25.電設のヒデオさん、打ち明けられる。
人間の街に魔族を連れて行くリスクは考慮している。
リスクを考慮した上で、それでも連れて行く判断をした。
ベースが人間に近い外見の三人なら、バレずに済ませられる見込みがある。もしこれが完全に人間とは容姿の異なる狼男や、単眼のサイクロプスや、全身が鱗に覆われたリザードマンなどであれば、さすがに連れて行かない。
それに、どうせバレたらヤバイのは自分も同じだ。
逃げた勇者と魔族とではバレた時のヤバさの方向性が違うが、方向性は違えどヤバイものはヤバイのだから、所詮は同じ穴の狢。バレたらヤバイのが一人でも二人でも四人でも似たようなものだろう、多分。毒を食らわば皿までだ。
半ばヤケッパチ気味である事は否定しない。
魅雪にギャン泣きされなければ全員行動は避けたかったが、今更言っても始まらない。
「すまない、ヒデオ殿……、本当にすまない……、私達が本当は人間ではないという事を黙ったまま、この家に居付いてしまって……、貴殿を騙すような真似をして……、いいや、違う……、正真正銘、貴殿を騙して……、貴殿が無知なのを良い事に、言うべき事も言わず……、貴殿の善意に助けられながら、何という酷い裏切りを……、すまない、本当にすまない、ヒデオ殿……」
そういうつもりで考えていたので、今更、涙ながらに打ち明けられても、どうしろと。
なんかもう本当に物凄く今更すぎる。
大体からして、エルフは耳の形が変な人間だと言い張れなくもないかもしれないが、猫耳だの角だのが生えてる奴を人間だと勘違いするマヌケがいる訳が無い。
……と言いたい。物凄く言いたい。
しかし、そうとは言えない雰囲気だった。
「……すまない……本当にすまない……ヒデオ殿……っ……」
良心の呵責に耐えかねたのか。正体を告げて拒絶される不安に耐えかねたのか。ムチムチさんは堰を切ったように泣きじゃくっている。
こちらとしては、ムチムチさんのために知らないフリをしていたつもりだった。
良かれと思って知らないフリをしていたら、ムチムチさんは自滅寸前まで自己の精神を追い込んでしまい、この惨状である。
こんな惨状を目の当たりにしては、今更、言えない。とっくの昔に気が付いていました、なんて。
あまりにも気まずすぎて、言えない。
言うべき時に言うべき事を言いそびれると、こうなる。
「な、なんだってー。人間ではなかったとはー。それは大変だー」
もう乗るしかないのだ、このグダグダな波に。
降りたい。
「ますたー」
「何も言わんといて」
泣きじゃくるムチムチさんを、抱き締めて慰める。
そんな自分の姿を、フェアが見ていた。いつもと変わらぬ笑顔だった。
この世界の住人にとって、ステータス表示を控えるのは常識である。そんな常識的な事情ですら、自分は知らなかった。
ムチムチさんから見て、自分は『超ド田舎出身の常識知らずなお人好し』という認識になっている。
当然、魔族の事も知らないはずだ、と思い込んでいる。それくらい常識知らずだと思われている。
盛大な勘違いである。しかし、あながち完全に勘違いとも言い切れないのが、また微妙に悩ましい。
ついさっきまで三人とも魔族(推定)だったのが、ムチムチさんの自白により、魔族(確定)となった。
限りなく黒に近い灰色だったものが黒になっただけなので、実質的にはほぼ変化無しなのだが、それはそれ、これはこれ。
ここで真実を暴露しても誰も幸せになれなさそうなので、魔族(推定)の事は黙っていよう。
言わぬが華である。もう今更である。
「な、なんだってー。人間と魔族が争っているだってー。それは大変だー」
ムチムチさんを慰めつつ、懺悔するように訥々と語られる魔族関連の話に適当に相槌を打つ。正直、あんまり集中して話が聞けない。
「……あの、ヒデオ殿。大変と言う割には、随分と冷静ではないか?」
「はっはっはっ。まっさかー」
