだろ!重くねえって言ったら重くねえんだよ!いい加減にしないと口塞ぐぞこの野郎!」
「く、口を塞ぐだと!?に、ニンゲンめ、どうやって口を塞ぐつもりだ!?」
マズい。予想外の形で飛び火してる。これ後で絶対に面倒臭い事になる奴。
書類整理中の魅雪とムチムチさんが、こっち見てる。能面みたいな表情して、無言で見つめてる。
ちなみに、魅雪もムチムチさんも羽のように軽くて素晴らしく軽い。実際軽い。勇者級の身体能力の前では凄く軽く感じた。嘘じゃない。嘘じゃないよ。
無論、フェアは言わずもがな。クレーンゲームの景品のお人形さんより軽い。こっちは本当に軽い。
「……黒夫、お前、本当に罰ゲームを受ける覚悟はあるんだな?」
「当たり前だ!」
「……よし、いいだろう。その覚悟に応えてやる。罰ゲームだ。いいな?」
「望むところだ!」
これ以上、黒夫が余計な事を口走るとマズい。面倒ではあるが、何か適当な罰ゲームを与えた方が安全だろう。自分が。
問題は、適当な罰ゲームが思い付かないという事である。地味に難しい。
そもそも大人と子供の競争だ。いくら相手が人間離れした身体能力の子供であっても、大人が子供を負かして酷い罰ゲームを与えるのは、さすがにちょっとアレすぎる。
内容は軽いものが良い。痛かったり苦しかったりするようなものは絶対厳禁。
かと言って、あまり軽すぎる内容にすると、黒夫が納得しそうにない。下手に軽い罰ゲームにしたら、火に油となりかねない。
「うーん……どうするかな……」
「……っ……」
どんな罰ゲームが良いだろうか。
黒夫が苦痛を感じない程度に軽く、かつ、黒夫が納得する程度には辛い想いを強いる事ができる罰ゲーム。
そんな都合の良いもの、思い浮かばない。
悩む自分の目の前では、黒夫がフローリングの床に正座していた。まるで時代劇の御白州で裁きを待つ被疑者のように神妙な様子で、動かずジッとしている。
基本的には、動かずジッとしている。
しかし、ある一部分だけ、忙しなく動きまくっている。
「耳、触らせてくれ」
「にゃっ!?」
ポロッと口から出た。
「……よし、黒夫の罰ゲームは耳だ。これから俺は、お前の耳を触る。めちゃくちゃ触って触って触りまくるぞ。覚悟しろよ」
「にゃあっ!?」
咄嗟の思い付きだったが、案外、悪くないかもしれない。
黒夫と初めて出会った時、一度ガッツリ触ったような記憶があるが、その時は嫌がっていたはずだ。
黒夫にとっては、苦痛は無いが辛く感じる、絶妙な罰ゲーム感だろう。
ついでに自分の猫耳欲求も満たせて嬉しい。
猫は自由気ままで細かい事を気にしないように見えて、意外と繊細な生き物である。人間が猫耳に触わろうとすると嫌がる猫は少なくない。
今まで、黒夫の猫耳に触った事はあまり無い。頭を撫でる時に猫耳の付け根に触れたり、包帯で猫耳を隠す時に触ったりした事はあるが、短時間に少し触っただけ。
自分なりに我慢してきた。我慢してきたのだ、今まで。
まさかこんな形で猫耳に触れる機会が巡って来るとは思わなかった。
「ほ、本気か、ニンゲン!?お、オレのに触る!?ほ、ホントに触るのか!?」
「あ、ああ、触りたいと思ったんだけど……」
「そ、そんにゃあっ!?」
おかしい。思っていた反応と違う。
自分としては丁度良い感じの罰ゲームだと思ったのだが、想像以上に黒夫の拒絶反応が大きい。猫耳に触られるのをかなり本気で嫌がっている。
触りたい気持ちは、ある。しかし、本気で嫌がっているのを捻じ伏せるようにして無理矢理と言うのは、猫耳に対する冒涜だ。これは大変良くない。
罰ゲームは変更した方が良いかもしれない。
「……なあ、黒夫。嫌なら無理しなくていいぞ?」
「っ、無理じゃにゃい!馬鹿にするにゃあ!」
しまった。言い方を間違えた。こんな風に言ったら、黒夫の性格からして、反発するに決まっている。
