36.電設のヒデオさん、見えていない。
夜食に串焼きを食べて腹ごしらえを済ませ、出発する。
選定した帰路は、最短ルートではなく、少し大回りのルートにした。
宿を出て、一旦は歓楽街に向かう。
中ほどで裏通りに入り、その先にあるスラムを突っ切って壁の穴へ。
穴を抜けたら、一直線に家まで帰る。
現在、夜盗らしき連中に狙われている可能性がある。
夜も遅い時間だが、歓楽街の辺りは、まだ人が起きている。歓楽街を経由すれば、慎重な夜盗であれば、手を引くかもしれない。
何事も無く済むなら、何事も無いのが最良だ。
もしも夜盗が襲ってくるようなら、返り討ちにする。
これでも一応、城で3週間、戦闘訓練を受けた経験がある。
暴力のプロフェッショナルである騎士団員達から、実戦訓練と称して本気の殺気を浴びせられながら斬りかかられ続けた3週間だった。
嫌でも慣れた。
勇者級の頑丈さの前では、傷を負うどころか、痛みすら無い。刃を潰した訓練用の剣とは言え、鉄剣で攻撃されまくって無傷無痛。
そんな訓練を続けたせいで、戦闘への恐怖心など、とっくの昔に消えている。
戦うのは今でも嫌な気分になるが、それはそれ、これはこれ。
今更、たかが夜盗と戦う程度ではビビらない。
「皆さん、忘れ物はありませんね?」
「「「はーい」」」
「それでは出発しましょう。慌てずに急いで移動しますよ」
自分を先頭に、宿の部屋を出た。
途中までは、拍子抜けするほど何も無かった。
「黒夫、宿の周りにいた人、どうしてる?後をつけたりしてるか?」
「ううん。宿を出てちょっと進んだら、いなくなったぞ」
「……そうか」
宿の玄関を出た直後に襲われる可能性も考えていたのだが、何も無かった。
歓楽街に向かうまでの間にも、何も無かった。
裏通りに入っても、何も無かった。
スラムに入っても、何も無かった。
走ると目立つので、徒歩で移動。何事も無いまま、四人で淡々と歩く。
ちなみに、フェアはまた左肩に座っている。街中ではずっと左肩に座っている。お気に入りなのだろうか。
「……順調だな……」
順調だ。とても順調だ。
これは今度こそ本当に良い流れが来ている。
……と思った自分は甘かった。
「なんかいるぞ」
スラムに入ってしばらく進んだところで、黒夫に服の裾を引っ張られた。
「なんか?なんかって何だ?」
「ゴロツキだ。数は――……ごめん、義兄様。気付くの遅れた。囲まれてる」
「謝るなよ。わかっただけで十分だ」
黒夫が悔しそうに言った。
猫の聴力は人間より遥かに優れているが、変装で猫耳を塞いでいる状態では半減しているだろう。
半減していても人間よりは鋭敏なので、十分すぎるほど役に立っている。
ここで黒夫に謝られたら、全く役立たず状態の自分の立つ瀬が無い。
自分の耳では、特に物音は聞こえない。周囲に人影は見えない。囲んでいるらしい連中は、物陰にでも隠れ、息を潜めているのか。
意識してペースを維持して歩きながら、気配を探る。
某野菜惑星の戦闘民族じゃあるまいし、気配なんかサッパリわからない。
「魅雪はどう?何か気付いた事はある?」
「ううん。ずっとピリピリのままなの。他は、わかんない」
「……そうか」
つまり、宿を出てから今の今まで、ずっと状況は悪いままだったという事だ。
全く順調でも何でも無かった。
状況が見えていないにもほどがある。
「理緒は――……、何でもありません」
「それはさすがに酷くないか、義兄上!?」
「えっ?もしかして、理緒にはわかるんですか?」
「いや、それは、その……、わからないけれども」
「……そうですか」
自分同様、ムチムチさんもわからないらしい。
ある意味、安心する。
いや安心してる場合じゃないけれども。
不自然に速足にならないよう、今まで通りのペースでスラムを歩く。
