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26.電設のヒデオさん、塩の買い出しに行く。


ムチムチさんと離れた後、少しだけフェアに愚痴を溢した。



「ねえ、フェア。ああいう場面では、できれば止めに入って欲しいんだけど」



正座待機でガン見するのは勘弁してもらいたい。



「わたしは要請に応える者です。それが本当に要請されている事なら応えます。ますたー」


「……そう」



ストッパー役は期待できそうになかった。






そして3日後、午前2時。



「はい皆さん注目してください。あ、食べながらでいいよ」



かなり早めの朝食を取りつつ、全員の顔を見回した。



「本日、最寄りの街まで塩の買い出しに行きます。全員、予定は覚えていますか?」



こちらの言葉に、反応は四者四様だった。



「はい。予定は覚えています。ますたー」



フェア、いつもと変わらず。いつもの笑顔が頼もしい。



「お・か・い・も・のー!」



魅雪、超ハイテンション。


なんかヤバイ目付きでキュウリをバリボリ食っている。街に連れて行くと約束してからというもの、ボルテージ上がりっぱなし。不安だ。



「またあの耳を潰した格好するんだよな……」



黒夫、超ローテンション。


あの後、不貞寝から起きたら機嫌は回復していたのだが、お試しで猫耳を隠す格好をさせたらまた機嫌が下降して、説得するのが本当に大変だった。


猫耳を押さえつけられるのが嫌なようだ。タオルの当て方や、包帯の巻き方など、できるだけ猫耳を圧迫しないように気を付けるつもりではあるが、どうしても限界はある。申し訳無いが、我慢してもらうしかない。



「……ふわぁあぁぁ~……ねみゅぃいぃ~……」



ムチムチさん、いつもと変わらず。超不安だ。


不安があろうと、行くしかない。もう腹をくくるしかないのだ。だって塩はもう限界なのだから。



「念のため、出掛ける前にザッと予定をおさらいしておきましょう。フェア、しおりを表示して」


「はい。しおりを表示します。ますたー」



リビングのテレビに、塩の買い出しのしおりを表示した。






本日の行動予定は以下の通り。


午前2時、起床。朝食。朝食後、耳や角を隠す変装をする。


午前3時、出発。移動手段は、折り畳み式の電動アシスト付き自転車。


前日までに練習時間を取り、黒夫と魅雪は完璧に自転車を乗りこなせるようになっているので、自力で移動。


ムチムチさんは習得が間に合わなかったので、自分の後ろに乗ってもらう。この世界には道路交通法など無いので、普通に二人乗りである。


午前4時、街に到着。目的地は王国南西端の街。


家から街までの間には特に大きな障害物は無いものの、碌に整備された道も無いので、安全運転で進む。


日の出前、最も人間の意識が緩む時間帯を狙い、街に潜入する。潜入には不正規の裏口を使用する。


街に潜入して以降は、全員一塊となり、はぐれないように行動する。目立たない事を第一とし、もしも誰何されても、慌てず騒がずやり過ごす事を心掛ける。常に冷静さを保つのが肝要である。


街中では、まず最初に質屋を探す。ガラス製品を売却し、活動資金を得る。


続けて、宿を探し、部屋を確保する。部屋のグレードは問わないが、できれば全員一緒に泊まれる部屋を探す。バラけるのは避けたい。


部屋を確保後、塩を売っている店を探し、塩を購入する。塩の品質の判定は、黒夫の嗅覚を頼る。なるべく高品質の塩が欲しいところだが、とりあえず実用に耐え得る品質であれば贅沢は言わない。粗悪品の購入を避けるのを優先する。


街中での活動に要する時間は不明である。商店の位置情報など、街中に関する詳細な情報は無い。現地の人間からうまく情報収集できれば良いが、果たしてどうなるか。良く言えば臨機応変、悪く言えば場当たり的な対応になる。


もしも早期に目標が達成できた場合は、余った時間で街を巡り、塩以外の商品などを見て回り、今後の生活に有用そうなものがあれば購入する。ただし、これは最も優先順位の低い行動である。過剰な期待はしないように。


お買い物ができなくても絶対に泣かないという約束ができなければ、街へは連れて行けない。


お買い物の後は、夕食を済ませ、宿に泊まる。


翌、午前3時、起床。起床後、街での購入品を再確認。


万が一、不備が見付かった場合は、そのまま街に残り、塩の買い出しを継続する。


不備が無い事が確認できたら、脱出の準備をする。


午前4時、街を脱出。脱出には不正規の裏口を使用する。


午前5時、帰宅。


以上。



「いいですか。家に帰るまでが塩の買い出しです。最後まで気を抜かないようにしましょう。わかりましたね?」


「「「はーい」」」



とっても良いお返事である。何故だろう、余計に不安が増す。



「それと、事前に申し合わせた通り、塩の買い出しが終わるまでは呼び方を変えてください。私の事を『おじちゃん』とか『ニンゲン』とか『ヒデオ殿』とか呼ばないように。実の兄に接するつもりで呼んでください。いいですね?」


