39.騎士団長、家に帰りたい。
王国が誇る完璧超人、騎士団長(25歳、既婚、子持ち)の視点のお話。
塩の買い出し終了後、しばらく経っています。
日がな一日、妻と子供とイチャイチャして過ごしたい。
「あぁぁ……おうち帰りたいぃぃ……」
「シャキッとしてくださいよ、団長。他の団員達が見たら泣きますよ」
「……安心しろ。こんな姿、お前にしか見せん。副官冥利に尽きるだろう?」
「そうですね。まったくもって、お有難いですよ。と言う訳で、はいこれ、お仕事のおかわりです」
「ぬあぁっ!」
「これ終わったら帰っていいですよ」
「そんなこと言って、お前、終わる前にまた仕事追加する気だろう!」
「もちろんです」
「少しは取り繕えよ!ああもう本気で嫌だぁ!仕事したくないぃ!」
「それには同意します」
「もう1ヶ月も連泊の連勤だぞ!妻にも子供にも会えてないんだぞ!つらい!」
「それには同意しかねます。たまに来てるじゃないですか、奥さん。お子さん達も連れて」
「ちょっと顔合わせて終わりだろうが!あんなの会った内に入るか!もっとたくさん触れ合いたいんだよ私は!もう1ヶ月以上も触れ合いが足りなくて辛い!この気持ち、わかるだろう!?」
「ちょっと何言ってんのか、わかりませんね。たかが1ヶ月かそこらで騒ぐほどですか?遠征で1年近く離れてた事もあるでしょうに」
「距離が離れてればまだ諦めも付くよ!すぐそばにいるのが逆に辛いんだよ!お前も家族いるんだから、わかるだろう!?」
「わかりません。うちはそこまで情熱的でも無いんで。夫婦仲も親子仲も悪くは無いですけど、可も無く不可も無しって感じですので」
「ちくしょう!わかれよ!それでも副官か!?」
「お仕事の事であれば、ちゃんと理解力発揮しますよ。と言う訳で、お仕事しましょうね、団長。このままだと本当に帰れませんよ?」
「ぐぬぅっ……。お前、知ってるか?最近ではそういうの、正論迷惑行為って言って嫌われるらしいぞ?」
「正論を言われてる自覚はあるんですね。わかってるなら、つべこべ言わずにお仕事してください、団長」
副官が冷たい。
ああ、本当に、妻と子供とイチャイチャして過ごしたい。
私は騎士団長という地位に就いている。まだまだ若輩の身なれど、一団の長だ。
以前なら、一組織の長たる者が働き詰めで帰宅もままならない、などと言うほど忙しくはなかった。
近年、王国は落ち目で仕事は忙しかったが、それでも基本、毎日ちゃんと家に帰れるだけの余裕はあった。
事態が急変したのは、今から1ヶ月ほど前の事。
王都が魔族に襲撃された。少数精鋭による奇襲部隊からの攻撃を受けたものの、損害を出さずに撃退した。
……と言う事になっている。公式発表では。
勇者のスキルの暴発により、城が損壊した。勇者本人もスキルの暴発に巻き込まれ、一片の肉片すらも残さずに消滅した。不幸中の幸いにして他に死傷者は出ず、王都にも被害は出なかった。
……と言うのが上層部の共通認識になっている。宮廷魔術師長の爺さんの見解が、そのまま事実として受け入れられた形だ。
これに端を発する諸々のせいで、今や帰宅する時間も惜しまなくてはならないほど忙しい。
男所帯のムサ苦しい兵舎で仮眠を取りながら仕事漬けの毎日である。
おうち帰りたい。
城の損壊。まあそれは良い。いや本当は全然良くは無いのだが、それ以上の大問題がある。
勇者の死亡を、王国上層部の大半が本気で信じているのだ。大問題である。
あり得ん。あり得るものか。勇者シラキ・ヒデオ。あのバケモノが自滅などと、絶対にあり得ん。そんな希望的観測を信じるほど、私はお気楽では無い。
そう、バケモノだ。人間の皮を被ったバケモノ。いっそ本当に自滅していてくれたら、どれほど心安らぐ事だろう。
しかし、他の連中のようにそれを信じるには、かの御仁の恐ろしさを私は知りすぎていた。
私は剣士だ。公爵家の嫡男、王位継承権保有者、若き騎士団長、第六王女を妻に娶った王国一幸運な男、等々の様々な肩書で飾られてはいるが、私は私を剣士と認識している。王国最強の名に恥じぬ剣士だと、そう認識している。事実、今から2ヶ月前までは本当に王国最強だった。
