↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/152

32.電設のヒデオさん、串焼きを買う。


店を去り際、老人から忠告めいた事を言われた。



「お節介とは存じますが……。お遊びになられるには、今はあまり時期が良くありませんな。何やら水面下で大きな動きがあったようで」


「大きな動き?何ですか?」


「はてさて、私のような木っ端の商売人には、真相は預かり知れぬ事でございますな。ただ、その件で割を食った者が少なからず出ておりまして、その分を少しでも取り戻そうと形振り構わず躍起になっている者もいるようでございます。そのような者に目を付けられませんよう、あまり目立つ事はお控えになられた方がよろしいかと存じますよ、お客様」


「最初から、そのつもりです。目立つのは嫌いですので」


「ほっほっ、なかなかに愉快なご冗談でございますな」


「……あの、マジメに言ってるんですけど」


「……本当にお気を付けください」



なんか老人の視線が微妙に生温かった。






現在時刻、午前9時。


塩、購入完了。



「めちゃくちゃ時間余りましたね……」


「まあ、逼迫するよりかは良かろう」


「そりゃそうですけど……」



物には限度というものがある。


この街に潜入すると同時にトラブル発生した時は、本当にどうなる事かと思った。


しかし、いざ蓋を開けてみれば、順調すぎるほどにトントン拍子で事は運び、あっという間に塩が買えてしまった。


多少の紆余曲折はあったものの、塩を買い終わった今となって、全ては取るに足らない些事である。


予定では、街を脱出するのは明日の明け方だ。ほぼ丸一日、予定が空いた。



「ねっ、ねっ、お買い物だよね?塩買ったら、他のお店も見て回るんだよね?約束したもんね?……忘れてないよね、お義兄ちゃん?」


「忘れてないよ。うん。忘れてない」



魅雪が満面の笑みを浮かべていた。


笑顔の魅雪の背後に、何故か般若の幻影が見える気がする。何故だ。


いや理由わかってるけれども。




しかし、状況はあまり良くない。無事に塩が買えたまでは良かったが、問題はこの後だ。


当初の予想では、首から上を包帯でグルグル巻きにした不審人物はギリギリセーフ扱いされるのではないかと思っていた。


包帯まみれの格好をしたケガ人が、世界のどこかにはいるはずだ。それがたまたま今日この街に来たというだけの事だ。


ケガ人なら、しょうがない。だってケガ人なのだ。ケガ人が包帯を巻いてて何が悪いと言うのか。


重傷者っぽい見た目なんだから、むしろ一般人よりも遥かにセーフと言っても良いくらいである。


そのはずだった。




街の人達の反応を見る限り、これはガチでアウトっぽい。


街を巡回中の衛兵からすら目を逸らされるとか、アウトを越えたアウトと言っても良いくらいである。


どうしてこうなった。




まさか、火傷の痕を隠すために包帯でグルグル巻きにしているだけなんです、とか何とか大声で喧伝しながら街を練り歩く訳にも行かない。さすがに、わざとらしすぎる。


弁明できないという事は、つまり、この先ずっと不審人物扱いされながら街を歩く事になる。


行く先々で人の波を割りながらお買い物とか、悪目立ちってレベルじゃない。


できれば宿に引きこもりたい。



「お・か・い・も・のー!」



魅雪、ボルテージ再上昇。


塩を買っただけでは、魅雪のお買い物欲求を満たすには足りなかったようだ。


当然と言えば当然。楽しみにしていたお買い物に来たのに、塩だけ買っても楽しいはずが無い。むしろ塩を買ったせいで悪化している。


お腹が空いている時に半端に何か食べると、余計にお腹が空く。それと似たような状態だろうか。



「ねえ、魅雪、この後の事だけど、やっぱり――」


「次どこ行くの?ねっ、ねっ、次どこ行くの?……行くよね、おじちゃん?」


「はっはっはっ。次はどこに行こうか。楽しみだねー?」


「うん!楽しみなのー!」



絶対に敵に回してはいけない鬼女が、目の前にいる。


今すぐ帰りたい。


今すぐ帰ろうとすれば終わる。


終わったら帰れない。


どうしよう。


