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29.電設のヒデオさん、宿の部屋を取る。


フェアの創造力があれば、食洗器から無限に江戸切子を創造できる。


事前に量産し、通勤カバンの中には江戸切子1万個ストックがある。



「全部で金貨16枚ですか……。もう無理なんですか?」


「そんなに何枚も持っとらんわっ!疾くいねぃっ!」



限界いっぱいギリギリまで絞り取って、金貨16枚。


所詮はボロ家に住む老人だけあって、資金力が微妙だ。


微妙に古ぼけて小汚い金貨16枚では、街中での活動資金には足りないかもしれない。


若干の不安が残る。



「……まあ、足りなければ別の店でまた売ればいいか……」



貨幣価値も物価も、知った事か。


もしもお金が足りなければ、足りるようになるまで売って売って売りまくればいいだけの事だ。


物量こそが正義だ。



「あ、そうそう。残り4個はオマケしときますね。そのままどうぞ」


「気でも狂いよったかっ!?若造っ!?」



オマケしたのに酷い言い草である。






用済みとなったボロ家を出てすぐ、案内役の少年に案内料を支払った。



「お待たせしました。案内料です」



金貨を1枚渡した。



「ひぇっ!?な、なんなのぉっ!?やっぱりおっちゃん様はお貴族様なのでございますですかぁっ!?」


「違います」


「……とか言いつつ、実は?」


「違います」


「……と見せかけて、ホントは?」


「違います」


「……マジで?」


「違います」


「……そ、そーだよな!そーいう事にしとかねーとな!なんか、ほら、アレだろアレ!お貴族様のオシノビってヤツだろ!」


「違います」


「うんうん、わかってるわかってる!なんたってオシノビだもんな!オイラとした事がウッカリだったぜ!」


「……あの、本当に違いますけど」


「おう、わかってるぜ!そーいう事だよな!」



わかってなさそうだった。


少年の頭の中では、完全に貴族のお忍び扱いされているようだ。案内料を渡しすぎた感が強い。


こちらとしては、金貨しか持っていないので他に渡しようもないだけなのだが、何か盛大に勘違いしている。


案内料の相場は知らないが、少年の反応を見る限り、金貨1枚は過剰すぎたらしい。


反応はおかしくなったが、案内料が足りなくて文句を言われるよりはいいだろう。気にしない事にする。



「……なあ、おっちゃん様。マジでいいのかコレ?後で返せって言われても返さねーぞ?」


「言いませんよ、そんな事」


「マジかよ。さすがはおっちゃん様、デブっ腹だな!」


「じゃ、そういう事で」



スラムは安全に抜けた。活動資金は手に入った。これでもう少年に用は無い。


少年に背を向け、三人に向き直る。



「さて、お金も手に入った事だし、次は――」


「待てよ、おっちゃん様!」



少年と別れようとしたら、待ったをかけられた。



「どうかしましたか?」


「おっちゃん様、街で遊びたいんだろ?オイラがいいトコ連れてってやんよ」


「お構いなく」


「そーいうワケに行くか。こんだけもらっちまったんだ。ここでオサラバしたら仁義にモトるってヤツだぜ」


「あの、本当にお構いなく。そもそも私達は街に遊びに来たのではなく、塩の買い出しに来ただけですので」


「えっ、塩?なんで塩?」


「塩が無いから塩を買いに来たんですが、それが何か?」


「えっ、塩が無いから塩を買いに来たの……めっちゃフツーだ……」


「じゃ、そういう事で」


「ちょっ、待てって。案内料タンマリもらったし、ついでに案内してやんよ。いいトコ知ってるぜ」



