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24.電設のヒデオさん、隠せない。


魅雪はすっかり泣き疲れてしまい、眠ってしまった。


普段は子供らしからぬ行動を取る事がよくあるのに、感情表現がやけに子供っぽい。


子供が子供っぽいのは当然と言えば当然なのだが、どうにも身体と精神の有様がアンバランスに見えて、時々漠然とした不安に駆られる。



「……漠然とした不安より、まずは塩をどうにかしないと……買い出し、どうするかなぁ……」



何はともあれ、塩である。






塩の買い出しのために、最寄りの街まで全員で出かける。これは決定事項だ。


こんな事になるくらいなら、さっさと一人で買い出しに行ってくれば良かったと思わなくもない。


詮無い事だ。今更、やっぱりやめたとは言えない。もしそんな事を言ったら、もう二度と、魅雪に信じてもらえないだろう。




全員で街に出かけるのは、必ずしも悪くはない。


王国により召喚された勇者は、こちらの世界に召喚された時点では天涯孤独、孤立無援。頼れるのは城の人間だけである、本来なら。


城から脱出して約1ヶ月経過しているが、捜索対象は独り身の成人男性を優先しているはずだ。


複数人で行動しているだけでも、優先順位は下がる可能性が高いと考えられる。


成人男性、成人女性、子供二人の四人組。構成は悪くない。大集団というほどではなく、注目されにくく、警戒されにくい。




問題はムチムチさんなのだ。美人すぎて、モブに紛れ込めそうにない。


黒夫と魅雪も将来有望な美形ではあるが、二人ともまだ子供だ。猫耳や角を隠せば、そこまで極端には目立たないだろう。どうにかなる。


ムチムチさんは無理だ。どうやっても、否が応にも、人目を惹き付けるだろう。長い耳を隠した程度で誤魔化せるようなヌルい美貌ではない。



「……顔に痣や火傷があるって事にして、包帯で隠すか……怪しさ満点だけど、何もしないよりマシかな……」



某宿屋の人が言っていた。ヘルメットなどで顔を隠している人には素顔を見せろと言えるが、包帯で顔が隠れている人には素顔を見せるようには言い辛い空気になる、と。


特に相手が女性であれば、尚更、痣や火傷が付いている素顔を晒せとは言い辛いだろう。


変装に必要な布類全般は洗濯乾燥機から創造すればいい。


きっとギリいける、多分。



「フェア、とりあえずフード付きのパーカー4着、出してくれる?大人用と子供用を2着ずつね」


「はい。とりあえずフード付きのパーカー4着です。ますたー」



洗濯乾燥機からパーカーが出た。


お揃いのパーカー4着。サイズ以外はほぼ同じ。色は地味な灰褐色。飾り気は一切無し。


街中では、人間と異なる耳や角などの部位は、薄手のタオルを当てて包帯で巻いて隠す。その上で、パーカーを着せてフードを被せる。


自分も同じパーカーを着る。ただし、自分だけはフードを被らず、頭を晒す。


全員がフードを被って頭を隠していれば、誰何される危険が増す。自分が率先してモブ顔を晒す事によって、やましい事は何も無いという態度を格好で示す。


もし三人が誰何されても、一瞬だけフードを外して包帯を見せて、ケガを見られたくないから隠しているという言い訳で押し通す。


男であれば容赦無く追及されるような事でも、女子供であれば追及されにくいはずだ。


きっとギリいける、多分。



「……まあ、万が一の時は逃げればいいか……ちょっと惜しいけど……」



自分の分のパーカーの着心地を確かめながら、身バレした時の事を考えた。


逃走一択。


もしも街から逃げるだけでは済まなかった場合は、最悪、この地を去る事も念頭に入れる。


どうあれ、逃げる以外の選択肢はあり得ない。




普通のサラリーマンであれば、そう簡単には逃げられない。まず第一に、身体能力的な意味で無理がある。多数の警官に取り囲まれても逃げられるようなサラリーマンは、かなり希少だろう。


今の自分は、身体能力だけなら勇者級。雑兵に群がられても簡単に蹴散らせる。騎士団長級の手練れがいたらキツイかもしれないが、戦って勝つのが目的ではなく、ただ逃げるだけなら問題無い。


黒夫と魅雪も、凡百な人間を遥かに超える身体能力を持っているので、逃げるのは問題無い。


ムチムチさんは身体能力が貧弱だが、三人でカバーすればいい。


全員で街から脱出するくらいなら何とでもなる。後は野となれ山となれ。




普通のサラリーマンであれば、仕事や住居などを手放してまで逃げるのは難しい。可能か不可能かで言えば一応可能ではあるが、一時的に逃げられたとしても、社会的に行き詰まる。安定した生活のために手放せないものが多く、逃げたくても逃げられない。


