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21.電設のヒデオさん、頭を撫でる。


無人の荒野で生活を始めてから2週間が経過した。


一時期、居候三人の間に何とも形容し難い微妙な空気が流れていた事もあったが、それも今は昔の事。


すっかり仲は元通り。いや、むしろ雨降って地固まり、以前よりも仲は良くなったように見える。


居間の片隅では、ムチムチさんの書類整理を黒夫と魅雪がお手伝いしていた。



「姉ちゃん、これ間違えてるぞ。この書類、北東の国境警備の近況報告じゃなくて、北西のだぞ」


「お姉ちゃん、こっちも違うの。小麦じゃなくて、大麦の収穫量の資料なの」


「そ、そうだったか?気付いてくれて助かった、クロオ、ミユキ」



居間の片隅では、ムチムチさんの書類整理を黒夫と魅雪がお手伝いしていた。


目算では進捗60%ほど。仕分けの済んだ書類は通勤カバンに仕舞い直しているので、目に見えて書類の山は減っていた。



「お疲れ様です。順調そうですね」


「ああ、おかげ様でな」



三人が仲良しなのは良い事だが、このペースでは近日中にも書類整理が片付いてしまう。


その後のムチムチさんに任せられる仕事の目途が立っていない。


暇を持て余すと何かやらかしそうなので、何か仕事をさせたいのだが、特に何も思い浮かばない。悩ましい。



「ふふーん。ニンゲンの書類くらい、オレにかかれば楽勝だぞ」


「ボクも。ボクもがんばったの」


「うんうん、そうだな。ありがとうな、黒夫、魅雪」



ガラスコップに入れた野菜スティックを差し入れする。


黒夫と魅雪が腰にしがみ付いてきた。


丁度良い位置にある頭を適当に撫でる。


今の二人の頭頂部は、自分の胸の中程くらい。


相変わらず、成長スピードがおかしい。



「あの、ムチムチさん。やっぱり二人の成長が早すぎる気がするんですけど」


「き、気にしすぎではないかな?貴殿は心配性がすぎる」


「それならそれでいいんですけど。こんなに早く体が成長して、体調が悪くなったりしないかと少し心配になりまして」


「あ、ああ、そう言う事か。それなら問題は無い。身体に支障が出ない範囲内で成長速度が最大化されるように調整されているのだ」


「……調整?成長が早すぎるのって、誰かに調整されたからなんですか?」


「っ、ち、違う!い、言い間違えた!それはあれだ、何と言うか、その……、成長期だから成長が早いのだ!」


「……そうですか」



ムチムチさんは相変わらずである。色々聞きたい気もするが、とりあえず子供達には支障が無さそうなので、良しとしておく。



「まあ、順調に育ってるのはいい事だけど、このペースだと来月辺りには背を抜かれてそうだなぁ……」


「見てろよ、ニンゲン。ニンゲンに見下ろされているのも今の内だけだ。すぐに見下ろすようになってやるぞ」


「ボクもすぐおっきくなるの。楽しみにしててね、おじちゃん。おじちゃんよりも、おっきくなるからね」



黒夫と魅雪が無邪気な顔で言った。


普通なら子供の戯言だが、この二人が言うと洒落にならない。


どちらもすでに身体能力では普通の人間を凌駕している。


今後、どこまで成長するのか予測は付かない。


獣人も鬼も、人間の成人男性の平均身長を大きく超えても不思議は無いだろう。こちらの世界の事情に疎いので、よく知らんけど。



「こうして頭を撫でられるのも、今の内だけって事か。そう思うと、ちょっと名残惜しいな」


「「……っ……」」



急に、黒夫と魅雪が体を離した。その顔は驚きに染まっていた。



「なんでなの!?なんで今だけなの、おじちゃん!?」


「今だけ!?今だけって、どういう事だ!?」


「いや、どうもこうも、そりゃそうだろ。自分を見下ろすくらい背が高くなった奴の頭なんて撫でられるかよ」