だからこそ、わかる。王国最強の剣腕を持って幾度と無く対峙した私だからこそ、わかる。アレは絶対に自滅などするようなタマでは無い。そんなお粗末な最期を迎える程度の存在なら、誰も苦労していない。
勇者シラキ・ヒデオは生きている。王国に大人しく飼われるつもりであるかのように見せかけて過ごし、披露式典を1週間後に控え、勇者として王国中にその名を知らしめる目前になって、姿を消した。去り際、城の中枢を徹底的に破壊し尽くした上で。
ただでさえ酷い有様だと言うのに、よりにもよって、この機に合わせるかのように宮廷魔術師長の爺さんが突如として引退を表明し、屋敷に引っ込んでしまった。空いた席を巡り、宮廷魔術師達はいまだに紛糾していて、半ば機能していない。
おかげで、私の所にまで畑違いの仕事が舞い込んできて忙殺されている。畑違いとは言え、正規の手続きを経てこちらに回されている仕事なので、やるしかない。他に回そうにも、他も手一杯でどうにもならん状況だ。
これに並行して、姿を消した勇者の捜索の指揮まである。こちらは完全に私の独断によるものだ。そのため、動かせる人員には限度がある。
本音を言えば、勇者の捜索は王国の総力を挙げてなすべき事だと思っている。だが、若輩一人の意見では国は動かん。国が動かなくとも、国のためにやるしかないとわかっている以上、それをわかっている者がやるしかない。
いつもの業務。いつもとは異なる業務。自主的な追加業務。仕事量が完全に許容量を超過してしまい、帰宅もままならなくなってしまった。
やるしかないとは言え、ホントつらい。
おうち帰りたい。
城の破壊には、勇者が真価を秘匿していたスキルが使用されたと見て、まず間違い無い。この点については、宮廷魔術師長の爺さんとも見解は一致している。しかし、それ以外に関しては見解が完全に分かれた。
宮廷魔術師長の爺さんは、今回の件をスキルの暴走と判断した。そして、国王陛下と第一王子殿下がその判断を支持した。私以外の主だった面々も、その判断を支持した。その判断の下に、事態の収拾を図っている。
隠居爺の言う事より、現役世代である私の意見を聞いて欲しいものだが、若輩の言葉は軽んじられている。今も折を見ては説得を試みているのだが、あまり良い反応は得られていない。
頭が痛い。スキルの暴走などと、そんな訳があるか。楽観にもほどがある。
第一王子殿下を持ち上げている連中に至っては、今回の件を好都合とばかりに利用し、ただの一度も実戦を経験していないのに王太子としてしまった。戦場軽視の極みだ。
本当に頭が痛い。どいつもこいつも危機感が足りないにもほどがある。そんな事を画策している場合では無いと言うのに。
現在、城の中枢はズタズタに破壊し尽くされている。特に蔵書室が中身ごと破壊されたのは致命的な痛手だ。あらゆる部署の業務に支障が出ている。
ただし、破壊が及んでいるのは城の内部だけだ。純粋に建築物としての被害だけで言えば、城の損壊は局所的で限定的。外部からでは、ほとんど被害が見て取れない。
ご丁寧な事に、城の内部であっても、城の正門から謁見の間へと続く廊下等の部分は手付かずだった。他国の外交使節など、外部の人間の目に触れる部分には被害が無い。
また、人的被害は皆無に等しい。当夜の夜間警備の担当者は全員無傷だ。
かなり派手な閃光と轟音が城内の各所で同時に発生したようだが、その大半が舞台劇の演出のような見せかけに近いものだったらしく、巻き込まれて負傷した者はいなかった。
国王陛下と第一王子殿下は、耳が痛くなったと愚痴っていたが、逆に言えば、被害はその程度しか無かった。
独身の団員達のために用意されている兵舎も無事だった。いっそ吹っ飛んでいてくれれば良かったのに、とか思わなくもない。仮眠する場所が無ければ仕方が無いので、毎日帰宅できたはずに違いないのだ。
おうち帰りたい。
私の感想としては、とてもキレイでお上品な破壊だと思う。