こうなってしまったからには、もう腹をくくるしかない。


不審人物扱いされようが何だろうが、行くしかないなら、行くしかないのだ。



「……っ……」



グゴゴゴゴゴゴゴゴッ。


腹くくって気合を入れようとした矢先。それを邪魔するかのようなタイミングで、不吉な異音が鳴り響いた。



「きゃあっ!?な、何、今の音!?」


「「「……………………」」」



ある意味、よく聞き慣れた異音だった。


聞き慣れていない少年だけは慌てている。聞き慣れていないのだから、しょうがない。



「……っ……」


「ま、また!?何なのこの音!?まさか地震の前触れ!?」


「「「……………………」」」



少年の驚く様子を見ていると、昔の自分を思い出して、ちょっと微笑ましい気持ちになる。


悪目立ち度数が急上昇しているので、微笑ましい気持ちになってる場合では無い。


通勤カバンから、木の板のように硬い干し肉を取り出した。



「ひとまず、これ齧っててください」


「す、すまない、義兄上」



ムチムチさんの腹の虫だった。


急場しのぎに板を渡したが、これで収まる保証は無い。




迂闊だった。遠足と言えば、お弁当とお菓子300円分+バナナがあって然るべきだったのに、用意するのを完全に忘れていた。


まったく手抜かりにもほどがある。江戸切子1万個も量産していないで、おにぎりを握るべきだった。


いつもなら、腹の虫が鳴り始める前に、野菜スティックを差し入れする。今この場には、野菜スティックが無い。


通勤カバンの中にはそれなりに食料は入っているが、ほとんどは保存性を優先したカッチカチな保存食か、生肉などの素材系だ。



「あ、キュウリ入ってた。これもどうぞ」


「ああ、ありがたい」



ムチムチさんがキュウリを丸齧りする。


キュウリを丸齧りするムチムチさん、妙に扇情的だ。


首から上を包帯でグルグル巻きにしてるのに扇情的って、ホントどうなってんの、この人。


変な扉が開きそう。


扉を気にしてる場合ではない。


扉が開いたら開いたで、こじ開けた張本人に責任を取ってもらえばいいから、まあそれは別にいいとして。



「足りそうですか、理緒?」


「あ、ああ、も、もちろんだとも。た、足りる、足りるぞ、もちろん」


「……正直に言ってください。でないと対処できません」


「……すまない。これでは物足りない。むしろ余計にお腹空いた……」



キュウリを食べ終わり、木の板のように硬い干し肉をガジガジ齧りながら、ムチムチさんは自己申告した。


知ってた。




ひとまず異音は収まった。キュウリを胃袋に収めたおかげだろう。


しかし、この静穏は一時の静穏と考えるべきだ。早急な対策がいる。


最優先の緊急ミッション発生である。食料を確保しなければならない。


絶対に失敗は許されない。


もしも失敗すれば、首から上を包帯でグルグル巻きにした不審人物が異音を鳴り響かせながら街中を歩き回る事になる。


ほぼ新手の都市伝説である。


ムチムチさん、伝説になる。


なっちゃマズい。




これから丸一日街歩きする予定なので、定期的に小腹を満たせるよう、手軽に摂取できる食料を一定量確保したい。


持ち運びに関しては、通勤カバンに放り込んでおけば問題無い。重量や体積などは気にしなくても良い。


重要なのは食べやすさだ。お腹が空いたら即お手軽に栄養チャージ可能な某ブロック食品くらい簡単に食べられるものが望ましい。



「食べ歩きに向いているものを売っている場所、知りませんか?可及的速やかに案内してもらいたいんですけど」


「お、おう、食べ歩きか。それなら中央広場かな。なんか屋台たくさん出てるぜ」


「ではそこで。急ぎましょう」



急いで向かった。






各門から続く大通りの交差する場所、中央広場。


人出がそこそこあり、屋台もそこそこ出ている。ただ、時間が中途半端なせいなのか、あまり屋台は賑わっておらず、どこも客は並んでいなかった。


すぐに買いやすいのは良いが、屋台の良し悪しがわかりにくい。



「おすすめの屋台とか、ありますか?」


「おすすめか?えーと、えーと……、なんか赤いおばちゃんの屋台がウマいらしーぜ」


「赤いおばちゃん?何の屋台なんですか、それ?」