この世界での自分は、ある意味、無敵の人だ。失って惜しいものは少なく、絶対に失いたくないものは全て持ち運び可能。いつでもどこでも逃げられる。


フェアが一緒にいてくれるなら、この家ですら、捨てても代わりを手に入れるのは難しくない。


この家よりも、塩を手に入れる方が難しい。




普通のサラリーマンであれば、逃げるのを諦めるのは、よくある選択肢の一つだろう。安定した生活を捨ててまで逃げなければならないほど深刻な事態に直面する機会そのものが無い。少々厄介なご近所トラブルや、職場でのちょっとした人間関係のトラブル程度なら、逃げるよりも我慢と忍耐の方を選ぶ。


勇者として、逃げるのを諦めて王国に従うという選択肢は無い。その選択肢を選ぶという事は、王国のために魔族と戦うという事だ。王国が満足するまで魔族を殺し続けるという事だ。


絶対に嫌だ。だから逃げる。迷う余地など無い。




あくまでも、身バレした時の話。


身バレせず、何事も無く、塩の買い出しを終えるのが最上である。


そのための事前準備は欠かせない。



「ヒデオ殿」



他のパーカーを確認していたら、ムチムチさんがすぐ傍に来ていた。



「ムチムチさん、黒夫はどうしました?」


「不貞寝してしまったよ」


「……そうですか」


「貴殿、クロオに一体何をしたのだ。よほど腹に据えかねていたようだぞ?」


「いや、特に変な事はしてませんよ。塩の買い出しに付き合って欲しくて、そう頼んだだけなんですけど」


「あ、ああ、その話か。その話なら聞いたが……」


「一緒に行ってくれそうだったのに、何故か急に怒り出して……。その後は、まあ、あんな感じです。何が気に障ったのか……」



黒夫が気に障った原因は不明である。子供の感情は謎に満ちている。



「……ヒデオ殿、少し話しておきたい事がある。時間はあるか?」



黒夫の謎について考えていたら、ムチムチさんが真剣な顔をして言った。



「……念のために聞いておきますけど、変な意味じゃないですよね?」


「当たり前だ!……どうしても話しておかなければならない事があるのだ」



黒夫も魅雪も寝ている。今日はもう塩の買い出しは無理だろう。時間なら有り余っている。



「いいですよ。話って何ですか?」


「そ、それは、その……」



話を促したが、ムチムチさんは難しい顔をして言い淀んでいた。


そんなに話したくないような話をするつもりなのだろうか。自分の知らない所で、何かヘマでもやらかしたのだろうか。



「あー、うー、その……、話があるのは確かなのだが、その……、何と言えば良いのか……」


「……………………」


「そ、そんな事よりも、ええっと、ヒデオ殿は何をしていたのだ?」


「……………………」



黙って聞く姿勢を取っていたのに、超不自然に話を逸らされた。


本当に何やらかしたんだ、この人。


何か家電でも壊したのかと一瞬思ったが、それは割とよくある事なので、今更言い淀むほどの事でも無い。洗面所にある美容家電は、どれも一度は修理済である。


待ってても話が始まらなさそうだったので、先に自分の要件を済ませる事にした。



「ムチムチさん、丁度いいので、ちょっと確認してみてもらえますか。色々と準備してたんですよ。これ、試着してみてください」



モジモジしているムチムチさんにパーカーを渡した。



「これは外套の類か?変わった形だが、このまま上に着れば良いのか?」


「ええ。サイズは少し大きめにしてあるので大丈夫だと思いますけど、もしキツかったら言ってください。サイズ調整しますので」



ムチムチさんは、いつものスーツ姿の上から、受け取ったパーカーをそのまま着込んだ。



「どうだろう。似合うだろうか?」



パーカー美人がそこにいた。



「……あかん奴だ、これ……」


「それはさすがに酷くないか!?」


「あ、す、すみません。よくお似合いですよ、ムチムチさん」


「そんな取って付けたような世辞で騙されるものか!」


「いえいえ、本当によくお似合いですよ。ええそりゃあもう実によく似合ってますよ、はい」



事実、似合っていた。似合いすぎていた。


美貌だけなら完璧なエルフに、あえてダボッとした野暮ったいパーカーを合わせる事によって、完璧を超えた美のマリアージュが誕生していた。


だからこそダメだ。とても街には連れて行けない。


こんな超絶美人、絶対に目立つ。



「ええっと、そのままでも似合ってる事は似合ってるんですけど、ちょっと試しにフードを被ってもらってもいいですか?」


「フード?これか?」



まだだ。まだこの段階で判断するのは早い。


頭を完全に晒した状態ではアウトでも、フードを被ればセーフになる可能性はゼロじゃない。


自分のリクエストに応えて、ムチムチさんはフードを頭に被せた。



