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37.電設のヒデオさん、間違える。


心当たりは、ある。


無人の荒野での新生活の初日、フェアに頼んでオール電化住宅と周辺設備を創造してもらった後、フェアは過労で倒れた。


24時間の静養から復帰したフェアは、ただ復帰しただけではなく、以前よりも更に可愛く成長していた。


おそらく、あの時だ。あの時から、フェアは可愛い実体を得ている。




勇者のスキルの妖精(仮)であるフェアの姿は、城で3週間生活していた時は、人間には見えていなかった。


無人の荒野に生活の場を移して以降は、自分以外の人間は誰もいなかった。


猫や鬼やエルフには見えていたが、そういうものだと思っていた。


認識の間違いを修正する機会が無いまま、今日を迎えてしまった。




まあそれは別にいい。フェアの可愛い姿が誰の目にも見えるようになるのは全世界にとっての幸福とも言えるので、それは別にいいとして。


問題は、フェアを左肩に乗せている自分の姿が、他人の目にはどう見えるのか、と言う事だ。




ここで一旦、自分達の姿が普通の人達にはどう見えるのか、改めて冷静に分析してみよう。


まずは、フェア。当然セーフ。


こんなに可愛いフェアに、一体何の問題があろうか。いや無い。


次に、黒夫と魅雪。セーフ。


猫耳や角が見えないように頭の一部を覆い隠しているが、その程度は別にどうと言う事も無いだろう。普通にセーフである。


次に、ムチムチさん。ギリギリセーフ。


首から上を包帯でグルグル巻きにした不審人物の格好ではあるが、重症患者である可能性を否定できない格好でもある。少々怪しい見た目だが、ギリギリセーフである。


最後に、自分。アウト。


いい歳こいた成人男性が、肩に可愛らしいお人形さんを乗せて、恥ずかし気も無く街中を練り歩いているようにしか見えない。どっからどう見ても頭がアレな変態。アウト・オブ・アウトである。


何よりタチが悪いのは、成人男性が肩にお人形さんを乗せて歩くという行為は合法という点にある。法的に罰するような行為では無く、社会に直接的に害を及ぼすような行為でも無く、公序良俗に反する行為とも微妙に言い難い。


そりゃ衛兵だって目を逸らすわ。だって他に対処のしようが無いもの。


法的には問題無いから、逮捕できない。誰かに迷惑かけてる訳でも無いから、注意もできない。下手に目を付けられて絡まれでもしたら、面倒極まり無い。もしも自分が衛兵の立場でも、全力で目を逸らす。だってもう本当に他にどうしようも無い。真なる無敵の人だ。