「確か、串焼きだったかな?なんかイイ肉使っててウマいらしーぜ。オイラ食った事ねーから知らねーけど」



少年の言葉を聞いて、広場を見渡す。


赤い三角巾を頭に巻き、赤いエプロンをした、小太りの中年女性のやっている屋台があった。屋台の屋根まで赤い。赤がトレードマークの串焼き屋だ。


全員で屋台に近付いて行くと、周囲の人が避けた。


屋台の中年女性は、嫌そうな顔をしていた。



「そこのキレイなお姉さん。串焼きください」



お世辞を言ってみた。



「あっはっはっ!あからさまだねぇ。でもまあ、嫌いじゃあないよ」



恰幅の良い腹を押さえ、中年女性は大きな声で笑ってくれた。


自分でも露骨だと思うくらいのお世辞は、うまくいったようだ。



「それで、お客さん、串焼き何本にするんだい?」



屋台のカウンターに、金貨を1枚置いた。



「これで買えるだけください」


「あれまあ、屋台で金貨とはねぇ……。あんた一体どこのお坊ちゃんだい?そんなの出されても困るんだよ、こっちは。大体、仕込み分を全部焼いたって足りゃあしないよ」


「それでは、あるだけ全部で。お釣りはいりません」


「あっはっはっ!悪くないねぇ。あんたみたいなお坊ちゃんは嫌いじゃあないよ。焼くのにちょいと時間かかっちまうけど、いいかい?」


「構いません。……あ、いえ、先に4本ください」


「4本ね。ほいよ」



肉の串焼きは普通の茶色だった。


すぐに焼けた分を受け取る。



「みんなでこれ食べて待っててください」



四人に差し出した。



「わーい!串焼きなのー!」


「……えっ?お、オイラも?なんで!?」



仲間外れにすると、うちの子達が気に病みそうだからだよ。


言うと変に気を遣いそうなので、言わないけど。



「持ってると疲れるんで、早く受け取ってください」


「う、うん。……えっ、いいの?マジでいいのか、おっちゃん様!?」


「冷める前に食べた方がいいですよ」


「う、うん」



少し強引に少年に手渡す。


よほど予想外だったのか、少年は少し躊躇していたが、やがて意を決したように一口食べた。



「……わぁ……お肉の味がする……!」



そりゃそうだよ。お肉だもの。






フェアを左肩に乗せ、自分は串焼き屋のすぐ横に待機。串焼きを持った四人が広場の端に腰かけるのを見やる。


全員で待機すると、他の屋台の商売の邪魔になる。


……と言う理由をこじ付けて、四人には一旦離れてもらった。



「どうしたんだい、お坊ちゃん。焼けたら持ってくから、あんたもあっちで待ってていいよ?」


「いえ、大変な量を注文してしまったのに、それでは気になりますので、ここで待たせてください」


「あれまあ、買い方は豪快なのに、ずいぶんと繊細なお坊ちゃんだねぇ」



大量の串焼きを焼いて大量の煙が立ち上るのを見ながら、中年女性と適当に言葉を交わす。


状況を冷静に振り返ってみれば、この状況は今までで一番の好機だ。


お世辞と金払いの良さのおかげか、中年女性はこちらにあまり悪感情を抱いていない様子。


黒夫、魅雪、ムチムチさんは離れた場所で串焼きを食べていて、こちらにあまり意識を向けていない。


広場には適度に雑音が満ち、何を話しても内容が聞かれる可能性は低い。



「キレイなお姉さん。お姉さんは、ここで屋台を営んで長いんですか?」


「そうだねぇ。うちの親がやってた頃からちょいちょい手伝いはしてたから、その頃も含めると人生の半分以上はやってるかねぇ」


「そうなんですか。それだけ長くここで屋台を営んでいるのなら、お客さんから面白い話を聞いたりする事もありますか?」


「まあ、そういう事もあるかねぇ。お坊ちゃんみたいな物好きなお客さんが、焼けるまでの暇潰しに話をしたりねぇ」


「それでは、何か面白い噂話とかも聞いたりしますか?もし知っているなら、是非お聞きしたいんですけど」



本当に聞きたいのは、面白い噂話では無い。自分が城から脱出した後の、勇者関連の話だ。


現在、家には魔族が同居している。勇者関連の情報収集をするのは気まずい。それに、無人の荒野では情報収集しようにも手段が無かった。でも今なら、何らかの有益な情報を得られるかもしれない。