何者かに囲まれているらしいのに、何者かが仕掛けて来ない。
黒夫や魅雪なら、相手の位置を的確に察知して攻撃できるかもしれないが、自分にはできない。
身体能力は勇者級でも、感知能力は据え置きのサラリーマン級。隠れている相手に対しては専守防衛になる。
心情的にも、襲撃に対して正当防衛する方が気が楽だ。
訓練のおかげで慣れはしたが、戦うのが嫌だと言う感情は消えていない。
向こうから襲い掛かって来てくれれば、こちらも遠慮無く強行突破できる。
向こうから襲い掛かって来てくれないと、強行突破の踏ん切りが付かない。
何も無いまま歩く事、しばし。
スラムの入口と壁との中間地点を少し過ぎた頃合いだった。
「ラァァァァイトォォォォッ!アァァァァップゥゥゥゥッ!」
やたら巻き舌なダミ声がスラムに木霊した。
周囲の物陰から、ボッボッボッと順繰りに灯りが灯る。
まるでRPGの勇者が魔王の玉座に近付いたかのような過剰演出。
どこの誰だ、これ考えたのは。
考える奴も大概だが、それに乗る奴も大概である。
「よぉう。こぉんな夜遅くぅにぃ、どぉこ行こうってぇんだぁい?」
過剰演出されたスラムの奥から、人影が現れた。
先頭に一人。その後ろに付き従うように二人。
おそらく、中央がスラムのドンで、両脇に控える二人が幹部級の手下だろう。
ドンの登場に合わせて、周囲からも取り囲むようにしてドンの手下達がワラワラと湧いて出てくる。
まあそれはいい。それは別にどうでもいいとして。
「……ドンじゃないだろ……」
女子プロレスラーだった。ドンは女性(推定)だった。
かなりパンチの利いた髪型。
ロック魂を感じさせる極彩色のメイク。
ガッチリかつデップリした、筋肉も脂肪も全部載せの大柄な体躯。
美人レスラーではなく、美人に倒される側の女子プロレスラー。
どうにも性別不明気味な見た目ではあるが、胸部の脂肪の付き方から察するに、おそらくは女性(推定)のはずだ。
ちなみに、ドンとは男性用の尊称の一種である。女性に使ってはいけない。
「こんばんは。今夜は星がキレイですね」
ひとまず挨拶してみた。
「はぁっはぁっはぁっ!さぁすがぁ、いいトコのお坊ちゃんだぁなぁ!ご丁寧なぁ挨拶しやがるぅねぇ!」
ダミ声で笑われた。
声を聞く限りでは、女性(推定)だと思ったのは勘違いだった気がする。
女性(推定)だと思って、つい動きを止めてしまったが、もうこれ問答無用で強行突破してもいいんだろうか。
「まさかぁとは思ってたけどぉよぉ。いいトコのお坊ちゃんがぁ、こぉんなトコに来るとはなぁ。張っておいたぁ甲斐があったぁなぁ」
「……………………」
「聞いてるぅよぉ。お坊ちゃんさぁ、かぁなり羽振りがいいそうじゃぁないかぁい?ちょぉっとさぁ、アタイにも分けちゃぁくれないかぁねぇ?」
「……………………」
脂肪タップリの頬を歪め、ドンはニタニタ笑いながら言った。
いわゆる通行料を寄越せと言う事だろうか。
金で解決するなら、良いと言えば良い。だが、どうにも気に入らない。
こんな嫌な顔で笑う女性(推定)に金を貢ぐのは、かなり気分が悪い。
「失礼ですが、どなたかとお間違えでは無いですか?」
「……あぁん?間違いだぁ?」
「私はいい所のお坊ちゃんではありませんし、羽振りも良くありません。分けるほどの物は持っていませんよ」
「……………………」
「きっと人違いだと思いますよ。世の中には、自分とよく似た人が三人いるって言いますし、そちらと見間違えたのでは?」
ダメ元で否定してみた。
「……ナメてんのか、ダボがぁっ!」
ドンの目付きが鋭くなる。
ぶっとい右手の人差し指をこちらに向けてきた。
「肩に人形を乗っけてるような男がぁっ!テメェの他にいるかよぉっ!」
