23.電設のヒデオさん、折れる。
高校時代の同級生に、中田という男がいた。あだ名は、スマップ中田。
中田は、中学の頃はパッとしないモブのような男だったそうだが、高校進学を気に心機一転し、高校デビューを目論んだ。しかし、高校デビューのための金が無かった。
金が無くても高校デビューを諦められなかった中田は、身近なものを利用してイメチェンする事にした。
具体的には、酢を使って髪を脱色した。それは半分だけ成功した。
幸か不幸か、中田は成長期の真っ只中だった。新陳代謝が旺盛で、髪が伸びるのが早かった。
酢を使って、まだら金髪になった、プリン頭の中田。スマップ中田である。
根が真面目なのに精一杯ハッチャケようと頑張ってるお調子者枠として、一応それなりに人気者になったので、高校デビューは成功したと言っていいだろう、多分。それが当人の望む形だったかどうかは知らない。
「思ったより、うまく脱色できたな。酢の臭いもしないし」
「とてもお似合いです。ますたー」
調子に乗ったスマップ中田が広めていた脱色法ではなく、興味がわいて自分で調べ直した脱色法を思い出しながら、黒髪を軽く脱色した。
城の厨房から持ってきた酢は、なんか腐ったような変な臭いがしていて料理に使いたくなかったので、通勤カバンに死蔵されている。それを使った脱色は、予想以上に良い仕上がりになった。
初めてにしては上出来だ。自画自賛してみる。
「ついでだし、ちょっと髪切っとくか……。フェア、掃除機、出して欲しいんだけど。ホースの先端にはバリカンっぽいのを付けて欲しいんだけど、いける?」
「はい。掃除機です。ますたー」
掃除機が出た。旧来のコード式タイプ。吸引口の部分にはヘアカッター付き。本来なら別売り品のはずだが、普通にセットで出てきた。そして本来なら付いているはずのT字型ヘッドが無い。
現在、我が家の掃除はロボット掃除機が完璧にこなしているので、T字型ヘッドは無くても困らない。旧来のコード式タイプの方は、完全に散髪専用機である。
「フェア、ちょっと手伝ってくれる?後ろの方、切りにくくて」
「はい。ちょっと手伝います。ますたー」
掃除機で髪を短くする。時々アタッチメントを換装しながら、前と横は鏡を見て自分で切り、後頭部はフェアに頼んで切ってもらった。
あくまでも、ちょっと短くする程度に留める。目指すのは、モブとして世間に紛れる没個性。
「髪はこんなもんでいいか。後は瞳の色だな……。フェア、超音波洗浄機を出して欲しいんだけど。コンタクトレンズ用の奴。色は青で」
「はい。超音波洗浄機です。ますたー」
コンタクトレンズ用の超音波洗浄機が出た。洗浄済の青いカラーコンタクトレンズ付き。付属品だからセーフ。
何気に人生初コンタクトレンズである。生まれてこの方、視力1.2を下回った事は無い。今までの人生では無縁だった。
安全とわかっていても、目に異物を入れる感覚はドキドキする。
「……意外と違和感無いな、これ」
「とてもお似合いです。ますたー」
フェア謹製カラコン、まるで何も着けていないかのような装着感。品質高い。
自分の姿を鏡で確認する。濃い目の茶髪に、青いカラコン。平たい顔には不似合いな配色だが、特別目立つほどの違和感は無い。
王国が勇者を捜索しているとすれば、その対象は、中肉中背で黒目黒髪の成人男性になっているはず。色を変えるだけでも、安全性は高まるはずだ。
髪の色はまだしも、瞳の色を変えるのは、カラコンが無ければ難しい。
「変装はこんなもんでいいか。やり過ぎて不自然になったら逆効果だし……」
とにかく目立たなければ、それでいい。
お披露目される前に逃げ出したので、自分の顔を知る者は限られている。顔写真は無い。あるのは精々、似顔絵くらいだろう。
人相書きを頼りに捜索している少数の人員の目を欺ければ、それで事足りる。大仰な変装はいらない。
無地のシャツと綿パンを着れば、いかにもモブ男の完成である。
「……はぁ……村人Bって感じだなぁ……まあ、これでいいだけど……」
外見からは、勇者の要素が欠片も見当たらない。
イケメンでもないし、強そうでもないし、覇気やカリスマとも無縁。
自分のモブっぷりを再確認して、洗面所を後にした。