今までは、子供だと思えばこそ、気楽に頭を撫でられた。


背の高さもそうだが、このまま成長して第二次性徴が表れるようになれば、さすがに今のままという訳にはいかないだろう。


自立心が高まるだろうし、本格的な反抗期に突入して全く言う事を聞かなくなる事も考えられる。


寂しくはあるが、それが子供の成長というものだ。


子供部屋は未使用のまま放置しているが、先んじて掃除しておいた方がいいかもしれない。




そんな事を漫然と考えていたら、黒夫と魅雪に左右から抱き着かれ、胴を締め上げられた。


肋骨からギシギシ嫌な音がする。子供達の成長を嫌と言うほど実感させられて苦しい。



「おまっ、ちょっ、マジ苦しい、やめろそれ」


「ヤなの!」


「嫌だ!」


「離してくれ。マジでキツいんだよ、それ。離さないとプリン抜きにするぞ」


「「プリンなんてどうでもいい!」」



切り札のプリン質、まさかの不発。本気で絞め殺す気か。


一瞬、本気で死を意識した。



「もっとずっとナデナデ欲しいの!やめちゃヤなの!」


「ニンゲンめ!勝手にやめるなんて許さないぞ!」


「ええっ……。嫌って、そっちかよ。……そんなに気に入ってたのか?」


「うん!好き!おじちゃんのナデナデ、もっと欲しい!」


「お、オレは好きじゃないぞ!好きじゃないけど、勝手にやめるのは許さないぞ!許さないからな!」



意外と頭を撫でるのは好評だったらしい。何となく手持ち無沙汰だから適当に撫でてただけなんだけど。


子供の成長という観点で言えば、あんまり喜んではいけない気がする。でも嬉しい。


思わずニヤケ面になりそうになっているのを自覚して、口元を引き結んだ。




冷静に考えれば、これは一過性の事だろう。幼稚園児が保母さんに懐くようなものだ。


親戚や近所に住む青年など、身近にいる年上の大人を慕う子供は珍しくない。


あくまでも、子供の内だけだ。いずれは親離れするのと同じように、成長すれば自然と離れていく。


今すぐ無理に距離を取ろうとする必要は無い。その時が来るまで無理せず自然体で付き合えばいい。大の大人が大騒ぎするほどの事ではない。



「気に入ってもらえてんなら、何よりだよ。それなら、俺から止めるとは言わないよ」


「ホント?おじちゃん?」


「嘘吐いたら許さないぞ!」


「はいはい、お前達が飽きるまでは付き合うよ」



適当に頭を撫でると、締め付けが緩んだ。


頭を撫でながら、黒夫の猫耳の付け根をコショコショと軽く掻き、魅雪の双角の先をスリスリと軽く擦る。


独特の心地良い感触がして、自分が異世界にいる事を実感する。



「んっ……、んんっ……、んにゃぁ~……」


「くふっ、くふふっ……、くすぐったいの……」



嫌がっていなさそうなので、調子に乗って更に撫でる。撫でる。撫でる。



「ますたー」



急にフェアが目の前に飛び上がり、空中に寝転ぶような水平の姿勢で滞空した。つむじが見える。可愛い。



「うん?どうしたの、フェア?」


「手前味噌になりますが、わたしは日々、粉骨砕身、頑張っています。全ての要請に応えるべく、全力を尽くしています。ますたー」


「ああ、うん、そうだね。いつもありがとう、フェア」


「ますたー」



水平の姿勢で滞空していたフェアが、まるでドリルのように回転し始めた。


つむじを中心に、フェアの透き通るように綺麗な髪が遠心力で広がり、虹色の輪を描く。



「ずいぶん器用に飛ぶね、フェア。そんな飛び方して、目が回らないの?」


「はい。目は回りません。ますたー」



ドリルのように回転しながら、つむじが徐々に近付いて来る。


鼻先スレスレまで近付いてきて、かすかに風を感じた。



「ますたー」



かすかにしか風を感じないのに、圧が凄い。



