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31.電設のヒデオさん、塩を買う。


魅雪が魔族だとバレた。


より正確に言うと、魅雪が魔族だとバレた(推定)。




老人は直接的な言及を避けていたので、あくまでも、バレた(推定)である。


黒に限りなく近い灰色は、黒に限りなく近くとも灰色である。




おそらく、ムチムチさんが魔族だという事もバレた(推定)。


きっと、黒夫が魔族だという事はまだバレていない(願望)。


多分、自分の事はどうでもいい人だと思われている(確信)。




前向き思考だ。こういう時こそ前向きに考えよう。


魔族だとバレた(推定)おかげで、なんか凄く貴重っぽい感じの塩が買えそうな感じの流れになっているような気がしないでもない、多分。


バレた(推定)おかげだ。良かった良かった。




あまり真っ当な感じはしないものの、老人は商売をする気でいる。


一応嘘は言っていないようなので、これまでの言動からして、脅して金を取ったりする気は無いらしい。あくまでも商売で金を巻き上げるつもりのようだ。


老人のこだわりが謎である。子供に負けず劣らず、老人は謎に満ちている。自分のような若者(25歳)には理解し難い。


とりあえず、こちらが老人の客になれば、よほどの事が無い限り、こちらの秘密を他者に漏らしたりはしないだろう。


人間的には信用ならない老人だが、商人としては一定の矜持を持っているようなので、そこは信用してもいいはずだ(願望)。




こちらとしては、行政に属する人間に気付かれずに塩を買って帰れるなら、それで塩の買い出しは成功と見なせる。


最善は誰にもバレない事だったが、次善として、誰にも秘密を漏らさない民間人にだけバレる分には実害が無い。


とにかく客だ。客になるのだ。


今はまだ客(予定)なので、早く商品を購入して客(確定)になろう。それこそが個人情報漏洩防止への近道だ。



「これ買います。お幾らですか?」


「さて、お客様は幾らだと思われますかな?」



値段を聞いたら、はぐらかされた。やっぱり信用ならない。



「是非とも買わせていただきたいと思っているのですが、お幾らなのでしょうか?」


「実を申しますと、値を付けかねているのでございます。何分、本当に特別な品でして。この街はおろか、この国のいかなる市場にも流通していない類の商品ですので、この国における相場というものが存在しないのですよ。……どうでしょうかな、お客様。お客様であれば、この品に幾らの値を付けられますかな?」


「……………………」



この老人、いやらしいわ。


もう相手したくない。今すぐ回れ右して帰りたい。


塩を買わないと帰れない。




塩の値段など知らない。この世界の塩の値段も知らないが、思い返せば、元の世界の塩の値段も覚えてない。


そもそも塩を買った記憶がほとんど無い。一人暮らしをするようになってからは、大体いつも味塩コショウを買っていた。


近所のスーパーで安売りしている時にまとめ買いした時は、お徳用詰め替えパック2本セットで千円くらいだったような気がする。よく覚えてないけど。




王国の塩の値段の相場を知らない。


特別な塩の値段など尚更わからない。


ついでに言えば、金貨の価値もわからない。



「……悩むだけ無駄か……」



よく考えたら、考えるまでも無かった。


最初から、こちらに取れる行動は限られている。


悩む余地など無い。



「この店にある塩、全て買わせていただきたい」



カウンターに、金貨を1枚置いた。



「お客様。失礼ながら、当店は小さい店とは言え、それなりに在庫を抱えております。全てとなりますと、とても個人でお買い上げになられる量ではございません。また、細々とではございますが長く商売を続けておりますと、それなりに付き合いというものが生まれるものでして。他のお客様にご来店いただいた際にお売りできる品が無いというのは、商売人として築き上げた信頼を大きく損ない、その場の商売だけではなく、その後の商売にも差し障る事がございます。お客様のご要望に最大限にお応えしたいと思えばこそ、今ここで一人のお客様に全てをお売りするという訳には――」