ドンが言った。
「……………………えっ?」
ドンの人差し指が、こちらに向けられている。
自分の方に向けられているようでいて、実際には微妙に角度がズレている。
具体的には、自分の左肩の辺りに向けられている。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが……、見えてます?」
自分の左肩に手を添えて聞いてみた。
「あぁん?見えてるに決まってんだろうがぁ!なぁにを訳のわかんねぇ事をゴチャゴチャ言ってんだよぉ!テメェはよぉ!」
見えてる。明らかに見えてる反応だ。
ドンの目には、フェアが見えている。
「なんで見えてるんですか!?」
おかしい。あり得ない。そんなはずは無い。
城で3週間生活していた時は、誰の目にもフェアは見えていなかったはず。
決して、城の人達が見て見ぬフリをしていた訳では無いはず。
勇者のスキルの妖精(仮)であるフェアは、人間には見えない存在のはず。
そのはずだ。そのはずだった。
背中に冷や汗が流れる。
そんな自分の目の前で、幹部級の手下二人がドンに声をかけた。
「ドン、こいつはマズいですぜ。こいつ、本物です。なんちゃって野郎とかじゃありやせん。ガチのマジなヤツですぜ、こいつ」
「悪い事は言いやせん。やっぱり、やめときやしょうよ。こういう手合いは手出し無用ってのが鉄則ですぜ、ドン」
あら嫌だ。ドンの手下がドン引きした目でこっち見てるわ。
泣きたい。
「アタイをドンって呼ぶんじゃぁないよぉ!」
ドンが苛立ち、拳を振るう。
手下が顔面を殴られ、ガツッ、ガツッ、と鈍い音が響いた。
「ちゃぁんとアルドンサと呼びなぁ!」
「「すいやせんでした、アルドンサ様」」
「わかりゃぁいいんだよぉ」
ドンの本名、アルドンサというらしい。至極どうでもいい情報。
「アルドンサ様、こいつからは手を引いた方がいいですぜ。本物はダメです、本物は。ガチのマジでダメなヤツですぜ、こいつは」
「今からでも遅くありやせん。まだ間に合いやす。ホント、やめときやしょうよ、アルドンサ様」
「あんたらぁ、アタイのやる事にケチ付けようってぇのかぁい?」
「そ、そうじゃありやせん。そうじゃありやせんが……」
「引くのもまた勇気ってヤツですよ。もうホント、こいつから手を引きやしょうよ、頼んますから……」
何やらドンと幹部が揉めてるようだが、そんな事はどうでもいい。
そんな事より、気にしなければならない事がある。
ふと気になって、周囲に目を向けて見た。
取り囲んでいるドンの手下達は、こちらと目が合いそうになると、全力で目を逸らしていた。
この反応は昼間に見た。昼間に散々見た反応だ。
背中に冷や汗が流れる。今日一、滝のように流れる。
街に潜入してからの記憶が走馬灯のように流れる。
少年と出会ったばかりの頃、よそ者を異常なほど警戒していた。
資金調達のために入った店の老人に、初っ端から厄介者呼ばわりされた。
表通りを歩くと、すれ違う人達から二度見された後、距離を取られた。
宿に部屋を予約しようとしたら、店主に宿泊拒否されそうになった。
塩の老人の店を去り際、目立たないように忠告された。
串焼きの屋台では、中年女性が街の最新の噂話をしようとしていた。
その時、その目は、どこを向いていたのか。
自分の方を見ているようでいて、実際には微妙に視線がズレていた気がする。
具体的には、自分の左肩の辺りを見ていた気がする。
「……………………」
街の人達の様子がおかしかったのは、何故か。
首から上を包帯でグルグル巻きにした不審人物がいたから、だろうか。
……否。
「俺のせいかよおおおおおおおおっ!?」
自分のせいだった。
本当に、状況が見えていないにも、ほどがある。