少年がしつこい。そして胡散臭い。


いいトコってどんなトコだ。変なトコに連れて行かれそうで普通に嫌だ。



「私達は先を急ぎますので。それでは」


「だから待てって。塩だろ、塩。案内してやっから」


「いえ、塩を買うよりも先に寄る所もありますし」


「どこだよ。そこもついでに案内してやっからさ。ほら、言ってみろって」



少年がくどい。そして鬱陶しい。


何度も断っているのに、何度も食い下がってくる。


ここで無理に振り切ると、更に鬱陶しくなりそうな気がする。


こちらが折れる事にした。



「……実は、今日はこの街に泊まる予定なんですが、まだ部屋を確保していないんです。まずは宿屋まで案内をお願いできますか?」


「おう、宿屋だな。任せな。……連れ込み宿でいいのか?」


「全然良くありません。普通の宿屋でお願いします。できれば四人一部屋で泊まれる所がいいのですが」


「お、おう、四人一部屋だな。えーと、えーと……、大部屋のある連れ込み宿なら知ってるぜ」


「……………………」


「みんなで一斉にお楽しみできるってスゲー評判なんだぜ。こっちだ」



少年は威勢良く歩き出した。


それを見送ってから、三人に向き直る。



「宿は自力で探しましょう」


「あ、ああ、それは別に構わないのだが……」



少年の案内可能範囲、偏りすぎだった。


やっぱり変なトコだった。風営法適用対象の寝床は求めていない。


この街は、この付近一帯では最も規模の大きい街。表通りを適当に探せば、通常営業の普通の宿は見付かるだろう、多分。


抜け穴から街に潜入したせいで表通りの場所も知らないが、スラムのある方とは反対方向に進んで行けば、どこかしら大きな通りに出られるだろう、多分。


場当たり的になるが、しょうがない。



「それでは、ひとまずあっちの方に行――」


「どこ行く気だよ、おっちゃん様!」



行こうとしたら、ダッシュで戻って来た少年が立ちはだかった。



「なんで着いてこねーんだよ!オイラが案内してやってんのに!」


「お構いなく」


「そーいうワケに行くか!一度引き受けた仕事はキッチリ果たさねーとケジメつかねーだろ!」


「あの、本当にお構いなく。無事にお金も手に入りましたし、案内の仕事は十分果たしてもらいましたから、もう結構ですよ」


「ケッコーもコケコッコーもあるかってんだ!オイラが案内するって言ってんだから、こっから先もドーンと任せときな!金貨1枚分、バッチシ案内してやんよ!」



これがお金の魔力というものか。


少年の心に変なエンジンがかかっている。



「ええっと……。ちょっとタイムで」


「おうよ!」



威勢の良い声を背に受けながら、三人と額を突き合わせた。



「で、実際問題、どうしましょうか。ここで何を言っても着いて来そうな勢いになってますけど、どうすれば諦めてくれるのか……」


「うん?どうして諦めさせるのだ?案内させれば良かろう」


「連れ込み宿の場所しか知らないのに、ですか?……まさかとは思いますけど、行きたいんですか、理緒?」


「ち、違っ……。そうではなくてだな。あの子はこの街の内情に多少なりとも詳しいのだろう?宿の場所は案内できずとも、あまり近寄らない方が良い場所を避ける事ならできるのではないか?」


「ああ、言われてみれば、確かに……。危険を未然に回避する意味では役に立つか……」


「……それに、だ。何だか放って置くのは忍びないぞ。受け取った報酬に見合うだけの働きをしようとする、その心意気、大いに感銘させられる。あの子の心意気に応えるのは、渡世の義理というものだろう」