「うん、わかったの。おじちゃ――……、お義兄ちゃん」


「わかってるぞ。ニンゲ――……、義兄様」


「ああ、承知している。ヒデ――……、義兄上」



塩の買い出し中は、なるべく目立たない呼び方に変える。


特に『ヒデオ殿』呼びはマズい。自分の本名は王国に知られている。


地味に『ニンゲン』呼びもマズい。人間ではないと暗に自白しているようなものである。


ついでなので『おじちゃん』呼びも変える。別に深い意味は無い。


慣れない呼び方は若干ぎこちないが、この際、目をつむる。


あまり外見が似ていないのを逆手に取り『片親の異なる四兄弟がつい最近一緒に生活するようになった』という設定で行く。


複雑な家庭っぽく匂わせれば、多少の不自然さはカバーできるだろう、多分。



「確認事項はこんなもんかな……。他に何か気になった事があれば、その都度、言ってください。塩の買い出し中には、どんな不測の事態が起こるかもわかりません。些細な気付きでも一人で抱え込まず、報告・連絡・相談は密にして、気を抜かないように行動しましょう。皆さん、いいですね?」


「「「はーい」」」



やっぱり不安だ。でも行くしかない。






さっさと朝食を済ませて変装したら、出発前のトイレタイム。


こういう細かい部分で気を抜くと、思わぬトラブルが発生するので、注意が必要である。



「オレ、出ないぞ」


「つべこべ言わずに絞り出しとけ」



魅雪は1階のトイレにすでに入っている。


渋る黒夫を2階のトイレに放り込む。


二人がトイレに入っている間に、ムチムチさんには確認しておく事がある。



「……それで、ムチムチさん。街中で使う名前は思い付きましたか?」



自分の本名ほどでは無いが『ムチムチさん』という呼び名もマズい。


『黒夫』や『魅雪』は大丈夫だと思うが、どう考えても『ムチムチさん』は悪目立ちする気しかしない。


事前に、街中で呼ぶための名前を本人に考えてもらっていたのだが、いまだに回答が無かった。



「……どうしても変えなければダメなのか、義兄上?」


「ダメです。変えてください」


「……実を言えば、良い名が思い浮かばなかったのだ。義兄上が考えてくれないか?」


「何度も言ってるでしょう。自分の名前くらい自分で考えてください」


「何度も言っているだろう。本当に思い浮かばないのだ」



無理難題を言っているつもりは無いのだが、ムチムチさんはずっと名前を決めかねていた。


さっさと決めて呼び慣れておきたかったのに、気が付けば出発直前である。



「大体、これはとても不公平だと思うのだ」


「不公平?何がですか?」


「私だけ自分で自分の名を考えるという事が、だ。皆と同じように、私も義兄上のくれた名で呼ばれてこそ公平というものだろう?」


「何を言ってるんですか。大人と子供の扱いが同じになるはずないでしょう」


「今回限りとは言え、私は義兄上にとって義妹になるのだから、少しくらい良いではないか、義妹に甘い顔をしてくれても」


「なんでここで兄弟設定を持ち出すんですか。街中で誰かに問われた時のためだけに作った設定ですよ。今は関係無いでしょう」


「そこはほら、何と言うか、より思い入れを深くする事によって真実味が増すと思うのだよ。義兄上から名を贈られた義妹だと思い込む事によって、より義兄妹らしい雰囲気を醸し出せると思うのだ。うん。そのためにも、ここは一つ、私の名は義兄上が考えるべきなのだ。他の義妹の名も義兄上が考えた事であるし、ここで差を付けるのは良くない。実に良くないぞ、義兄上。さあ、私の名も考えてくれ。皆にそうしたように、な」


「……こだわりますね」



大人なのに、変な所で子供っぽい。


普通に考えたら、自分の名前は自分で決めたいと思いそうなものだが、それよりもみんなと一緒という事の方が重要なようだ。



「どうしても、私に決めさせたいんですか?」


「どうしても、だ」



もう出発まで時間が無い。こちらが折れる事にした。



「しょうがないですね。それじゃあ、名前は『理緒』にしましょう」


「リオ?」


「どうですか?嫌なら変えますけど?」



こんな事もあろうかと、昨日丸一日、必死になって名前を考えておいた。


昨日は名前を考えるだけで本当に丸一日潰してしまった。女性の名前を考えるだけで丸一日潰すとか、我ながらキモい。


最初は、ムチムチさんは『ムチムチさん』という呼び名を気に入っているようなので、縮めて『無知』という名前を思い付いた。これはさすがに酷すぎるので却下した。


次に、ムチムチさんを見ていたらムクムクしてくるから『無垢』という名前を思い付いた。さすがにセクハラに次ぐセクハラはあんまりすぎるので却下した。


その次に、全身プリンプリンで特に胸部にとっても立派なプリンをお持ちの人だから『倫』という名前を思い付いた。さすがにこれもあんまりすぎるので却下した。


その後も思い付くのは変な由来の名前ばかりで、本当に昨日は丸一日難儀し通しだった。


それでも、どうにかこうにか諦めずに頑張って考えに考え抜いた末に、ようやく捻り出した名前が『理緒』である。頭から湯気が出るかと思うくらい考えに考えた抜いた末の名前である。