冷静じゃありませんよ。
ある意味、大混乱ですよ。
言えないけど。
「……ともあれ、だ。人間は私達の事を魔族と呼び、蔑んでいる。人間からの強烈な蔑視が原因で、一部では殺し合いすら発生している有様なのだ」
「なるほどー。そうなんですねー」
「人間とそれ以外の種族がそういう関係である以上、私達は人間の街には行けない。すまないが、塩の買い出しは貴殿一人で行ってくれないだろうか」
「あ、いえ、それとこれとは話が別です。全員一緒に行きますよ」
「な、何故だ!?私の話を聞いていなかったのか!?」
「聞いてましたよ。でも、まあ、何とかなるんじゃないですかね」
「軽っ!?貴殿は事の深刻さをわかっていないのか!?」
「はいはい、落ち着いてください」
情緒不安定なムチムチさんを落ち着かせようと、柔らかい体を緩く抱き締めたまま、軽く背中をさする。
理性が辛い。
「大丈夫ですよ。街に行くためのリハーサルなら、さっきしたでしょう。何とかなりますよ」
「あ、ああ、あれか。予行演習というのは口実で、貴殿の特殊な趣味を満たしているのかと思っていたぞ」
「全然違います」
この人の中の自分は一体どんな特殊プレイ大好き野郎になっているのだろうか。
いっそ嘘から出た実にしてやろうか、なんて危険な思想が脳裏をよぎる。
「……ヒデオ殿。くどい様だが、改めて聞く。本当に私達を連れて街まで行くつもりか?」
「ええ」
「……そうか」
「まあ、何とかなりますよ、多分」
「……そこは嘘でもいいから絶対と言い切って欲しいものだが」
「絶対大丈夫です」
「……っ……本当に言う奴があるか!」
「言い切って欲しいって言ったの、ムチムチさんじゃないですか」
「……ふっ、ふふっ……まったく、貴殿と言う男は……」
涙が尽きた後も、しばらくそうして言葉を交わし続けた。
魔族である事を打ち明けた事で、かなり精神のタガが緩んだのか、ムチムチさんは身の上話も少しだけしてくれた。
「母親がハイエルフで、父親が人間って……それはまた、何と言うか……複雑なご家庭ですね?」
ハイエルフの女性(故人)と人間の男性との間に生まれた子供。
言うなれば、ハーフハイエルフ。
ムチムチさんは、なかなかブッ飛んだ血筋だった。
普通のエルフからして見れば、王女様とオス猿が結婚して子供を産んだ、くらいのインパクトがあるのではないだろうか。
「ふふっ、家庭と言う意味では、そう複雑なものではなかったよ。母一人、子一人だったからな。単純だろう?」
「いやそれ世間一般では単純とは呼びませんよ。十分複雑な家庭です」
「そ、そうなのか?たった二人っきりだぞ?」
「人数の問題じゃありませんよ、そういうのは」
微妙に浮世離れした感があるのは、母親の影響だろうか。
複雑な家庭で生まれ育ったのなら、もっと世間擦れしていそうなものだが、どこかズレている人である。
「お父さんの事は聞いても?」
「ああ、構わない。とは言え、私もあまり詳しくはないがな。……母が身籠ったと知るや、姿をくらましてしまったそうでな。父の事は伝聞でしか知らないのだ」
「おおう……それはまた何とも……」
「里の皆が言うには、とても恐ろしい人間だった、と。母を賭けて次期里長と対決した事もあるそうなのだが、次期里長が全く歯が立たなかったと聞いている」
母親がハイエルフという事は、次期里長という男性もハイエルフか、あるいはそれに見合う実力の持ち主だろう。そんな相手が歯が立たないほどの実力を持った人間って、どんな人間だ。そんな規格外の人間、並みの勇者よりも強いのではないだろうか。
普通のエルフからして見れば、王女様とオス猿の結婚ではなく、王女様とオスゴリラの結婚みたいなものだったのかもしれない。
とある動物園にはイケメンと評判のゴリラがいて、人間の女性のファンが多数付いている、という話を聞いた事がある。それと似たような存在だろうか。そこいらのモブ男よりもモテる上に、無手のスペック比較なら人間の男性よりも圧倒的に強い。