「な、なるほど?そういうもんですか?」


「そういうものだよ、義兄上」



ムチムチさんがウンウンうなずきながら言った。


少年の態度が琴線に触れたらしい。案内役の継続に割と好意的だ。



「魅雪はどう思う?さっきオンボロなお店に連れて行かれたし、またああいう所に案内されたら嫌だよね?」


「ううん、嫌じゃないよ。あのお店、楽しかったの」


「……楽しかったの?」


「お店の中、たくさん面白いのあって楽しかったよ」


「まあ確かに、品揃えだけは豊富と言えば豊富だったけど……。でも、ほとんどガラクタみたいな物しか置いてなかったよ?」


「面白かったの。ガラクタばっかりだったけど」


「ああ、ガラクタばっかりだったのは否定しないのね……」


「もっともっと色々なお店に案内してもらうの。きっと楽しいよ」



魅雪がワクワクした表情で言った。


ボロい外観に見合うガラクタだらけのお店は、意外と受けが良かったらしい。案内役の継続にかなり好意的だ。



「黒夫はどうだ?さっき変な臭いのする家に連れて行かれたし、またああいう所に案内されたら嫌だよな?」


「ふんっ。オレは器が大きいんだ。変な臭いの一つや二つ、気にしないぞ」


「……俺が髪の色を変えた時は、全力で拒否ってたじゃねえか、お前」


「そんな昔の事は忘れた!……とにかく、オレはどこに案内されたって平気だ。あいつが案内したいって言うなら、させてやればいいだろ」



黒夫がそっぽを向きながら言った。


なんかちょっとデレてる気がする。まだ少年と出会ってから1時間くらいなんだけど。人間嫌いの猫みたいな態度はどこへやったんだ。



「フェアはどう?何かある?」


「……………………」


「……あの、フェア?何かある?何も無い?」


「……………………」



フェア、黙して語らず。左肩に座ってニコニコ笑っているだけだった。


是でも非でも無く、どうでもいいという事だろうか。



「改めて、確認します。このまま案内を続けてもらうのに賛成の人は?」


「私は賛成だ」


「賛成なの」


「賛成してやってもいいぞ」



案内役の雇用継続に対して、賛成3、反対1、白票1。


自分の方が少数派だ。なんか物凄く釈然としない。


うちの子達、ほだされるの早すぎないかな、これ。


第一印象の悪さ、自分の中ではまだ消化しきれてないんだけど。


少年をお供に街中で行動するのは、あまり良い気分ではない。



「なーなー、おっちゃん様ー、まだかー?」



合理的に考えれば、案内役の雇用継続は悪くない。


こちらの素性を貴族のボンボンとその従者だと勘違いしているようなので、身バレの危険は低い。


ストリートチルドレン達のリーダー格(自称)であれば、危険な地域と安全な地域の見極めはそれなりに得意だろう。


確かに、悪くは無い。ただし、良くも無い。


少年が普通の宿屋を案内できない事実は変わらない。


あまり良い気分ではないのに、それを抑えてまで案内役を任せるほどの利点は見出せない。



「……とりあえず、大きな通りまで案内をお願いできますか?」


「おう、任せな!」



大きな通りまで出れば、人も増えるだろう。


少年より有能な案内役が見付かる可能性は高い。


それまでは、このままでもいいだろう。


一時妥協する事にした。






妥協はすぐに唯一無二へと変わった。


少年の先導に従い、住宅地を抜けて、表通りへと出るまでは順調だった。


まだ午前の早い時間帯ではあるが、そこそこの人出がある。


思った通り人は多かったが、しかし、思った通りに別の案内役を探す事はできそうになかった。



「……これは……声をかけるのも無理そうだな……」



通りを行き交う人々の反応は散々だった。


一度こちらを見て、ギョッとした顔で二度見して、慌てて視線を逸らす。


こちらを避けて通りの端へと身を寄せ、息を潜めながら横目にチラチラと様子をうかがい、通り過ぎるのをただ静かにジッと待つ。


こちらから少しでも距離を詰めようとすれば、声をかけるよりも早く、足早に立ち去って行く。


取り付く島もありゃしない。


首から上を包帯でグルグル巻きにした不審人物のインパクトは、こちらが想定していたよりも遥かに大きかったようだ。誰も彼も関わり合いになりたくないと無言の態度で物語っていた。



「……仕事しろよ、衛兵……いや仕事しなくていいと言えばいいんだけど……」



一般人は仕方が無いとして、衛兵らしき格好をした人まで反応が同じである。


不審人物を全力で回避する衛兵。税金泥棒にもほどがある。


こちらとしては、碌に仕事もしないような碌でも無い衛兵の方が都合は良いのだが、さすがにこれはどうかと思う。



「スゲー。めっちゃ歩きやすいなー」


「ふふっ、これはこれで悪くない。なかなか爽快な気分になるではないか」


「言ってる場合ですか。これじゃ道を尋ねる事もできませんよ」



さながら救世主が海を割るかの如く、ただ歩くだけで人の波が割れて行く。


歩きやすければいいってもんじゃない。




状況は絶望的と言わざるを得ない。


不審者スタイルのムチムチさんが一番の問題だが、次点で問題なのが案内役の少年だ。


この少年、臭い。


スラム内にいた時は全方位悪臭まみれだったので、あまり気にならなかった。


そこそこ人出があってそこそこ空気がキレイな表通りに出たら、かなり臭いが気になる。


最後にお風呂に入ったのがいつなのか気になる。


他の人達からは完全に避けられている。もうこうなってしまったからには、ここから先も引き続き少年に案内役を頼むしかないだろう。


代役がいない。他に選択肢が無い。


そうと決まれば、街中を探索する前に、まずは少年の臭いを少しでもマシにしたい。全身を水拭きでもすれば、今よりは多少はマシになるだろう。そのためにも、急いで宿の部屋を確保したい。