衛兵ですら対処しようの無い変態とくれば、一般人に取れる対処は限られる。


つまり、表通りを歩くと人の波が割れたのは、肩にお人形さんを乗せた変態と少しでも距離を取るためだった。



「つまり俺のせいかよおおおおおおおおっ!?」



つまり自分のせいだった。



「ドン、見てくだせえ。どう見ても本物ですぜ、本物。ありゃ絶対、なんちゃって野郎じゃありやせん。こいつはもう絶対ですぜ。絶対の本物ですぜ、ドン」


「ドン、今ならまだ間に合いやす。手を引きやしょう。ホント頼んますから手を引きやしょうよ、ドン」



あら嫌だ。ドンの手下が更にドン引きした目でこっち見てるわ。


泣きたい。



「アタイをドンって呼ぶんじゃぁないよぉ!いい加減に覚えなぁ!」



ドンが苛立ち、拳を振るう。


手下がまた顔面を殴られ、ガツッ、ガツッ、と鈍い音が響いた。



「あんたらぁ、なぁに余計な事ばぁっかり言ってんだぁい!黙ってぇアタイの言う通りにぃ動いてりゃぁいいんだぁよぉ!」


「「し、しかし、アルドンサ様」」


「ゴチャゴチャ言ってんじゃぁなぁい!」



ドンが真っ直ぐに視線をこちらに向けてくる。


ドンだけは、ドン引きせずに、自分を見てくれている。


ちょっと嬉しい。


実はドン、とても素晴らしい女性(推定)なのかもしれない。



「ちぃっ。お坊ちゃんがぁよぉ、訳のわかんねぇ事を言わなきゃぁ、すぅぐ終わるはずだったのにぃよぉ」



忌々し気に言いながら、ドンが何やら手を振る。


周囲の手下が、ハンドサインに呼応して動いた。



「まあいいさぁ。お坊ちゃんもさぁ、こいつを見ればぁ、ちぃっとは気が変わるんじゃぁないかぁい?」



ドンの合図を受けて、手下が襲い掛かって来るのかと思った。


こちらとしては、ある意味、願ったり叶ったり。


今のところ、ドンはただ巻き舌でしゃべっているだけ。


こちらから先に手を出すのは気が引ける。


向こうから襲って来るなら、遠慮無くブチのめす大義名分ができる。



「……っ……」



身構えていたが、手下は襲って来なかった。


手下は、ドンの下へと誰かを連れて行った。


痩せてヒョロガリな体形の、誰か。



「見覚えあるだぁろぉ?ちゃぁんと見分けが付くようにさぁ、半分残しておいたんだぁよぉ?」



ドンが手下から誰かを受け取る。


雑多に伸びたセミロングの髪を引っ掴み、無理矢理に顔を上げさせる。


顔の右半分は、醜く腫れ上がっていた。


顔の左半分には、見覚えがあった。



「……うぅっ……」


「お坊ちゃんのぉ、お気に入りだそうじゃぁないかぁい?」



案内役の少年だった。



「義兄様」


「お義兄ちゃん」


「……ダメだ」



黒夫と魅雪が前に出そうになった。押し留める。



「こいつにさぁ、色々聞かせてもらったぁよぉ?お坊ちゃんの事をねぇ?」


「ち、違うっ……オイラ何にも……しゃべってない……っ……」


「あぁん?誰が勝手に口を開いていいって言ったよ?このダボがぁっ!」



ガヅッ、と鈍い音が響く。硬い拳が薄い頬肉の下の骨を叩く音だ。



「まぁったく楽しく無いねぇ。可愛がろうにもぉ、骨と皮ばぁっかりでさぁ」



ガヅッ、ガヅッ、と鈍い音が響く。



「こぉんな貧相なチンクチャのぉ、なぁにが気に入ったのかねぇ?」



ガヅッ、ガヅッ、ガヅッ、と鈍い音が響く。



「アタイにはさぁ、これぇっぽっちもぉ理解できないねぇ?」



ガヅッ、ガヅッ、ガヅッ、ガヅッ、と鈍い音が響く。



「義兄様っ」


「お義兄ちゃんっ」


「……ダメだ」



黒夫と魅雪が前に出そうになった。全力で押し留める。


優先順位は、間違えない。


最優先は、自分自身の生活。


次点で優先するのが、黒夫、魅雪、ムチムチさんの身の安全。


少年の生命は、それ以下。



「……………………」



今、この場はドンの手下に取り囲まれている。目撃者が多すぎる。


黒夫と魅雪が手を出したら、確実に魔族だとバレる。それは巡り巡って、必ず破綻に繋がる。


優先順位は、間違えない。



「やはり、人違いでは無いでしょうか?」


「……あぁん?」


「確かに、少しばかり見覚えはあります。街の案内を頼みましたので。でも、それだけですよ?」


「……………………」


「それがどうして私のお気に入りだなんて話になっているのか、わかりませんね。やはり、私をどなたかとお間違えでは?」



優先順位は、間違えない。



「はぁっはぁっはぁっ!さぁすがぁ、いいトコのお坊ちゃんだぁなぁ!言う事がぁ違うねぇ!」



ドンはニタニタ笑いながら、少年の顔を掴んでこちらに向けた。



「今の言葉ぁ聞いたかぁい、チンクシャよぉ。酷いよぉねぇ?」


「……うぅっ……」


「朝っぱらから宿に連れ込まれてよぉ、床がズブ濡れになるくらいタァップリ遊んでもらってぇ、肉だの金だのタァップリ恵んでもらったんだぁろぉ?それなのにさぁ、チンクシャがお気に入りじゃぁないんだぁとよぉ」


「……だから……それ違うって言ってるのに……っ……」


「悲しいよぉなぁ、チンクシャよぉ。朝は可愛がってもらったのにさぁ、夜は冷たぁいのは悲しいだぁろぉ?ここはさぁ、涙の一つも流してぇよぉ、可愛くおねだりして見たらどうだぁい?」