「どうよ、これ」
「クッサッ!?」
「おじちゃん、目が変。病気みたいだよ」
黒夫と魅雪に姿を見せると、あんまり反応は良くなかった。
黒夫に至っては、まるで威嚇するように歯を剥き出しにしながら、露骨に距離を取っていた。
「……ねえ、魅雪。俺、そんなに臭いかな?」
「ううん、臭くないよ」
腰を屈め、髪を魅雪に近付けて聞いてみる。魅雪の表情に変化は無かった。
鬼の嗅覚は人間と大差無い。普通の人間の嗅覚であれば、脱色に使った酢の臭いは気付かれないと考えていいだろう。
「……なあ、黒夫。俺、そんなに臭いか?」
「クサッ!寄るな!」
黒夫に一歩近付きながら聞いた。二歩後ずさりながら言われた。ド直球の言葉が心を抉る。だが、それ以上に気になる事がある。
「黒夫、お前の鼻って、どれくらい利くんだ?これが何の臭いか、わかるか?」
「酢だろ!すっごく質の悪い酢だ!なんでそんな変な臭いしてるんだ!?」
かなり距離を開けた位置からでも、酢の臭いを言い当てた。ただそれだけではなく、酢の質が悪い事まで。
わかってはいたが、やはり黒夫の嗅覚は鋭い。この嗅覚の鋭さ、活かさないのは勿体無い。
「黒夫、頼みがある。付き合ってくれ。お前が必要だ」
「にゃあっ!?」
黒夫の嗅覚があれば、塩の品質の良し悪しを判別できるかもしれない。是非とも塩の買い出しに付き合ってもらおう。
街で塩の買い出しをする際、一番怖いのは身バレする事だが、次に怖いのはハズレの商人を引いてしまう事だ。
田舎の商人の中には、顔見知りの常連客だけを正当な客として扱い、それ以外は碌に客扱いしない者が珍しくない。
良く言えば、人の縁を大切にしている商人である。粗略に扱われる客から見れば、ハズレ以外の何物でも無いけど。
ボッタクリや不売をする商人は、まだマシな方だ。不当な高値を付けられても、金を積めば商品は手に入る。商品を売らないと言われたら、他の商人を探せばいい。
一番怖いのは、粗悪品とすら呼べない有料ゴミを売り付けてくる商人だ。
世の中には、工場廃水から食塩モドキの有害物質を精製して売る商人が実在する。他にも、かさ増しのためにワカメにビニールの切れ端を混ぜて売ったり、肉マンの肉の代わりにダンボールを煮込んだものを詰めて売ったりする商人が実在する。そういう大ハズレの商人に限って、表面的には良心的な商人のフリをするのが上手ときている。商人の皮を被った地雷である。
もし、使い物にならない粗悪品の塩を売り付けられ、そうと気付かずに帰宅したら、再度街まで買い出しに行かなければならなくなる。街の出入りを何度も繰り返せば、それだけ王国に見付かる危険が増す。塩の品質の目利きは、間接的ではあるが、身バレ防止のためにも重要だ。
ハッキリ言って、自分の目利きは全く当てにならない。某究極の窓際サラリーマンならまだしも、普通のサラリーマンに塩の良し悪しがわかる訳が無い。
そこで、黒夫だ。黒夫の目利きならぬ鼻利きで塩を選別する。粗悪品を除外し、なるべく高品質の塩を購入する。
黒夫は、かなりケモノ度が低い。猫耳以外はほとんど人間と見た目が変わらず、尻尾もズボンに隠れるくらい短い。猫耳をうまく隠せれば、人間の街に紛れ込むのは可能なはずだ。
黒夫が子供だという点も、有利に働く。誰しも子供に対しては無意識に警戒が下がる。そしてそれは、子供と同行している大人にまで効果が波及する。余所者の成人男性が一人でいるよりも、子供と二人連れの方が警戒されにくい。
人間の街に黒夫を連れて行くのはリスクを伴うが、それを上回るリターンがあると判断した。
黒夫には、塩の買い出しに付き合ってもらって、その嗅覚を存分に発揮してもらおう。
「つ、付き合う!?いきなり何を言ってるんだ、ニンゲン!?変な臭いのせいで頭変になったのか!?」
「言ってくれるじゃねえか、この野郎。……俺は正気だし、本気だよ。必要なんだ。頼む、付き合ってくれないか?」
「そ、そんな、何でだ!?何でオレ!?オレじゃなくてもいいだろ!?」
「お前じゃなきゃダメなんだよ」
「にゃあっ!?にゃにを言ってるんにゃっ!?」
「無理を言ってるのは、わかってる。お前の気が進まないのも、わかってる。そりゃ嫌だよな、お前は」