被害の規模は大きいが、破壊の規模は小さい。なるべく流血を避けようとする意図が透けて見える。その上で、こちらが破壊されたくない要所要所を的確に破壊している。最小の破壊で最大の被害を出せるよう、明らかに狙いすまして破壊している。
こんなものが、スキルの暴走の結果であって堪るものか。
特に勇者の私室が念入りに破壊されていたのには、わずかな痕跡すらも誰にも渡さない、という何者かの強い意志を感じた。
何者かの意志って、そりゃまあ当然、勇者の意志に決まってるけど。
一体どんなスキルをどう使えばそうなるのか見当も付かん。だが、これが実態だ。そして、このキレイでお上品な破壊のせいで、上層部の大半の危機感が薄い。見かけ上、破壊の規模が小さかったせいだ。末端の実働人員は業務に支障が出て大わらわだと言うのに、誰も彼も実態を碌に把握する気が無いときている。
タチの悪い事に、実態を把握する気の無い筆頭が、この国の最高責任者である。
最高責任者が最高に無責任とか、あまりにも最高すぎて泣けてくる。
責任感を抜きにして考えても、おかしい。なんで家主が自分の家の被害状況を把握しようとしないんだよ。私の方が詳しいとは、どういう事だよ。ここに寝床あるのに、よく不安にならないな、お義父さん。
お義父さんの図太さが、少し羨ましい。ああはなりたくないけれども。
今の城は、立ち枯れの巨木も同然だ。虫に内部を食い荒らされて無惨な有様なのに、見てくれだけは立派なまま残っているようなもの。
そして、城の中枢の破壊は、そのまま王国の中枢の破壊も意味する。王国自体もまた、立ち枯れの巨木と化しているのだ。
いつ倒れるとも知れない危うい状態なのに、それを正しく認識できている者は少ない。それがまた更に危うさを悪化させる状態となってしまっている。
こんなの、私一人でどうにかなるものか。立場上、どうにもできないからって逃げる訳にもいかん。私にどうしろと言うんだ。
いっそ大々的な破壊の痕が誰の目にも見える形で表れていたら、現状は違う形となっていただろう。あるいは、人的被害が発生していたら、もっと悲壮感をもって事態を受け止められていただろう。しかし、そうはならなかった。
短期的には大きな混乱が起こらなくて良かったと言えるが、むしろ大局的には混乱が起こっていた方がマシだったと言える。
犠牲者は無く、被害は外部から見て取れない。毎日城を眺めているはずの王都の民ですら、城に被害が出ている事に気付いていない。
隠そうと、思えば隠せる。
隠せてしまう。
隠せてしまうから、隠す事になった。
全ては王国の体面を守るため。王国の体面を守る事が、王国そのものを守る事にも繋がる。そういう理屈だ。
理解はできるが、承諾はしかねる。しかし、若輩一人が反対を表明したところで意味など無かった。
勇者による破壊は、勇者の存在諸共、公的には存在しない事にされた。
王国は問題から目を逸らし道を歩む事となった。
目を逸らしたところで、問題が消えてくれるはずも無いと言うのに。
「はぁ……。せめて披露式典の後だったら、もう少し手の打ちようもあったんだがなぁ……。最初からいなかった事にされて、あまり大っぴらに探し回るなって釘も刺されたし、こんなの本当にどうしろってんだよ……」
「またその話ですか。愚痴は聞き飽きましたよ、団長」
「上官の愚痴を聞くのも副官の仕事の内だろう」
「そんな嫌な仕事、業務規程にありませんけど。ウンザリするんで、愚痴やめてください」
「それでも副官かよ。愚痴をこぼすくらい大目に見ろ。……それで、消息はまだ掴めんのか?何か進展は?」
「今のところ、目ぼしい報告はありません。相変わらず、シラキ卿の足取りは不明です。国境を越えた形跡は無し。各都市は現在調査中。とりあえず、王都全域の洗い出しに関しては一通り終了しました。結果は何も無しです」
「貧民窟は調べたんだろうな?」
「調べましたよ、大分難儀しましたけど。そちらからも何も発見できませんでした。シラキ卿の姿は無し。シラキ卿を見たと言う者も無し。当日の夜、部外者が入った様子も出て行った様子もありません」
「王都にいないのは、まあ順当だが……。目撃者がいないってのが意味わからん。なんで誰もシラキ卿の姿を見てないんだよ。どういう事だよ、それ」