「……っ……」


「ご主人さぁまぁ、助けてくださぁいってさぁ?そうしたらよぉ、あのお坊ちゃんもぉ、ちぃっとは気が変わるんじゃぁないかぁねぇ?」


「……っ……」


「……あぁん?アタイが言えって言ってんのに、何を勝手に口閉じてんだい?このダボがぁっ!」



ガヅッ、と鈍い音が響く。顔の左側の頬が赤く腫れる。



「黙ってないで啼きなぁ!そのためにぃ連れて来たんだろうがぁ!」



ガヅッ、ガヅッ、と鈍い音が響く。



「アタイの言う事がぁ聞けないのかぁ!こぉんのチンクシャがぁ!」



ガヅッ、ガヅッ、ガヅッ、と鈍い音が響く。



「せぇっかく残しておいた半分がぁよぉ、見れなくなってもいいのかぁい!」



ガヅッ、ガヅッ、ガヅッ、ガヅッ、と鈍い音が響く。



「……義兄上。私になら、この場を御する手がある」


「必要ありません」



ムチムチさんの言葉に、首を横に振る。


優先順位は、間違えない。



「必要ありません。ええ、必要ありませんよ。ええ、ええ、必要ありませんとも。だから俺の邪魔をするな。下がってろ」


「……義兄上?」



優先順位は、間違えない。


優先順位は、絶対に間違えない。


自分は、間違えない。



「あの、申し訳ありませんけど、こっちはこう見えても先を急いでるんですけど。そういうプレイがしたいなら、どっか別のトコでやってくんないですかね?」


「……あぁん?」



ドンに声をかける。ドンの意識が少年から自分の方に向いた。



「もう一度言います。こっちは先を急いでるんですよ」



ドンの見ている前で、見せびらかすように金貨を3枚取り出す。



「それで、急いでここを通りたいんですけど。ここを通るのに、通行料はお幾らになりますか?」



優先順位は、間違えない。


こんな小汚いゲーセンのメダルみたいな物、ケツ拭く紙より価値が無い。



「はぁっはぁっはぁっ!いいトコのお坊ちゃんってぇのは回りくどいねぇ!」



嫌な顔で笑いながら、ドンが少年を殴るのをやめた。


さっきまで殴っていた拳を開き、こちらに差し出してくる。



「有り金ぜぇんぶ置いてきなぁ。特別にぃ、それで許してやるぅよぉ」


「……………………」



安いものだ。ゲーセンのメダル3枚分、それがこの場における生命の価値だ。



「わかりました。では、今すぐ、お渡しますね。ええ、今すぐに。ええ、ええ、今すぐにでも」



1枚を右手に握り締める。


勇者級の身体能力、全力全開。



「どうぞ。お受け取れください!」



右腕を大きく振りかぶり、全力でブン投げる。



「……ありゃ?外れた?」


「ひでぶっ!?」



ドンの右腕ポジションの手下に当たった。まるでソフビ人形にメジャーリーガーが剛速球ブチ当てたみたいにポーンと吹っ飛んだ。


力み過ぎて狙いがズレた。もっと手を抜かないと、コントロールが利かない。



「失敗、失敗。んじゃ次」


「……はぁあっ?」



次弾装填。


1枚を右手に握り締める。


勇者級の身体能力、全力全開。



「どうぞ。お受け取れください!」



右腕を大きく振りかぶり、全力でブン投げる。



「……ありゃ?また外れた?」


「たわばっ!?」



ドンの左腕ポジションの手下に当たった。まるでソフビ人形にサッカー選手がサッカーボールキック決めたみたいにポーンと吹っ飛んだ。


また力み過ぎて狙いがズレた。手を抜こうとしているのに、コントロールが利かない。



「また失敗かー。んじゃ今度こそ」


「は、はぁあっ!?テメェ、一体なぁに――」



ラスト一発。


1枚を右手に握り締める。


勇者級の身体能力、全力全開。



「どうぞ。お受け取れください!」



右腕を大きく振りかぶり、全力でブン投げる。



「あべしっ!?」


「よっしゃ!当たった!」



ドンの眉間に直撃。まるでデンプシーロール食らったボクサー犬みたいにグルンッとその場で回転して落ちた。


力んだままでも3回投げれば慣れる。最後の一投は、全力の全てを余さず乗せ切った良い一投だったと自負できる。