「そ、そんにゃ、そんにゃこと、にゃいけど……にゃいけどぉ……っ……」
「それでも頼むよ、黒夫。どうしても必要なんだ」
黒夫の口調が、なんか変になっていた。
口調が変になるくらい、人間の街に行くのが嫌なようだ。無理も無い。
黒夫が人間の街に行きたがらないのは、わかっていた。
出会ったばかりの頃、黒夫は人間に対して、かなり強い悪感情を抱いていた。
何度も攻撃されたし、何度も噛み付かれた。勇者級の頑丈な肉体のおかげで平気だったが、普通なら割と洒落にならないダメージを負っていたはずだ。
着の身着のままだったのを助け、なし崩しで共同生活を始め、一つ屋根の下で同じ釜の飯を食っている内に、自分に対しては大分慣れてくれたように思う。
でも、慣れたのは自分個人に対してだけ。人間という種族全体に対しては、今も変わっていないだろう。
大勢の見知らぬ人間がいる人間の街など、黒夫が行きたがらないのは当然だ。それでも、黒夫の嗅覚が必要だから、どうにかして首を縦に振らせたい。
このまま普通に説得を続けても、平行線をたどるのは目に見えている。少しアプローチの仕方を変えてみよう。
「なあ、黒夫。お前、もしかして……、ビビッてんのか?」
「にゃ、にゃにおう!?」
「まあ、そうだよな。黒夫、まだ子供だしな。急に言われたら、ビビッちまうよな。子供なのに無理を言って、すまなかったな」
「オレは子供じゃにゃい!馬鹿にするにゃあ!」
「ホント、俺が悪かったよ、ビビらせて。子供相手に大人気無かったな」
「ビビッてにゃい!ビビッてにゃいぞ!」
「もう付き合ってくれなんて言わないよ。ビビらせて悪かったな。忘れてくれ」
「うにゃああああっ!」
軽い挑発。そして、ちょっと引き下がるような態度を見せる。たったそれだけの事で、簡単に喰い付いてきた。
引き下がる獲物に飛び掛からずにはいられないのが猫の本能だ。抗えまいよ。
「勝手にゃ事ばっかり言うにゃ!ニンゲンめ!」
開いていた距離を一瞬で詰めて、黒夫がしがみ付いて来た。
かかった。
「嫌なんだろ?嫌なら嫌って言っていいんだぞ、黒夫?」
「嫌じゃにゃい!」
「……嫌じゃないのか?」
「い、嫌じゃにゃい!」
「……本当に?嫌じゃないのか?本当に?」
「い、嫌じゃにゃいぞ」
「……無理してないか?」
「む、無理してにゃい」
「……その言葉、信じていいのか?」
「しつこい!しつこいぞ、ニンゲンめ!嫌じゃにゃいったら嫌じゃにゃい!」
「……そうか」
あらチョロい猫だわ、こいつ。所詮は子猫ちゃんだわ。
自分にとっては都合が良いけど、ちょっと心配になる。
ちょっと心配にはなるけど、今はこの流れに乗っておこう。
腰を屈め、黒夫と視線の高さを合わせる。
髪が鼻に近付いて臭かったのか、黒夫はプイッとそっぽを向いた。
「こっち向け、黒夫」
「……っ……」
頬に手を当て、少し強引に正面を向かせる。目と目を合わせた。
「改めて、頼む。黒夫、付き合ってくれ」
「……うん」
黒夫はコクンッと小さくうなずいた。
今、確かに『うん』と言った。言質は取った。
「よし。それじゃあ張り切って、いい塩買って来ような、黒夫」
「うん。……うん?」
野郎二人で、塩の買い出し。たまには女性陣抜きというのも悪くない。
「いやぁ、マジで助かるよ。黒夫が塩の買い出しに付き合ってくれるなら百人力だな」
「……………………」
「まったく自慢にもならないけど、俺は塩の良し悪しとか全然わからないからな。そういうのがわかる奴がどうしても必要だったんだ」
「……………………」
「頼りにしてるぞ、黒夫の鼻。その鼻が必要なんだ。酢の質を嗅ぎ分けたみたいに、塩の質を嗅ぎ分けてくれ」
「……………………」
「塩の買い出し、二人で成功させような、黒夫」
「……………………」
そうと決まれば、我ながら現金なもので、少し楽しみになってきた。
身バレは怖いが、それはそれ、これはこれ。ついに異世界の街に初潜入である。これがワクワクせずにいられようか。
城で入手した情報が正しければ、お世辞にも楽しみにできそうな要素の無い平々凡々な辺境の街だが、むしろそこが良い。普通の異世界の街だからこそ良い。
城のような特殊空間はもうコリゴリである。