「これで良いのか?」



フード美人がそこにいた。



「……更にあかんくなったわ、これ……」


「それはさすがに酷くないか!?」


「あ、す、すみません。とてもよく似合ってますよ、ムチムチさん」


「世辞はもう良い!」



軽くフードを被っただけでも、エルフ特有の長い耳は隠れている。それが逆に、エルフの完璧な美貌を強調していた。


なまじ耳が隠れて人間に近付いた分、人間離れした美しさが際立っている。


美人すぎて人間に見えない。美の化身か。



「ええっと、もうちょっとこう、フードを深くまで被ってみてもらえますか?」


「深く?こうか?」



まだだ。まだ一縷の望みはある。


もっと深くフードを被れば、状況が改善する見込みはゼロじゃない。


自分のリクエストに応えて、ムチムチさんはフードの端を掴んで引き下げ、目元を隠した。



「これでは少し前が見え辛いな」



目隠れ美人がそこにいた。



「……うん。とてもよく似合ってますよ、ムチムチさん」


「世辞はもう良いと言っているだろう。逆に悲しくなるぞ」


「お世辞じゃありませんよ。よく似合ってます。ええそりゃあもうビックリするくらい似合ってますよ、はい」



目元がフードによって隠された事により、何が何でも隠されている部分を見てみたいという強烈な欲求が湧き上がり、視線を外せない。


例えるならば、パンモロよりもパンチラに強く視線が吸い寄せられる感じのアレである。自分は今、錯乱している。


そして、隠しても美しさが全く隠しきれていない。下手に隠したせいで、かえって悪化している。




状況は絶望的と言わざるを得ない。


パンチラは視線を吸い寄せる。では、パンモロは視線を吸い寄せないのかと問われれば、それは否。断じて否。


パンチラも、パンモロも、結局どちらも視線を吸い寄せるのだ。視線を吸い寄せられずにはいられないのだ。それと同じようなものだろう、多分。


チラ見せもモロ見せもダメなら、絶対に見えないようにすれば良い。さながら、制服のスカートの下にジャージのズボンを履くかの如く、鉄壁のガードをすれば良い。


変に悪目立ちする危険があるので、できればやりたくなかった。しかし、この状況では、止むを得ない。



「ムチムチさん、ちょっと顔を包帯でグルグル巻きにしてみたいんですけど、いいですか?」


「グルグル巻きだと!?何故そんな事をするのだ!?」


「最終手段です。顔を完全に隠せばいけるかなと思いまして」


「そんなに私の顔が気に入らないのか!?」


「いえいえ、とても良いお顔だと思いますよ。そういう訳で、隠しましょう」


「どういう訳だ!?い、嫌だ、そんなのは!」


「そこを何とか。お願いします」



完全に顔を隠す事を提案すると、ムチムチさんは物凄く嫌がっていた。


そりゃ普通はそういう反応になる。それでも、これは必要な措置だ。


全力で拝み倒し、嫌がるムチムチさんをどうにかこうにか説得して、包帯でグルグル巻きにしてみた。



「私が何をしたと言うのだ……」



包帯美人がそこにいた。



「こんなの絶対おかしいよ……」


「それはこちらが言いたい事なのだが……」



首元から上を包帯でグルグル巻きにして隠し、目元はフードで隠す。ここまでやったおかげで、辛うじて美人かどうかパッと見では微妙に判断し辛い感じになった。


パッと見では判断し辛いだけで、よく見ればやっぱり美人だとわかる。


それは別にいい。いや本当は全然良くはないのだが諦めた。


美人だとバレるのは良いとして、なんか妙な色気がダダ漏れになっていて変な気分にさせられるのがマズい。


呼吸を確保するために、口元は覆わずに露出しているのだが、どうもそれが原因のようだ。


口唇、ヤバイ。



「これが最後です。マスクしてください」


「まだあるのか……。ところで、これはどうやって着けるのだ?」


「そう言えば耳隠してましたね。毛糸で仮留めしましょう」



毛糸を留め紐にして頭の後ろに回し、昔ながらの四角い布マスクで口元を覆う。



「どうだ。これで満足か、ヒデオ殿」



マスク美人がそこにいた。



「わけがわからないよ……」


「それはこちらが言いたい事なのだが……」



もはや露出部分は存在しない。


客観的に見れば不審者以外の何者でも無いはずなのに、何故か美人だとわかる。何故だ。


本当に訳がわからない。何をやっても美人さんだ、この人。やはり美の化身か。



「……まあ、これはこれでアリな気がしなくもないような気がしますし、良しとしましょう」


「アリなのか!?良いのか!?」


「じっくり見なければ、まあアリでしょう」


「じっくり見ないのか!?ここまでしたのに!?」