嫌だと言われたら泣ける。



「……リオ、か」


「ええっと、理緒と呼ばれるのは嫌ですか?」


「……いいや、良い名だ。リオ。うん。リオ。凄く良い名だと思う」


「そうですか。それは良かった――」


「だがしかし!不公平だ!あまりにも不公平だぞ、義兄上!これは一体どういう事なのだ!?」


「ふ、不公平?な、何がですか?」


「どうして私の名を決める時だけ、そんな適当なのだ!皆の名を考えた時は、もっと思い悩んでいたのに!」


「い、いや、誤解ですよ、それ。ちゃんと思い悩んで、考えに考え抜いた末の名前ですよ」


「どこがだ!今さっきポッと簡単に出してきたではないか!」


「そ、それは……」



勘違いです。丸一日かかってます。


……なんて言えるはずもない。


もしも自分が逆の立場なら、そんな事を言われたら確実に引く。丸一日て。



「もう!私ばっかり!どうしてそんなに扱いが雑なのだ!」


「だから誤解ですって。ちゃんと大切にしてますよ」



詰め寄られて、なんかポカポカ胸を叩かれた。


ムチムチさんは腕力が貧弱なので、全然痛くない。むしろ可愛い。


美人な上に可愛いとか反則みたいな人である。


こういう可愛い姿、あんまり間近で見せられると困る。


実の父親と同じ『人間の男性』というものを過剰に意識しているせいなのか、とても大人の女性とは思えないほど距離の取り方が下手で不安定で危なっかしい。


本人が危なっかしい分、こちらが余計に気を遣っているつもりなのだが、当の本人はそれがお気に召さないようだ。


ムチムチさんを適当になだめていたら、魅雪がトイレを済ませて出てきた。



「お義兄ちゃん。いっぱい出たよ」


「ああ、うん、それは良かったね。でもそれは報告しなくていいから」



報連相が重要とは言っても、さすがにそこまでは求めていない。



「ほら、ムチムチさん――……いや、理緒。トイレ空きましたよ」


「むぅ……。話をはぐらかす気か、義兄上」


「時間が押してるんで、いいからさっさと済ませてきてください」



むくれるムチムチさんをトイレに追いやる。


二人きりになった魅雪に向き直る。



「さて……。魅雪、頼んだ事は覚えてる?」


「うん、覚えてるよ、お義兄ちゃん」


「そう。それならいいんだ。じゃあ先に外に出て待ってて」



事前に頼んでいた事を、魅雪はちゃんと覚えている様子だった。それだけ確認して、魅雪には先に外に出ていてもらう。


少し遅れて、黒夫がトイレを済ませて下りてきた。



「長かったな。でっかい方か?」


「にゃああああっ!」



顔を引っ掻かれた。



「イッテェッ!?何しやがんだ、この野郎!」


「ふんっ、オレは悪くないぞ。義兄様が変な事を言うのが悪いんだ」


「くそっ、開き直りやがって。イテテッ……」



たかが大か小か確認しただけで引っ掻くとか、神経質な猫である。



「まあいいや。黒夫、頼んだ事は覚えてるか?」


「ふんっ、覚えてるぞ、義兄様」


「そうか。それならいい。先に外で待っててくれ」



事前に頼んでいた事を、黒夫はちゃんと覚えている様子だった。それだけ確認して、自分もトイレに入る。



「……はぁ……本当にこれでうまく行くのかねぇ……」


「成功確率は算出不能です。ますたー」



不安があっても出すものは出す。出しながらも不安は尽きない。




前日までに、黒夫と魅雪にはそれぞれ個別に話をして、頼み事をした。


黒夫には『魅雪が迷子にならないように気を付けて欲しい』と頼んである。『警戒心の強い黒夫が一番頼りになる』と言ったら張り切っていた。


魅雪には『黒夫が迷子にならないように気を付けて欲しい』と頼んである。『お買い物に真剣な魅雪が一番頼りになる』と言ったら張り切っていた。


ちなみに、ムチムチさんには特に何も言っていない。大人なので、わざわざ言わなくても子供達が迷子にならないよう注意を払ってくれるだろう。



「……フェア。靴に仕込んだ発信機、ちゃんと機能してる?」


「はい。ちゃんと機能しています。ますたー」



自分の分も含め、あらかじめ全員の靴には発信機を仕込んである。万が一、はぐれてしまった際の最後の保険である。


これは誰にも教えていない。油断して迷子になったら本末転倒なので、教えるつもりは無い。


後でバレたら揉めそうな気がしないでもないが、その時はその時。今は目先の迷子対策を優先する。


この段に至っては、他の何より迷子が怖い。黒夫も魅雪も身体能力が尋常では無いので、それを遺憾無く発揮されて迷子になられたら、とてもじゃないが手に負えなくなる。


心配して心配しすぎるという事は無い。



「いざという時はフェアが頼りなんだ。頼むよ、フェア」


「えへへー。どんどん頼ってください。ますたー」



出すものは出した。出発だ。


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