「それを私に言われましても」
「出て行く時、かなり派手にやらかしているのに、城でも誰も見ていなかったはずだな。あの日も城内の巡回は通常通りだったんだよな?まさか怠けている奴でもいたか?」
「いいえ。さすがに城内でそんな馬鹿な真似をする愚か者はいませんよ。まあ念のために尋問――……じゃなかった、丁寧に聞き取り調査しましたけど。シロでした」
「お、おう、そうか……。しかしそうなると、本当にわからん。シラキ卿はどうやって出て行ったのか」
「……………………」
「事実上の軟禁生活に甘んじ、それまで城から一歩も出ず、土地勘も無かったはずなのに、一体どうやって……」
「……………………」
「とにかく今はシラキ卿の消息を掴むのが先決だ。シラキ卿が見付からん事には、大きな動きが取れん。できれば正式な立太子の儀が行われる前に、どうにかしたかったんだがなぁ……。このままでは間に合いそうも無いな……」
とにもかくにも、勇者だ。単騎にして、たった一夜にして、城の中枢を破壊し尽くしたバケモノが行方知れず。こんな状態では、どうしようもない。
しかし同時に、勇者の事にばかり頭を悩ませている訳にもいかない。勇者がいなくなった事によって発生した直近の損害を補填しなければ、その先が無い。
たとえ明日に世界が滅ぶとも、今日の食い扶持のために仕事をする。それが人間だ。老若男女、貴賤貧富の区別無く、目先の仕事をおろそかにはできない。
直近の問題。勇者の披露式典と、勇者を中心とした行軍計画の中止だ。これに伴い発生する損害を補填しないと、王国の経済が破綻する。
勇者が戻ってくれば即解決する問題だが、勇者が行方不明になって1ヶ月以上が経過し、もうこれ以上の引き延ばしには限界が来ている。
勇者の存在自体は秘匿されていたが、勇者の存在を前提とした諸々の準備は前々から進められていた。準備に携わっている者達の大半は、どこぞの貴人に関係のある準備とだけ認識している。手足となって働く末端の人員の認識がその程度でも、準備は十全に進む。
勇者がいなくなった後も、勇者のための披露式典の準備や、勇者が中心となるはずだった行軍の準備は、そのまま残る。今更、無かった事になど、できるはずが無い。
勇者が死亡したと判断した王国上層部は、勇者不在の穴を王太子で埋める事に決めた。最初から誰のための準備なのか認識していない末端の人員にとっては、主役の首が挿げ替えられても然程影響は無い。
勇者の披露式典は、立太子の儀と、各都市への巡啓という形に仕立て直される。計画の手直しと遅延によって損害は発生するが、取り止めにするよりは遥かに損害が小さい。
王国の経済状況を考えると、この計画に賛同するより他に無い。余裕が無いのだ。第一王子の立太子は大いに不本意だが、内輪揉めしている内に王国が滅びかねん。
当然の事だが、勇者不在の穴を王太子で全て埋める事は不可能だ。元々の行軍計画は、勇者の戦闘力ありきで組まれている。本来なら本格的な攻勢に出る予定だったが、規模は縮小せざるを得ない。例年通り、一当て二当てして終わりだろう。
これまた当然の事だが、王太子に早々に死なれてしまっては困るため、絶対に戦場には立たせない。公式発表では、王太子が最前線の基地で兵士達を鼓舞した後、自ら先陣を切る事になっている。実際には、王太子の巡啓は前線にほど近い都市までだ。後は適当に誤魔化すらしい。
ナメてんのかと思わなくもないが、仕方が無い。ただの王子なら死んでもどうにかなるが、王太子が死んだら悪影響が大きすぎる。万が一、流れ矢でも当たってポックリ逝ってしまったら洒落にならん。
行軍計画の規模縮小に関しては、かなり広範に悪影響が出るだろう。大規模行軍によって大量消費されるはずだった物資の多くは、市場でダブつく事になる。経済の混乱を考えると頭が痛い。
なんで私がこんな事にまで頭を悩ませないといけないんだ。立場上、金勘定にも必要最低限の知識はあるが、基本的には門外漢なのに。
この状況を改善するべく、やりくり上手と我が家で大変評判な賢くも可愛い妻に協力を仰ごうかと思ったりもしたのだが、せっかくの名案は副官に素気無く却下されてしまった。酷い話だ。