よく見れば美人だとバレるが、パッと見では美人だとわかりにくい程度には隠せている。


妙な色気も、どうにか抑え込む事に成功した。


もうこれでいい。これ以上は無理だ。ただのモブ男のプロデュース能力では、超絶美人なエルフをモブ女化するなど最初から不可能だったと認めざるを得ない。


自分なりに精一杯やった。人事を尽くしたのだから、後はもう知らん。



「とりあえず、こんなものでいいでしょう。解きますね」


「私は何をさせられていたのだ……」


「何って、塩の買い出しのリハーサルですよ」


「あ、ああ、なるほど、予行演習だったのか。……どこが?」



フードを外し、マスクを外し、包帯を解く。


顔を覆い隠していた時間は短かったはずだが、ムチムチさんはわずかに汗ばみ、気怠げな表情をしていた。



「……マジであかん奴だわ、これ……」


「……………………」



抑圧され、濃縮され、解き放たれたフェロモン。あまりにも強烈すぎる。直撃を至近で食らい、鼻血を噴くかと思った。


あまりにも扇情的すぎる。


元より人間の街で素性を知られたらマズい人だが、これはもう本当に絶対に何があっても街中で素顔を晒す事だけは絶対に阻止する必要がある。


最悪、自分はバレてもいい。でもこの人は絶対ダメだ。理性の飛んだ野郎どもに何されるか知れたもんじゃない。注意しよう。



「……それで、ムチムチさん。話をする気にはなりましたか?」


「……っ……」



変装道具を一旦片付けつつ、ムチムチさんに訊ねた。


ムチムチさんは息を吞み、再び押し黙った。



「別に言いたくないなら、無理には聞きませんよ」


「……いや、すまない。私の方から呼びかけておいて失礼な態度を取ってしまったな。どうしても貴殿に話さなければならない事なのだ」


「そうですか。……ここで立ち話も何ですし、場所を変えましょうか」



ムチムチさんを促して、ダイニングに座らせる。


まだ決心が付きかねているようだったので、もう少し時間を置くために、適当に野菜を切ってガラスコップに入れた。



「どうぞ」


「ああ、いつもすまないな」



セロリとパプリカの野菜スティック盛り合わせ。マヨネーズとトマトケチャップの小皿付き。



「「……………………」」



ガリガリと良い音を響かせながら、ムチムチさんが野菜スティックを齧る。


ムチムチさんほどの美人ともなれば、そんな姿ですら絵になる。ただ見ているだけでも、待つのは苦にならない。


無言で食べ続ける様子を黙って見詰め、向こうが話す気になるのをただジッと待つ。



「……クロオから聞いた。街まで塩を買いに行くそうだな」



ようやく出た話は、塩の買い出しの話だった。



「ええ。もう塩の残りが心許無いので」


「それは知っている。そのために金策が必要だという話も聞いてはいたが……。私はてっきり、貴殿が一人で街に行くものだとばかり思っていたぞ。それがどうだ。クロオの話を聞いてみれば、貴殿はクロオと街に行くと言うではないか。驚かされたぞ」


「ああ、それ違いますよ。クロオとじゃなくて、全員で行きます。ムチムチさんも一緒ですよ」


「な、何だと!?どう言う事だ!?」


「まあ、色々ありまして。全員で行った方がいいかと思い直しました。この家に誰かを留守番させるよりは、その方がいいかと」


「そ、それは……、貴殿は本気で言っているのか?本当に私達を連れて街まで行くと?」


「ええ、そのつもりですが、それが何か?」


「……悪い事は言わない。ヒデオ殿、考え直した方が良い。養われている身でこのような事を言うのは無礼を承知で言うが、たかが塩を買ってくるだけの事だろう。貴殿一人で街に行けば、それで済む話ではないか。私達は置いていけば良かろう」


「いえ、全員で行きます。考え直すつもりはありません」


「……っ……」



魅雪との約束がある。全員で塩の買い出しに行くのは決定事項だ。変えるつもりは無い。



「どうしても、なのか?」


「どうしても、です」



何度も繰り返し言ってくるムチムチさんに、何度でも返す。


しばらく押し問答のような不毛なやり取りが続いた。



「……そうか。どうしても、なのか。考え直してはくれないのか」


「ええ」


「……そうか」



何度目かの問いかけの後。ムチムチさんは泣きそうな顔をした。



「……いつまでも隠しておけるとは思っていなかったが……本当は、言わずに済むのであれば、そうしたかった……」



悲壮な表情を浮かべ、ムチムチさんは言った。



「ヒデオ殿。私は、いや、私とミユキとクロオは……、人間ではないのだ」


「あ、はい」



知ってます。


……とは言い出せない雰囲気だった。


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