万が一にも自分が勇者本人だとバレたらマズいので、遠回しに噂話を聞く。


内容次第では、今後の身の振り方にも関わる。



「できれば新しい噂がいいですね」


「新しい噂ねぇ。……今まさに最新の噂話の中心になってるのが、すぐ近くにいるんだけどねぇ?」


「それ以外でお願いします」



中年女性に胡乱な目で見られた。


首から上を包帯でグルグル巻きにした不審人物に関する噂話は、いらない。




勇者に関する噂話の内容次第によって、今の自分の置かれている状況の危険度が、ある程度判定できる。


あくまでも、ある程度の判定。しかし、目安にはなる。




もしも勇者に関する噂話が全く無いようなら、それなりに安心できる。


噂話が無いと言う事は、王国が静かに捜索していると言う事。


逆の見方をするなら、捜索に本腰を入れていないと言う事。


あるいは、逃げ出すような勇者には早々に見切りを付けて、捜索を打ち切っている可能性もある。


過剰な期待は禁物だが、王国が形振り構わず全力で捜索するような事態になっていない事だけは確定だろう。




もしも勇者に関する噂話が出回っているようなら、少々危険だ。


市井に噂話が出回る程度には、王国が捜索に力を入れている事になる。


自分にとっては不穏な状態と言える。




もしも勇者に関する噂話が多く出回っているようなら、かなり危険だ。


王国が捜索にかなり力を入れている事になる。


更に一歩踏み込んで、王国が積極的に情報公開していた場合は、更に危険だ。


公開捜査までされていた場合は、最悪だ。


王国の本気度次第では、今すぐにでも街からの脱出を強行する必要があるかもしれない。


その時は、魅雪が何と言おうと逃走一択になる。




便りが無いのが良い便り、みたいな話である。


勇者に関する噂話は、情報密度が濃ければ濃いほど危険。薄ければ薄いほど安全。無いのが最良。そういう目安である。




自分としては、王国の情報統制に大いに期待している。


元の世界の民主国家で生まれ育った自分から見て、王国は独裁国家だ。


独裁国家なら独裁国家らしく、国家の実利よりも王様の面子を優先し、貴重な国力を無駄に浪費して、全力で勇者の情報を隠蔽していただきたい。


是非とも情報統制に無駄な労力を大いに割いていただき、勇者の捜索に全力を注ぐような真似は絶対にしないでいただきたい。


少なくとも、自分が元の世界に帰る方法を見付けるまでは、明後日の方向に無駄な努力をしていただきたい。


帰った後は別にどうでもいい。


がんばれ、王国。勇者は王国の情報統制を応援しています。



「どうですか?何か新しい噂話、無いですか?些細な話でもいいんですけど」


「うーん、そう言われてもねぇ。ここんところ、あんまり目ぼしい話は耳にしてないよ。ずっとあの話で持ち切りだしねぇ」


「……あの話?何ですか?」


「そりゃあ勿論、王太子殿下の話さ」


「王太子殿下……?」


「なんだい。まさか知らないなんて言わないだろうね」


「……あの、すみません。心当たりが無いのですが」


「はぁっ!?何だい、そりゃあ!?あんた、そりゃあ一体何の冗談だい!?」



中年女性に、かなり驚かれてしまった。この驚きようは普通じゃない。


おそらく、自国の総理大臣を知らないサラリーマンと同じくらい非常識だと思われている。そんな反応だ。


マズい。非常にマズい。こちらの世界の人達にとっては、自分の方が異世界人。付け焼刃の勇者教育では、常識を補い切れない。非常識だとバレるとマズい。


王族関係の情報なら記憶のどこかにあるかもしれない。


どうにか必死に思い出そうと頭を捻るが、全く出てこない。


王太子殿下の情報なんて欠片も記憶に無い。


とにかくバレないよう、この場はどうにか誤魔化さないとマズい。



「す、すみません。自分で言うのもどうかと思うのですが、箱入りでして。世情に疎いんです」


「本当に自分で言う事じゃあないよ。……まさかとは思うけど、王太子殿下が話題になった理由もわからないのかい?」