職場イチャイチャ計画は、計画段階で廃案を余儀なくされた。無念。
「はぁ……。シラキ卿が戻ってくれば、大体の問題は解消されるんだがなぁ……。結局、ほとんどの問題はシラキ卿の不在が原因なんだし……。今すぐ戻ってきてくれるなら、城を壊した件くらいチャラにしてもいいわ、もう……」
「……団長。どうしても、お聞きしたい事があります」
「何だよ。改まって」
「本当にシラキ卿はご存命なのでしょうか?」
「何だよ。またその話か。生きている。間違いない」
「根拠は?」
「勘」
「何度も言ってますけど、それは根拠とは言いませんよ、団長。状況証拠では、シラキ卿はすでに亡くなっています」
「お前までそれを言うのかよ。私の言う事が信じられないのか?」
「私は信じていますよ、私は。これでも団長の副官ですので。団長が生きていると断言する以上、シラキ卿は生きていると判断します。……私は、です。団員の大半は捜索に疲弊しています。このままでは士気が維持できません」
「それはなぁ……。どうにかしてくれ」
「無理です。宮廷魔術師長の話は、もはや公然の秘密です。王都の捜索が空振りに終わった事で、シラキ卿はすでに死亡していると考えている者が増えています」
「どいつもこいつも隠居爺の言う事を信じすぎだろう。なんで私の言う事を信じないんだよ」
「それを団長が言いますか?こうなってるの、団長が見栄を張ったツケでもあるんですよ?わかってますよね?」
「ぐぬぅ……。見栄ではない。あの時は必要な措置だったんだ」
「言い訳はどうでもいいです。こうなってるのは団長のせいなんですから、ご自身でどうにかしてください」
副官の苦言が耳に痛い。現状を悪化させた原因の一端は、確かに私にもある。
勇者がまだ城にいた頃、私は実戦訓練の相手を務めていた。実際には、召喚の副作用で身体感覚が狂ってしまっている勇者の慣熟訓練に付き合っていただけだが、対外的には実戦訓練と言っていた。
『王国の希望を背負う勇者が、身体制御もままならない』
『いかに相手が勇者とは言え、王国最強の剣士が手も足も出ない』
どちらも事実だ。どちらの事実も、どちらか片方だけであれば問題は無かっただろう。だが、この組み合わせはマズい。最悪の組み合わせと言ってもいい。
『希望を背負わせるには、勇者が頼りない』
『頼りない勇者よりも、王国最強の剣士は弱い』
印象の相乗効果が最悪だ。大勢の者達に過剰な不安を与えかねない最悪の印象だ。下手に不安が拡散すれば、組織の秩序が崩壊する恐れがあった。
前者の事実も、後者の事実も、どちらか片方だけなら問題は無い。前者の事実は誤魔化しが利かない。となれば、後者の事実を誤魔化すしかない。
騎士団長の指導の下、新参の勇者が実戦訓練をしている。そういう体裁にしておくのが最も穏便だった。
訓練中は、勇者の身体制御の隙を付くようにして、傍目には優勢に立っているように見せかけていた。そのせいで、王国上層部からの勇者の評価は高くなかった。
騎士団員達には勝てるが、騎士団長には勝てない程度の強さ。それが勇者の戦闘力に対する評価だった。
あのまま予定通りに進行していれば、それでも問題は無いはずだった。訓練は所詮訓練。訓練時の評価など、実戦の戦果の前には塵芥だ。
古今東西、平時には目立たなかった者が戦場で英雄に化けた事例には事欠かない。勇者のバケモノじみた強さがあれば、敵将の首級を無数に積み上げる事が可能なはずだった。何事も無く訓練期間を終了し、そのまま戦場に向かっていれば、そうなるはずだった。
訓練時の期待が低い方が、戦果の華々しさが際立つ。英雄も訓練時には目立たなかった、などという逸話は庶民受けもする。予定通りに進行すれば、むしろ良い方向に作用する。そう考えていた。
完全に裏目に出た。
王国上層部の期待値が微妙なまま、勇者は姿を消した。団員達の多くは勇者と手合わせしているが、あまりに実力差がありすぎて、勇者の強さを正しく認識できていない。宮廷魔術師長の爺さんには、勇者は自滅する程度の存在だと誤認されている。