それにしても、さすがはドン。クリティカルヒットだったはずなのに、手下のように吹っ飛んだりしなかった。手下とは重量感の桁が違う。


これはやっぱり、女性(推定)というのは間違いだったに違いない。


おまえのようなオンナがいるか。まあ、ドンって呼ばれてるし、常識的に考えても男(確定)だ。


不覚にも、間違えてしまった。



「さて」



重量物の生ゴミは片付いた。周囲を取り囲んでいる残りの手下どもを見回す。



「次は誰だっ!欲しい奴は前に出ろっ!」



ハッタリかまして見た。本当はもう手元にゲーセンのメダルは無いので、欲しがっても渡せないけど。



「ど、ドンがやられた!?こんなに簡単にやられちまうなんて!?」


「もう付き合ってられっかよ!抜けさせてもらうぜ!後は勝手にしやがれ!」


「ただの変態貴族のボンボンじゃあねえじゃあねえか!?」


「聞いてた話と違う!ドンの野郎、騙しやがったな!クソったれ!」


「あんな変な技を使う奴、相手してられるかってんだ!」



瓦解は一瞬だった。蜘蛛の子を散らすように手下どもは逃げ出し、あっと言う間に見えなくなった。



「……うわっ……ドンの人望、無さすぎ……」



手下の一人や二人くらいなら、こちらに向かって来るかもと思っていたのだが、そんな事は無かった。


ドンの敵討ちをする者も、ドンを助け出そうとする者も、一人もいなかった。


物の見事に誰一人として残らずスピード解散。ドン、不憫。



「力による支配の末路など、こんなものだよ、いつの世もな。……少しは落ち着いたか、義兄上?」


「はっはっはっ。俺は最初から落ち着いてる。冷静沈着そのもの。明鏡止水の平常心。見てわかるだろ」


「……存外、世話の焼ける」



急に、ムチムチさんに頭を抱きすくめられた。パーカー越しでも十分すぎるほどの柔らかさに包まれる。



「よしよし、落ち着け。もう終わったぞ。貴殿が終わらせたのだ。……そんな顔をミユキとクロオに見せる気か?」



まるで子供をあやすみたいに、頭を撫でられた。猛烈に気恥ずかしい。でもおかげで、ゆで上がっていた思考から少し熱が抜けた。


そんな顔って、自分はさっきまで、どんな顔をしていたのだろうか。それが少しだけ気になる。



「……もう大丈夫です。お騒がせしました」


「ふふっ。構わないよ。もう少し、こうしていても良いぞ?」


「……いえ、本当にもう大丈夫です」



魅力的な提案に心は揺れたが、とりあえず断る。


頭を放すと双峰が揺れた。更に心は揺れたが、耐える。


今はそれよりも優先する事がある。



「私の事はいいです。それより、あの子は?」


「ああ、それなら、見ての通りだ」



少年は金貨を拾っていた。



「コレは地面に落ちてたモンを拾ったんだ!だからコレはオイラのモンだ!」



3秒ルールより酷いルールを見た。



「あばよー、おっちゃん様ー!タッシャでなー!」



さっきまでの弱っているように見えた姿、どこへやった。


少年、顔が腫れ上がっているのに元気いっぱい。手には金貨いっぱい。


そのまま猫の散歩道に飛び込むと、あっと言う間に見えなくなってしまった。


ちゃっかり金貨をガメてった。



「はっ、はははっ!たくましすぎんだろ!」



ストリートチルドレン達のリーダー格(自称)は、たくましさの次元が違った。


勇者なんかより、よっぽどタフな少年だ。あの少年の心配をするのは、余計なお世話というものだろう。


これで何の憂いも無く、家に帰れる。



「それじゃあ、今度こそ本当に帰りましょう!忘れ物はありませんね?」


「「「はーい!」」」



とっても良いお返事だった。


とっても不安になった。もう不安要素など何もないはずなのに。何故だ。


街中の収支計算


収入:金貨16枚

支出:金貨16枚


収入内訳

・江戸切子の売却益:金貨16枚


支出内訳

・案内料:金貨1枚

・宿泊費:金貨8枚

・食用塩:金貨3枚

・串焼き:金貨1枚

・通行料:金貨3枚

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