カウンターに、金貨をもう1枚置いた。



「この塩だけでなく、この店にある全ての塩を残らず買わせていただきたい」


「い、いえ、ですから、お客様、当店は――」



カウンターに、金貨をもう1枚置いた。



「塩全部、買います」


「……………………」



カウンターに、金貨をもう1枚置いた。



「塩全部です」


「……当店の塩を全て、ですか。ご注文にお間違いございませんかな?」


「はい」


「……後々になって、お買い上げいただいた商品の返品と返金をご希望なされましても、当店ではお引き受けいたしかねますが、それでもよろしいですかな?」


「はい」


「……わかりました。では、当店の倉庫までご足労いただけますかな?普段はお客様をお通ししないのですが、お売りする量が量ですので」


「いいですよ、行きましょう」



好々爺に笑顔で促され、店の裏手に回る事になった。



「……よくよくメンドイお客様を連れて来てくれたものですねぇ。さっき渡したお駄賃、返してくれませんかねぇ?」


「えー、ヤだよ。これはもうオイラのモンだ」



途中、老人と少年が何か少し揉めていた。






店の裏手には、店と同じほどの大きさの倉庫が2棟建っていた。


その内の1棟の扉に手をかけて、老人はこちらに振り返った。



「ご注文を確認させていただきます。当店の塩を全て。これに間違いはございませんかな?」


「はい」


「二言はありませんかな?」


「はい。二言はありません」


「よろしい。それでは、買っていただきましょう」



扉を開けると、倉庫の中には大きな土嚢のようなものが所狭しと積み上げられていた。



「実を申しますと、こちらの倉庫1棟丸々、中身は全て塩でございます」


「……多すぎません?」


「長く商売を続けておりますと、それなりに付き合いというものがございましてな。諸般の事情により、古馴染みの仕入れ先から、止む無く大量の塩を引き受ける事になったのですよ。ここにあるのは、ほとんどが国内に流通している極々一般的な塩でございます。先程お客様にお出しした淡紅塩は、これだけですな」



倉庫の端にあった中くらいの壺には、ピンク色の粒が詰まっていた。


それ以外の袋の中身は、普通の塩だった。



「いやはや、お客様がこれを全て引き受けてくださるとは、時の巡り合わせというものは本当によくできているものでございますな。ご覧の通り、倉庫を1棟丸々潰してようやく納めきれるほどの量ですので、ここだけの話、当方としても困り果てていたところだったのですよ。これでは他の品の仕入れにも差し障りますからな。売るにしましても、あまり一度に大量に売りに出すというのは商売上のしがらみもあり、大変よろしくない。さりとて少量ずつ地道に売るのでは時間がかかりすぎてしまい、いつまで経っても倉庫が空きません。まさか捨てる訳にもいかず、これはもうタダで配り歩いてしまおうか、などと愚にも付かない事を考えたりもしたものでございます。これを全て、今すぐ引き受けてくださるという方が現れれば、いっそ本当にタダでお譲りしたいとすら思っていたくらいでして。もっとも、それはそれで新たに問題が起こってしまいますので、したくても本当にそうする訳にはいかないのが商売の難しいところでございますな。お客様に商品をお渡しするからには、相応の代金は頂戴いたしませんと」


「……で、結局のところ、お幾らなんですか、これ全部で」


「はてさて、そうですな。淡紅塩の甕一つが金貨2枚。残りの塩全てで金貨1枚。締めて金貨3枚でいかがですかな?」



内訳の偏りが酷い。


高いんだか安いんだか全然わからない。



「金貨3枚ですね。買います」



高かろうが安かろうが、どうでもいい。


今の手持ちで足りるか足りないか、それだけが重要だ。それ以外は些末事だ。


適正価格だろうがボッタクリ価格だろうが、些末事だと言ったら些末事だ。


気にしたら負けだ。



「お買い上げ、誠にありがとうございます。……ところでお客様、このような事を申し上げるのは大変お恥ずかしい限りなのですが、荷の運搬につきましては、お客様のお屋敷より人手をお貸しいただきたく存じます。ご覧の通り、当店は老いぼれが一人で切り盛りしている小さい店でございまして、荷を運ぼうにも人手が足りないのでございます」


「はあ、人手ですか?それは――」


「ええ、ええ、勿論わかっておりますよ。お客様の今のお立場は重々承知しておりますが、それを伏してお願いしたく存じます。どうぞ人手をお貸しいただけますよう、お客様のお屋敷にご連絡させていただきたいのです、今すぐに。お客様の今のお立場では難しいとは存じますが、何卒よろしくお願いいたします」


「はあ、立場ですか?それは――」


「もしも人手をお貸しいただけないとなりますと、よもやこの老いぼれ一人で運ぶ訳にも参りませんので、人足を雇わなくてはならないのでございます。当店のような小さい店では、それもまた大変な負担でして。……それでですね、お客様。人手をお貸しいただけない場合は、その代わりといたしまして、別途、人足の手配料を頂戴いたしたく存じます。これほどの量の荷を運ぶための人足ともなればそれ相応の人数が必要となりますし、諸々の手続き等々に関する手数料も含めまして、そうですな、締めて金貨10枚でいかがでございましょうかな?」



人手がどうとか、立場がどうとか、何を言っているのだろうか、この老人。


何を言いたいのか、よくわからない。


よくわからない話はどうでもいい。


どうせ自分のやる事は決まっている。



「ここにある塩、もう私のものって事でいいんですか?」


「はい?……ええ、ええ、それは勿論でございます。すでに代金は頂戴しておりますので。全てお客様のものでございます」


「と言う事は、これもう持ってっていいんですよね?」


「勿論でございます。当方といたしましては、早く倉庫を空けてしまいたいと思っておりますので、できれば今すぐにでもお引き取りいただきたいですな。ええ、ええ、今すぐにでも、お客様のお屋敷にご連絡してもよろしいですかな?もしもご都合が悪いようでしたら、ここはやはり別途、金貨10枚ほど頂戴してもよろしいですかな?」