「お母さんからは、お父さんの話は聞いていないんですか?」
「聞いた事はあるのだが、あまり詳しく話してくれなくてな。特に父の素性に関しては、実の子であっても言えない、と。教えてくれたのは『さる高貴な身分の御方』という事くらいだ」
「高貴な身分?貴族って事ですか?」
「わからない。何度聞いても、はぐらかされたよ」
冷静になって考えてみれば、無理も無い。
母娘を捨てていなくなった男の事など、憎んでいて当然だ。
母親としては、そんな憎い男の話を娘に聞かせたくはないだろう。
「……貴殿は思い違いをしているかもしれないが、母は父を嫌ってはいなかったし、悪く言った事は一度も無かったよ。むしろ母は、里の皆が父を悪し様に言うたびに、それを否定していた。父は決して自分達を捨てたのではない。今は離れ離れになっていても、自分達は想いが通じ合っているのだ、と」
「……………………」
「母はずっと父を信じていた。父はその身に負う責務を果たすために旅立ち、いずれ責務を果たし終えた暁には、自分達を迎えに来てくれるのだ、と。ずっとそう信じて、信じ続けて……、最期まで笑ったまま……」
「……そうですか」
ある意味、母親は幸せだったと言えなくはないのかもしれない。
自分なら、そんな幸せは絶対にお断りだが。
「……ヒデオ殿。貴殿には本当に悪い事をしたと思っている。すまない」
「いいですよ、もう。さっき散々謝ってもらいましたし」
「この身が人間ではない事を隠していた事では無い。いや、それも悪かったとは思っているのだが、そうではなくてだな……。私にとって、人間の男性と言えば、まず脳裏に思い浮かぶのは父の事なのだ」
「まあ、それはそうでしょうね」
「初めて貴殿を見た時、貴殿に父の影を重ねた。顔も知らないというのに……、身重の女を捨てていなくなるような男の影を貴殿に見ていたのだ」
「……それは……」
「貴殿がそういう男ではないという事はすぐに知れた。……だが、それでも、影を振り払う事はできなかった。人間の男性であるという以外、父とは何ら共通点など見出せないと言うのに」
「……………………」
「……実を言えば、今もまだ、私はその影を振り払えずにいる。貴殿は父とは違うと、わかっているのだ。それでも、どうしても、貴殿を信じきれない自分がいるのだ」
「……そうですか」
こういう時、聞き手はどういう顔をすれば良いものなのだろうか。
笑えばいいのか。
笑えないよ、この状況。
「信じなくていいと思いますよ」
とりあえず、気休めを言った。
「信じなくていいって……、貴殿は何を言って……」
「いや、実を言うとですね、ここで下手に信じてもらうと逆に困るんですよ。色々と限界が近いので、むしろ全力で疑ってかかってもらって、それ相応の対応をしてもらいたいと言いますか、もっと危機感を抱いていただきたいと言いますか、そういう感じなんですけど」
理性が割と深刻な状態に陥っているので、本当にどうにかして欲しい。
最初に泣き始めてから、もうかれこれ小一時間ほど抱き締めっぱなしである。さすがに限界が近い。
なんでこんなに柔らかくて温かくて凄くいい匂いするんだろう、この人。存在自体が理性に悪い。
すぐ横で、フェアがジッと無言の笑顔で見つめていなかったら、とうの昔に限界突破している。
そしてこのままだと遠からず限界突破する。
フェアが正座待機で見つめているのに、構わず押し倒したい誘惑に駆られている。いよいよ本格的にマズい。
「私を信じないのは正しい判断です。私に限らず、人間の男を安易に信じてはいけません。泣きを見ますよ。……お母さんみたいになりたくないでしょう?」
「母のように、か……」
我ながら『これは無い』と思うくらい、かなり嫌な言い方をした自覚がある。