「すみません。それもわかりません」


「結構な話題になったんだけどねぇ……。本当に聞いた事は無いかい?王都が魔族に襲撃されたって話だよ?」


「し、襲撃!?王都が!?魔族に!?何ですか、それ!?」



寝耳に水な話が飛び出してきた。


あまりにも予想外すぎてビビッた。



「まさか、本当に知らないのかい?」


「はい。すみません。本当に知らないです、それ」


「あれまあ、一体どこの箱入りお坊ちゃんだい。今時、生まれたばかりの赤ん坊だって知ってる話だってのに。……しょうがないねぇ。少し話してあげようかね」



大いに呆れられたが、中年女性は話を教えてくれた。






今から約1ヶ月ほど前、王都が魔族に襲われた。


無謀にも少数で王国の領土をドブネズミのようにコソコソと隠れ潜みながら汚らわしい足で踏み荒らした魔族の部隊は、不遜極まりない事に偉大なる国王陛下のお膝元である王都へと下卑た身を忍び寄せると、民の寝静まる頃合いを見計らい、卑劣にも夜襲を仕掛けてきたのだ。


しかし、魔族の稚拙な夜襲など、王国にとっては何するものぞ。


前線から遠く離れた地においても決して警戒を怠らぬ常在戦場の心得を持った王国の精鋭達の武勇の前では、奇襲を仕掛けるしか能の無い魔族の弱兵など、物の数では無かった。


瞬く間に魔族の奇襲部隊を打倒していく王国の精鋭達。戦闘は犠牲を出さずに終わったかのように思われた。


なんと、それで終わりでは無かった。魔族の奇襲部隊の体内には、彼ら自身すらも知らない内に悍ましい自爆の魔道具が密かに埋め込まれていたのである。


何たる所業であろうか。まさに魔族の所業としか言い様が無い。


王国の精鋭達は、武勇に優れるのみならず高潔な精神をも併せ持った真の戦士である。いかに敵と言えども憐れなほどに無力な者の生命までは奪うまいという高潔さが、味方を欺く事すら平然とやってのける下劣な性根の魔族に遺憾ながら悪用されてしまったのだ。


奇襲に失敗し手も足も出なくなった無力な魔族の兵士達は、生きながらにして恐るべき破壊力を秘めた魔力爆弾へと変貌し、王都に燦然と聳え立つ城の中で炸裂した。


だが安心して欲しい。城は無事だ。


たかが魔族如きには、優美にして堅牢なる城を破壊できるはずも無し。身の程知らずにして度し難いほどに愚かな魔族の悪巧みなど、その全てが無駄に終わるは必定なのである。


王国の中心地たる城には、物理的にも魔術的にも完全無欠の防備がなされていた。次代の王国を担う第一王子殿下の指揮の下、常日頃から油断無く完璧に備えていたのが功を奏したのだ。王国の防衛技術は世界一と言っても過言では無い。


魔族の部隊による奇襲は完膚なきまでに失敗した。部下の戦う様子を陰に身を隠して戦わずに監視し、部下が敗れたと知るや塵でも捨てるかのように寸暇の躊躇いも無く自爆の魔道具を起動した魔族の奇襲部隊の隊長は、己の浅慮さも弁えずに作戦の失敗に呆然自失し自暴自棄となり、あろう事か王都の民を捕らえて人質にしようとした。


何と言う往生際の悪さであろうか。汚いな、さすが魔族汚い。


しかし問題は無い。大丈夫だ。民に犠牲は出ていない。あわや卑劣なる魔族の穢れた魔の手によって無辜の民が囚われんとした、まさにその時だ。その場に颯爽と現れたのは、誰あろう第一王子殿下その人である。


隊長とは名ばかりの無為無能な魔族の匹夫めは、華麗にして鮮烈なる第一王子殿下の正義の剣によって真っ二つに引き裂かれ、その無意義にして無価値な命をただ無意味に散らせたのだ。無惨なり、魔族。


こうして王都の平和は守られた。なんと奇跡的にも王国側には死傷者はただの一人も出なかった。まさに完全なる勝利である。その最大の功労者が誰かと問われれば、今回のような魔族による卑劣な夜襲が仕掛けられようとも揺るがぬ強固な防衛体制を築き上げるように指導なされ、また戦闘においては悪逆非道な魔族の奇襲部隊の隊長を見事に討ち取られた、第一王子殿下その人を置いて他にはいまい。