「……ふ……っ……ざけるにゃああああああああっ!」
「あがっ!?」
強烈な頭突き一発。アゴに不意打ちで衝撃を食らい、一瞬、意識が飛んだ。
「ニンゲンにゃんか大っ嫌いにゃああああああああっ!」
チカチカする視界の中を、黒夫が走り去って行った。
「イテテッ……。な、何だったんだ、急に……?」
脳が絶妙に揺さぶられて、足がふら付く。
床にへたり込んだ自分の肩を、背後からガシィッと掴まれた。
「おじちゃん」
振り向けば、魅雪がいた。超満面の笑みだった。
笑顔の魅雪の背後に、何故か般若の幻影が見える気がする。何故だ。
「今からお買い物行くの?」
「い、いや、今すぐには行かないよ。どういう訳だか、黒夫が急に機嫌を悪くしたみたいだから、また説得しないと」
「ふぅん?」
肩に小さな指が食い込む。凄まじい握力。肩肉もげそう。
「あ、あの、魅雪?肩がちょっと痛いから、力を緩めて――」
「おじちゃん。お買い物、クロオと二人で行くの?」
「いや、あの、そんな事より、肩を――」
「お買い物、クロオと二人で行くの?」
「あの、肩――」
「クロオと二人で行くの?」
般若が迫って来る。痛みが消し飛ぶほど圧が強い。
「……まあ、そうだね。黒夫と二人で行くつもりだよ」
「ボクは?ボクも一緒じゃないの?」
「魅雪はお留守番を頼むよ」
「……………………」
今回は、魅雪は家で留守番してもらうつもりだ。
魅雪は鬼だが、角以外はほとんど人間と見た目が変わらない。額から生えた二本の角は小さいので、隠す事は可能だろう。
魅雪は子供なので、警戒されにくい。黒夫と魅雪がセットになれば、どちらか一人の時よりも更に警戒は下がる。そういう意味では、連れて行く意味が無くは無い。
しかし、魅雪も連れて行った場合、この家にムチムチさんを一人残して行く事になってしまう。
ムチムチさん一人で留守番とか、現在考え得る限り、最大級のリスクと言っても過言では無い。塩の買い出しから帰ってきたら家が炎上していたとしても、自分は驚かない。
自分と黒夫が塩の買い出しに行き、魅雪とムチムチさんが留守番をする。これが最も安全性が高い。
「ボクお買い物行きたい」
「悪いけど、今回は我慢してね、魅雪」
「ヤなの」
「そう言わずに、頼むよ、魅雪」
「ヤなの。おじちゃん、連れてってくれるって言ったの」
「……言ったかな、そんな事?」
「言ったの」
「……聞き間違いじゃない?」
「聞き間違いじゃないの。おじちゃん、連れてってくれるって言ったの」
「そ、そうだったかなぁ?」
「言ったの。ボク覚えてるの」
朧気ながら、安請け合いした記憶がある。
迂闊だった。言質を取られるとは。
「ええっと、その、今回はご縁が無かったという事で、一つ納得してくれないかな?」
「ヤなの」
「今回のは、ほら、ただの塩の買い出しだから、特に楽しい事とか無いよ。きっとつまんないよ?」
「それでもいいの。一緒に行くの」
「本当に塩を買って帰るだけだよ?本当に楽しい事なんて無いよ?」
「一緒に行くの」
「そ、それじゃあ、お土産買ってくるから。だから、ね?」
「お土産!……い、いらないの」
「魅雪がいい子でお留守番しててくれるなら、お土産たくさん買ってくるから。だから、お願いだよ、魅雪」
「ヤなの。お留守番、ヤなの。お買い物行きたいの」
「そう言わずに、本当に頼むよ、魅雪。いい子だから、お留守番して待っててくれないかな?ね?」
「ヤなの」
「お願いだから、わがまま言わないで、いい子で待っててよ、魅雪」
何が魅雪をそうさせるのか。お買い物に対する熱意が強い。
お土産という言葉に一瞬反応はあったものの、説得の効果は薄かった。
どうにも取っ掛かりが無い。
「……お買い物……わがままじゃないもん……おじちゃん、連れてってくれるって言ったもん……」
どうやって魅雪を説得したものか。
少し悩んでいると、肩にかかる力が急に弱くなった。
もしかして、納得してくれたのだろうか。
……と思ったのは甘かった。
「……うぅっ……うぅぅぅぅっ……うええええええええんっ!」
「ぬぉっ!?」
大爆音が炸裂した。
「み、魅雪、落ち着いて」
「うええええええええんっ!」
鼓膜が破れそうとかいう生易しい音量ではない。