「さあ来い、ニンゲン!オレに触れ!……うにゃっ!?お、オレは今、にゃんて事を言ったんにゃ!?うぅぅぅぅぅぅぅぅっ……」
「……あの、黒夫?やっぱり罰ゲームを変えたいんだけど、いいか?」
「えっ、変える!?なんで!?」
「もっと別の面白い奴を思い付いたんだ。そっちをやってみたいと思って、できればそっちに変えたいんだよ。なあ、変えてもいいかな?」
「どういう事だ、ニンゲン!さっきオレのに触りたいって言っただろ!嘘を吐いたのか!?」
「い、いや、そりゃあ触っていいなら触りたいけど……」
「だったら触れ!……こ、これはバツゲームなんだろ。ニンゲンが触りたいって言うなら、さ、触ればいいだろ。……うぅぅぅぅぅぅぅぅっ……」
ダメだ。拗れてる。完全に拗れてる。流れを修正しようにも、拗れた後では手遅れだった。
今更、やめようと言っても、もう黒夫は聞き入れそうに無い。座った目をして、縄張りを主張する猫のような唸り声を上げている。一歩も引かない雰囲気だ。
「……本当に、いいのか?」
「い、いいぞ」
正座した黒夫の膝の上で、小さな手がギュッと握られ、震えている。
そんなに触られるのが嫌なら、素直に嫌と言えば良いものを。
「……そうか。わかった。じゃあ、本当に触るぞ?今から触るからな?」
「う、うん」
下手に引き延ばすより、さっさと触って終わりにした方が良さそうだ。適当に猫耳を触れば、黒夫も納得するだろう。
「い、いくぞ?」
「……っ……」
なんか緊張してきた。やたら緊張している黒夫が悪い。自分は悪くない。
なるべく怖がらせないように、驚かせないように、ゆっくりと手を動かす。
黒夫の猫耳に、そっと触れた。
「……あっ……いいわ、これ……」
「……っ……」
果たして、その触り心地は極上だった。
以前に触った時より、何倍もいい。
身体が成長して、触り心地まで成長している。
「……………………」
「……っ……」
体温は高めで、少し熱い。
肉付きは薄く、先端の手応えは弱いが、全体には適度に弾力がある。
表面は短い毛で隙間無く覆われ、サラサラしていて指滑りが良い。
気持ちいい。
「……………………」
「……っ……っ……っっ……」
周囲の音を探るようにピクピクッと動こうとする。
今は自分の指が抑えているので、動けない。
筋肉の痙攣ような、かすかな震えが指に伝わる。それもまた気持ちいい。
動きを捻じ伏せている感覚に、ほのかな罪悪感が混じる。
でもまだ離せない。まだ離さない。もう少し。
「……………………」
「……っ……っっ……っ……っ……」
内側にも指を這わす。
あまり毛が生えていない。
肌の温度が指に直接伝わる。
薄い産毛の上をさするように、ゆっくりと撫で上げる。
「……………………」
「……ぁっ……ぃっ……ゃぁっ……っ……」
力を入れ過ぎないないようにしながら、根本の方にも指を伸ばす。
穴の方からは、細く長く柔らかい毛が伸びている。
少し湿っているような感触がある。
ほぐすように指を動かすと、かえって絡まって来た。まるで、離すまいとするかのように。もっと奥へと誘うかのように。
「……………………」
「……ぃっ……ぁっ……ぅぁっ……ゃっ……ゃぁっ……」
痛くないように、傷を付けないように、慎重に指の先を更に奥へ。
より確かな熱を感じる。
湿り気が増えて、しっとりとした感触が指の第二関節までを覆う。
気持ちいい。
「……………………」
「……っ……ゃあっ……ぅあっ……っ……!」
もう少し、奥へ。もう少し。もう少しだけ。
「やっ、やらぁっ!」
「……っ……す、すまん!?」
泣きそうな声に、我に返った。
慌てて指を引き抜こうとして、思い留まる。急に動かすと内側を傷付けてしまうかもしれない。
ゆっくりと指を動かし、絡みつくのをほぐすように少しずつ離していく。
「……んぁっ……んっ……んんっ……」
ゆっくりと指を離す。
指が外気に晒される。