「理想を言えば、宿のグレードは高すぎず低すぎず、利用しているお客さんの数は多すぎず少なすぎず、四人一部屋で泊まれるような部屋のある宿がいいんですけど。そういう宿、心当たりはありませんか?」


「えー、なんでそんなに条件あんだよ。おっちゃん様、カネあんだし、どっか高いトコじゃダメなのか?」


「こちらにも色々と事情がありまして、あんまりお高い宿はちょっと……。できるだけ普通の宿がいいんです」


「ふーん、フツーねー」



高級宿は、できれば避けたい。自分は城で3週間生活していたので、少人数ではあるが、顔を見られている。印象に残りにくいモブ顔ではあるが、万が一の事を考えると、城に出入りできる身分の人間が泊っているかもしれない宿には泊まりたくない。


安宿も、できれば避けたい。衛兵が税金泥棒なせいで、この街はあまり治安が良くない。宿代の安い所では、思わぬトラブルに巻き込まれるかもしれない。


連れ込み宿も避けたい。理由は同上。


とにかく普通だ。普通の宿に、普通に泊まりたい。普通が一番だ。



「じゃーさー、あそこなんかいいんじゃね?」


「あの宿ですか?知っている宿ですか?」


「いや?全然知らねーけど?でもなんかフツーっぽくね?」



少年、適当すぎる。マジメに案内する気あるのか。



「……とりあえず入ってみましょうか」



少年を含め、まともな宿屋の情報を誰も持ってない。悩むだけ無駄だ。当たって砕けろ。



「ごめんください」



表通り沿いにある宿に入る。


受付カウンターには中年男性がいた。眠そうな顔で、帳簿らしきものをめくっている。



「いらっしゃ……いませ……っ……!?」



こちらを見た瞬間、中年男性は目を見開き、露骨に顔をしかめた。


仮にも客商売なのに、それでいいのか。少しは隠す気無いのか。



「おはようございます。朝早くにすみませんが、今晩こちらの宿に一泊したいのですが、予約はできますか?」


「……っ……宿泊のご予約でございますか?」


「はい。できれば四人一部屋でお願いしたいのですが」


「……少々お待ちください」



しかめっ面の中年男性は、カウンターの下から宿泊台帳らしきものを物凄く慌てたような大袈裟な動きで取り出し、こちらにも聞こえるくらいバサバサと大きな音を立てて派手にめくり、パタンッとこれ見よがしに閉じてカウンターに置いた。


そして、深々と頭を下げた。



「お客様、大変申し訳ございません。本日は全室予約が入っておりまして、空きがございません」



中年男性はしかめっ面のまま、慇懃無礼に言った。


その言葉を聞いていると、服の裾を引っ張られた。



「義兄様、こいつ嘘吐いてる」


「……そうか」



だろうね。見りゃわかるよ。


自分はこの手の機微に疎い方だが、疎い自分にもわかるくらい態度が露骨だ。


頭では、わかっている。宿屋の店主の反応は、ある意味、当然だ。


宿屋にだって客を選ぶ権利くらいあるだろう。


首から上を包帯でグルグル巻きにした不審人物を泊めたくなくて嘘を吐いてしまう事だってあるだろう。


頭では、わかっている。わかっていても、ムカつく。ムカつくものはムカつく。


このまま引き下がるのは気に入らない。それに、どうせ他の宿屋に行っても大なり小なり似たような対応をされるだろう事は容易に想像が付く。ここで引き下がっても良い事は無い。