頭蓋がビリビリ振動するような凄まじい泣き声。
至近より放たれる鬼の泣き声は、それだけで人が殺せるレベル。
壁を掃除中のロボット掃除機が、火花を噴きながら床に転がり機能停止した。
「お留守番ヤだぁっ!ヤだ、ヤだ、ヤだぁっ!うええええええええんっ!」
「お、落ち着いて。とにかく落ち着いて、魅雪」
「ズルい!クロオばっかりヒイキして!クロオだけお買い物に連れてって!ズルいの!うええええええええんっ!」
「ち、違うから。別に黒夫を贔屓してる訳じゃないから。塩の買い出しに必要だから付き合ってもらうだけで――」
「おじちゃん、いっつもそう!いっつもいっつもクロオばっかりヒイキなの!ズルい、ズルい、ズルいの!うええええええええんっ!」
「だから違うって。一旦落ち着いて。いい子だから、ね?」
「うええええええええんっ!」
火が着いた魅雪は、一向に泣き止む気配が無い。
少しでも音量を抑えようと、魅雪の頭を抱きかかえて胸に押し付ける。
「これは何の騒ぎだ!?一体どうしたというのだ!?」
魅雪の背中をさすっていたら、ムチムチさんが慌てた様子で、こちらに来た。泣きベソかいた黒夫も一緒だった。
「どうした――……本当にどうしたのだ!?その瞳は何だ!?ま、まさか、魔眼なのか!?」
「全然違います」
魔眼って何だ。この世界、そういうのもあるのか。
物凄く気になるが、とりあえず今はどうでもいい。
「うええええええええんっ!」
「落ち着いて。いい子、いい子だから」
「お買い物行くのー!うええええええええんっ!」
「よしよし、いい子だね。いい子、いい子」
「一緒に行くのー!うええええええええんっ!」
「いい子、いい子。魅雪、いい子だから、ね」
「うええええええええんっ!」
マズい。非常にマズい。聴覚が麻痺して、自分の声すら聞こえなくなってきた。本当に鼓膜破れそう。
「……魅雪、どうしても、お留守番は嫌?」
「うええええええええんっ!」
「……どうしても、どうしても嫌?」
「うええええええええんっ!」
「……それじゃあ、うん、塩の買い出し、一緒に行こうか」
「うええええええええんっ!」
「そうしようか。うん、一緒に行こう、魅雪」
「うええええええええんっ!」
「一緒だよ。ね、魅雪。あの、聞いてる?」
「うええええええええんっ!」
「一緒に塩の買い出しに行こうね。そうしよう。ね、魅雪」
「うええええええええんっ!」
「だから泣き止んで、魅雪。ね、一緒だよ。一緒」
「うええええええええんっ!」
「ああもう。一緒に行こうって言ってるのに……」
「うええええええええんっ!」
「あー、それじゃあ、アレだ。もういっその事、みんなで行こうか。みんな一緒だよ。ね、魅雪」
「うええええええええんっ!」
「みんな一緒だよ。みんなで塩の買い出しに行こうね」
「うええええっ、えぐっ、えぐっ、ひぐっ、ひぐっ、ひっぐ……」
「みんなで塩の買い出しだよ。誰もお留守番無しだよ。みんな一緒だよ」
「えぐっ……ひぐっ……ひぐっ……」
「ね、魅雪」
「ひぐっ……ひぐっ……っ……、……ホント……?」
「本当だよ」
「ひぐっ……また嘘なの……?」
「嘘じゃないよ。本当だよ。みんなで一緒に行こうね」
「ひぐっ……ホントにホント……?」
「うん。本当に本当」
「ひぐっ……ホントに一緒なの……?」
「本当に一緒だよ。一緒に行こうね、魅雪」
「ひぐっ……ひっぐ……うん……」
世界が変わろうと、勇者級の身体能力があろうと、泣く子には勝てなかったよ。
「ねえ、魅雪。何度も言うようだけど、塩の買い出しだからね?塩を買って帰るだけだからね?それでもいい?」
「ひぐっ……それでもいいの……」
「そう。それなら、一緒に行こうか」
「一緒に……ひぐっ……行くの……」
「うんうん、一緒に行こうね、魅雪」
こちらが完全に折れると、ようやく魅雪の泣き声が収まった。
「本当に、一体全体、何がどうしたというのだ……?」
話のわかっていないムチムチさんが、目を白黒させて立ち尽くしていた。
1.可愛い妖精さん
2.グラマラス美女
3.色白の儚げな美少女
4.クソ生意気な子猫
この4択を眼前に突き付けられて、平等でいられる人間など、いようか。