自分としては、注意するつもりで言った言葉だった。
「……それも悪くないかもしれないな。ふふっ、悪くないぞ。うん、悪くない。ヒデオ殿、私を母のようにしてくれ」
「いや何言ってんですか?」
「……相手が貴殿であれば、最期まで幸せに笑っていられる気がするのだ。母がそうであったように、な」
注意が逆効果になっていた。意外と厄介なマザコンである。
こういうのをマザコンと呼んでいいのかどうかは知らないが、何か良くない感じにマザコンを拗らせている。
本当に面倒臭い、この人。
「こっちはムチムチさんのお父さんみたいな男になるのゴメンなんですけど。あんまり悪く言いたくありませんけど、妊婦を置き去りとか無責任すぎて普通に嫌ですよ」
「何なら責任を取ってくれても構わないのだぞ?母が望み続けながら終ぞ叶えられなかった夢を、娘の私が叶えるというのも悪くない。うん、悪くないな」
「悪いに決まってるでしょう。お断りですよ」
いくら相手が超絶美人さんでも、これは無い。
美人からの直々のお誘いに心が揺れないとは言わないが、さすがに嫌すぎる。
母親への想いが強すぎて代償行為のダシにされるとか、お互い不幸にしかならないだろう、こんなの。
「ここで手を出すような男を相手にして、本当に幸せになれるとでも思ってるんですか?……って言うか、前にも似たような話をしませんでしたっけ?」
「ふふっ、つれないな。またフられてしまうとは。とても残念だよ」
あまり残念では無さそうに言いながら、ムチムチさんはようやく体を離した。
本気だったのか、試されていたのか、微妙に判断に困る反応をしないで欲しい。
ホッとしつつ、心地良い熱と感触が離れていくのを残念だと思わずにいられない。我ながら未練がましい。
ムチムチさんの顔は泣き腫らし、目や鼻は赤くなっていて、まるで泣き疲れた子供のように気の抜けた表情をしていた。
それがまた、こちらの理性を酷く揺さぶる。
「そ、そう言えば、話したい事と言うのは、それで全部なんですか?もう他に何か大事な事を隠したりはしていませんか?」
気を紛らわせるために、苦し紛れの質問をした。
「か、隠し事など、な、無いぞ?う、うん、もう無いぞ?ほ、本当だぞ?」
「……………………」
めちゃくちゃ挙動不審だった。
隠し事が向いてないのに、どんだけ隠し事を溜め込んでんのよ、この人。
「……まあ、無理には聞きませんよ。最初にも言いましたけど」
「……すまない」
後々また問題になりそうな気がしたが、聞くのが面倒臭いので知らないフリをする事にした。
各キャラの外見設定等。
白木英雄:平凡なサラリーマン。ただし七三では無い。黒目黒髪。中肉中背。(現在は変装中につき、茶髪に青目)
フェア:スキル『電気設備』の妖精(仮)。体長20cmくらい。ワンピース姿。背中に生えている羽は、ガラス細工のアゲハチョウのような形状。虹色に煌めき、見る角度によって様々に色彩が変わる。
黒夫:黒猫の獣人。健脚。外見はほぼ人間の子供。体格は小学生相当。某有名小学校の制服を普段着にしている。猫耳。褐色の肌。黒目黒髪。猫っ毛のショート。しっぽは短いカギしっぽ。ズボンに隠され、見せてくれない。
魅雪:双角の白鬼。剛腕。外見はほぼ人間の子供。体格は小学生相当。某有名小学校の制服を普段着にしている。額から生えている二本の白い角は、親指の第一関節くらいの形状。肌は色白。瞳は紫色。純白の絹糸のようなサラサラのストレートロング。髪先は腰の中ほどまで。
ムチムチさん:美人さん。妖艶。エルフ耳。肌は色白。瞳は金色。髪は灰色。剛毛。髪先は肩甲骨の中ほどまで。うなじの辺りで一つにまとめている。主人公よりも背は低いが、腰の高さは主人公と同じくらい。主人公よりも肩幅は小さいが、胸囲は主人公よりも大きい。主人公のスーツとワイシャツを普段着にしているが、パツパツでユルユル。