「ええっと……。もしかして、フェアも頭を撫でて欲しい、とか?」


「ますたーの御心のままに」



控え目な割には自己主張が強い。これも成長の表れだろうか。



「あの、ちょっと近すぎて撫でにくいから、少し離れてくれる?」


「はい。少し離れます。ますたー」


「それと、回転止めて、普通の姿勢になってくれる?」


「はい。回転を止め、普通の姿勢になります。ますたー」



ドリル回転しながら器用にバックして、普通の姿勢になった。でもちょっとだけ前傾姿勢だった。


斜め前へと差し出された小さな頭に、人差し指の腹をそっと当てる。


ふわっとした感触。まるで、タンポポの綿毛に触れているかのよう。



「どう?痛くない?」


「はい。痛くありません。ますたー」



タンポポの綿毛を散らさないくらいの微弱な力加減で、慎重に指先を動かして頭を撫でた。



「……えへへへへへへへへぇぇぇぇぇぇぇぇ~……」



なんか凄い声が出た。


思い返して見れば、これまでのフェアの働きに対して、全然ねぎらえていない。


フェアが過労で一度消えた時、これからはもっとねぎらおうと思ったはずなのに、すっかり忘れていた。



「ごめんね、フェア、働かせてばかりいるダメなマスターで。何か他にして欲しい事はある?」


「いいえ。至高の御手に触れていただける事に勝る喜びはありません。ますたー」


「いや大仰すぎそれ」



いつも以上にニコニコと満面の笑みを浮かべて、フェアは健気な事を言う。健気で可愛い。可愛いすぎて心配になる。


あまりにも安上りすぎる。頭を撫でるだけでいいとか、チョロいフェアリーである。チョロリーである。本当にこれでいいんだろうか。



「あの、フェア、遠慮しなくていいよ?」


「いいえ。遠慮していません。ますたー」


「……まあ、これでいいって言うなら、いいけど。こんなので良ければ、いつでも言ってくれれば、好きなだけ撫でるから」


「いいえ。わたしから求めるなど過ぎたる事です。御手隙の時で構いません。どうぞ御自由になさってください。ますたー」



言ってる事は控え目だが、実際には小さな頭をグリグリと指の腹に押し付けて来ていた。相当気に入ったらしい。



「ニンゲン」


「おじちゃん」


「はいはい、わかってる、わかってるよ」


「ますたー」


「はいはい、わかってるから」



フェアの頭を撫でるのに集中しすぎると、黒夫と魅雪から催促が来る。


黒夫と魅雪の頭を撫でていると、フェアから催促が来る。


偏りが出ないよう、頭を交互に撫で回す。地味に難易度が高い。



「……んにゃぁ~……」


「……くふふっ……」


「……えへへぇ~……」



地味に難易度は高いが、嫌ではない。


黒夫と魅雪とフェアの気持ち良さそうな声をBGMにしながら、リズムゲームでもするように忙しなく手を動かす。ちょっと楽しい。



「ヒデオ殿」



頭を撫でるのに集中していたら、いつの間にかムチムチさんが詰め寄ってきていた。



「ヒデオ殿。私はこれまで、貴殿に託された仕事に全力で取り組んできた。それは全て、貴殿から受けた恩に少しでも報いるためだ。貴殿からの恩が先にあり、その恩返しをしているにすぎない。これに対して、私は何らかの見返りを求めるつもりは無い。当然だ。それでは恩を返している事にならないからな。私からは、見返りを求めるつもりは無いのだ。本当だ。私からは、決して私からは、求めるつもりは無いのだ。……し、しかし、その、日々の差し入れやプリンなど、貴殿からの厚意は、とてもありがたく思っている。私はそれを拒むつもりは毛頭無いのだ。貴殿からの厚意を受け取らないという選択肢は、私には無い。全て受け止める所存だ。全てだ。全身全霊を持って、全て受け止めて見せよう。どうか、それだけは覚えておいて欲しい」