老人が何かゴチャゴチャ言ってるが、どうでもいい。


通勤カバンの両端の留め具を外して完全開口。


手始めに、手近な所にあった塩の袋に押し付けてみた。


入った。



「よし。この大きさなら、ちゃんと入るな。ちょっとコツいるけど」


「……はっ?」



通勤カバンはアイテムバック化していて、容量無制限。便利ではあるが、口の大きさという地味に嫌な制約が付いている。某タヌキ型ロボットのポケットとは違い、口の大きさより大きいものは入れられない窮屈な仕様である。


この倉庫に置かれている塩の袋は、かなり大きいサイズの土嚢袋くらいのサイズだったが、ギリギリ入る大きさだった。


もしも袋ごと入れるのが無理だった場合、中身の塩だけ通勤カバンに流し込む作業をしなければいけないところだった。本当に助かった。



「黒夫、魅雪。ちょっと手伝って」


「うん、いいよ、お義兄ちゃん」


「しょうがないな。義兄様がどうしてもって言うなら、特別に手伝ってやってもいいぞ」


「はいはいどうしてもだよ。あっちの上の方にある奴、おろしといて」


「「はーい」」



黒夫と魅雪に手伝ってもらいながら、どんどん通勤カバンに入れていく。



「……本当に隠居した方が良さそうですねぇ……見誤るにもほどがある……」



老人が何かボソボソ言ってるような気がするが、そんな事より収納だ。






塩、ゲットだぜ。



「……こんなん一生かかっても使い切れないだろ……」



大量にゲットしすぎた。


一般家庭で消費される塩の量は知らないが、百年分くらいありそうに見える。


多い分には困らないとは言え、無駄に死蔵するのは良くない。小市民のモッタイナイ精神が疼く。


塩を大量消費する使い道なんて全く思い浮かばない。海にでも撒くか。それはそれでモッタイナイ。



「そう言えば、これも私のものって事でいいんですか?」



店の表側に戻って来ると、カウンターの上に置きっぱなしの入れ物が目に入った。


片や、ピンク色の粒入り。


片や、上部だけ純白の塩入り。



「……ええ、ええ、勿論でございますよー……どうぞどうぞ、お好きになさってくださいなー……」



なんか老人の様子がおかしい。やさぐれてる。


空気を入れてから1週間経った風船みたいに張りが無い。


ついさっきまではツヤッツヤの大黒様だったのに。この短時間に何があった。



「ところで、最初に出された方って結局、中には何が入ってるんですか?」


「……良質の塩でございますよ、嘘偽り無く。極北の白浜にて海水より製塩された品でございます。王侯貴族でもおいそれとは口にできない逸品なのですが……ただ、ほら、何と言いますか、アレですよ、アレ。製塩の過程で、少なからず浜の白砂が交じってしまう事も、ままありましてねぇ。でもまあ、別にいいんじゃないですかねぇ、砂が交じってたって。調理の前段階で取り除けば、ちゃんと塩として使えますし、砂さえ取り除けば塩の味は大して変わんないですから、細かい事はどうでもいいんじゃないですかねぇ。それにほら、塩に砂が交じってるくらいの方が、なぁに、かえって免疫が付くってもんですよ。ほっほっ……」


「はあ、そうですか」



やっぱり老人の様子がおかしい。でも今は老人よりも入れ物の中身が気になる。


入れ物の中身を少し掘ってみたら、上部の1割ほどが塩の層で、その下には白く細かい砂が詰まっていた。


おそらく、砂浜の砂を詰めたのだろう。砂の比率が圧倒的に高いが、一応、塩と砂が交じっていると言えなくもない。



「黒夫、どうだ?」


「んー……匂いが混じってて、よくわからないぞ……?」



入れ物に鼻先を近付けながら、黒夫は首をかしげていた。すぐ近くで嗅いでも、うまく判別できないようだ。


普通の塩と砂なら、獣人の鋭い嗅覚で気付けたかもしれない。だが、産地の同じ浜の塩と砂が詰められた事で、匂いの嗅ぎ分けが阻害されている。


まるで、人間離れした嗅覚の持ち主をも欺かんとするかのような構成。


偶然そうなっただけなのか。それとも、意図的にそうしてあるのか。



「……………………」



気になる。


気にはなるが、あまり深入りして藪蛇になるのは避けたい。


すでに塩は買い終わっている。今更、真実を知ったところで、何をどうこうしようと言う気は無い。


このまま知らぬ存ぜぬで別れるのが無難だろう。



「本日はありがとうございました。おかげで良い塩が買えました」


「ほっほっ、こちらこそ、実に良い取引でございました。お客様との出会いこそは、まさに僥倖でございます。またのご来店、心よりお待ちしておりますよ。ほっほっ」



軽く会釈をして、別れの挨拶をする。


服の裾を引っ張られた。



「義兄様、こいつ嘘吐いてる」


「……そうか」



いいんだよ、そういう事は報告しなくて。


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