「ご主人、本当に部屋は空いていないのですか?」


「はい。それは勿論――」



カウンターに、金貨を4枚置いた。



「本当に?」


「あっ、えっ、そ、それは、その……っ……」



様子見のつもりで置いてみたら、思った以上に反応が大きかった。


この店主、客商売しているのに取り繕うのが下手すぎる。低血圧で寝ぼけているのだろうか。


素人目にも、わかりやすい。特に目が露骨だ。金貨に釘付けになっている。


微妙に古ぼけて小汚い金貨でも、ちゃんと金貨として機能するらしい。



「今はまだ朝も早いですし、頭もまだ半分眠っていてもおかしくないような時間帯です。こんな時には『ついうっかり』予約の空きを見落としてしまう事もありますよね?」


「そ、それは……、そ、そのような事もあるかもしれません」


「もう一度、確認して見てはいかがでしょう。今夜一晩、四人一部屋、予約に空きがあるかどうか」


「し、少々お待ちくださいませ」


「ええ、いいですよ。今度は『ついうっかり』しないでくださいね?」



言い訳を用意してやると、店主は再び宿泊台帳を手に取った。


先程とは打って変わり、一定のペースでゆっくり丁寧にめくっている。


目が泳いでいて、明らかに台帳を見ていない。


おそらく、この店主はまだ迷っている。金貨を取って不審人物を泊めるか、金貨を諦めて不審人物を追い返すか。


迷っているのなら、背中を押してあげればいい。バンジージャンプできない芸人の背中をそっと押してあげる親切なADのように。



「ご主人」



カウンターに、金貨を追加でもう4枚置いた。



「四人分の宿泊費はこれで足りますか?」


「もちろんでございますっ!」



お金で問題が片付くなら安いものだ。






予約を取ってすぐ、部屋にそのまま通してもらった。


幸運にも、ちゃんと四人部屋だった。


幸運にも、朝から普通に空いていた。


この宿屋、好立地の割には客入りが悪そうだ。経営不振なのかもしれない。


おかげで店主は金で簡単に転んだし、本当に幸運だった。


経営不振で良かった良かった。客商売の下手な店主で本当に良かった。幸運だ。



「義兄上、随分と大盤振る舞いしたものだな。あんな惜し気も無く」


「お金は使うものですよ。後生大事に抱え込んでいても意味無いでしょう」



ムチムチさんが呆れたような顔をしていた。


自分としては、惜しくも何とも無い。


金貨なのに金貨らしい重みが無く、小汚くてありがたみも無い。コレクションする気も起きない。


どうせ街中でしか使えないし、無人の荒野に持ち帰ってもゲーセンのメダルと同程度の存在価値しか無い。今日中に全て使い切ってしまって構わない。


もし使いすぎて足りなくなれば、また質屋に行って補充するだけだ。


通勤カバンの中には、江戸切子9980個ストックがある。


金貨の事はどうでもいい。そんなものより、今は少年の臭いが問題である。これはお金で解決できない。



「さて……。それでは、ちょっと服を脱いでもらえますか?体を拭きますので」


「……へっ?」



少年に言うと、一瞬、硬直した。直後、顔を真っ赤にした。



「おおおオイラに服脱げってか!?金貨はそーいう事か!?そーいう事なのか、おっちゃん様!?オイラなんかに目ぇ付けるとか趣味悪すぎねーか!?」


「いや話聞いてた?体を拭くんですよ。あんまりにも体臭が酷いから」


「体臭が酷いから!?えっ、体臭!?酷いの体臭!?」


「あんまりにも臭すぎて街歩きに支障があるので、ここで体を拭いて少しでも臭いを減らしますよ。服、脱いでください」


「そ、そんな……そんなに臭うの……っ……!?」



自分としては、問題解決のために最善の提案をしたつもりだった。



「……義兄様」


「……お義兄ちゃん」


「……義兄上」



気が付いたら部屋の外にいた。


ドアは閉まっていた。



「どういう事!?」


「義兄上。この子の身に関しては、私が請け負おう。外で待っていてくれ」


「なんで!?」


「なに、すぐに済む。こういうのは得意なのだ」


「いやだからなんで!?って言うか外に出る必要ある!?無いですよね!?」


「……前々から思っていた事ではあるのだが、義兄上は時々、著しく配慮に欠ける事があるな。いいからそこで待っていてくれ」



何故か部屋の外で待ちぼうけを食らう羽目になった。何故だ。



「……こんな時でも一緒にいてくれるのはフェアだけだよ……」


「……………………」



フェアは左肩に座ったまま何も言わず、静かに笑顔を浮かべていた。


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