誰も彼も真剣に探そうとしない理由の一端は、勇者が侮られているからだ。私のせいで、侮らせてしまった。こんなはずでは無かったと後悔しても、もう遅い。
城に深刻な被害をもたらし、これからも王国に被害をまき散らすかもしれない潜在的なバケモノが野放しにされている。
勇者が生きている物的証拠は無く、目撃者もいない。
宮廷魔術師長の爺さんの権威は今も健在で、その発言は重い。
状況は不利だ。それでも、どうにかして勇者が生きていると認識させる必要がある。
生きているという確信を抱かせるのは無理かもしれないが、生きている可能性を信じさせて前向きにさせないと、今後の捜索に差し障る。
「うーん……。捜索の方針を少し変更するか……」
「わかりました。直ちに捜索を打ち切ります。よくぞ決断してくださいました、団長」
「爽やかな笑顔で何を言ってるんだ、お前は。少し変更するだけだ、少し。打ち切らんわ」
「打ち切れば、家に帰る余裕ができますよ?」
「……悪魔の囁きかよ。一瞬本気で迷っただろうが」
おうち帰りたい。だが、それと引き換えにして勇者を野放しにはできん。
「基本、捜索は今まで通りで進める。それに追加で、貴族の噂に注意するよう指示を出しておくか」
「噂、ですか?」
「特に、ここ最近の間に『不可思議な客分』が訪れた家が無いかどうか。スズメどもは好きだろう、そういうのをさえずるの。それに耳を傾け、忘れないでいてくれれば、それでいい。探りを入れるまでする必要は無い、当面はな」
「……団長は、どこかの家がシラキ卿を囲っているとお考えですか?」
「可能性の一つだ。あまり高くはないと思うがな」
「そうですね。シラキ卿は少し風変わりと言いますか、いわゆる貴族的なお付き合いに消極的なご様子でしたから、ご自分の方から接触を図るとは考えにくいですが……」
「いくら大々的な捜索が行えないとは言え、尻尾すら掴めないとなると、さすがに不自然だ。シラキ卿はこの世界の事をほとんど知らん。城の中と、お勉強で知った内容だけだ。土地勘も無ければ地縁も何も無いのに、完璧な潜伏が実現できているのはおかしい。何者かの手引きを疑いたくもなる」
完全に思い付きだったが、自分で言ってて疑わしくなってきた。
もしも飼い慣らせれば、勇者は最強の切り札になり得る。王家は失敗した訳だが、他の家が成功しているかもしれん。
異世界の出身である勇者は、王国の常識や価値観とは異なるものを持っている。何らかの切っ掛けで勇者の心を掴んだ者が、うまく味方に引き込んだ可能性は必ずしも否定できない。
「ああ、噂と言えば……。最近、面白い噂話を耳にしましたね」
「おっ、どんな噂だ?」
「絶望の荒野のすぐ近くにある街、わかりますか?」
「……その話なら知ってるぞ。防壁の手入れを手抜きしすぎて穴が開いたって話だろう。一周回って笑える、とでも言うつもりか。笑えんわ、そんなもん」
「違います。その噂でしたら、誤情報になりました」
「なに?そうなのか?」
「つい最近、反社どもの潰し合いがあったそうでして。機に乗じて貧困地区の大掃除が行われたみたいですね。その際、ついでに壁を補修して穴を塞いだようです。かなり大雑把な補修だったようですけど、一応、もう穴はありません」
「……つい最近までは正しい情報だったって事だろう、それ。むしろ穴が開いてた事の証明になってるぞ」
呆れるしかない話だが、似たような話は他にもある。王国の困窮具合がよくわかる話だ。もっとも、さすがに穴が開くまで酷い所は他に聞いた事は無いが。
「別件の噂です。つい最近の事ですけど、街中に怪人が出現したそうですよ」
「……はっ?」
「何でもその怪人は、古代の王族の遺体のように全身を包帯でグルグル巻きにしていて、肩には3体の可愛らしい人形を乗せて、強烈な悪臭を放ちながら街を練り歩き、大量の肉を貪り食っていたそうです」
「……いや、あの、お前なに言ってんの?」
「ちなみにその怪人、鳴き声が凄く大きいそうです。グゴーッと鳴くそうです」
「いやいやいやいやいや!ホントお前なに言ってんの!?」