つむじを強調する前傾姿勢で、ムチムチさんが何か言っている。何か言っているが、耳から抜けて頭に入って来ない。


つむじだ。途轍も無く美しい、つむじだ。


白い頭皮に、灰色の髪が完璧な美しい渦を巻いている。


エルフと言うのは、つむじまで美しくできているらしい。催眠術にでもかけられたように、目が離せない。意識を吸い寄せられる。



「……あの、ヒデオ殿?聞いているか?」



意識を吸い寄せられるまま、美しい灰色の髪に手を伸ばす。



「ひゃわっ!?さ、触るなら前もって言ってくれ!」



儚げな見た目とは裏腹に、灰色の髪は太くて硬い。かなりの剛毛だ。だがそれが良い。


高品質のグラスファイバーのような、硬質で滑らかな手触り。確かな弾力。安心できる存在感。



「……んっ……ひ、ヒデオ殿……さ、触るのは良いが、もう少し優しく……」



本当は、ずっと触ってみたかった。


髪紐代わりのネクタイをほどき、自由になった髪を指で梳く。


全く引っかかりが無い。


どこまでも心地良い感触が、指の間を流れていく。



「……ヒデオ殿……っ……」



素晴らしい。永遠に触っていられる。永遠に触っていたい。凄く良い。



「ニンゲン」


「おじちゃん」


「ますたー」


「ぶべらっ!?」



黒夫と魅雪に胴を締め上げられ、フェアに顔面に張り付かれて、我に返った。


あまりにも不躾だった。妙齢な大人の女性の髪に触れるなど、完全にセクハラ案件である。


突然そんな事をするなど、さっきまでの自分は完全にどうかしていた。



「す、すみません、ムチムチさん。不用意に触ってしまって。失礼しました」


「い、いや、それは構わない。構わないぞ、ヒデオ殿。ああ、構わないとも」



ダメだ。完全に怒ってる。顔が真っ赤だ。耳の先から首元まで、肌が怒りで赤く染まっている。


衣食住を握られているという弱い立場のせいで、表向きは穏便な事を言っている。だが、抑えきれない怒りの感情で全身がプルプル震えている。


これはマズい。非常にマズい。



「本当にすみませんでした。もう二度とこのような事はしませんので。大変申し訳ありませんでした」


「な、何だと!?に、二度としないだと!?どうしてそんな結論になるのだ!?私は別に構わないぞ!?」



謝る。謝り倒す。こういう場合は、そうするしかない。


言い訳無用。ひたすら謝る。頭を下げる。相手の怒りが収まるまで、ひたすら。


非は完全にこちらにあるのだから、他にはもうどうしようもない。



「すみませんでした」


「構わないと言っているだろう!?」


「ニンゲン」


「おじちゃん」


「ますたー」


「ねえ、ちょっとは空気読んで。今、謝ってる最中だから。後でなら、いくらでも頭撫でるから。ちょっと待ってて」


「ホントか?嘘吐いたら許さないぞ、ニンゲン!」


「うん。待ってるからね、おじちゃん」


「はい。空気を読んで待ちます。ますたー」


「うぅぅっ!その子達ばっかり!やはりヒデオ殿は小さな子供にしか興味が無いと言うのか!私のような女は守備範囲外なのか!」


「いきなり何の話ですか!?」



それから1時間ほど、無駄にワチャワチャ揉めた。






揉めに揉めた末。最終的に、あるルールが定められた。


『頭を撫でる時は、全員に同じ回数、頭を撫でる』という謎ルールである。


全員平等(ムチムチさんを含む)である。大人も子供も妖精も平等である。


どうしてこうなったのか、サッパリわからない。自分も一応当事者なのに。



「……あの、ムチムチさん。無理して子供達に合わせなくてもいいんですよ?」


「ルールはルールだ。どうあれ、決められたルールは守るべきだろう。さあ、ヒデオ殿、一思いにやってくれ」



まるで死地へと赴く戦士の如く、ムチムチさんは難しい顔をしていた。


やり辛い。物凄く、やり辛い。でも撫でる。



「……んっ……ぅあっ……ぃんっ……んんっ……っ……」



頭を撫でると、すぐに赤くなり、怒りを堪えてプルプルと震え始めた。


嫌なら嫌とハッキリ言ってくれれば、すぐやめるのに。変な所で意地っ張りな人である。



「本当に、無理しなくていいですからね。やめて欲しければ、いつでも言ってください」


「む、無理など、んんっ、していない。つ、続けてくれ……っ……」



悪いとは思いつつ、頭の撫で心地をしばし堪能させてもらった。


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