第一王子殿下は、この華々しくも堂々たる功績をもって立太子なされる。


知勇兼備の新たなる王太子殿下がおわしめすならば、千年の栄華を誇る王国の輝かしい未来はこれからも永劫の安泰が約束されるであろう。



「――という話なんだけど。あんた本当に知らなかったのかい?」


「お恥ずかしながら、初耳です」



修飾語マシマシで少々難解な話だったが、一応わかった。


とにかく魔族が王都を襲ったらしい。そして返り討ちに合ったらしい。


で、第一王子が王太子らしい。


あまりにも自分と無関係すぎて王侯貴族の身分制度はイマイチよくわからないが、第一王子が次期国王になる事がほぼ確定したと言う事だろう、多分。


就職活動で例えるなら、内々定から内定にランクアップ、みたいな感じだろうか。


ぶっちゃけ、どうでもいい。


最も気になるのは、やはり魔族の襲撃だ。今から約1ヶ月前の出来事なので、自分が城から脱出したのとほぼ同時期である。


ギリギリセーフだった。


もしも後一歩、城から脱出するのが遅れていたら、なし崩し的に魔族の兵士と戦わされる羽目になっていただろう。そうなっていれば、もう後戻りはできなくなっていただろう。


何の恨みも無い相手をその場の勢いで殺し、この手を血で汚したら、たとえ元の世界に帰れたとしても、元の生活には戻れなかっただろう。


本当にギリギリセーフだった。


もしも脱出の日時と奇襲のタイミングが運悪く重なっていれば、魔族の兵士と鉢合わせになっていたかもしれない。わずかな差でそんな最悪の事態が起こっていたかもしれないと思うと、想像するだけで震えがきそうだ。


本当に本当にギリギリセーフだった。


何か頭の片隅に微妙にモヤモヤしたものが引っ掛かっているような気がする。それが何なのか、よくわからない。とても大事な事を忘れてしまっているような気がするのだが、何だっただろうか。


もし本当に大事な事なら忘れるはずも無いし、思い出せないという事は取るに足らない事だろう。大事な事と言うのは気のせいに違いない。


魔族の兵士と鉢合わせの危機に比べれば、大抵の事は些事にすぎない。気にしなくてもいいだろう。


何故か脳裏を『時限爆弾』という物騒なワードが一瞬掠めたような気もするが、きっと気のせいだろう、多分。



「あんた、もうちょっと世間に目を向けて見なきゃあいけないよ。いっその事、王太子殿下のツラでも見に行ったらどうだい?」


「いや、見ようと思って見れるものでは無いと思いますけど、それ」



第一王子の顔は、もういらない。


城で生活していた3週間、夕食時に毎日強制的に見させられていた。


一応毎日見させられていたが、肝心の第一王子の顔は、正直よく覚えていない。


なんか金髪碧眼のイケメン王子だった事だけは覚えている。


覚えているのはその情報だけで、顔認証に失敗するくらい薄ボンヤリとした印象しか残っていない。


あらゆる面において完全上位互換である騎士団長閣下の印象が強すぎて、全て塗り潰されている。


第一王子が騎士団長閣下に唯一勝っていたのは王位継承順位だけだった。


何度思い出そうとしても、第一王子が思い出せない。


どうせもう二度と会う事の無い人なので、このまま忘れよう。


不要な情報に脳の容量を無駄に割きたくない。



「あんた、もしかして知らないのかい?……ああ、そうか、知らないんだったね。立太子のお祝いだか記念だかで、王太子殿下があっちこっちの街に顔を出すって話だよ」


「そうなんですか?この街には、いつ来るんですか?」


「何を馬鹿な事を言ってるんだい。こんな国の端っこの街なんかに来る訳無いだろう。王都で何かの催しをした後、魔族との戦争の最前線の基地まで行くんだよ。ここからだと、遥か東の彼方だねぇ。王都からそこに向かう道中、あっちこっちの街に立ち寄って、そこでも何かの催しをするそうだよ。その時、うまくすりゃあ王太子殿下のツラが拝めるって話さ」


「なるほど。そうですか」


「どうだい、よその街に出掛けて王太子殿下のツラの一つも眺めてくるってのは。社会勉強にもなるし、お坊ちゃんには丁度良いんじゃないかねぇ」


「そうですね。そういう機会があれば、そうします」


「……興味無さそうだねぇ」


「ええっと、その……、せっかくお話いただいたのに、こう言うのもなんですが……、興味無いです」


「あっはっはっ!馬鹿正直だねぇ。でもまあ、嫌いじゃあないよ」



中年女性には笑われたが、案外、悪い気分では無かった。


勇者に関する噂話は欠片も出る気配が無く、大いに安心させてもらった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。