温められた熱が消えていく。
寒い。また触りたい。いやもうダメだ。
「……に、ニンゲンめぇ……っ……」
「だ、大丈夫か、黒夫?」
やりすぎた。触りすぎた。弄りすぎた。
想像していたよりも遥かに気持ち良すぎて、半ば理性が飛んでた。
本当なら、適当に触って、すぐに終わらせるはずだったのに。
「こ、これで勝ったと思うにゃよ!お、覚えてろよ、ニンゲンめぇ!」
なんか三下みたいな台詞を吐くと、黒夫はその場から立ち去ろうとした。
立ち去ろうとして、へにゃへにゃっとその場にへたり込んだ。
「にゃ、にゃんだこれぇ……あ、足に力が入らにゃい……っ……」
こちらに背を向けた黒夫は、まるで女の子座りみたいな格好で、その場から動けなくなっていた。
「お、おい、本当に大丈夫か?ベッドまで運ぶか?」
「にゃんだと!?そ、そんにゃ、それはまだ早くにゃいか!?」
「いや、そうは言っても、お前、そんなんなってるし」
確かに、まだ朝は早い。
だが、今の黒夫の様子なら、休ませた方が良さそうに見える。
このまま床の上に座らせておくよりは、ベッドの方がゆっくり休めて良いだろう。
抱き上げようと、黒夫のすぐ傍で屈んだ。
「ほら、ベッド行くぞ」
「にゃああああっ!」
顔を引っ掻かれた。
「イッテェッ!?何しやがんだ、この野郎!」
「に、ニンゲンが悪いんにゃ!オレ悪くにゃい!ニンゲンが、ニンゲンが悪いんにゃああああっ!」
痛い。でもあまり強く怒れない。
ここまで強く拒絶されるほど嫌な事を強いてしまった。
今回は明らかに自分の方が悪い。
「そんなに嫌だったのか……。すまん、黒夫。やりすぎた。ここまでするつもりはなかったんだけど、あんまりにも気持ち良すぎて、歯止めが利かなくて、つい」
「にゃあっ!?にゃにを言ってるんにゃっ!?」
「いや本当に悪かった。すまん、黒夫。本当にすまん」
「ふ、ふんっ!……こ、これはバツゲームなんだろ。ニンゲンがそんなに気持ち良かったんなら、我慢できなくてもしょうがないしな。このくらい、オレは平気だ」
「いや全然平気そうじゃないけど」
「ほ、ホントに平気だぞ。ホントだぞ。またヤられても平気なくらい平気だぞ」
ダメだ。黒夫が顔を真っ赤にして怒ってる。平気と言いつつ怒ってる。いつになく凄い怒ってる。
半ベソの目はいつも以上にキツい視線で睨み上げてきているし、解放された猫耳が激しく動いて荒ぶっている。
謝罪の言葉だけでは、怒りを鎮める事はできそうにない。
「本当にすまん、黒夫。お詫びと言ったらアレだけど、俺の耳でも触るか?」
言ってしまった。ほとんど何も考えていない脊椎反射的発言。
言ってしまってから、自分で自分の発言に絶望した。
これは酷い。これは無い。
「っ、ニンゲンの耳!触っていいの!?」
なんか凄い食い付いてきた。何故だ。
自分で言っておいて何だが、どこに食い付く要素があったのか謎すぎる。普通に考えて、人間の成人男性の耳なんか触っても、楽しくも何とも無いだろう。むしろ、逆に罰ゲーム感さえある。
「ほ、ホントに触っていいのか?ホントに?」
「ああ、まあ……、そんなに触りたいなら、別にいいけど」
「う、嘘だったら許さないぞ!」
「そんなにかよ……」
何が琴線に触れたのか知らないが、黒夫の機嫌はちょっと回復したようだ。
黒夫の怒りが静まるなら、たかが自分の耳をちょっと触らせるくらい、どうと言う事も無い。
へたり込んでいる黒夫と向き合うようにして、自分も床に腰を下ろし、胡坐をかく。フローリングは固くて座り心地は良くないが、この程度は我慢すべきだろう。
「ほら、好きにしていいぞ」
「……っ……」
黒夫は、猫耳を触られる前よりも緊張しているように見えた。
「「「……………………」」」
なんか外野が凄まじく冷たい目でこっちを見ているような気がしないでもないが、全力で気にしない事にした。