「貴族に関する噂話です」
「どこがだ!?」
「その怪人、正体不明と言う事になっているんですけど……、どうやら、どこぞの貴族の放蕩息子がお遊びでやっていたらしい、との噂でして」
「アホかぁ!私が噂に注意しろと言ったのは、シラキ卿の消息の糸口を掴むためだぞ!田舎の与太話を拾って来いとは言っとらんわ!」
「働き詰めで疲れているようでしたので、面白い話で気を紛らわせてもらおうと思ったんですけど、ダメでしたかね」
「くだらん。私はそういうくだらん話が嫌いだ。二度とするな。まったく馬鹿馬鹿しい」
「あー、ダメですよ、団長。それはダメです」
「何がだ」
「お話が趣味に合わなかったのは、まあしょうがないですけど。その態度はいけません。お子さん達に嫌われますよ」
「……はっ?」
「団長はこの手のお話がお嫌いなようなので知らないのかもしれませんけど。子供って言うのは、何故かこの手のお話が大好きなんですよ。いわゆる都市伝説と言いますか、そういう系のお話ですね。それを今みたいに頭ごなしに否定するのは、いけません。そんな事してたら、いずれお子さん達から『パパとお話するの、つまんなーい』とか言われるようになりますよ」
「うちの子達はそんなこと言わない!」
「そんなこと言っていられるのも今の内だけですよ、団長。むしろ団長の方から積極的に都市伝説を集めるくらいしないと『パパとお話するの、つまんないからイヤ』とか言われるようになりますよ、絶対」
「うちの子達は絶対そんなこと言わない!」
「都市伝説を馬鹿にする者は、都市伝説に泣きます」
「何が都市伝説だ!くだらん!私はそういうくだらん話が嫌いだ!うちの子達だって、そんなくだらん話は嫌いに決まってる!」
「だから、いけませんって、それ。本当に嫌われても知りませんよ?」
「くだらん話はもういい!そんな田舎の与太話は忘れろ!そして仕事しろ!わかったな!」
「はいはい、わかりました」
副官がしたり顔をしている。ムカつく。
いかに副官と言えど、うちの子達の何がわかると言うのか。
あり得ん。あり得るものか。うちの子達が私を嫌うなどと、天地がひっくり返っても絶対にあり得ん。
「……そう言えば、もう一つ、気になる噂があるのですが」
「何だよ。また与太話ではないだろうな。内容次第では減給も辞さんぞ」
「ある意味、与太話と言えば与太話の類です。……先代の元団長と、王太子殿下の元教育係が、何やら頻繁に会っているようです」
「ああ……。捨て置け」
「よろしいのですか?」
「構わん」
「あの二人の事です。良からぬ事を企んでいると思いますが」
「どんな悪巧みをしていようと、どうせ失敗する」
「私も成功するとは思っていません。問題は失敗した後です。絶対に碌でも無い事になる気しかしません。絶望の荒野の開拓案だの奇襲作戦だのを自信満々に強行したボケ老人どもですよ。次は何をするつもりなのか知りませんけど、酷い事になる事だけは確実です」
「それこそ好都合と言うものだ。あのクソ爺ども、無駄に保身に長けてて逃げるのだけはうまいが、今度と言う今度こそは逃がさん。折しも新しい王太子殿下の門出の時機だからな。この大事な時機に酷い真似をやらかすようなら、顔に泥を塗った不忠者という扱いで徹底的に追及してやる。素首、斬り落としてくれるわ」
「あくどい顔してますね、団長。他の団員達が見たら泣きますよ」
「他の連中も泣いて喜ぶさ。あんの無能な働き者どものせいで、どれだけ苦労させられたと思ってるんだ。大人しく隠居しているなら見逃しておいてやっても良かったが、また性懲りも無く首出して来やがって。次こそは斬る。今度こそ絶対に斬る」
「団長の意気込みはわかりました。……でも、本当によろしいのですか?その方針ですと、更に仕事が増えて、ますます家に帰れなくなると思いますけど」
「くっそっ!?あんのクソ爺どもめっ!?」
「半分は団長の自業自得です」
おうち帰りたい。だが、もうしばらくは帰れそうになかった。
騎士団長(25歳、既婚、子持ち)は、王国が誇る完璧超人です。
王国に対する愛国心は強い。
国王に対する忠誠心はゼロ。




